第98話 智子の特攻

 智子は海と空をくっきりと分ける水平線上に敵空母の姿を視認した。

 彼女の視力は5.0。すぐれた視力を持つ魔法少女の中でも屈指の目を持っている。

 空母は2隻の巡洋艦と9隻の駆逐艦から成る輪形陣に護衛されていた。

「見えたわ。空母エンタープライズを2隻の巡洋艦と駆逐艦群が守っている。私は必ず空母を撃沈してみせる」

 智子は手に機銃を持ち、背中に爆弾を背負って高速飛行している。その後を雪子が懸命に追尾していた。

 智子は大倭帝国海軍の魔法少尉で、驚異の視力と飛行能力を持つエースだ。雪子は彼女の親友で、准尉になったばかりだった。

「ねえ、やっぱり特攻なんてやめようよ。智子の価値は空母10隻に匹敵する。たかが1隻であなたが命を失うなんて馬鹿げてる!」

 雪子が叫んだが、智子は何も答えなかった。

 ふたりはダイヤ湾奇襲以来の歴戦の勇士だ。

 大倭帝国が米米合衆国とこれまで戦ってくることができたのは、彼女たち魔法少女飛行隊の勇戦のおかげだった。

 山川五十六連合艦隊司令長官は、魔法少女軍を組織し、米米合衆国海軍の基地を完膚なきまでに叩き、戦争を早期終結させる作戦を立案し、実行した。その作戦は成功したが、ダイヤ湾基地に空母が1隻もいなかったのは誤算だった。

 戦争の初期、大倭帝国は戦いを有利に進めることができたが、米米合衆国も魔法少女空軍を結成し、戦線に投入することによって、戦況は変わってしまった。

 マッドウェー海戦で大敗北し、大倭帝国は劣勢に陥り、ついに軍は狂気の作戦を立てた。一人一艦撃沈の特別攻撃。爆弾を投下するのではなく、爆弾を抱いたまま敵艦に体当たりする作戦である。

 すでに山川長官は鬼籍に入り、海軍は迷走していた。

 智子は大反対したが、軍の方針は変わらなかった。

 特攻が正式に決定されると、智子は最初の特攻兵に志願した。

「やめてよ! あなたはエースよ。特攻なんかしなくても、普通の攻撃で敵艦を撃沈できるわ!」と雪子は言った。

 智子の瞳には普段の明るい光はなかった。 

「私は19歳よ。もうすぐ少女と言い張るのは無理な年齢になり、魔力を失う。後のことは後輩に任せて、私は逝くわ」

 雪子も19歳だった。魔法少女兵は20歳の誕生日に退役できる決まりがあり、その日まで生き延びれば軍人をやめることができたが、雪子は智子と共に死ぬことを選んだ。彼女も最初の特攻に志願した……。

 智子は空母とその周りをぐるりと取り囲む輪形陣に向かって、速度を上げた。雪子は全力でその後を追った。彼女の背中にも爆弾がある。

 ふたりの周囲に銃弾がばら撒かれはじめた。

「発見されたわ。防弾膜展開」

 智子と雪子は前方に銃弾をはじく防御魔法膜を張った。しかしこの魔法は大量の魔力を必要とし、数分間しか維持することができない。集中砲火で破られることもある。

 対空砲火がふたりの魔法少女に集中し、雪子は失速しそうになった。

「帰っていいのよ、雪子。特攻で死ぬなんて馬鹿げてるって、私も思ってる」

「あなたと一緒に死ねるなら、馬鹿げた作戦でもかまわない」

「実は私も、雪子が志願してくれて嬉しかった……」

 ふたりは空中で視線をからませた。

 敵空母から、青い目の魔法少女たちが飛び立ち、智子と雪子に向かってきた。

「行くわよ、雪子。これからが正念場」

「うん」

 ふたりの魔法少女は敵魔法少女戦隊を突破し、エンタープライズに激突するため、さらに速度を上げた。

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