第63話 中学生小説 人類滅亡の謎 

 西暦2030年1月。

 世界中で奇妙なニュースが飛び交った。

 各地に時間の断層があり、過去と未来につながっているのだという。

 そこに入ってしまった人は、別の時間へ連れ去られる……。

 私は戯言として気にもとめなかった。


 そのニュースはしばらくいろいろなメディアで取り上げられていた。

 世界各地で人の失踪が相次いでいて、それはただの失踪ではなく、時間の断層に落ちたというのだ。

 馬鹿馬鹿しい。

 そんなはずがあるか。まるで科学的ではない。

 しかし私は戯言と思っていた時間の断層について、いつのまにか自分が興味を惹かれているのに気づいた。


 時間の断層の存在に反対する記事を目にした。

「小春町交差点で元日に人が消えた。そこに時間の断層があると噂になった。しかし人はひとり消えただけである。時間の断層があるならば、そこを通る人は皆、別の時間へ行ってしまうはずだ。時間の断層は存在しないのである」

 その記事に反対する記事も見つけた。

「小春町交差点には数秒だけ時間の断層が存在した。僕は目の前で女の子が消えるのを見た。その空間は歪んで未来の小春町が見えていた。女の子は未来へ行ったのだ。数秒後、未来の風景は遠くへ去った。時間の断層は移動するのだ」

 また変な話が出てきたぞ、と私は思った。


 その後、いろいろな仮説が発表されるようになった。

「時間の断層は拡大したり縮小したりする」

「時間の断層は突如として発生し、消滅する」

「時間の断層はどこにでも発生しうる。絶対にないという場所はない。家の中にあるかもしれない」

 私は時間の断層が気になって仕方がなくなっていた。


 私は仕事を終えて、自宅に帰った。

 疲れていた。

 居間の椅子に座って、テレビをつけた。恋愛ドラマを放送していた。

 そのとき、ふいに目の前の風景が砂浜になった。

 めまいがした。

 宙に投げ出されたような気がした。

 椅子に座っている感覚がなくなった。

 空間が歪んでいる。

 居間と砂浜の風景がぐにゃりと曲がって入り乱れ、私は気を失った。


 目が覚めた。

 充分に眠った感覚があり、疲れが取れていた。

 視界には空と海が広がっていた。

 私は自宅の居間ではなく、砂浜に横たわっていた。

 まさか……。

 自宅の椅子があったところが、時間の断層だったのでは!?

 海には背の高いシダのような植物がたくさん生えていた。

 異形の海だ。

 2030年の海ではない。

 いまはいつなんだ?

 

 私は海に向かってかけ、波打ち際で手を水につけた。

 海の水は暖かかった。

 私の自宅は神奈川県にあった。

 1月の神奈川の海は冷たい。

 私は時間と空間を移動してしまったらしい。

 これからどうすればいいんだ……。


    ◇


 私はどうやら時間の断層に落ち、遠い過去か未来の砂浜に来てしまったらしい。

 砂浜には私以外の人影はない。

 これからどうすればいい?

 

