第17話:火焔魔王、ちょっと影が差す08


「うーん。美味」


 およそ学院にも慣れた頃。学園都市で彼は蕎麦を手繰っていた。かなりのお気に入りだ。天ぷらとの相性も抜群。木造建築の素朴な店内は空気の演出具合で言ってかなりのやり手だ。


「こういう文明スクランブル交差点は学院の強みでよ」


 ケタタタとクラリスが笑った。


「うっちも好きでよ」


「ですよねー」


 実際に美味しい。


「ところで結界って大丈夫なので?」


「一応は。じゃなきゃとっくにピアは死んでるでよ」


「それもそうか」


 そこで納得できる辺り彼は鬼畜だ。


「となるともしかしてクラリス嬢って目障り?」


「酷いでよ」


「いや。吾輩の所感ではなく暗殺者の根幹から言って」


「あー。そうでよー」


 ちょっと目が泳ぐクラリスだった。


「アリスっちはどう思うでよ?」


「ピアを助けられるなら友達甲斐があるのでは?」


「そゆところは天然でよ」


「???」


 やっぱり彼にはわからなかった。


「なわけで蕎麦を手繰ってるんでよ」


「死ぬと味わえないしね」


 そんな問題でもあるまいに。


「毒殺とか無いのかな?」


「一応そこら辺は警戒してるでよ。絶対とは言わないけど、学院側も留意はしてるし」


「うーん」


 蕎麦をズビビ。


「にゃー」


 そんなわけでキスの天ぷらをサクリ。


「星乙女ってぶっちゃけ何?」


「何故にでよ?」


「先輩らが推していた」


「ケタタタ! 快いでよ」


「そういうよね」


 ズビーと蕎麦を手繰る。


「推しね」


「思うところでも」


「そんな三人と仲良くなってるし」


「アリスっちは天然でよ~」


「褒めてるの」


「かなりこき下ろしてる」


 身も蓋もなかった。


「で、まぁ他に星乙女って居るの?」


「ケタタタ! まぁそこそこに。学院は広いから、ここら辺ではうっちらが最頭目だけどね」


「まぁ可愛いよね」


「惚れたでよ?」


「惚れる……ねぇ?」


 そこから彼にはよく分からない。


「いいんでよ。だから間違いも起こりえないし」


「間違いって」


「お風呂でアハンとかベッドでアハンとか」


「???」


 そんな御様子。


「ていうかピアは大丈夫かね?」


「守護に関しては今も継続してるでよー」


 彼女が言うならそうなのだろう。


「じゃあもしかして」


「でよー」


 ズバン!


