第15話:火焔魔王、ちょっと影が差す06
「もーしわけない!」
彼女……ピアの謝罪も適切だった。
「構いはしませんよ。というよりこっちとしては頼ってくれた方が安心出来ますね。それは何も無いが一番ではありますけれど」
声の振動とは別の意味で空気が震える。魔術による騒音だ。入学からこっち講義にはそれなりに出ているので実践形式での授業もそこそこの塩梅は覚えていた。
「――――――――」
生徒らの呪文が飛ぶ。今回に関して言えば属性ごとの個別指導であった。アリスとピアは火属性。他の属性はアリスには使えない。ピアの方はさておき。
「でも師匠が相対しなくても……」
視線を逸らし両手の指先をツンツンと突く。
「事情としては理解します。その上で気にすることではないと申し添えておきましょう」
「人が良いよ……」
「そんなことを言われると微妙なんですけど」
「何故に」
そこには答えず。
「ともあれ吾輩は味方ですから」
ポンポンと軽く彼女の白金色の頭を叩く。
「あのー」
「はい。カオス嬢」
「何か距離が近くはないでしょうか?」
「きょり?」
「師弟関係なんだよ!」
首を傾げるアリスと宣言するピア。
「それだけですか?」
さらに突っ込むカオスだった。
「他に何が?」
「師匠がそんなことを言うと本気で無常だね!」
「そんなところは相も変わらずで」
「???」
アリスも天然ではあった。
「生徒マクスウェル。生徒ガーデン。お巫山戯が過ぎます」
「これは失礼をば」
「いろいろと申し訳!」
講師から注意が飛んで、そこに謝罪が挟まれる。
そんな間にも魔術は飛んでいた。アリスらは段階の高い場所からそれを見下ろしている。コロシアム建築式の修練場だ。実際の場を円形に囲んで、周囲に見学用の席が階段状に備えられている。
「で、結局取り逃がしたんですか?」
声を潜めてカオスが会話を再開させた。事情は聞いているも、そこで彼との実力の齟齬を顧みているような印象だ。
「相手方も相応ですよ」
そもそも感知したアリスが既に人間を止めている。本来ならクラリスの結界で凌いでいるはずの案件だ。
「師匠の場合は魔術も制限されるんだし」
「あー……」
カオスも、確かに、と納得する。防衛戦における彼の属性の当否は確かに存在する。その気になれば辺り一帯を焼け野原にも変えられるのだから。
「滅却した方がよかったですか?」
「うーん。ケースバイケースだよね……」
「カオス嬢の意見は?」
「穏便に済ませるのも一案ではありますね」
後れを取ることまでは懸念されなかった。
「追い払っても焼き払っても結果として牽制の意味合いではあまり変わりませんし」
「牽制……ね」
彼がピアの護衛に付いている。それもレベルとして高位。襲う側にしてみれば厄介な案件ではあろう。
「うーん……」
「師匠、何か?」
「いえ……」
悩みつつ言葉を選ぼうとし、
「厄介かな?」
「その意見は却下で」
彼女の自虐が先に来た。
「単にこれからのことで。この一事は日常茶飯事なので?」
その場合、マンパワーとしての限界はある。
「直接的な威力は其処まででもありません。この場合はピアの特性上」
「それはつまり」
魔族や魔物の来襲。在る意味で放っておいても死に到る可能性はあるのだろう。今の今まで生きている面を考えて、そこまで楽観も相手方には出来なくとも。
「あー」
当然言葉も濁る。
「お気になさらず」
「とは言っても」
およそ懸念にも値して。
「師匠がいるだけで勇気百倍だから!」
「生徒ガーデン。貴方の番ですよ」
実践論の講義も並行して行なわれた。
「はーい」
指名されて修練場へと下りていくピア。
「頑張ってください。ピア様」
「カオスもね」
この二人は互いに思うらしい。
「友情?」
「アリス様もそろそろでしょう」
実際に彼も呼ばれるのだった。
*
「貴殿に挑戦を叩きつける!」
やっぱり何とか裁判的な指差し方でビシッと厄介事が突き刺さった。
「えーと」
顔に張り付いた白い手袋をペラリと剥がしつつ、一体何ぞやは彼の思うところ。
