第10話:火焔魔王、ちょっと影が差す01
「んー」
魔術の実践講義はちょっと憂鬱だった。火属性しか使えないので代わり映えがしないのだ。もちろん覚えようと思えばスピリットを変質させて他属性に靡くことも出来るだろう。だがそうなると魔王のアドバンテージが薄れる。火の特化した一極魔術師であることは彼のアイデンティティですらあった。
「もぐ」
そんなわけで晴天の下。サンドイッチをかじりながら芝生に座っている。今日はかしまし娘とは一緒じゃなかった。ホケッと青空を見つつお茶でも飲む。
「よう! 少年! 青春してるか!」
そこに快活な声が掛けられた。見れば男子生徒が其処に居る。蜂蜜色の髪をオールバックにして、活気を穏やかさでマイルドにしている瞳だ。男子学生服を着ているのだが、所々が盛り上がってた。
「えーと?」
「わははは! 貴殿はアリストテレス=アスターか?」
「ええ」
爽やか青春青年の問いかけのおずおずと彼の答える。
「その年で既に魔術を極めていると聞く。本当ならば恐ろしいことだ」
「意見の食い違いはこの際考慮しません」
魔術の深淵を覗くには、人間の身体ではちょっと難しい。
「星乙女は居ないのか?」
「アルデバラン嬢もシリウス嬢もアンタレス嬢も」
かしまし娘のことだ。
「うむうむ。ではちょうどいい!」
「何がでしょう?」
「うちの部活に入らないか!」
サークル勧誘をされたらしい。学院なので珍しい話では無い。学内活動はむしろ是だ。
「何部で?」
「SWDだ!」
それが分からないのだが。
「スピリット・ワールド・デベロップメント。つまり魔界開発部だな!」
「えーと?」
「学院の生徒で魔界を発掘する部活だ」
「可能で?」
「一応部活協会にも認可は得ている!」
堂々と胸を反らされた。
「はあ。それはそれは」
――魔界。
スピリットワールド。
それは所謂平行世界と呼ばれる概念だ。純物理的な表理世界と交わらない平行に広がる世界で、ときどき魔としてこっちと繋がる。その場合、二枚の布を平行に添えて一点を異次元に押して接触するように、魔界の周囲が窪みに沿って連立するように干渉力を発揮する。元々は魔術の仕事貯蔵庫とも目されており、魔族が居座り、魔物が徘徊する。
ソレだけを聞くと何故に首を突っ込むのかと疑問も出るが、およそ物理に依らない性質の文明も多々あり、一種ダンジョンにも似た性質を持つ。むしろ前後としては先に魔界があるのだが。
「で。何故吾輩に?」
そこが彼の疑問だった。
「なに。君は戦いに慣れているだろう」
殊更何をでもないが、知られているらしい。
「そこそこは」
「部活見学だけでもしていかないかい? 純粋に我々は戦力を欲している」
「ギルドに言えばいいのでは?」
「関税が掛かるからなぁ」
中々身も蓋もない意見だった。
「まぁいいんですけど」
魔界は彼も興味があった。
というのも魔王のスピリットが魔界を欲するのだ。生まれた土地故の郷愁か。あるいはカントリーロード的な感傷か。彼にとっても他人事ではない。
「おお。試してくれるか!」
「というか学院生なら押せ押せでは?」
「そうなんだが魔界で通じる魔術師が少ないのも事実だ。ぶっちゃけ
「貴殿は……」
「カドセンだ。カドセン=ブルーハワード」
「オーライ。カドセン殿は大丈夫なので?」
「これでも部長だからな。
人の身ではたしかに破格だ。
「ふむ」
「ダメか?」
「いえ。魔界には行きたく存じてました。むしろ渡りに船ですね」
「そうか。いや、その前に入部試験があるのだが」
「勧誘しておいて?」
「さすがに魔界は鉄火場だ。相応の威力を持っていないと弾かれる」
「でしょーねー」
そこは同意だった。
「魔界は初めてか?」
「んー」
前世では普通に暮らしていた。今世では縁が無い。
