第14話:火焔魔王、ちょっと影が差す05
「――――――――」
悪寒がした。とっさに彼は跳ね起きた。空気がおかしい。直感にも等しい根拠ゼロだったが彼はソレを軽んじなかった。
「…………」「むにゃ」「スピー」
かしまし娘は寝ている。一応クラリスは結界を張っていた。それも防御型。彼女は四属性を網羅しているのでこういうときにはアリス以上に役に立つ。そこから彼の直感が働いたのは何故か。考えるに悪寒は増す。
「
指向性のある光が闇夜を照らす。
時間は丑の刻。草木も眠るというアレだ。曇天で月は見えず。魑魅魍魎が跋扈しそうな暗黒は、人の精神をガリガリと削る。
「――――――――」
ライトの呪文に何かの影が引っかかる。気にしすぎかもしれない。だが徒労に終わるならソレが最も平和だ。そう思い、彼は行動を開始した。窓の鍵を開けてベランダに出る。夜中の学生寮。そこから光を投射する。漆黒に身を包んだ人間が暗躍していた。
フー。ワイ。
誰が。何故。
「ま、いいんですけどね」
窓を閉めて、自分は外に出る。ベランダから夜の闇を見つめると、魔術が飛んできた。属性は水。性質は狙撃。階位はおそらくないだろう。
「さてこうなると」
ここで火属性を使うわけにはいかない。学生寮くらいなら彼の魔術は焼き払ってしまう。仮に庭に放っても賠償金は出るだろう。
「
なので亜属性を行使した。ヒュンと光が飛ぶ。ちなみに光速ではない。防御も抵抗もそれなりに許してしまう。もちろん実力がなければ間に合わないが。ヒュンヒュンと魔術が互いに撃たれる。
「ヤな予感ね」
相手が誰で何で那辺に理由が在るのかはしらないが、どうにも意識は背後の寮部屋にあるらしい。それから人目を忍んでいるのも見て取れた。
「脛に傷があるのやら」
そもそも誰を狙っているのか。アリスか。カオスかピアかクラリスか。
「
ヒュンヒュンと魔術が飛ぶ。相手方も防御を効率よく使っていた。ちなみに彼は全部避けている。背後の寮部屋は結界で流れ弾も防いでいるも。
「凄いですね」
とは
「疾」
ベランダから飛び降りる。学生寮はその周囲に庭がある。そこに着地した。シャランと涼やかな音がして、不法侵入者が襲いかかる。
「アリストテレス=アスター……」
「御存知いただき恐悦の限り」
その向けられた刃物を彼は躱す。
「知られたくないことでもあるのか?」
「こっちのセリフなんですけど」
うんざりとアリスは反論した。そもそも隠密で動いていたのは侵入者の方だ。アリスは派手に暴れても良いのだが、夜中の迷惑を考えて不法侵入者に付き合っているだけである。
「何故に呪い子を味方する」
「ということはピアが狙いですか」
「知らなかったのか」
「今もよく知りませんけどねー」
それもまぁ事実で。
「殺させろ」
「無理ですよ」
しがらみの糸は容易に解けない。
「では死しても文句言うなよ」
「そこは言わせてくださいよ」
ヒュンとナイフが閃く。それをアリスは素手でさばいた。
「虚無発勁」
勁が練られる。
「虚手呼気」
掌底の一撃が侵入者を襲う。
「貴様……魔術師では」
「まぁそなんですけど」
無手が使えないとは言っていない。
「行きますよ」
相手方にターゲットは縛る。魔術無しの発勁は結果として効果的だった。火属性を使えば雑音がけたたましい。とはいえ光属性は純物理的な衝撃が無い。その意味で別の亜属性を使うしか無かった。
「
スッと魔手が差し向けられる。ギリギリで距離が取られた。
「
そして間を置かずに魔術が行使される。水の斬撃だ。見てから避ける規格外。しかも外は月明かりも無い夜の闇だというのに。
「何者だ?」
「学院の一生徒ですよ」
そうには違いないのだが。
「疾」
さらに加速。間合いを詰める。
「虚手呼気」
崩拳が打たれた。メシィと不法侵入者の肋骨が謳う。闇夜にふっとばされる敵方。手応えはあった。それが問題にならなかっただけで。
「
細胞が修復されたのだろう。呪文構築からそう読んだが、絶対ではない。
「こっちの仕事の邪魔をする正当性があるのだろうな」
「無くてもいいんですけどね」
すっ惚けるようにアリスは嘯いた。
「で? どうします?」
「殺す」
さいでっか。
嘆息するより他に無し。
「
「
水の斬撃を崩化が打ち崩す。
「亜属性……!」
「正解ですけど何もあげられませんよ」
スッと間合いを詰める。手刀が閃いた。ナイフが応じる。そのナイフにアリスの手が絡みついた。ナイフを奪う。至極簡単に行なわれた。
「疾!」
「――っ」
アリスが振るったナイフを侵入者が避ける。
「とことん不条理だな貴様」
「魔術師なもので」
それで済むならもっと世界は分かりやすいのだが。
「
「あー」
質量力学の奔流。アリスは避けなかった。押し流されるように後ろに飛んで威力を軽減する。
「そう来るか」
「まぁ」
離れたところで、呪文を構築する。
「
「
「ツヴァイ。ドライ」
光輝砲の三連射。不法侵入者を射貫く。
「ぐ――」
「大丈夫ですか?」
そこで気遣うのもどうかだが。
「殺す気は無いんですけど吾輩としてもそこそこに威力は持ちまして」
「ソレを此処でいうか」
「本心です由」
たしかに身も蓋もない。
「で、どうします?」
「
侵入者は怪我を癒してのけた。
「それがありましたね」
彼も嘆息する。
「あと時間的に大丈夫で?」
「ぐ」
そこは確かに有ろう。
「其処に居るのは誰です」
第三者が現われた。ガサゴソやっていればソレは目につく。
「……………………」
彼の方はハンズアップで無害を示す。不法侵入者は距離を取って去っていった。
「生徒アスター」
「ですね」
「此処で何を」
寮監が厳しく見つめる。
「あー」
しばし曇天を見やって、
「平和活動」
あまり外れてもいない言い訳。
「時間外出は禁止のはずですよ」
「外出してないんですけど」
「それは……そうですけど」
ここは寮の庭だ。外に出るにしてもここに来るくらいは譲歩の余地も在り。
「不法侵入者に対処していました。これで言い訳はたちますか?」
「さっきの気配ですか?」
「ですねー」
彼としても何だかなだ。
「もう居ませんよね?」
「退きましたね」
「では部屋に戻りなさい。こっちも付き添います」
「ええ。御苦労おかけします」
素直に彼は頷いた。実際苦労は掛けている。夜中に蠢動する悪意を本来は彼が担うモノではない。そこにおいて彼が何を思っているかは口に出す必要も無かった。
「
明かりを灯す。
「亜属性」
「使えますんで」
「優秀だと聞いています」
「吾輩それほどでもありませんよ?」
「それは学院が批評することでしょう」
「ですね」
ケタタと彼も笑った。
叢雲が夜の闇を深く落とす。ほとんど濃口の暗黒が辺りに広がっていた。明かりの呪文でアリスの周りだけは鮮明だが。
「それで不法侵入者って珍しくないので?」
「珍しいですよ」
「へー」
ピアが狙われる。それにしても毎晩とは行かないのだろう。
「となると」
「何か懸念でも?」
「まぁそこそこに」
言いつつ彼は頭を掻いた。不法侵入者。その意図を今の彼には察せなかった。
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