第61話 明治元年戦艦大和
ときに西暦1868年、元号は明治となったが、この世界線では江戸時代が続いている。
明治維新は起こっておらず、徳川幕府は健在である。
長州藩も薩摩藩も反乱を起こしていない。
幕府の力は絶大だ。
幕府海軍の旗艦は戦艦大和。
46センチ三連装砲を主砲とするこの軍艦は未来からやってきたもので、この時代の世界の海軍が束になってもかなわない。
日本だけ時空が歪んでいて、未来軍が来るのだ。
日本は鎖国を続けている。
その独立はゆるがず、侵略しようとする国はない。
大和には軍艦奉行兼連合艦隊司令長官の勝海舟が座乗している。
1868年12月1日午前10時、勝は大あくびをした。
「ふわああ、暇だなあ」
大和は横須賀基地にいる。
江戸湾の波は凪いでいた。
「榎本くん、ひとつ、航海でもしないかい」
榎本武揚は大和の艦長である。
「大和は日本の守護の要です。軽々しく動かしてはなりません」
「堅い、堅いよきみ、堅すぎる」
「堅いですか」
「ああ、もっと柔らかくならないと、武蔵の艦長に左遷するよ」
「では、もっと柔らかくなります」
「それでよろしい。では航海だ」
「行き先はどこですか?」
「ヨーロッパだよ、きみ」
「幕府に許可を取りませんと……」
「わかった。将軍様にかけあってくる」
勝海舟のフットワークは軽く、江戸城に行って、征夷大将軍徳川慶喜に拝謁した。
「こたびは、大和の訓練航海を許可していただきたく、参りました。ヨーロッパへ行きたいのですが、許可をお願いいたしまする」
「よい。じゃが、わしも連れていけ」
というわけで、将軍を乗せて、戦艦大和は出航した。
大和はインド洋、希望峰沖を経由し、ヨーロッパにやってきた。
徳川慶喜、勝海舟、榎本武揚はパリを観光した。
ナポレオン・ボナパルトが作らせたエトワール凱旋門をくぐった。フランス料理を食べ、ワインを飲んだ。満足した。エッフェル塔はまだ着工もされていない。
3人は次にロンドンに行き、大英博物館を見学した。イギリス料理を食べ、紅茶を飲んだ。満足した。
「これでよい」と将軍は言った。
戦艦大和は帰国の途についた。
46センチ砲は1発も発射されなかったが、フランス皇帝もイギリス女王も縮み上がり、ジャパンにだけは手を出すまいと心に決めた。
世界史はざわついていたが、日本は平和だった……。
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