 太陽の位置は高かった。

 私は空腹だった。

 海の反対側には草原があり、彼方には森林が見えた。

 森に行けば何か食べられるものがあるかもしれない。果実とか。

 私は立ち上がり、砂浜から草原に向かって歩いていった。


 私は裸足だった。ジャージ上下を着ていた。

 時間の断層に落ちる前、自宅で来ていた服だ。

 風がさやさやと吹いて、草を揺らしていた。

 気温は高めだ。初夏の陽気。

 ここが知っている場所なら、草原の散歩を楽しめただろう。

 しかしいまがいつでここがどこだかわからない。

 不安だった。


 2時間ほど歩くと、草原が終わり、私は森に入った。

 下草が少なく、苦労せずに歩ける。

 樹々の背は高い。100メートルを超えるような樹が何本も生えていた。

 低木もある。

 しかし果実は見つからなかった。

 湧き水を見つけた。透明な水だった。

 私はのどが渇いていた。

 水を飲まなければ死んでしまう。

 私は夢中で水を飲んだ。水をこんなに美味しいと感じたのは初めてだ。


 森には獣道があり、枝分かれしていた。

 私は森をさまよっているうちに方向感覚を失った。

 どこから来たのかもわからなくなった。

 迷ってしまった。


 森になど入るのではなかった。

 後悔したが、どうしようもない。

 脱出したい。

 どちらに行けばいいのかわからないが、ひたすらに進みつづけた。

 空腹はひどくなっていた。元気がなくなっていく。

「もうだめだ。こんなところでわけもわからず死んでしまうのか……」

 絶望にさいなまれながら、私はのろのろと足を動かした。


 疲れて座り込もうとしたとき、かすかにザザーンという音が聞こえた。

 ザザーン、ザザザザー、ザザーン……。

 波の音だ。

 私は波の音に導かれて、歩きつづけた。


 森が開けた。

 そこにあったのは湖だった。

 風に吹かれて白波を立てる湖。遠くに対岸が見える。さきほどの海に生えていたシダ植物はない。

 私はその水を飲んでみた。

 淡水だった。

 まちがいなく、ここは湖だ。

 海ではない。


 湖にはたくさんの魚が泳いでいた。

 これを食べれば飢えをしのげるが、あいにくと釣り道具を持っていない。

 手づかみでつかまえられないか?

 私は湖に入り、大きな魚を捕まえようとした。

 魚は逃げようとしなかった。

 敵が存在しないからかもしれない。

 大きな魚を捕まえることができた。

 岸に上がった。

 火を焚きたいが、ライターなしで火を熾す技術がない。

 私は生のままで魚を食べた。

 しばらくここで生きていこうと決めた。 


    ◇


 夜になった。

 見慣れた月があり、星がまたたいていた。

 どうやらここは地球らしい。別の惑星ではなさそうだ。

 湖の対岸に炎が見えた。

 火事ではない。

 焚き火のようなサイズだ。

 もしかしたら、対岸に人がいるのかもしれない……。

 私は誰かに会いたかった。

 しかし夜に移動するのは危険だ。

 明日、対岸に行ってみよう。

 今日はもう眠ろう。疲れた……。


 翌朝、目が覚めたとき、太陽はすでに天高く昇っていた。

 時計を持っていないので、何時かはわからない。

 そんなことはどうだっていい。

 私は岸沿いを歩き、昨夜焚き火らしきものがあった場所に向かった。

 やがて、焚き火の跡を見つけた。

 ほぼ灰になっていたが、薪を組んだらしい跡が残っていた。

 人はすでにそこにはいなかった。

 どこかへ行ってしまったのだろう。

 人類以外の知的生命体が進化している未来という可能性もあるが、私は昨夜ここに人がいたのだと信じたかった。

 私はそこで待つことにした。

 また魚を捕まえて食べた。


 太陽が沈みかけたとき、森から人が現れた。

 奇妙な金属の服を着ていた。女性で、美しい金髪を肩まで伸ばしていた。

「こんにちは」と私は言ってみた。

 女が英語のような言語をしゃべり、金属の服の胸についている四角いスピーカーのような部品が「こんにちは」と発音した。

 どうやら翻訳機らしい。

「私は2030年の日本からこの世界に飛ばされてきました。時間の断層に落ちたのだと考えています」

「私は2151年のアメリカ合衆国から来ました。時間の断層に落ちたのです」

 女は時間の断層に落ちたと断言した。

「私の名前はアベと言います」

「リサと呼んでください」

「一緒にいてもいいですか」

「ぜひ一緒にいてください。私は孤独だったのです」

 うれしかった。

 リサは私に森で獲ってきた果実をくれた。柑橘系の果物で、とてもすっぱかった。


 リサは火打ち石を使って火を熾した。

「ライターも持っているんだけど、オイルを節約しているの」と彼女は言った。

 焚き火で魚を焼いた。

 リサは海水からつくった塩を持っていた。

 美味しい焼き魚を食べることができた。

「私は時間の断層への落下に備えて、サバイバルグッズを持っていたの。そのおかげで、この世界でもう長い間生き延びることができている」

「私は昨日ここへ来たばかりです。ここではいま西暦何年なのでしょう?」

「かなりの未来であることは確かよ。森の中に2151年の都市に似た古びた遺跡があるから」

「そうなのですか」

「2151年、すでに人類は滅亡しかけていた。この時空間では、もう人類は滅亡している可能性が高い。西暦という概念はなくなっているわ」

 私は驚いて絶句した。

「人類は滅亡したのですか……。どうして?」

「2140年、侵略者は海からやってきた。黒い怪物が……」

「黒い、怪物……」

「人類は黒い怪物と戦った。しかしやつらは次から次へと海からやってきて、人類を捕食したの。戦いは終わることなく、2151年、人類の人口は激減していたわ。明日、人類の遺跡に連れて行ってあげる。そこに人間と黒い怪物の死体が残っているから」

