第37話 夜の妹会議

 僕には二つ年下の妹がいる。

 中学二年生で小柄で顔はかわいい。小学生のときは僕になついていたのだが、中学生になってから微妙に避けられるようになり、コミュニケーションが取りづらくなった。

 そんな彼女が夜の十時頃、頻繁に出かけているのに気づいた。家族に気づかれないようにそっと玄関から出て、十二時頃に帰ってくる。いったい何をしているのだろうかと気になった。彼氏でもできたのかな。

 両親はいつも早寝で、九時には寝室に入っている。たぶん妹の夜の外出には気づいていない。

 ある夜、僕は妹が外に出た少し後で、そっと玄関を開けた。家の前の道路に出ると、妹が駅とは反対方向に歩いていくのが見えた。気づかれないように尾行した。

 妹は黙々と歩き続けた。コンビニにも寄らず、深夜営業のラーメン屋さんの横も通過した。そして、やや大きな公園に入っていった。その広場には、年齢がさまざまな少女たちが集まっていた。男は一人もいない。僕は公園の出入口付近にある繁みに隠れて、ようすをうかがった。男が入っていってはいけない雰囲気を感じた。

「集まったかしら」と女子高生らしい女の子が声をあげた。

「では今夜も妹会議を始めます。兄と妹に関わるさまざまな問題を活発に討議していくわよ。では、今日は『兄が気になるけどうまく話せない妹N』さんが問題提起してくれることになっています。妹Nさん、どうぞ!」

 僕の妹が広場の真ん中に立った。どうやら妹Nというのは、僕の妹のことらしかった。妹会議ってなんなんだ、と僕はとまどいながら、聞き耳を立てた。

「こんばんは、妹Nです。2年前に、兄に恋人ができたんだけどどうしよう、という相談をみなさんにさせていただいた者です。憶えていらっしゃるでしょうか?」

「憶えているわよ」とか「私は新参なので」とか反応があった。僕は耳を澄ませてこっそりと聴いた。二年以上前から、妹はこの奇妙な夜の妹会議とやらに参加していたのか。知らなかった。

「あのとき、恋人は別れるけれど、妹は永遠に妹だと力づけていただきました。わたし、恥ずかしながらブラコンなんです。兄は物静かだけど、とてもかっこよくて、小学六年生のときの初恋の相手が兄でした。山に登ったときに足をくじいて、兄がわたしをおぶって下山してくれたんです。そのとき、わたしは兄が好きなんだと気づきました」

 そんなことあったっけなぁ。えっ、妹のやつ、そのときから僕が好きなの?

「わたしが小学校を卒業する間際に、兄に彼女ができました。わたしはとても焦って、どうしたらいいのかわからなくなって、妹会議でみなさんに悩みを聞いてもらいました。そのときの議長さんが、妹は永遠だと言ってくださって、とても勇気づけられたんです。わたしは兄が恋人と別れるのを待ちました。でもそれから二年経ちますが、いっこうに兄と彼女が別れるようすがないんです」

 僕と彼女はラブラブだからなぁ。僕は彼女が大好きで、たぶん彼女も僕を深く愛してくれていて、デートのたびにキスしている。最近、もっと先に進めるんじゃないかと思い始めた。

「兄とはうまく会話できなくなっちゃって、それも悩みの種です。わたしはどうすればいいのでしょうか?」

 妹が話し終えた。

「妹会議にふさわしい問題提起だわ。みなさん、ブラコンは少数派ですが、妹Nさんの気持ちに寄り添って、議論しましょう!」

 議長らしき女子高生が言った。女の子たちは全部で二十人ぐらいいる。全員が妹なのだろう。

「あたしも兄貴が好きなんだけどさぁ。兄貴は全然あたしの気持ちに気づいてくれないんだよな。彼女がいないのは幸いなんだけどさ。兄ってのは、妹のことを気にもかけない生き物なんだよ。そういうものなんだ」

「貴重なブラコン派のご意見が出ました。でもそれだと救いがないわね」

「あたしは兄貴に甘えようって決めたんだ。今日は兄貴の腕に抱きついた。妹Nちゃんさぁ、積極的になろうよ。まずなんでもいいから話しかけようよ。それから、いろいろ甘えるんだ。誕生日プレゼントがほしいとか、なんだっていいからさぁ。あんまりお兄さんの恋人のことは気にしなくていいと思うよ」

 僕の妹の誕生日は先月終わっている。僕は何もしてあげなかった。

「ありがとうございます。誕生日は過ぎてしまいましたが、がんばって話しかけてみようと思います」

「ねぇ、妹が兄を想うって、不毛ですわよ。想いを断ち切るという選択肢もあると思いますけど」

「おっと、別の観点から意見が出たぞ」

 僕の妹は黙り込んでいる。どんな表情をしているか見えない。

「それはそうかもしれませんが……」と妹は言った。「好きなものは好きなんです。無理に抑え込むのがよいとは思えません」

「わかりましたわ。あなたの気持ちは尊重するべきですね。恋愛にルールはない、と言わせてもらいますわ。まずはうまく会話できるようがんばってください」

「はい。がんばります!」

 妹が明るい声で言った。

「それがいいわね。次の議題に行くわよ。『兄が私の下着を見ようとして困っている妹Y』さん、どうぞ!」

 僕はこの会議は、兄が立ち聞きしていいものではないと確信した。そっと繁みから出て、帰宅した。

 僕は布団に入り、眠ろうとした。さっきの不思議な妹会議のことが思い出されて、なかなか寝つけなかった。あいつ、僕のことが好きなのか。その想いに応えることはできないけれど、もう少し優しくしてやった方がいいのかな? 変に気を持たせてもいけないから冷たくした方がいいのかな? 悩んで、結論は出なかった。

 玄関が開く音がした。妹が帰ってきた。静かに開けたつもりだろうけど、気づくよ。

 隣の部屋のドアを妹が開け閉めする音も聴こえた。

 翌朝、いつもより元気よく妹が僕に「おはよう!」とあいさつした。僕はつられて「おはよう!」と答えた。

 朝食のとき、「ベーコンエッグ、美味しいね」と僕の目を見つめて言う妹を見ながら、妹会議恐るべし、と僕は思っていた。

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