 空気が悲鳴を上げた。蕎麦屋が丸ごと両断される。


「……………………」


「――――――――」


 アリスは素っ気なく蕎麦をすすり、クラリスがスピリットを練り始める。


「あー」


 まぁそうもなる。将を射んと欲すればまず馬を射よ。


「こうなるわけで」


「ケタタタ! 業でよ」


 どっちもちょっとアレだった。


「ゴッドフリート嬢とお見受けする」


「そっちは暗殺者でよ?」


「まぁその様な者だ」


 暗殺者は軽やかに答えた。


「早くしないと憲兵がすっ飛んでくるでよ」


「それまでには終わらせる」


「出来るでよ?」


 スッと暗殺者が腕を差し出す。


加速アクセリット力場パウー


強盾シルド風象ウォンド


 物質力の弾丸が風の防御に弾かれた。土は風に弱いのだ。


暗黒ダーキオン火焔フレイヤ


 アリスが炎を発する。スピリットはそこそこ。人一人程度は焼き尽くす。


「むぅ」


 暗殺者がスピリットを練った。


圧縮プレシャ流水ウィータ


 水を圧縮して炎を打ち払う。


 タンとアリスは箸を置いた。蕎麦は食べきった。


「では参る」


 そして飛び出す。


影装シャドー灼火焔ヴォルボー


 影装を具現した。赤く煌びやかな装甲がアリスの両手に装着される。それは熱を持ち、周囲の風景を歪ませる。


「っ!?」


「ッ!?」


 クラリスと暗殺者が困惑を示した。


 影装シャドー


 現代魔術モダンでは失われた秘奥だ。古典魔術クラシックにだけ伝わる魔術。


 圧縮魔術に似ているが継続性で勝り、ついでに属性発露でも勝る。


「火焔発勁」


 暗殺者に飛び込んでいくアリス。対処に二節呪文は遅すぎる。


純麗水クォータリー!」


 水の上級属性が襲った。


「覇ぁ!」


 その水を火属性装甲は蒸発せしめた。ついでに暗殺者の衣服を焼く。とっさに飛び退いた判断は正しいが、ここで何をしろ……とはかなりの命題だ。水すら蒸発させる灼火焔の影装はただそれだけで威力的に完結する。


「何者だ?」


「アリストテレス=アスターです」


「アスター? あのアスターか?」


「知っているので?」


「ギルドの財産だ」


「ということは……そっちは傭兵ギルドの一員で?」


「違う」


「まぁそう言いますよね」


 仮に正解だとしても否定はするだろう。ここで「さてどうだか」と言って疑問をはぐらかせばギルドに迷惑が掛かる。


「まぁいいんですけど」


 ヒュッと両腕が振るわれる。


「疾!」


「雹!」


 梵! と過熱が発した。アリスの影装はその打ち込みだけで建築物を燃やし尽くす。


「何だお前は」


「何でしょうね一体」


 単なる火焔魔王だ。


大体メガノ加速アクセリット純麗水クォータリー!」


 水の弾丸が襲う。


「ツヴァイ! ドライ! フィーア!」


 それも四連撃。


「終!」


 呼気一つ。その全てをアリスは躱してみせた。


「な!」


「驚いている場面で」


 赤い影が走る。


「ちっ!」


「火焔発勁」


 大気が熱で歪む。


「烈火爆心」


 炎の発勁が爆発を生む。かろうじて暗殺者はソレを避けていた。おそらく普通の人間には出来無いことだ。躱しただけでも暗殺者のパラメータが推し量れる。


圧縮プレシャ純麗水クォータリー!」


 さらに魔術行使。


「喝!」


「風!」


 火と水がぶつかり合う。その上で互角だった。アリスの火属性が何なのかという話で。


「うーん」


「この上何か?」


 お茶を飲みつつクラリスが尋ねる。


「いえね。向こう的には何なのか?」


「貴殿らが邪魔だ」


 そうらしい。


「だからって殺さなくても」


 暗殺者に無茶ぶりだ。殺すからこその暗殺者。


狙撃ツェノン力場パウー


 力がライフルとして撃たれる。クラリスの魔術だ。


「ちぃ!」


 高く飛んで暗殺者は場を逃れた。


「逃げるので?」


「相手してられん」


 そっちからケンカ売ったのに……とは真っ当な意見だが彼らの不条理さを鑑みれば暗殺者の撤退もたしかに合理的で。


「で。いいの?」


「今更でよー」


 クラリスは笑っていた。


「そうですか」


 アリスも影装を解く。


「で。要件なんだけど」


「何だ?」


「ピアを何で狙うの?」


「さてな。スポンサーの意向までは」


「うーん」


 彼女がどこかの令嬢であるのは分かっている。けれども本人は言おうとしない。そこからなんでかの議論にはなるが彼はまだ突っ込んで聞けなかった。


 赤い髪を掻きつつ、赤い瞳で暗殺者を射貫く。


「じゃあピアを殺すために吾輩らを殺すと?」


「将を射んと欲すればまず馬を射よ」


「ですよねー」


「ケタタタ!」


 アリスがうんざりとして、クラリスが笑った。


「そこぉ!」


 さらに別の声。


「御用改めである! 神妙にしろ!」


 憲兵だ。


「あっちの暗殺者の全責任が……」


 暗殺者を指してアリスが言い訳する。


「てめ! そっちの建物ぶっ壊したのは……!」


「逃げなくてよろしいので?」


「ちぃ!」


 そして暗殺者は逃げた。


「君たちは学院生か。大丈夫で?」


「まぁそれなりに」


「でよー」


 クラリスものらりくらりと茶を飲んでいた。


 大体事情はそんな感じ。

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