第47話 反物質宇宙論講義

 我々の宇宙が生まれたとき、物質と反物質があった。それらは対消滅して大半が消えたのだが、物質の方が多かったので、反物質はすべてなくなり、物質は残った。そのため我々の宇宙に物質を材料とした星が生まれた。星の表面に物質からなる生物が生まれた。人間も物質からできている。

 もし反物質の方が物質より多かったら、宇宙はどうなっていただろうか。反物質からなる星と反物質でできた生物が生まれていただろうね。

 これが私の反物質宇宙論で、二十年ほど前に最初の論文を書いたのだが、そのときは空想的な仮説でしかなかった。ところが、我々の宇宙が別の宇宙と衝突し、衝突箇所で星々が次々と消滅していることが八年前に観測されて、反物質宇宙論の研究者が急増した。今では我々の物質基盤宇宙が反物質基盤宇宙と衝突していることは定説となっている。

 我々の宇宙の運命は、「彼らの宇宙」と仮に呼ぶことにするが、彼らの宇宙の反物質の量に左右される。衝突している部分で対消滅が起こり、我々の宇宙の物質が消え、同時に彼らの宇宙の反物質が消えている。その過程は物質か反物質かどちらかが尽きるまでつづく。我々の宇宙の物質が彼らの宇宙の反物質より多ければ、我々の宇宙が残る。彼らの宇宙の反物質が我々の宇宙の物質より多ければ、我々の宇宙は消滅し、彼らの宇宙が残るというわけだ。

 八年前、木星軌道上のステーションで遠い星々の消滅を観測した人物が私の論文を読んでいて、連絡をくれた。私は観測者から多くのデータをもらい、反物質宇宙との衝突が星の消滅の原因であるとの論文を書いた。その仮説はその後多くの研究者によって証明、支持され、定説となるに至った。

 残念ながら、彼らの宇宙がどれだけの反物質を有しているかはわかっていない。我々は我々の宇宙しか観測できないので、衝突部分を観測して彼らの宇宙の姿を推測するしかないのだが、その大きさを判断できる材料は見つかっていない。

 衝突は二億光年先の彼方で起こっており、光のおよそ十分の一の速度で進行していることが観測によりわかっている。あと二十億年ほどたったら、我々の銀河は彼らの宇宙と衝突する。銀河内の星々は消滅していく。地球なんてひとたまりもないだろうね。おそらく地球上の生物は痛みを感じるひまもなく消えるだろう。

 希望はある。彼らの宇宙が反物質を少ししか持っていなくて、二十億年がたつ前に反物質を消費し尽くして消え、我々の宇宙が残る可能性はゼロではない。その場合、我々の銀河は存在しつづけることができる。私はそうであることを祈っている。

 しかし私の研究所では、彼らの宇宙が我々の宇宙を消滅させる場合を想定して、反物質宇宙で我々が生き残れる方法や第三の宇宙に脱出する方法なども研究している。それが成果を生むかどうかはまだまったくわからない。

 何か質問はあるかね?

「まったく初歩的なことなのですが、反物質で星や生物が作れるのですか?」

 ああ、もちろん作れるよ。反物質は素粒子の電荷が物質と逆になっているだけだ。反物質は物質と接触しない限り、安定した性質を持っている。彼らの宇宙には、反物質でできている知的生命が存在している可能性もある。私はそれを想定して、彼らと呼んでいる。

 彼らと共同研究ができるといいのだが、彼と会ったら、私と彼は対消滅してしまう。ははは。

 時間になったようだ。最後にお願いがある。反物質宇宙を研究してくれる気になった人がいたら、私の研究所を訪ねてほしい。人手が足りなくてね。研究者を募集中だ。宇宙物理学者、天体観測家、数学者、情報工学者、AI設計者は大歓迎だ。

 以上で私の特別講義を終了する。ご静聴どうもありがとう。

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