第46話 脳内ナビゲーター
僕たちの脳内にはナビゲーターが設置されている。正確にはナビゲート受信装置。みんなナビと呼んでいる。
毎朝、ナビが僕を起こす。雨の音を脳内で響かせて、穏やかに起こしてくれる。かすかな雑音のような音だ。
「おはよう、ナビ」
〈おはようございます、陽太様。本日は五月十一日月曜日、中学校登校日です。現在、午前七時です。天気予報は晴れのちくもり、午後の降水確率は十パーセントです。傘は不要です〉
僕は顔を洗い、リビングへ行く。お母さんがキッチンで朝食を調理している。ナビが今朝のレシピをお母さんに伝えているはずだ。
ごはんと鯵の塩焼き、冷やしトマト、豆腐とわかめのお味噌汁というメニューだった。僕はお父さん、お母さん、妹と一緒に食べる。
〈七時二十五分になりました。歯を磨き、トイレに行ってください〉
「了解。いつもどおりだね」
僕がトイレにこもっているとき、ナビがいつもとちがうお知らせをくれた。
〈田川美亜様のナビから連絡がありました。本日発熱のため、学校は欠席されるとのことです。いつもの待ち合わせ場所には行けない、ごめんね、とのおことづてをいただきました〉
「了解。お大事に、放課後にシュークリームでも持ってお見舞いに行こうか、と伝えて」
〈了解しました。送信しました。返信がありました。ありがとう、シュークリーム楽しみにしてる、とのおことづけをいただきました〉
午前八時、ナビの指示にしたがって、僕は家を出た。徒歩十五分で中学校に到着。二年二組の教室に入る。窓際の前から三番めが僕のシートだ。
僕はシートに体を横たえる。ナビが睡眠導入剤を分泌して、僕は眠る。ナビが僕に睡眠学習をほどこしてくれる。
正午に雨の音がして、僕は目覚めた。
給食を食べて、昼休みは校庭で遊ぶ。僕はたいていソフトボールをする。守備位置はショート。僕のナビがチームメイトのナビと調整して、それを決めた。
〈午後一時です〉
僕たちは急いでソフトボールの用具を体育用具室にかたづけて、教室に戻る。
午後も睡眠学習だ。
意識がないので、何を学習しているのかわからないのだが、僕の知識と知能は着実に進歩しているはずだ。
午前三時に下校。
〈シュークリームは三月堂でご購入なさいますか?〉
「そうする」
〈ご案内は不要ですね〉
「いらない。美亜の家への案内も不要だよ」
〈了解しました〉
洋菓子店の三月堂で美亜と彼女の家族の分を含め、四つのシュークリームを買った。決済はナビがやってくれる。僕の口座からシュークリーム代が三月堂の口座に振り込まれる。
僕は学校指定のかばんとシュークリームが入った白い紙箱を持って美亜の家へ行く。
〈到着を田川美亜様のナビに送信しました。送信を失敗しました。妨害されています〉
【こちら新情報案内株式会社です。田川美亜氏は悪質な感冒ウイルスを保持しています。シュークリームを置いて帰宅してください】
僕のナビとは異なる声が脳内で響いた。ときどき起こるナビジャックだ。
〈新情報案内株式会社は二か月ほど前に設立された信用度Dランクの会社です。送信強度をあげて、妨害を突破しますか?〉
「ちょっと待って。美亜が悪質な感冒ウイルスを持っているというのは本当なの?」
〈送信強度をあげて、田川美亜様のナビに確認を取ります。問い合わせました。田川美亜様の持つウイルスの危険性は弱毒に分類されます。感染する可能性はありますが、面会不可ではありません〉
【あらゆる感冒ウイルスは悪質です。田川家への訪問を取りやめ、帰宅してください】
僕はとても迷った。決断することができない。ものごとを決めるのはとても苦手だ。
「どうすればいいの?」
〈田川美亜様のナビと調整します。調整しました。シュークリームを玄関で田川美亜様のお母様に渡すことを推奨されました。美亜様は了解済みです〉
「じゃあそうする」
〈田川奈美様のナビに用件を送信しました〉
美亜のお母さんが玄関のドアを開けた。
「こんにちは。これシュークリームです。美亜さんのお見舞いに持ってきました。ご家族で食べてください」
「あら、ありがとう。えーと、野上陽太くん」
美亜のお母さんと会うのは初めてだ。僕の名前はナビに訊いて知ったのだろう。
「美亜さんに、お大事にって伝えてください」
「わかったわ。ナビを使わずに、直接言うわね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
僕は菓子箱を渡し、自宅に向かった。
【こちら新情報案内株式会社です。お客様にお安く有益な情報を提供いたします。ご契約はいつでも受け付けています】
「うるさいなぁ」
〈新情報案内株式会社との接続をブロックしますか?〉
「うん。そうして」
〈ブロックしました〉
ふう。どうせまた別の会社のナビがジャックするんだけどね。
僕には、どの会社のナビがすぐれているかなんて判断できない。家族が使っているのと同じナビを使い続いている。
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