第94話 モチデレ

 岩山いわやまダイヤは柔らかくて弾力のあるものが大好きだ。幼稚園生のときに参加した餅つき大会で、つきたてのお餅のびよーんとした柔らかさと弾力に感動し、以来その感触を理想として生きてきた。

 しかし現実はきびしい。なかなか理想には出会えないのだ。小学3年生のときに、柔らかくて美味しいと評判の草餅を買ったことがあるが、全然びよーんとは伸びなかった。ぷちっと千切れた。餡は美味しかったけれど、餅は不満だった。

 小学4年生の正月に近所の神社で行われた餅つき大会に参加した。びよんと伸びるなかなかよいお餅を醤油につけて食べた。美味しかったが、弾力があの理想の餅には及んでいなかった。びよんではなく、びよーんと伸びなくては、100パーセントのお餅とは言えない。せいぜい80パーセントのお餅だ。

 理想に出会えないまま、ダイヤは中学生になった。

 そこで、運命の出会いがあった。ガールミーツボーイだ。

 1年2組の自己紹介で、その男の子の頬に目が釘付けになった。

持田餅輝もちだもちてるです。運動が苦手です。ラーメンが大好きです。おかげで、こんなに太っちゃった。よろしくお願いします」

 餅輝の頬は赤くて、ぽっちゃりとしていた。あの頬を引っ張ってみたい、とダイヤは切望した。

 思い立ったら、すぐにやらなくては気が済まない性分だ。

「持田くん」とホームルームの後で話しかけた。

「岩山さん」

「ほっぺた触ってもいい?」

「ええっ、だめだよ!」

「えっ、だめなの? どうして?」

「知らない女の子にほっぺた触られるなんて嫌だよ」

「クラスメイトじゃんか」

「初めて話すよね?」

「そうだけどさ」

「知らないも同然だよ」

 ダイヤはどうしても餅輝の頬に触りたかった。伸ばしてみたかった。

「ラーメン大吉の醤油ラーメンをおごるよ!」

「えっ、あのこってり醤油の大吉かい?」

「あのこってり醤油の大吉のラーメンをおごる。そのほっぺたを触らせてくれるなら」

「おごっくれたら、もう知り合いだよ。食べた後なら、触らせてあげるよ」

 放課後、ダイヤと餅輝はラーメン大吉へ行った。

 ダイヤは醤油ラーメン大盛りをふたつ注文した。

「大盛り!」

 餅輝は興奮した。

 ふたりは豚の背油がたくさん浮いている熱々のラーメンをすすった。餅輝はむさぼるように食べた。

「美味しかった。約束は果たす。さあ、頬を触っていいよ」

 餅輝はずいっと顔を突き出した。

 その頬はラーメンを食べたせいか、テリッと光っていた。

 ダイヤは期待で震えた。もし期待がはずれたらどうしようと思うほど興奮していた。ラーメンを食べる前の餅輝よりも、その興奮は大きかった。

 彼女は右手の親指と人差し指で餅輝の左の頬をつまんだ。ぐにゅうんとした感触で、柔らかく、かつ、指を押し返す弾力があった。期待以上かもと思って、ダイヤの震えは大きくなった。

 彼女は引っ張ってみた。餅輝のほっぺたはびよよーんと伸びた。元に戻ろうとする反発力があり、ダイヤはくらっとした。理想を超えている。120パーセントのお餅だ、と思った。

 このお餅を自分のものにしたい。

「持田くんが好きです。持田くんのほっぺたが大好きです。つきあってください!」

「ぼくが好きなの? ほっぺたが好きなの?」

「だから、持田くんが好き。ほっぺたは大好き」

「要するに、ほっぺたが好きなんだよね。つきあえないよ」

「ええ~っ!」

 ダイヤはフラれたが、彼女は執念深かった。あの頬とは離れられない、と思い、常に餅輝の頬を見つめつづけていた。

 翌週、彼女はまた餅輝に話しかけた。

「持田くん、大勝利軒のワンタンメンをおごるよ」

「えっ、あのちゅるりんワンタンの?」

「そうだよ。ちゅるりんワンタンの大勝利軒のワンタンメンだよ。ただし、また告白を聞いてほしい」

「答えは変わらないと思うよ」

「それでも告白したいの」

「いいけどさ」

 ふたりは大勝利軒に行き、煮干し醤油味のスープに浮かんだちゅるりんワンタンを楽しんだ。

 食後にダイヤは告白した。

「持田くんが大好きです。持田くんのほっぺたが大大好きです。つきあってください!」

「ぼくが大好きなの? ほっぺたが大好きなの?」

「だから、持田くんが大好き。ほっぺたは大大好き」

「要するに、ほっぺたが大好きなんだよね。つきあえないよ」

「ええ~っ!」

 ダイヤはまたフラれたが、彼女はあきらめなかった。あの頬とは絶対に離れられない、と思い、ずっと餅輝の頬を見つめつづけた。 

 次の週に、彼女はまたまた餅輝に話しかけた。

「持田くん、あずさ屋のみそラーメンをおごるよ」

「えっ、あの辛みそラーメンをおごってくれるの?」

「あずさ屋と言えば、辛みそラーメンだよね。ただし、またまた告白を聞いてほしい」

「またかい。いいけどさ」

 ふたりはあずさ屋に行き、ふうふうと麺に息を吹きかけ、額から汗を流しながら辛みそラーメンを食べた。

 食後にダイヤは告白した。

「持田くんを愛しています。つきあってください!」

「ぼくのほっぺたは?」

「持田くんのほっぺたは持田くんの一部だよ。もちろんすっごく愛してるよ!」

「ぼくの心より、ほっぺたを愛しているんだよね」

「うん!」

「もうほっぺたでもいいや。きみには負けたよ。これからもぼくと一緒にラーメンを食べてくれるかい?」

「もちろんだよ! 餅のろんだよ!」

「餅のろん? なんだかよくわからないけれど、つきあおう」

 こうして、ダイヤと餅輝は恋人同士になった。

 デートのたびにダイヤは餅輝のほっぺたの感触を味わい、デレデレしている。

「このお餅、大好き!」

「ぼくの頬はお餅じゃないから!」

 ダイヤがびよよーんとその頬を伸ばす。

「ふぐぐ……」

「さっ、ラーメン食べに行きましょ!」

 ラーメンを食べた後の持田くんのほっぺたは最高なんだよね!

 彼女はわくわくしながら、ラーメン屋に向かった。  

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