第11話:火焔魔王、ちょっと影が差す02
「にゃー」
神聖なる魔堂。
矛盾する表現だが事実を端的に示せばそう相成る。魔界と接点のある時空の歪み。表裏世界の一点を管理するのは政治的にどうしても必要だ。そしてそんな魔界への入り口の一つが魔術学院には存在し、その歪みを制御する結界聖堂……魔堂が学園都市に大きく建立されている。
学院内ではない。
むしろ都市側だ。
傭兵ギルドや派遣騎士団などがよく利用するので、どちらかと言えば大人の仕事。学院生でここを利用するには幾つかの認可が必要だった。SWD所属はその内の一つ。
「で、大丈夫なのか?」
「かなり大丈夫じゃ有りません」
その魔界の理屈は彼もよく知っている。というか火焔魔王グランギニョルにとっては故郷凱旋にも近い。
「にはははは~」
この世のしがらみさえ無ければ。
「生徒ガーデン。なぜ貴君まで?」
ピーアニー=ガーデン。それが彼女の名前。
「意味は無い!」
無いらしい。
「そ、そうか」
部長さんもたじたじだ。理論が通じない相手はときに一個大隊より始末が悪い。
「師匠。魔界に潜るんです?」
「思うところがあって」
「ピアも潜る!」
「邪魔なんですけど」
どうして彼にも遠慮は無い。
「足手纏いにはならないんだよ!」
「オーバー・ザ・ホライズンまで距離取って貰わないと足手纏いなんですけど」
地平線越えで漸く巻き込まずに済む。それは驕慢でもなんでもなかった。
「師匠の本気は見たいかも!」
「とのことですが?」
部長カドセンに視線を振る。
「ここは
「元々そんなもの十把だし」
「どういう意味で?」
「師匠には後で教えてあげる!」
「はあ?」
よく分からず、相槌を打つ。
「じゃあ参るか。この際時間も敵だ」
「さっすがカドセンさん! 話が分かる!」
「納得はしてないがな」
そこは思うところもあるらしい。ブオンと不気味な音。魔法陣が光る。理不尽の法がそのまま彼らを呑み込んだ。座標が一転する。風景はさほど変わらなかった。聖堂だ。表世界の魔堂と繋がる建築物。
「あー」
だがその瘴気は段違いに濃い。空間が捻れて悲鳴を上げ、空は暗灰色なのにどこか心臓を思わせるような赤い鼓動がチラチラと閃く。太陽は見えず、けれども光源はどこにあるのか。外の視界はそれなりに。ついで辺りは湖畔だった。
「静かな湖畔か」
魔界は脈動している。空間という意味で場所を提供することには違いないが、どこか生命の内部にでもいるような違和感を覚え、同じ座標で侵入しても昨日と今日で違う場所に出るのはむしろ普通だ。
「静かな湖畔ね」
第一階層でもそこそこ有名なところだ。おおよそ水属性と土属性の魔族が現われるが、場数を踏んだ傭兵ならば苦にも為らない空間でもある。
「どちらかと云えばハズレなんだが場所を変えるか?」
アリスが火属性であるのは把握されている。かみ合わせが悪いだろうとの懸念は確かに有った。
「結構です。吾輩としてもそこまで脅威でもありませんし」
「にははは~。師匠さすが!」
ピアの方も気後れは無いらしい。
「では参ろう。戦闘技術を見るための試験だ。危うくなればこっちもフォローするが独立戦力としての測定も兼ねているので距離は取るぞ」
「はい」「はーい!」
「此処から次の聖堂まで踏破してのけたら合格だ」
「位置的に大丈夫なので?」
魔界は生きている。
「ああ、聖堂に関しては大丈夫だ。結界で座標を維持している。風景は変わるが建立物まではさすがの魔界にも干渉は出来んよ」
「…………便利な時代になりましたね」
ボソリとアリスが呟いた。彼の時代では有り得なかったことだ。
そんなわけでこんなわけ。
「湖畔ね」
「泳ぎませんか!?」
「いちおう水中にも魔族居るんだけど」
「むぅ」
磁気があるのか。他の理論が働いているのか。方位磁石を片手に魔界……静かな湖畔を三人は歩いた。殆どノリはハイキングだ。ただし魔族が出ないかというとそんなわけもあらず。
「――――――――!」
異形と呼べる生物が現われる。
魔族。
世界の人間に対するアレルギーだ。魔界に来れば、それは当たり前のように現出する。第一階層なので、そこまで極端な反応には為らないが、それでも学院生程度が敵う相手ではない。例外を除いて。
「
アリスのスピリットが蒼い炎と化し湖畔を襲う。乱立する魔樹が千切られ、魔族が灰に還る。魔界の環境は生物にも似たホメオスタシスが存在するので破壊や侵略は永続しない。
