第13話:火焔魔王、ちょっと影が差す04


「にゃー」


 そんなわけで入部試験は合格したのだが、むしろ問題はその先。


「にはははー」


 ピアに惚れ込まれた。もちろん先の魔術行使が起因だろう。


「ビッガ級。使えれば爽快だよね!」


「然程かな?」


 彼はすっ惚けた。もっとも欺瞞は口にしないのだが。およそ魔術に於いての理解については古典に落ち着いている。


「あとあの飛ぶ奴凄かった!」


「フェザラ……ねぇ」


 現代魔術では失われて久しい。


「どうやったら飛べる!?」


「普通に反動を使えば飛べるのでは?」


 魔術はソレを可能にする。


「師匠愛してる!」


「それはどうも」


「ピアが愛してるって言うの師匠にだけだよ?」


「それもどうも」


 アリスにそこら辺の機微はよく分からない。まず生物繁殖の理屈すらも適っていない。


「そんなわけで師匠には師匠師匠して欲しいんだよ!」


「では瞑想室でも借りますか」


 学院は独学用に教室も貸しだしている。


「その前にケーキ食べよう!」


「好きだね君も」


「師匠の次に!」


「はいはい」


 今度の店は線路沿いだった。鉄道が引かれて、汽車ならぬ魔車が走っている線路だ。蒸気機関ではなく魔導機関で走っている。ガタンゴトンと鳴る音は趣が深く、彼はそんな魔車が気に入っていた。実際に鉄オタと呼ばれるコミュニティも存在し、痴漢と呼ばれる犯罪も希に見る。


