第45話 ヒト型AIの街
僕はヒト型AIの街に住んでいる。
人間ではない。ヒト型AIのひとりだ。
中学二年生の男子。家族は父と母。高層マンションの3階に住んでいて、歩いて中学校に通っている。成績は中ぐらい。帰宅部で、趣味は街の散歩。そういうAIだ。
ヒト型AIの街は、人間が訪問して楽しむためにある。
僕の住む街にも何人か人間がいるらしい。
でも僕には誰が人間で、誰がAIかを区別する能力はない。
僕は人間がこの街を楽しめるための風景のようなものだ。
この街が人間の街らしく見えるようにするために存在している。
すべてのヒト型AIがそのために存在している。
僕は午前七時に目が覚める。
ベッドから起き出して、顔を洗う。
おそらくAIである母は毎日同じ朝食を食卓に三人分並べる。
トースト一枚とベーコンエッグとレタスのサラダ。
父と母と僕は午前七時十五分に食べ始めて、二十五分に食べ終える。
それから僕は歯を磨き、トイレに行き、中学校の制服を着る。学校に行き、授業を受ける。
放課後、僕は趣味の散歩をする。街をうろつく。
そんな日々を送っている。毎日が同じように過ぎていく。
くり返し、くり返し、くり返し。
六月の雨上がりの放課後のことだ。駅前で見かけない人影を見つけた。
電車から降りてきて、改札からこの街に出てきた知らない女学生。見慣れない制服を着ている。
僕は駅前のベンチに座り、缶ジュースを飲みながら、女学生を観察した。
もしかしたら人間かもしれないが、こちらから話しかけることはない。そのように僕は設計されている。
彼女はたぶん中学生。同い年ぐらいだろう。
紙片を握りしめて、きょろきょろとあたりを見回している。
僕と目が合って、ずんずんとこちらに近づいてきた。
「あのう、ちょっと道を教えてほしいのですが」
「はい。わかる場所なら、ご案内しますよ」
僕は頼られれば親切にするキャラクターだ。
「ブルースカイマンションって知っていますか。この地図に書いてあるんですが、あたし、地図を読むのがとっても苦手なんです」
「ブルースカイマンションならわかります」
僕の住んでいるマンションだ。
「ご案内できますので、ついてきてください」
僕はマンションに案内した。
「ブルースカイマンションの3階に伯母が住んでいるんです。あたしの両親が仕事の関係で外国に行くことになったんですが、あたしはどうしても日本にいたくて。それで、伯母さんの住まいに居候させてもらうことになったんです」
ふぅん。
この話だけでは、そういう設定のヒト型AIなのか、そういう設定でこの街で遊ぶことにした人間なのかわからない。
ブルースカイマンションに到着した。
僕は3階まで案内した。そのまま帰宅するつもりだ。
「ありがとうございました。助かりました」と彼女は言った。
そして301号室の前に立った。
え、僕の部屋なんだけど。
「あなたの伯母さんの名前を教えてもらってもいいですか?」
「白石みどりっていう人です」
僕の母の名前だった。いとこを招くなんて聞いていない。
「白石みどりは僕の母です」
「え?」
そのとき僕の携帯電話が鳴った。
「はい」
「もしもし、悟?」
白石悟というのが僕の名前だ。
「うん」
「今朝、伝えるのを忘れちゃったんだけど、今日の夕方、親戚の子がうちに来るから。西田はるかちゃんっていう女の子。あんたと同級生よ。しばらくうちで暮らすことになるから」
「同い年の女の子と一緒に暮らすの?」
「そう。変な気を起こしちゃだめよ。とにかく、うちに来たら、迎え入れてあげてね」
「わかった」
「それじゃ、よろしくね。帰りは午後七時ぐらいになると思う」
通話はそれで切れた。
「あなたの名前は西田はるかさんですか?」
「そうよ。あなた、悟くんなのね。あたしのいとこの」
彼女はひまわりのように笑い、僕の手を取ってぶんぶんと振った。
こうして、同居人が増えた。
西田はるかは僕の学校に転入してきて、クラスメイトになった。
はるかは男の子との同居ドキドキラブコメディを望んでこの街に来た人間なのか?
その可能性はある。
僕はこれからどうふるまえばいいのだろう。
こんな変化に対応できる能力は僕にあるのだろうか。
僕の動きはとてもぎこちなくて、彼女とうまく話すことができない。
彼女を見るだけで赤面してドキドキしてしまう。
中学二年生男子の外見と知能を与えられたヒト型AI、個体名白石悟。
ヒト型AIの街から出られない。
電車に乗ることが許されていない。
西田はるか。電車に乗ってやってきた女の子。
彼女は電車に乗って街の外に出られるのだろうか。
まずはそれを見極めようと思っている。
◇ ◇ ◇
わたしは中学一年生のときにクラスで一番人気のある男の子から告白されて、つきあい始めた。
彼はサッカー部に所属していて、顔立ちが整っていて、快活でよく話す男の子だった。
わたしはかわいいと言える容姿をしているのかもしれないが、読書が趣味のおとなしい女子だった。
友だちもいなかった。
彼がわたしを気に入ってくれたのは、たぶん容姿が少し整っていたからだろう。
ひょっとしたら、内気な性格も彼の庇護欲をくすぐったのかもしれない。
つきあい始めたのは十月だ。
一か月間はしあわせだった。
わたしはサッカー部の練習を見学し、終わったら彼と一緒に下校した。
十一月からわたしに対するいじめが始まった。
クラスの女子がわたしを露骨に無視した。
教科書や上履きがなくなることもあった。ゴミ箱を探すとたいてい見つかった。
わたしのような地味な女が華やかな彼とつきあっているのがいけないんだ。そう思った。
わたしはサッカー部の見学をやめた。
それでも彼はわたしに話しかけてきて、クラスの女子の陰湿ないじめは続いた。
わたしは二月から学校に行けなくなった。
母がわたしを神経内科クリニックへ連れていき、わたしは鬱状態であると診断された。
わたしは服薬するようになったが、同級生の女子たちがSNSでわたしに対する悪口を書いていて、いじめがまだ続いているのを知っていたから、学校へ戻る気にはなれなかった。
「ヒト型AIの街があるんだ。そこではいじめは絶対にない。AIの教師がいる中学校もあって、きちんとした教育が受けられる。AIはとても人間に似ていて、見分けがつかないくらいだ。友だちも作れる。もしその気があれば、AIの彼氏を作ることだってできるよ。そこへ行ってみる気はないかい? ちゃんとした暮らしができて、学校もきちんと卒業できる」
クリニックの先生からそんな提案をされたのは、四月のことだった。
最初はそれではだめだと思った。AIの街なんかじゃなくて、人間の街で立ち直らなくてはいけないと思い込んでいたから。
でも四月中旬に一日学校に行って、わたしを見る女子たちの目が獲物を見つけた獣のようで怖かったから、その提案を受け入れることにした。
六月から、わたしはAIの街で暮らすことになった。
クリニックや学校の先生や両親がすべての手続きをしてくれた。
わたしは行くだけだった。
わたしの伯母だという設定のAIの住まいで暮らす。
そこにはわたしのいとこだという設定の親切でかわいらしい顔をした男の子のAIも住んでいる。
彼と恋愛をすることもできる。
わたしはひとめでいとこの男の子を気に入った。
わたしを見て赤面するところもかわいい。
快活なサッカー部の少年よりも、ずっとわたし好みだった。
わたしはこの街で中学校を卒業するつもりだ。
その先どうするかは今はまだわからない。
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