「うわお」
そして何気にピアが引いていた。水属性の魔族の術行使に対して火属性で相克してのけたのだ。それは不条理も覚えるだろう。
「師匠どれだけ強いんです?」
「あんまり然程のことはしてないんだけど」
「メガノ級を使っておいて?」
「これくらいなら普通ですよ」
すくなくとも魔界では。
「ピア嬢は使えないので?」
「使えますよー」
中々彼女も強からしい。
「
火焔が時間加速して燃え上がる。既に蒼炎浄は取得したらしい。魔族の悉くを滅ぼしてのける。
「――――――――!」
だが向こうもやられっぱなしではない。魔術を一部相殺し、あるいは機を見て放つ。
「ほ」
アリスは器用に避けた。その身体制御がどこから来るのかは本人が一番分かっている。
「
ピアは障壁魔術を張って多重に防ぐ。
「避けないので」
「むしろ範囲魔術を避ける師匠がどうかしています」
「うーむ」
反論は一部の誤謬も無かった。
「でもスピリットの消費が激しいでしょ?」
「ですね」
ここで枯渇することがないにしても、乱用してプラスになることも無い。人間へのアレルギーが魔族なら、むしろ場を乱す意味で不利益とも言える。
「とはいえ出し惜しみする場合でも無いかと」
「そーだねー」
いきなりアリス並みに立ち回れ、も酷だ。
「
少し離れた場所の魔族に、アリスが狙撃呪文を放つ。光学衝撃が次いで具現する。
「ツェノン……」
使える魔術師もそう居ない。彼にしてみればあまり自慢にも為らないのだが。
「で、方角的には、湖畔を迂回する形で」
辺りを焼きながら進む。赤と暗灰色の脈動する空を見上げつつ。
「フォローも要らんか」
カドセンも状況を把握しつつ、けれども二人の戦力には冷や汗を流したり。
「――――――――」
重力が砲撃となって襲う。土属性の魔術だ。火との相性は然程でも。
「
アリスが防御呪文で受け止め、
「
視界内の魔族をピアが焼き払う。
「おー」
「師匠のおかげ!」
本人の才覚も十全では有るモノの。
「にはは!」
笑えるならまだ大丈夫だろう。
時に無言でも魔界は襲う。焼かれていない魔樹が枝を伸ばして絡め取ろうとしてきた。
「
一節呪文で彼が燃やす。
「失礼」
場を踏み荒らしているのは人間の方だ。とはいえ魔界で受動的になる不利は考えるまでもない。結果として魔族や魔物を殺してしまうのはどうしても避け得なかった。
「うーん。無念」
「何が?」
ピアには縁のない感情だ。
「マギバイオリズムは大丈夫ですか?」
「そこそこには」
湖畔を歩きつつ、ソコにも気をつける。状況次第では魔人に変貌するのも魔界でのリスクではある。瘴気が濃いと魔物とて増えるし、魔族にとって住み心地も良いのだ。
「というか君らの戦いに対する姿勢はどこで培われたのだ?」
部長カドセンの疑問も尤もだ。たとえ強力な魔術が使えても、本来はそれだけで強いということにはならない。位置取りにタイミング。間合いと呼吸。まだまだあるが要するに戦場に慣れるというのは魔術とは独立した技術だ。ピアの方は防御魔術でフォローしている側面も有るがアリスは防御にはあまりスピリットも割いていない。ピアへの援護を除いて。
「まあそれなりに」
「家庭の事情で」
二人が二人ともに意味不明だった。
「ってなわけで此処をクリアしたらピアもSWDへの所属を!」
「クリアできたらそれも構わんのだが……」
実力があるなら歓迎もされるだろう。むしろ彼女の実力で言えば今まで所属していなかったのも不思議なほどだ。
「師匠について行きます!」
「そこですよね」
そんな事情に相成りし。
「あとチェノンを教えて!」
「はいはい」
魔界を歩きつつ、魔術を講義し、魔物を焼き払う。
「ゲ――ガガガ――。――――」
呪文が紡がれた。魔術だ。ここら辺の魔物にしては珍しく風属性だ。
「
アリスがそこに便乗する。炎が迸って風を呑み込む。
「ん?」
その手応えが鈍かった。スピリットの量か質か。
「ゲガガガ――なるほど。相応か」
相手はフヨフヨ浮いていた。
「えーと」「まぁ~」「ガチで」
アリスとピアとカドセンが見上げて言葉を探す。相手方は頭蓋を晒した顔に暗黒のローブを纏っていた。魔族ではない魔術師。魔術師の成れの果てと言われる魔物だ。
リッチ。
そう呼ばれるアンデッドがそこにはいた。
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