第30話 ノーデザインヒューマン

 僕はノーデザインヒューマンだ。

 人間の外見は、たいてい遺伝子操作されている時代だ。ほとんどの赤ちゃんが可愛らしく生まれ、多くの男女が美男美女に成長する。

 僕はちがう。母子家庭で、家は貧しく、遺伝子操作にお金を割く余裕はなかった。母はバイトで食いつなぎ、僕を懸命に育ててくれている。美容整形手術を受ける余裕などない。

 僕の両目は離れ過ぎていて、鼻は低く、口は大きい。背は低い。今は中学二年生だが、クラスで一番格好悪い。かまうものか。僕は頭は悪くないんだ。頭脳で勝負してやる。

 脳はまだ遺伝子操作が及ばない領域である。

 僕は懸命に勉強し、中学一年生の三学期から学年一位の座をキープしている。僕はこの外見のために、小学生時代からからかわれ続けているが、だからこそなにくそっと勉学をがんばることができている。

 美少女の相良白雪さんが僕にちょっかいをかけてくることが多い。

「金沢さぁ、ガリ勉だよね。友だちもいないし、勉強ばっかりして人生楽しい?」

「楽しいよ。僕は誰よりも賢くなりたいんだ。学校の勉強だけじゃなくて、本を読むのも好きなんだ」

「誰よりも賢くなるなんて無理でしょう? 無駄よ」

「少なくとも定期試験については、僕は学年一位だ。その努力ぐらいは認めてほしいな」

「あたしは勉強なんて大してしてないけど、二位よ」

「僕を抜くことができたら、相良さんを尊敬するよ」

 中学時代、僕は学年一位をキープし続け、相良さんは二位から十位の間で揺れ続けた。卒業式の日、僕は相良さんから告られた。

「金沢のことがずっと気になってた。好きなの。つきあってください」

「いいよ。告白されたのは初めてだからうれしい。こんな外見の僕でいいの?」

「美男なんてありふれてる。金沢の顔が好きなの」

 つきあい始め、僕は彼女を白雪と呼ぶようになった。

 僕と白雪は県内で最難関の公立高校に進学した。僕はガリ勉を続け、高校でも学年トップを取り続けた。白雪の成績も優秀だった。

「僕は大学で遺伝子の研究をしたいんだ。東京の大学の遺伝子学科に進むつもり。奨学金でね」

「あたしも史郎と同じ大学に進みたい」

 僕と白雪はとても相性がよかった。彼女のことを愛したし、僕も愛されている実感があった。僕たちはつきあいながら好成績を維持し続け、二人とも東京にある難関公立大学に進学した。僕は遺伝子学科で、彼女は日本文学科だった。

 僕はバイトをして生活費を稼ぎ、奨学金で学費を払った。白雪と同棲して、家賃をシェアした。彼女の実家は僕の母よりも豊かだったが、贅沢をできるほどではなかった。

 大学でも僕は優秀な成績を取った。講義を真面目に聞き、ゼミナールでは熱心に研究した。専攻は脳遺伝子で、脳の遺伝子操作こそ、僕が生涯をかけて研究したいことだった。脳のデザインヒューマンを生み出したいというのが野望だ。

 残念ながら、大学在学中に中国の学者グループに先を越された。かの国では合法と非合法ぎりぎりの人体実験を豊富に行い、第一世代の脳のデザインヒューマンを生んだ。

 僕は特に落胆はしなかった。目標を人類の脳力の飛躍的向上に変更し、研究を続けた。

 大学卒業後、僕は遺伝子操作関連の一流企業に就職し、白雪は出版社の非正規雇用編集者になった。僕は安定した収入を得られるようになり、奨学金を返済しながら、故郷に住む母に仕送りをした。三年後、母は脳梗塞で急死した。

 社会人になって、僕はさらに脳遺伝子研究に邁進し、白雪は文芸雑誌の編集者になって、小説家たちとつきあうようになった。二人とも忙しかったが、充実していた。二十八歳のときに結婚した。一年後に彼女は妊娠した。

「僕は脳のデザインヒューマンをつくる技術をすでに持っている。僕たちの子どもにそれを施したいんだけど、白雪はどう思う?」

「いいよ。あなたの技術であたしたちの子どもをデザインして」

「産休を取ってくれ。僕の会社の研究所に通ってもらうことになる」

 僕は持てる技術のすべてを注ぎ込んで、僕の子どもたちの脳と外見をデザインした。その結果、驚異的な第二世代の脳のデザインヒューマンが生まれた。大脳の容量が二倍に増加した頭の大きな人類だ。

 率直に言って、第二世代の知能はホモサピエンス=賢い人類を軽く超えていた。後年、ホモムンドゥス=宇宙人類と呼ばれるようになる人類の誕生だった。

 長男の名は金沢智司。続いて生まれた長女の名は智美。僕と白雪は育児に苦労した。子どもたちは僕たちのことが莫迦に見えるようだった。

 遥かな時が過ぎた。四十年の時が。僕は第二世代脳デザインヒューマンを生んだ功績で、ノーベル医学・生理学賞を受賞したが、その頃には僕の脳も研究も時代遅れになっていた。

 ホモムンドゥスはあらゆる分野で、人類の科学と文化を高みに押し上げた。特に宇宙進出において顕著で、火星のテラフォーミング、小惑星からの資源採掘、木星スペースコロニーの建設、海王星宇宙基地の建設、太陽系外探索、恒星間宇宙船の建造などが急展開で進んだ。

 ホモムンドゥスの思考は僕には理解不能だった。相対性理論や超ひも理論を遥かに超える物理基礎理論がわずかの間に打ち立てられ、それは理解できなかった。

 第二世代は第三世代、第四世代の脳デザインヒューマンを生んだ。人類の進歩はとどまるところを知らない・・・。

 僕と白雪は故郷に帰り、自然豊かな環境の中で老後を過ごしている。

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