第38話 わたしのええじゃないか
失業し、失恋し、24歳にして何もかもを失った気分だった。実際には多少の貯金があり、実家暮らしで飢えることもなく、生きていけるのだが、死にたかった。
でも、死ぬのは怖い。
日本の歴史に、江戸時代末期に、ええじゃないかという民衆運動があったらしい。詳しくは知らない。わたしは、どうでもええじゃないか、という気分になっていた。
そうだ、ええじゃないかをやろう。やけくそだ。
わたしはビキニの水着を着て電車に乗った。ものすごい視線を感じたが、ええじゃないか。
渋谷駅で降りて、ハチ公前に行った。わたしの水着姿をそこにいたすべての人が見た。
わたしは注目を浴びたまま、ゆるやかに踊り出し、ええじゃないかを始めた。
「ええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい」とわたしは歌った。
「失業したってええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。失恋したってええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい」
わたしは何もかもがどうでもよかった。どう見られようがどうでもよかった。
「ええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。政治が悪くてもええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。経済が悪くてもええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい」
わたしは踊り、歌い続けた。だんだん気分が高揚してきた。
若い男性がわたしの隣に立って、ええじゃないかを始めた。
「ええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。上司がうるさくてもええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。彼女がいなくてもええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい」
わたしたちは顔を見合わせ、笑った。そしてええじゃないかを続けた。そのうち、ええじゃないかをやる人が三人になり、四人になり、ハチ公の周りがええじゃないか一色になった。
わたしはスクランブル交差点へ移動し、ええじゃないかを踊り、歌った。そこでもええじゃないかが爆発した。移動し続け、渋谷中にええじゃないかが広がっていくのがわかった。交通が大混乱したが、ええじゃないか。
結論を言うと、ええじゃないかは一大ムーブメントになり、数日で日本中に広がった。テレビのニュースで評論家が「全国的に不満や不安がたまっていた。それが爆発したんですね」と解説したりしていた。
わたしが最初のひとりだと突き止めて、取材する記者もいた。そのときわたしは東京都庁舎前でええじゃないかをやっていた。
「どうしてええじゃないかを始めたのか教えてください」
「そんなことどうでもええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい。インタビューなんかええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよい」とわたしは答えた。
記者はカメラと手帳とボイスレコーダーを放り投げ、ええじゃないかを始めた。
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