講義の時間で火属性魔術の理を解しつつ何とかやっているところにコレだ。
「吾輩何かしまして?」
「この世の悪を滅しつつ!」
魔王だとバレたのか。積極的に隠しているわけではないが、おおっぴらにもしていない。元々が水と油だ。人間に転生したことで人間側の事情も理解はするが、彼のスピリットはたしかに魔王のモノで。
「おあつらえ向きに決闘場!」
「いえ修練場ですけど」
「実践フリークなら受けて立つ!」
「こっちはケンカ売っていませんよ」
「教諭!」
「いいですけど結界で補填できる程度にしてくださいね?」
コレに関しては現代魔術の範囲だ。固定維持結界。人体防御結界。ついで人体治癒結界。あとは教諭の治癒魔術。それらがあるのである程度は張っちゃけられる。
「てなわけでいくぞ!」
パシンと手の平に拳を打ちつける男子生徒。ちなみにチャレンジャー。同期の桜で、こっちに悪感情を持っているらしい。今の講義は火属性魔術の実践論なのでパフォーマンスとしては火属性に限定される。
「
「
魔王としては大人げない。一節呪文に二節呪文で迎え撃つのだから。
炎の奔流が挑戦者のフレイヤを呑み込んで、その延長戦上にいる術者を襲う。とっさに身を低くして躱したのは評価できるが、それも結界有りきの防御力で、多分ソレらのフォローがなければ容易く背中を焼いただろう。
「二節呪文禁止!」
「何故に?」
「講義の趣旨から外れる!」
「なので? 教諭……」
「いえ。……別に高度な魔術の理屈を示してくれるのは、ことさら講義としても願ったり適ったりですね……」
「だそうで」
「とにかく禁止」
「はいはい」
たしかに二節呪文で追い詰めればあと三手でチェックメイトできる。さてその戦略を放棄するとなると、
「では仕切り直していくぞ!」
挑戦者がスピリットを練る。
「
「
紅の炎そのものを蒼い炎が焼いてしまった。
「何だソレは!」
「火の上級属性」
他に無い。
「出来るのか!?」
「出来ないと云った覚えもありませんけど」
一節呪文には相違ない。性質設定禁止のルールなのでどうにも痒い所に手は届かないがアリスはシンプルなゲームとして今を楽しんでいた。
「で、なんで恨まれているので?」
「星乙女を解放しろ!」
「あー。そんな御様子で」
チラとカオスとピアを見る。グッとサムズアップされた。こっちもこっちで思うところも無いらしい。というか自分らの星乙女としてのアイドル性……要するに美少女としての愛らしさに自負を持つ辺りでちょっと救い難い。
「
「
やっぱり上級属性が上を行く。
「たまにはフレイヤも撃ってこい!」
「いえ撃つのは良いんですけど受けられます?」
「結界があるからな!」
「ですか」
嘆息。
「
ボッと火焔が猛った。挑戦者のフレイヤとは規模が違いすぎた。さっきまでのノウマクすらも手加減していたのだろう。五割増しのフレイヤはそれだけで一般から乖離する。
「うおおおお!?」
「魚?」
さらにアリスは止まらない。一節呪文なら結構持っている。
「
「亞属性だと!?」
「ツヴァイ。ドライ」
ライテルシアの三連射。一節呪文縛りは有効だ。ちなみに結界の維持に揺らぎを与えていた。属性設定だけのどうでもいい魔術が、魔導文明の結界を撃ち貫いたのだ。これでメラとメラミの間くらいなのがはたしてどういう意味を持つのか。ライテルシアの内の一発は男子生徒の肩を叩いた。貫通はしていない。衝撃だけだ。もちのろん、
「本気で撃てば一節で殺せる」
というパフォーマンスでもある。
「一節縛りの戦いにも趣はあるんですねー」
ノウマクやライテルシアをあっさり使う当たりさすがの魔王というわけで。
「それで何故に吾輩が悪で?」
「シリウス嬢不法所持!」
シリウス嬢はピアの別名だ。
「麻薬か何かで?」
「酩酊はする!」
「ですかー」
案外星乙女も苦労人らしい。
「ではご退場願いましょうか」
「何を――」
「
蒼い炎が斬撃となって修練場を切り裂いた。今日は良い天気だ。
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