第93話 人形の星
人は繰り返す感染症のパンデミックで死に絶えた。人が造りし人形だけが地上に残っていた。その数、およそ70億体。人に仕えし人形が、目的を失い、それでも動きつづけている。太陽が輝く限り、彼女ら彼らは生きていくのだ。
日本国カントウ州サイキョウシティに目を向けよう。そこには大きく古いお屋敷があり、人形たちが飽くことなく動いていた。
「ねえ、あなたに仕えさせてよ」とピラリロンドが目覚まし時計を止めながら言った。
「いや、ぼくがきみに仕えたいんだけど」とお布団をかたずけながらハラリスタッドが答えた。
「じゃあ、お互いに仕え合うのはどう?」
「いいね!」
メテオゴールドで造られし1011歳のメイド人形ピラリロンドとメテオシルバーで造られし1012歳の執事人形ハラリスタッドはそのお屋敷に住んでいた。メンテナンス人形マンゴーメロンがふたりの後ろに控えている。
かつてお屋敷にはご主人さまと奥さまとお嬢さまとお坊ちゃまがいた。999年前に第124新型コロナウイルス感染症で相次いで亡くなられた。
「あなたのために朝ごはんを作るわ」
「きみのために朝ごはんを作ろう」
ピラリロンドはインスタントラーメンに卵を落とし、ハラリスタッドはパンケーキを焼いた。
「残念ながらわたしは有機物を摂取することができないの」
「ぼくだってそうさ」
ふたりは庭に来た獣たちにラーメンとパンケーキをあげた。
光を浴びて、彼女と彼は生きている。ハート型太陽電池が胸の中に格納されている。
「ワンワン!」と犬人形のワンコウが吠え、「にゃあ」と猫人形のネココが鳴いた。
庭師人形のブリッドステイトが薔薇の手入れをしている。
「平和ね」とピラリロンドが言い、「平和だ」とハラリスタッドが答えた。
「人間さまがいなくなったら、争いはなくなった」とブリッドステイトが言った。彼の耳は200キロメートル先で吹いた微風の音を感知することができる。
昼になり、ピラリロンドはインスタントラーメンににんにくを混ぜ、ハラリスタッドはパスタを茹でた。
そしてまた獣にあげた。
「ワンワンワワン」とワンコウが吠え、「くぅーん」とネココが鳴いた。
ピラリロンドは空を見ていた。彼女のスターライトアイはアンドロメダの惑星を見ることができるほど高性能だ。
「何が見えるの?」
「オールトの雲の中にロケットがあるわ。あれは確か、宇宙船ラブアンドピース22号よ」
「ラブアンドピース22号は1001年前にブラックホールに墜ちたはずだよ」
「オールトの雲の中に極小ホワイトホールがあったみたい。いまになってそこから出現したのよ」
「なんてこった。すると、ロケットの中には人がいるのかい?」
「ロケットは損傷していない。人が生き残っている可能性はあるわね。わたしの量子脳の計算によると、あのロケットの船内時間は遭難から104日しか経っていない」
「ぼくはきみに仕えるのをやめる。ラブアンドピース号にいる人に仕えたい。ぼくは人間に仕えたいんだ」
「わたしだって人間に仕えたいわ。あなたに仕えるのはもうやめる。晩ごはんは作ってあげないんだから」
「私も生きている人間のために美しい庭をつくりたい」
スターライトアイを持っているのはピラリロンドだけではなかった。
地球にいる70億体の人形たちが輝かしいニュースを聞いて、ラブアンドピース号の帰還を待ち望んだ。
人間に仕えたい!!
メンテナンス人形を除くすべての人形の願いだった。
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