第12話:火焔魔王、ちょっと影が差す03
「リッチ……っ!」
骨だけの肢体にローブを纏っている逸れ物。
不死者の体現。魔術師の末路。魔人の中でもかなり上位に位置する魔物だ。
「ここは第一階層だぞ!」
「あー……」
カドセンが悲鳴を上げ、ピアがボンヤリと呟いた。魔界は階層が深くなるごとに魔も深くなっていく。リッチは断じて
呪文の構築は同時だ。
「
「
メガノ級の暴風と灼熱が猛り狂う。魔獣の咆吼にも似た轟音がとどろいて魔界を震撼させる。およそ学院の常識から幽離した光景だった。
「逃げるぞ!」
カドセンの意見もご尤もだ。
「ピア嬢を連れて逃げてください」
「お前は!?」
「殲滅します」
殊更何を言うでもなくアリスは答えた。深層の魔人とも呼ばれるリッチを弑そうと言うのだ。およそ理解が追いつかないだろう。傭兵ギルドの高ランクですら返り討ちに遭う方が確率の高い難敵だ。学院の学生がフォローできるレベルを超えている。
「ならピアも逃げないんだよ!」
「ガーデン?」
「にはは。師匠について行く!」
「巻き添え食ってもしりませんからね」
ソコだけは留意して貰いたかった。
「師匠なら大丈夫!」
――何を根拠に。
とはいえ、相手方が空に浮いているなら、威力そのものは確かに加減も必要ない。
「行きますよ」
「合点承知の助!」
スピリットを練り上げ、マテリアルに変換する。
「
「
暗黒の炎が血色の空を焦がし、さらにそこに大爆発が加味される。チカチカと明滅する光。そこにリッチの呪文が滑り込んだ。
「――
氷の弾丸が散弾となって降り注ぐ。散弾と言うよりむしろ豪雨に近い。上空から地表へ、殆どクレイモアのノリで降り注ぐ。
「ギガラ級!?」
「リッチだしなぁ」
ピアの悲鳴。部長の諦観。
「
さらにアリスもたたみかける。ギガラ級の出力で、炎を斬撃に変える。圧縮された炎が大空を裂くように大剣となって振るわれた。
「おお。グラディオ……」
器用な奴……と部長が感嘆とする。
「
だが属性相性でギガラ級がメガノ級の防御呪文で防がれる。
「こっちの属性を見切られてますなぁ」
「では参ろうか」
「逃げないので?」
ハッキリ言ってアリスにとってピアもそうだが部長カドセンも足手纏いだ。正面から言ったりはしないが、心の中では率直に思っている。
「まぁな」
ニッと笑って部長もスピリットを練る。
「
物質力が膨れあがるように具現し、雨となって上空のリッチを叩き落とそうとする。
「
リッチも然る者。風の爆発が簡単に重力の爆撃を吹き散らす。
「さぁてどうしますか」
既に属性に関しては相手方が上回っているらしい。
「致し方あるまいよ」
魔族も少しずつ集まっている。リッチに意識を割きすぎるのも問題だ。
「――――!」「――――!」「――――!」
水属性の魔族が単純相の魔術を放つ。
「部長殿。よろしく!」
「
「ナイスです」
見えない力が水魔術を防いで見せる。
「ピア嬢?」
「なに師匠!」
「地表の魔族は相手に出来ますね?」
「そりゃ出来るけど! 師匠は?」
「ちょっとリッチとやり合います」
「既にしてるよね?」
「今以上に」
「えーと?」
「では」
特に説明もせず、彼は呪文を唱えた。
「
比翼の呪文を唱える。
「何ソレ!」
「なっ!」
ピアとカドセンの驚愕も当然だ。アリスの背なからジェット噴射のように炎が吹き出ると、その火焔が翼のように広がって彼を上空へと導く。飛行の魔術。実は
「行きますよ」
「ゲゴゴゴ。虫けら風情が!」
ともに化け物。ともに魔。そしてともに常軌を逸している。
「
光の斬撃がリッチを襲う。
「
それが氷の属性による氷結で相殺される…………どころか。
「ツヴァイ! ドライ!」
どれほどのスピリットを貯蔵しているのか。三度も撃ってきた。
「うーん」
炎の翼で風を打ち、躱すアリス。スピリットはまだ潤沢にあるがマギバイオリズムの方が心配だ。瘴気がある分、スピリットからの汚染は計り知れない。人の身ではこれがネックになる。とはいえ元は魔王だ。こと魔術の冴えに関しては表世界よりも研ぎ澄まされてもいるのだった。