「学院生ならギルドより余程簡単に下れるぞ?」
「それは魅力的ですけど」
彼にとってもスピリットの故郷だ。
「では何故吾輩に声を掛けたので」
「さっきも言った通りだ」
戦力を見出したから。それだけだ。
「それだ
「構いませんよ」
第一階層程度なら後れも取らない。それは魔王のスピリットがそう述べていた。
――舞台転換。
「うーん」
「師匠! 何か!」
「いや。なんでも無いんですけど」
人の身では魔界に行くのも一苦労だった。ギルドでも魔界に潜る連中は居る。ただリスクとリターンが極端すぎて、場合によっては死者すら出るだけ。で、ここでどうするべきかのテーゼと相成る。
「うーん」
「アリス様?」
「アリス?」
かしまし娘が首を傾げていた。
「とかく人の業有りき」
ま、そうは言っても魔界に潜るのは前提条件だ。
「師匠。師匠。魔術を見て欲しいんですけど」
ピーアニーが愛想良く語りかけてきた。
「トランスセットはやった?」
「相応に!」
「じゃあ次に見せるのは上級属性なんだけど」
まずアリスが何故使えるかも議論にはなる。
「
火属性の上級呪文だ。青い炎が立ちのぼった。一瞬で燃え尽き、攪拌する。
「まぁコレが使えれば相応かと」
「むむむ」
ピアが難しげに呟く。
「アリスはなんでそんなモノを?」
「何ででしょうね?」
「そう言いますよね」
クラリスが嘆息した。
「ノウマク。ノウマク。ノウマク」
呪文は発声とは違う。スピリットが乗らなければ意味がない。そしてその魔術を成立させるのは
「にゃー」
そんなわけでちょっと講義は難しい。
そもそもスピリットの加工が難関だ。レゾンデートルを改革しろと言っているようなモノである。
「無茶をいうな」
が魔術師の率直。そこを為して今の魔術師も居るわけだが。
「
赤い炎。蒼い炎。相応にアリスの手の平から発生した。
「まぁまだ上はあるんですけどね」
紅蓮の炎がソレに当たる。
「にはは。師匠は凄いね!」
「常識レス」
「ケタタタ。まさかでよ」
「然程のことでも無いんですけど」
ガシガシと頭を掻く。こと火属性であるならば研究室より先に行っている。
「じゃあ一緒にお風呂入ろ?」
「ピーアニー?」
「ピーアニーでよ?」
「いいじゃん別に。リベンジ」
「何の?」
やはり彼にはよく分からない。
「お湯も魔化文明で沸くし」
「それはそうですね」
彼もお風呂の文化は好きだった。
「なわけでお風呂」
「どうぞ」
「師匠も一緒に」
「何故?」
「嬉しくない?」
「それこそ何故?」
「師匠は天然すぎるよ」
「たまに言われますね」
そんな問題でもあるまいに。
「アリス様はソレで良いので?」
「んー。どうだろう」
「うっちも一緒で良いでよ」
「そう張り合わなくても」
にゃーと鳴く。
「後はこう……
「一極魔術師でいいので?」
「師匠には言われたくないんだけど」
「ご尤もで」
そのスピリットが火属性だ。
「うっちも教えて欲しいでよ」
「カオスは?」
「その。まぁ。教えて貰えるなら」
こっちは非積極的だった。
「カオスはもうちょっと何とかならないでよ?」
「どうせ魔術を覚えても人を傷つけるだけです」
――それはある。
彼も思うところだ。
「だからあんまり好きにはなれません」
「それよなー。にははは」
ピアが爽やかに笑った。
魔術の構成とスピリットの覚醒についてはかなり理論から外れる。それでも認識が遺産と為るのは文明に於いて必然で。
「
ボッと彼の手の平から蒼い炎が立ちのぼる。
「師匠は凄いよね」
「まこと以てでよ」
「うーん」
御本人に大層なことをした覚えはなかった。
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