第55話 頭突き少女カンナ

 神無月カンナの頭蓋骨は人並みはずれて硬い。

 ものすごく硬い。ダイヤモンドより硬いかもしれない。

 彼女がそのことに気づいたのは、小学二年生のときだった。

 クラスの男どもが女の子たちのスカートをめくって遊んでいた。女子みんなが被害に合い、カンナにも魔の手が迫っていた。

 カンナの脳裡は真っ白になり、何も考えずに反撃した。具体的には、近づいてきた男子に頭突きを食らわせた。その男子はバタンと倒れ、気絶した。カンナ自身は全然痛みを感じていなかった。さらにふたりに頭突きを見舞い、三人を簡単に倒した。

 男子たちは怖れてそれ以上近づいてこなかった。

 カンナは、あれ、あたし強いんじゃね?と思った。

 神無月カンナがスケバンへの道を歩き始めたのはそれからだった。彼女は二年生で一番強いと言われていたジャンボ鶴井に挑戦状を叩きつけた。

「放課後、校庭で。二年生で一番強いのは誰かを決めよう」

 ジャンボ鶴井はカンナが頭突きで三人の男をのしたことを知っていた。最初から全力で行き、得意技のバックドロップでカンナの息の根を止めようとした。

「痛え。でも耐えられたぜ」

 カンナは猛然と突っ込み、鶴井に頭突きを食らわせた。うご、とうめいてジャンボ鶴井はずずーんと倒れた。その後、鶴井はカンナを姉御と呼んで、慕うようになった。

 三年生のときもカンナは学年一の強さを誇った。

 四年になり、彼女は学校一の番長をめざし、六年のライオンマスク三沢と対決した。三沢はすばやい動きでカンナを翻弄したが、カンナに一発頭突きを決められて、目を回して気を失った。カンナは小学校の女番長になり、三沢は彼女の子分になった。

 中学一年生のとき、学校の番長は三年生の三沢だった。三沢は「親分、待っていました」と言って、新入生のカンナに番長の座を譲った。

 カンナは勢力拡大をめざした。鶴井、三沢、その他の子分を引き連れ、隣の中学校へ乗り込んだ。そこの番長は天龍川源一だった。

 夜の中学校で、カンナ軍団対天龍川軍団の戦いが繰り広げられた。天龍川はカンナに得意技のパワーボムをぶちかました。

「効かねえな」

 カンナは額を天龍川の顔に叩きつけた。天龍川源一は鼻血を出して地面に崩れ落ちた。大将を失い、天龍川軍団は降参した。

 このようにして、神無月カンナは勢力を広げていった。頭突きのカンナと怖れられ、戦わずして降伏する中学校も多かった。竹刀でカンナの頭を本気で叩いた敵もいたが、竹刀が折れた。

 カンナは東京都の多摩地区に住んでいたが、二年生になる頃には、地区のすべての中学校の総番長になっていた。彼女は東京一の番長をめざした。

 二十三区の中学校を支配していたのは、アメリカ系日本人のスタン帆船だった。スケバンカンナは子分たちを引き連れ、二十三区へ侵攻した。代々木公園で大乱闘になり、帆船は得意技のラリアットで多摩地区の猛者たちを倒しまくり、カンナは頭突きで二十三区の不良たちを昏倒させていった。

 帆船はカンナにラリアットを決めた。カンナは一瞬気絶しそうになったが立ち上がった。

「おれのラリアットを食らって、立ち上がるだと?」

 帆船はおののいた。

 カンナはのしのしと歩き、「今度はあたしの番だ」と言った。帆船は頭突きを受けて、どがんと倒れた。

 彼女は二年生にして、東京を統一した。三年生のときには、頭突きのカンナ、ダイヤモンドヘッドカンナ、東京総女番長などと言われて、その名を関東に響かせていた。鶴井、三沢、天龍川、帆船はカンナの四天王と呼ばれていた。

 カンナは三年生のとき、神奈川のブル座ブロディと千葉のオーニタ厚を倒し、南関東を統一した。

 高校性になっても、カンナの快進撃は続いた。一年生にして南関東の総番長になり、軍勢を率いて北関東に進出した。北関東は戦わずして降伏した。

 北海道・東北には強敵がいた。北の総番長ジャイアント高田馬場である。

 頭突きのカンナは彼女を姉御と慕う鶴井、三沢、天龍川、帆船、ブル座、オーニタとその他の子分たちを率い、東北地方を北上した。

 ジャイアント高田馬場は北の軍団をまとめて、仙台で待ち受けていた。カンナ軍と高田馬場軍は激突した。高田馬場は「あぽー、あぽー」と叫んで、空手チョップやドロップキックでカンナ軍を蹴散らした。彼は怖ろしく強かった。カンナ軍は押しに押された。

 カンナは自ら高田馬場に立ち向かった。ジャイアント高田馬場はカンナの頭をチョップした。すると、彼の手の骨が折れた。

「なんのこれしき。あぽー」

 高田馬場はドロップキックを放った。カンナは頭で受けた。すると、高田馬場の足の骨が折れた。

「まいった」と彼は言った。

 カンナ軍団は「うおー」と叫んだ。神無月カンナが東日本の総番長になった瞬間であった。

 カンナは高校二年生になり、天下統一をめざした。西日本への進出である。

 西日本総番長はボンバイエ猪木であった。延髄キックを得意技とする闘魂の男である。自身が強いだけではなく、薩州力、ドラゴン藤波、レッシャー木村、ハルク保岩などの猛者を従えていた。

 カンナは高田馬場、鶴井、三沢、天龍川、帆船、ブル座、オーニタとその他の子分たちを引き連れて、東海道を下った。彼女を阻む者はいなかった。

 ボンバイエは関ヶ原に陣を張っていた。東と西、天下分け目の戦いが始まった。ボンバイエ軍は強く、三日三晩戦っても決着がつかなかった。

 カンナは自分でけりをつけるしかないと覚悟を決め、薩州力、ドラゴン藤波、レッシャー木村、ハルク保岩を頭突きでやっつけて、敵の本陣をめざした。そこにはボンバイエ猪木が待っていた。

 ボンバイエがカンナに延髄キックを見舞った。カンナの延髄はそれに耐えた。

「あたしの頭突きは誰にも耐えられねえぜ」と叫んで、カンナは自分の頭をボンバイエの頭にぶっつけた。

 効かなかった。ボンバイエの頭は、誰よりも柔らかかったのである。

 ものすごく柔らかかった。こんにゃくより柔らかいかもしれない。ぐんにゃりと曲がって、カンナの頭突きを受け止めた。

「そんなバカな」とカンナはうめいた。「それでも人類か」

 ボンバイエは不敵に笑った。

「おれの延髄キックが効かないなんて、おまえこそ人類か?」

 誰よりも頭の硬い女と誰よりも頭の柔らかい男は、激闘を続けた。結局、決着はつかなかった。カンナ軍は東に引き上げ、ボンバイエ軍は西へ帰った。

 高校を卒業したとき、神無月カンナはスケバンをやめた。高卒で就職し、OLになった。その後、お互いに認め合っていたボンバイエと結婚した。

 頭の硬い女と頭の柔らかい男の間に生まれた子の頭は、ふつうの硬さだったそうだ。

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