「我を倒せるか?」
「吾輩の能力の及ばない範囲と?」
「地上の人間もそこそこに」
「まぁアッチは気に掛けずとも」
空を舞いつつ彼は剽軽に言ってのける。
「
「
電撃がメガノ級の怒濤となってアリスを襲う。対するアリスは閃光を発生させて目眩ましをうった。轟く雷鳴と焦げ付く魔界の空。およそ人間の領域にない魔術だ。問題はソレがアリスを捉えられなかったことで。
「むぅ!?」
「
呪文構築は存外すぐ傍から聞こえた。どれほどのマニューバか。既にアリスはリッチの頭上へと位置取っていた。ヒュンと風が薙がれる。強烈な回転蹴りがリッチを叩き落とす。五蘊ッと魔術による火焔の爆発も追加だ。単純なフィジカルだけでも高位なのに、そこに上級属性魔術まで加味されるというのだから、威力も桁違い。
「ガ――ッ!」
困惑するリッチに、しかし彼は情けをかけない。
「
魔界の空と相克するような蒼い炎が天より堕ちた。しかも広範囲で。一応ピアとカドセンからはズラしている。幾ら何でもギガラ級の絨毯爆撃に巻き込むようなことはしない。余波だけはどうにもならないが、そこは魔界探索必須のスキルでどうにかしてもらうしかない。
「ゲガガガ! 何者だ貴様!」
「十把一絡げですよ」
名乗りも必要で無いらしい。
「そら行きますよ」
スピリットが充溢する。
「うーん。魔界ですねぇ」
瘴気がスピリットには心地よい。魔王にとっては郷愁さえ感じる。
「勢威転々。虎牙破断。暴虜充ちて深奥に至る」
ゾクリと静かな湖畔にプレッシャーが奔った。まるで大空も大地も怯えるように、形而上の気温が下がる。人の場合はソレを悪寒と呼ぶ。
「何を――」
とっさにリッチも呪文を唱える。
「堕ちろ!」
世界そのものの変質。即ち魔術だ。
「
超重力の風呂敷が天空から掛けられ地に堕ちる。グイとアリスが引っ張られる。そこに異論は無かった。叩き落とされるように彼は落ちた。
「雄ォォォッ!」
スピリットは十全。マギバイオリズムも凪。既に調整は終わっている。後は呪文を構築するのみ。
「
使えば大魔導師にも任命されるというギガラ級。それより更に上である人類の最上級限界値といわれるビッガ級だ。一般人が使おうとした場合、多分修得しても呪文構築段階でスピリットが枯渇する。魔王のスピリットを持つアリスだからこそ平然と使えるのだ。
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿なぁ!」
それこそ都市の二つや三つくらい塵も残さず蒸発させうる熱量が、しかし圧縮呪文によって彼の拳に集約する。灼熱がそのまま打拳に乗る。
「火焔発勁」
加速は十分。魔術維持に関しては呼吸も同様。
「朱手朱楽」
音がふっとんだ。あまりの轟音すらも超えた大音量は聴覚でさえ理解できない。光と熱が膨れあがり、烈風すらも遅く感じられるほど走馬燈にも似た時間矛盾が人も魔族もまとめて打ちのめす。それこそ大量虐殺兵器ですら追いつかない爆裂が魔界の大地を穿った。土は蒸発し、空気は救いを求めて昇天し、光熱がひた走って、風が吹き抜ける。通り過ぎた音がそこで漸く遠くからの残響に乗ってドォォォン! と木霊した。通過して、木霊して、やっと轟音だと聴覚が認識能ったのだ。
「あー」
「えーと」
静かな湖畔の一部がめくれ上がっていた。というかクレーターになっていた。リッチなど欠片も残っていないだろう。しかし逆に言えばクレーターが出来るだけで済んだのだ。圧縮呪文の効果故に。威力を一点に集中させることで余波を限りなく低値に近づける行使。
「なんと申すべきか」
「リッチは?」
「多分弑できました」
もちろんソレを疑う気はカドセンにも無い。だがそれとは別に困惑もあるわけで。
「何者だねアリスくん?」
「然程の存在でもありません」
彼はスピリットを収束させた。炎の翼もいつの間にか消えている。
「師匠!」
「はいはい?」
「一生ついていきます!」
「うーん。ラプソディ」
魔王の困惑も宜なるかな。
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