第16話:火焔魔王、ちょっと影が差す07
講義があれば部活もある。こと魔導文明にとっての利益享受は魔界の探索にあるといっても過言では無い。空に赤い明滅が走る不気味な晴天。およそ奏でる音の物騒さは破格極まりないが、リスクに見合うリターンも存在する。
「小さな秋ね」
第一階層でのこと。
「大丈夫でござるか?」
先輩が心配をしてくれる。おなじSWDサークル所属の先達だ。今回はアリスを含む四人で潜っている。
「む、無理はダメなんだな……」
「フォローは任されよだお」
どこか御宅を思わせる口調だが実力は高い。というかそうでもなければ魔界探索は許可されないのだが。
「――――――――」
咆吼にも似た不吉。およその理屈で呪文が構築される。魔族による魔術だ。
「
「
そんな溢れる魔族を風が吹っ飛ばし、水が切り裂く。性質を付与する呪文は少し高度で、彼ら先輩も卓越に扱っていた。
「おー」
辺りは紅葉の景色だ。秋を思わせ木の葉が散る。とはいえ火を使えるかどうかなら魔界では普通に使える。
「
炎の濁流が紅葉の魔樹ごと魔族を焼き払う。
「いきなりメガノ級でござるか」
「す、スピリット枯渇しないんだな?」
「凄いんだお」
先輩らも魔界探索ではスピリットの残高とは綿密に相談する。魔王であるアリスがおかしいだけだ。
「しかし小さな秋は景色が良いですね」
魔樹の紅葉は壮観だ。赤く明滅する空さえも景色としては相応。魔族の咆吼だけが空気を読めていなかったが、まず場を荒らしているのは人間の方なのでこればっかりは如何ともしがたい。
「聞いたところ君は火属性だとか」
「ですね」
「そ、それでシリウス嬢に師匠と呼ばれているんだな?」
「ですね」
「羨ましいお」
「ですかー」
そこら辺の機微は魔王様にはよく分からない。
「そこでござる!」
先輩の一人。ニッチモがクワッとくってかかった。
「は、はい?」
「き、君の算段を聞きたいんだな!」
先輩の一人。サッチーモも便乗した。
「は、はあ?」
「ぶっちゃけ誰推しだお!?」
先輩の一人。ドーニモも食らいつく。
「親に愛されて生まれてきたのだろうか?」
と疑問を持つネーミングだが、少なくとも先輩らに暗い影は無い。ニッチモもサッチーモもドーニモもそれぞれ誇りを胸に魔術師をやっている。
「――――――――」
ルアッと魔族が襲う。
「
端的に述べたアリスの魔術が有象無象を吹っ飛ばす。
「ちなみに推しって?」
「君が星乙女と同棲しているのは知っている」
かなり噂になっているらしい。それは男女七歳にして同衾せず。ハムスターもオスとメスを一緒に飼うと勝手に増える原理。
「さほどで?」
「然程でござる!」
グッとニッチモ先輩がマッスルポーズを取った。そのポーズに意味があるかは後刻として。
「ちなみに自分はアルデバラン嬢を推すのでござるな!」
「じ、自分はシリウス嬢なんだな!」
「自分はアンタレス嬢だお!」
「だから推しって? あ。
単純に威力だけ倍化させた炎が辺りを焼き払う。魔族も何もあったモノではない。
「魔鉱石の採取場所までもう少しでござるな」
「ぎ、ギルドに売れば良い値段になるんだな」
「ウハウハだお」
「で、推しって?」
「君は誰が気に入ってるかでござる」
「つまり星乙女で?」
「そ、そうなんだな」
「やっぱりアンタレス嬢だお?」
ちなみにアルデバラン嬢がカオス。シリウス嬢がピーアニー。アンタレス嬢がクラリスだ。
「何を言うでござるか!」
クワッとニッチモが目を光らせた。ビームが出る勢い。
「清楚なたたずまい! 丁寧な口調! 白銀の髪が眩しいアルデバラン嬢こそ至高!」
「いやいや! あ、あの高貴なる白金色の髪をスリスリしたいんだな! 快活にして天真爛漫! し、シリウス嬢が究極なんだな!」
「どっちも違うお! あの世界に愛されたゴッドフリート卿の御令嬢。万能にして勇者にも見劣りしない才能の塊! アンタレス嬢が最高だお!」
色々と星乙女ファンにも派閥はあるらしい。ちなみにアリスは、
「誰でござる!?」
「だ、誰なんだな!?」
「誰だお!?」
「そのー、誰かを選ばなきゃいけないのですか?」
やっぱり空気を読めていなかった。
「可愛いとは思わないのでござるか?」
「愛らしいですよね」
別に人の美醜に口を挟むこともしないだけで。
「か、彼女らを思って慰めたりしないんだな?」
「なぐさめ……?」
「ぶっちゃけ同棲しているならパヤパヤとかだお!」
「パヤ……」
あまり分からない辺りが魔王様の魔王様たる所以だ。
「参集」
「なんだな」
「だお」
ニッチモ先輩とサッチーモ先輩とドーニモ先輩が会議する。
「魔界の瘴気は気持ちいいなぁ」
スピリットはどちらかと云えば魔族寄りだ。彼には郷愁すら感じ入る。
「魔鉱石ね」
神鉄レベルになるとさすがに深部に潜らないと採れないらしいが。というか魔王である彼なら
「露払いでもしますか」