「…………こういうところは人間って凄いんですけど」


「何か言った?」


「ケーキが美味しいなと」


 ガタンゴトン。


「魔車に乗る?」


「お金が掛かるのでは?」


「学園都市でなら格安だよ。特に環状線なら同一駅切符で一食分の半分にもならないかな?」


「はー」


「痴漢プレイもできるよ!」


「いえ。それはいいんですけど」


 すっと手の平を見せる。


「魔導機関はやはり魔界文明で?」


「そだね。魔鉱石や神鉄なんかが有名処だけど」


 スピリットをエネルギーに動くカラクリを魔導機関と呼ぶ。


「にはははー。さすがの師匠も男の子だね」


「やっぱりロマンはあるよ」


「おかげで魔物からの襲撃率も落ちるし。ピアが言うなって話だけど」


「なんで?」


「呪われた子だから」


「呪い?」


 魔術とは親戚の技術に呪術というモノが在る。


「そ。呪い」


「解呪しないので?」


「そんなレベルを超えてるから」


 大禍おおまが。そう呼ばれるレベルらしい。


「不安かな?」


「ピアはどうでもいいんだけどね」


「そなんだ」


「元より人間嫌いだから他人がどうなろうと知ったこっちゃないし」


「吾輩も?」


「あははー。さてどうでしょ」


 軽やかに彼女は躱した。ケーキをフォークで崩す。アリスもコーヒーを飲みつつ鉄道に目を向ける。ガタンゴトン。


「師匠はさ。人間に不満を持ったことはない?」


「中々ね。善悪混交」


「良くも悪くも?」


「なんにせよ人であることに弱さはあるよ。そこを魔族につけ込まれる意味で脆弱さに歯噛みはするかな」


「魔族の方が良かった?」


「どうだろう。人間も捨てたモノじゃないんじゃない?」


「そっかぁ」


「何故に?」


「あのね。ピアは人間嫌いなの」


「魔族……じゃないよね?」


「魔人でも魔物でも無いよ。純然たる人間」


「何か嫌なことでも」


「それはいっぱい在るんだけど」


「いっぱい在るんだ……」


「だから師匠のことは好き」


「人間ですけど」


「ビッガ級使っておきながらソレを言う?」


「そんなかなぁ」


 すっ惚けるように彼はケーキを崩した。道行く人には社人から魔術師、傭兵まで多様だ。天気はそこそこ。陽気もそこそこ。


「やっぱり師匠は師匠だね」


「それ褒めてる?」


「そこそこに」


 クスリと彼女は笑った。


「それでお願いなんだけど」


「魔術なら教える」


「それもある」


 ソレ以外もある。


「ピアを助けてくれない?」


「いくつか意味はあるけど、どういう意味で?」


「命を狙われてるの」


「ほう」


 彼の目がスッと細められた。入学からコッチお世話になったのだ。相応の友情は彼も持っている。


「まぁだから師匠を巻き込んだわけだけど」


「あ、それで同室の」


「怒った?」


「いえ。まったく」


 何がどうのでもアリスはなかった。元々学院に来たのも騎士団所属が原因だ。今のところ出頭も無いが、面倒事への関与はそれで儀式も済んでいる。だからといって命を賭ける出来事に肯定的かと言われるとそうでもないが「リッチを倒したのはじゃあどうなんだ?」と疑問を差し向けられれば返答にも窮する。


「誰から狙われているので?」


「えーと。血族……かな?」


「家族で?」


「家族と言っていいのか」


 血が繋がっているなら親戚か。


「ややこしい御関係で」


「そう相成るかなぁ」


 少なくとも親戚が命を狙うとして、まさか自分で刃物は持つまい。仕事を任せるにも金とコネと政治力が要る。そうなれば目の前の彼女は貴族かソレに類する立場というわけだ。


「うーん」


 コーヒーを飲みつつビターショコラをハグリ。


「師匠は自由そうで良いよね」


「中々ねー」


 前世に比べれば確かに自由だ。人間殺しに精を出すことも無い。


「だからピアも自由が欲しくて力を求めるの」


「ソレは良いことです」


 たしかに在る一定の実力は運命の範囲を広める。


「なわけで師匠にはお世話になりつつお世話になる感じで」


「魔術の伝授と身辺警護?」


「そうなりますね」


 ピアがケーキをハグリ。


「それはいいんですけど今まで良く無事でしたね」


「カオスとクラリスにもお世話になって。ついでにお母様も一応コッチの味方だし」


「親御さんは優しいんですね」


「多分ピアのせいで胃潰瘍」


「あー」


 愛娘が暗殺されかかっているのだ。精神負担も相当だろう。


「なわけで魔術教えて欲しいんだけど」


「構いませんよ。吾輩としても特許を取るつもりはありませんし」


 ホケッと述べる。


「じゃあ此処の支払いは持つよ」


「お願いします」


 それで気が済むなら甘えてもいいだろう。というか呪術関連はちょっと彼にとってもどうにもこうにも。火焔魔王グランギニョルの得意とするのは火属性魔術だ。普通に感じ入って類感感染系統には別の魔王が存在する。


「ところで」


「にははー」


「――――――――」


「なんか魔人が見えるんですけど」


「見えるねー」


「ピア嬢と居ると魔物や魔族に良く出くわすね」


「呪われているのでー」


「?」


 そこもよくわからない。呪詛には間接因子が存在する。呪われていると一言で表現するにも、其処に居たる因子と経路は多岐にわたるのだ。で、魔を引き寄せるとなるとどんなお題目か。そこがちょっとわからなかった。


「ともあれ」


 キョロと視線を前後させる。


「アレは無力化してもいいの?」


「ピアに不利益は無いなー」


 ケーキを食べつつ。


「でも距離がない?」


 道行く傭兵たちも剣を抜いていた。魔術も距離が空けばそれだけエネルギーロスは免れない。ここケーキ屋から大通りの空間まではちょっとディスタンス。


「まぁ関係ないんですけど」


 スッと人差し指を伸ばす。その指先が砲門で、ついでに狙いを定めるロックだ。


狙撃ツェノン光輝砲ライテルシア


 ヒュンと光が飛んだ。光輝砲が射貫く。


「――――――――」


 あたりがどよめいた。


「あー。ツェノン……」


 狙撃魔術。


「師匠は火属性なのに器用だね」


 静かな湖畔でもそう思った。水属性相手でも引けを取らない。普通なら属性不利はかなりの重圧だ。なのに彼はソレを威力でねじ伏せてしまう。


「そういうところは好きかも」


「それは御光栄で」


 ピカピカと光が点る。光明ライトの魔術だ。


「あのさ……。師匠はピアに……」


「?」


「あー……なんでもない」


 気まずげに視線を逸らしてピアはケーキを食べた。

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