 私は焚き火を見つめた。

 もう人類は滅びているのだ。

 この世界には私とリサしかいないのかもしれない。


    ◇


 私はリサに先導されて、森に入った。

 巨木の森。

 私がやってきたのとは反対側の森林だ。

 見たことのない広葉樹があり、そこには昨日食べた柑橘系の果実が実っていた。

 手の届く高さにいくつもある。

 この果実は私でも簡単に手に入れられる。

 湖のほとりにいれば、水を飲めて、魚と果実を食べて生きていくことができそうだ。


 森を歩くこと約1時間。

 森が終わり、開けた場所に出た。

 そこは私が見たことのない形をした都市の遺跡だった。

 たくさんある建物は曲線で形作られ、どれもとてつもなく高層だ。巨木より高い。

「22世紀の人類都市の遺跡よ」とリサの翻訳機が発音した。

 しかしもう長い間放置されていて、多くの建物が草や蔓に覆われている。

 人が住んでいる気配はない。

 放置されて何十年と経っていそうだ。

 たくさんの白骨死体が落ちていた。

 そして、黒い乾涸びたタコの皮のようなものも多数散らばっていた。

 ひとつひとつの黒い皮は大きい。頭から触手の先まで長さは2メートルほどもある。

「これが黒い怪物か?」

「そうよ。巨大なタコのような生き物。でも厳密にはタコではなくて、水陸両棲なの。こいつらが海から上がって、人間を食うようになった」

「なぜ2140年にこいつらは陸に上がってきたんだ?」

「それは……」リサは言い淀んだ。「人類が海を汚染し尽くし、海の魚がいなくなってしまったからよ」

「海洋汚染が原因なのか?」

「人類は海を汚し、魚がいなくなってしまった。魚を食べていた黒い怪物は陸へ上がり、人間を食べるようになったの。人類と怪物は戦い、人類は劣勢になった。海に近い都市は放棄された。しだいに人類は追いつめられ、どんどん内陸へと逃げた。2151年には、もう人類は滅亡に瀕していたわ。私は時間の断層に落ちて、この時空間で生きているけれど、おそらくもう人類は滅亡している。私とあなたが最後の人類ってわけね」


「黒い怪物はいまもいるのか?」

「わからない。人間を食い尽くして、やつらも食べ物を失い、滅びたのかもしれない。はっきりしたことはわからないわ。この世界を調べ尽くすことはできない。私は生きやすいあの湖のほとりを離れられない」


 私はリサとふたりで、この時空間のアダムとイブになって人類を復活させられないかと考えた。

 私もリサも若い。子どもを産み、育てることができるはずだ。

 その夜、焚き火を囲んで、そのことについて彼女と話し合ってみた。

 彼女はうなずいてくれた。

 

 私と彼女の仲は急速に接近した。

 半年後、リサに妊娠の兆しがあらわれた。

 結婚式はあげていなかったが、私は彼女を妻だと思っていたし、彼女も私を夫だと思っていてくれたと思う。

 私たちはふたりとも喜んだ。


 私はここで生きていくつもりだった。

 しかし、運命は残酷だった。

 お腹が大きくなってきたリサを湖畔に置いて、私は森で薪を集めていた。

 乾いた枯れ枝を拾って、顔を上げたとき、ふいに私が住んでいた居間が見えた。

 めまいがした。

 宙に投げ出されたような気がした。

 立っている感覚がなくなった。

 空間が歪んでいる。

 森と居間がぐにゃりと曲がって混ざり合って見える。

 私は意識を失った。


 気がつくと、私は自宅の居間で倒れていた。

 テレビがついていて、見慣れた恋愛ドラマが映っていた。

 私は時間の断層を通って、元の時空間に戻ってきたのだ。

 リサの姿は見えない。

 彼女はまだあの遠い未来の湖畔にいることだろう……。


 あ・と・が・き


 中学生のときに大学ノートに書いた小説です。

 電子版をここに残しておくことにしました。

  


 

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