魔界は特に人を忌避する。アナフィラキシーショックで魔族は出るのだ。端的に言って世界の白血球とも言える。
「
魔の属性を持つ炎を放つ。焦炎するように熱塊が広がった。
「うーん。あまり魔族とはいえ
「会議終了!」
先輩らが現実に戻ってきた。
「じゃあ誰が一番親しいでござるか?」
「特に普通に友人ですけど……」
クネリと彼は首を傾げる。
「天然でござる」
「ど、鈍感主人公なんだな」
「くぅ。こういうのが女子には良いんだお?」
「???」
やっぱり理解し得ないアリス。
「なら洗脳するのみよ。アリストテレス!」
「はい」
「カオス嬢を思えば心がポヤッと温かくなり申さんか?」
「気持ちのいい少女ですよね?」
「うむうむ。しかも清楚で可愛くて可憐と来るでござる」
「ニッチモ先輩は好きなので?」
「憧れでござる」
「魔術学院としてはちょっと威力がないと思いますけど」
「魔術だけが人徳ではござらんよ君」
「ソレには同意です」
穏やかに彼は頷いた。実際にそうなのだ。魔術が全てではない。彼にしても火を点けるのは得意でもそれが何かしらの解決に為るかと言われれば答えを窮する。それこそ暴力は殺人でも無ければ都合は付かないだろう。魔術師の業の深さ。魔族を呼び寄せ魔物を発生させる点に於いても、この様な技術が蔓延するのは少し疑問にも思ってしまう。魔王が何を言ってるのか……という話でもあれども。
「む、むしろ同位属性としてはシリウス嬢が適うんじゃ無いか……なんだな?」
「はあ」
ピーアニーも確かに可愛いところはある。いつも元気いっぱいで明るく振る舞う。火焔に関しては順当な才能を持っているし、苦労人のわりに快活だ。命を狙われてアレなのだからどこまで肝が据わっているのかも少し怪訝に思うところは在るが、彼女も不幸面はするつもりも無いらしい。
「か、可愛いんだな。グッと来るんだな」
「グッと……」
推しとしてアイドルは絶対なのだろう。
「サッチーモ先輩はピア嬢が好きと」
「お、推しなんだな」
「推し……」
「じゃあアンタレス嬢は何とも思わないんだお?」
「クラリス=ゴッドフリート……」
「神の造形物とも言える愛されし神子だお?」
「綺麗ではありますよね?」
ちょっと自信なさげ。珍しく空気を読んだ発言。
「うむ。超綺麗だお!」
「あ。
遠くの魔族を討ち滅ぼす。
「なんならアンタレス嬢の写実絵画を贈呈するお!」
「それは反則でござろう!」
「わ、賄賂はないんだな!」
「うに?」
まぁそんな戯言を口に出来る程度にはアリスも先輩らも魔界での立ち回りには苦慮していなかった。
「
「
水と物質力の斬撃が走る。
「おー」
火属性以外は頓着しない彼でも先輩らの魔術行使が卓越しているのは見て取れた。
「あの虹色の瞳でにわかに笑われると幸福を覚えござるな。なぁそうでござろう!」
「普通に可愛いですよね?」
「その通りでござる」
ニッチモ先輩が破顔した。
「や、やっぱり白金の髪が至高というんだな……。アレは神に愛された証拠なんだな。アリスもその世界の真実を認める処から始めるんだな」
「ちょっと輝かしい気もしますけど」
「だ、だからいいんだな」
「ですね」
「わ、わかるんだな?」
「まぁ可愛い程度は」
ホケッと答える。魔樹の紅葉が散っていく。ホメオスタシスが焼き払った魔樹を再生していく。
「うーん。自分としてはアンタレス嬢の完璧性が思うところなんだお……」
「というか出来過ぎですよね?」
「そこがいいんジャマイカ!」
「ですかー」
「あの世界にも媚びない御令嬢が」
「えー」
「ああ。踏まれたいんだお!」
「踏まれ」
中々奇特な性癖だった。
「――――――――」
また魔族が湧く。
「アリス氏。スピリットの残高は?」
「まだまだいけますけど?」
「な、何者為るや?」
「語るまでもない学院生です」
「あー、無敵だお」
「水属性が来なければですね」
火は水に弱い。小さな秋くらいのフィールドなら無視できる塩梅だった。
「ではいくでござる」
「も、勿論なんだな」
「自分も大丈夫だお」
「
「
「
魔属性の氷結事象が魔族を襲った。凍り付く魔族に爆発するような雷撃が襲う。そしてさらに地形すら変域せしめる力場が雨のように降り注ぐ。
「ほぅー」
火属性しか使えない彼にはちょっと羨ましかったり。
「うーん。デリシャス」
「さて、さっさと採掘所まで行きござるか」
「せ、拙速を尊ぶんだな」
「今の内だお」
そんなわけで魔鉱石採取に向かう。
「小さな秋か」
ヒュルリと季節風が吹く。
「……………………」
赤く明滅する空が魔界を押し包んで圧迫するかのようで。
「あらし山。ふもとの寺のかねの音に、暮るる紅葉のかげぞさびしき」
ちょっと思いつつ魔界を横断するのだった。
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