第31話 わたしはストーカー

 桜中学校2年1組出席番号1番愛川恋子。背は高くもなく、低くもない。顔は特にかわいくもなく、でもそんなに悪くもない。髪の毛は日本人としてごくふつうに黒く、低い位置でふたつに結んでいる。それがわたし。要するにありふれた女の子。成績は少し悪いかな。中の下ぐらい。

 1学期の座席は窓際の1番前だった。愛川で出席番号1番だからそれが定位置なのだ。その位置がわたしは気に入らない。クラスで1番の美少年、美園馨くんをいつも見ていたいのだが、彼の座席は廊下側から2列めの1番後ろなので、授業中は見られない。 

 彼を入学式の日から注目していた。学年で1番顔立ちが整っていて、少しだけ目が垂れていて、愛くるしい男の子。背丈はやや低い。1年生のときは別のクラスで、たまに見かけるぐらいだった。2年になって、同じクラスになれて、わたしは興奮した。見れば見るほどかわいい。

 美園くん大好き。愛してる。でも告白とかは無理。クラスの女子の大半が彼に恋してるし、わたしはありふれた女の子。彼氏彼女になんかなれっこない。だからわたしはできるだけ長い時間彼を見ていようと決めた。見ているだけでいいの。幸いクラスカースト上位の女子の間で美園くん不可侵条約が結ばれていて、彼には今のところ恋人がいない。彼は誰のものでもない。つまり、空想上はわたしのものであってもいいわけだ。空想だから自由。

 2学期に席替えがあった。幸運にもわたしは最高の席を手に入れた。美園くんの左斜め後ろ。やった。授業中もずっと彼を見ていられる。美しい横顔を最高の角度から見られることもある。わたしは彼を見続けた。黒板なんかどうでもいい。

 多くの女子が彼に夢中で、彼を見ている。わたしも遠慮なく見る。わたしが彼を好きだとクラスの女子全員が知っている。何の問題もない。彼に話しかけたら、恨まれるかもしれない。身のほど知らずと蔑まれる可能性は大。でも見ているだけならいいの。

 登校してから下校するまでわたしは美園馨くんを見つめ続ける。うっとりする。見飽きるなんてあり得ない。彼とつきあって、デートする空想をする。彼はわたしの手を握る。わたしは彼の腕に抱きつく。空想だからいいでしょ。妄想かしら。

 彼はテニス部に属している。わたしは帰宅部だったが、10月から帰る時間を遅くして、部活中の彼を見るようになった。いいでしょ、そうしているのはわたしだけじゃなかったし。校庭の隅からテニスコートにいる美園くんを見る。彼は特に運動神経がいいわけではなくて、補欠だった。でもジャージを着ている彼はとても愛らしい。きれいなチーターみたい。

 わたしは美園馨くんのストーカーだろうか。これで登下校までつけるようになったら、りっばなストーカーだな、と思っていたが、11月からそうなってしまった。

 わたしは彼が帰宅するとき尾行して、彼の自宅をつきとめた。わたしの家から徒歩15分ぐらい。わたしは朝早く彼の家に行き、彼の出発時間を知った。登下校も彼をつけるようになった。ストーカーわたしの完成。これがわたしの恋愛の行き着くところだったのだ。アイドルの追っかけと同じだ。わたしはおかしくない。ちょっと恋愛にはまっているだけのふつうの女子だ。

 彼が隣の家に住んでいる一つ年下の女子と親しくしていることを知った。まぁまぁかわいい女の子だった。でもつきあっているわけではないようだ。明らかに隣の家の年下女子は美園くんが好きみたいだが、彼は鈍感で気づいていない。告白はできないようだ。フラれたら今の特権的立場を失ってしまうものね。わかる。彼に告白はできない。学校中の女子を敵に回すことになるしね。

 この話にオチはない。12月になってもわたしは彼のストーカーを続けている。冬休みに入ったら、彼の家に張り付くかもしれない。クリスマスイブにもバレンタインデーにも、彼に何も起きませんように。いつまでもわたしの空想上の恋人でいてね。

 ああっ、美園馨くん、好き。愛してる。

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