第18話:火焔魔王の御前である01


「ふにゃ?」


 寮部屋でのこと。アリストテレス=アスターは惰眠を貪っているところを起こされた。ただしそっと優しく。


「魔メール?」


 何ですソレは?


 声と表情でそう語る。聞くに魔導文明の一端らしく、遠くにある筆記事項を転写して手紙として機能させる――とのこと。


「はー」


 そっち方面には明るくないので、人間って凄いな程度にしか思っていない彼ではあっても。ちなみに今回の魔メールは郵政……国によって運営されているので民営と比べて値段は手頃らしい。


「はあ」


 と彼。手紙を受け取って学園都市に出る。


「大丈夫なので?」


 今日は休日だった。自己研鑽にも縁が無いので彼はお休みを満喫し、ついでにカオスと一緒に喫茶店に入る。


「オリジナルブレンド」


「ミルクティーを」


 さくっと頼んでまったり過ごす。


「カオス嬢は魔術を覚えなくて良いんですか?」


「ある程度は覚えていますので」


「実践論の話ですけど」


「そっちはスピリットの関係ですね」


 魔術を使えばスピリットは変質する。より魔に近くなると表現すれば良いのだろうか。魔術の威力が年季に比例するのは此処に端を発している。


「それにあんまり好きになれませんし」


「珍しいね」


「ええ。まぁ」


 茶請けのクッキーを小動物のようにかじりつつ、彼女は力無げに頷いた。


「さて」


 コーヒーを楽しんで。それから封筒を開ける。中から出てきたのは指令書だった。王国の聖盾騎士団。アリスが今所属しているストッピングパワーだ。


「ああ、あの」


 カオスも知っているらしい。そこそこ有名ではあるのだろう。


「で、なんと?」


「ちょっと用事があるので出頭しろと」


「騎士団がですか」


 王国警邏をするか戦闘訓練しているような集団だ。税金で動いているので食いっぱぐれは無いはずで、ついでアリスに何用かが少し悟れなかった。


「団長直々なので断れないし」


「ですねー」


 カオスも茶を飲みつつ頷いた。


「また魔車に乗れる」


「そんなところはアリス様も可愛いです」


「マロンがあるよ」


「魔術にも個人で移動する能力が在れば良いんですけど」


「あー」


 ないから魔導機関が開発されたわけで。


「というかアリス様は接近戦能力レスでしたよね」


 ソレは正しい。元々火焔魔王は魔術に依存しているので接近戦のスキルは高くない。もちろん一般レベルで言えば高い方ではあるが、いわゆる一芸にまでは至っていない。ただし近距離でも魔術を体術で躱す反射は能っているので、日常的に鍛え上げて錬磨している側面も有る。騎士団が魔術と同様に武術を求めるのも事情の一環としてはあった。


「にしては遅れもとっていないような」


「圧縮や影装は昔から得意でして」


 火焔発勁。


 彼の持つ近接戦闘手段だ。魔術依存ではあるが、一種、彼をして魔王たらしめるスキル。


「それで出頭するんですか」


「お給金貰ってますしね~」


 さすがにボイコットは無理だろう。


「カオス嬢はしがらみ無いので?」


「あるような……ないような……」


「?」


 あまり突っ込んで聞くべきでもないらしい。


「じゃあとりあえずは切符買わないとなぁ」


「行ってらっしゃいませ」


「うん。ピア嬢とクラリス嬢によろしく」


「刺されませんかね?」


「お見送りしたかったって?」


「然様で」


「そこは友情を信じよう」


「特にピア様は最近アリス様がお気に入りで」


「そうなの?」


「あの。そこで疑問系に成られると女子として不安を煽るんですけど」


「にゃー?」


 コーヒーを飲みつつすっ惚け。


「あと道中魔物に気をつけてください」


「知ってる。ソレ、フラグって言うんでしょ?」


「アリス様は厄介事に愛されていますから」


 中々彼女も辛辣だった。


「魔物程度でどうにかはならないと思うけど……」


「でしょう」


「カオスの根拠は?」


「アリス様ですから」


 まったく根拠薄弱極まった。




    *




「はい。どうぞ」


 社員が切符を確認して営業スマイルを見せる。大陸横断鉄道に乗って彼は御機嫌だった。


「うーん。ロマニズム」


 王国と帝国は東西を分けている。星の傷と呼ばれる大亀裂も在るので一部では行き来が難しいところもある。政治的に緊張はあるが、今のところ穏便には済んでいる。


「政治ね」


 あまり彼には関係のないことだ。


「失礼」


 流れる景色を眺めて列車の揺れに心地を落ち着けていると、声が掛けられた。


 老齢の女性だ。


「もしかして魔術師様でいらっしゃいますか?」


「概ね」


 否定してもしょうがないが、自負するほど大仰にもなれない。


「おお。こちらは私も孫になります」


 と老齢の女性の背中に隠れている幼女がチラとこっちを見ていた。


「お恥ずかしながら私は魔術に明るく在りません。是非とも孫に魔術の何たるかをご教授願えれば幸いだと。私の息子は孫を作ってから魔物に襲われまして」


「あー」


 よくあると言えばよくある話。さきにタブーを犯したのは人類側だが、だからといって殺されて「そうですね」はありえない。


「……………………」


 孫娘は怯えているらしかった。それは魔術師も珍しく、ついでに胡散臭い。


「何か一つ。魔術師としての心得などを」


「それは構いませんけど。お孫さんは同意しているので?」


「もちろんでございます。魔物を倒して父親の仇を討つと」


 本当にそうなら良いんだけど。


火焔フレイヤ


 呪文を構築して世界を改ざんする。


「基礎ですけどコレが魔術です。スピリットにコレを適応させればそこそこ使えますよ」


「さすがでございますれば」


「後は――」


 幼女ではなく老婆に対して彼は語った。幼女の方は怯えているようだ。それも仕方ないので別段何とも彼は思わない。しばらくすると警報が鳴った。


「ん?」


 声管から声が聞こえてくる。


「魔物発生! 魔物発生! 衝撃に気をつけてください!」


「カオス嬢のフラグが実ったなぁ」


 中々に世界はよく出来ている。


「ダークボアね」


 鉄道へと無謀にも襲いかかろうとしている魔猪を見受ける。星の傷から現われたのか。あるいは単に突発的な発生か。


「鉄道員にも魔術師はいるし……」


 魔物対策もされているだろう。


「練度は低いけど」


 魔猪も撃ち出される魔術に抗してのけた。


「――――――――」


 線路まで来られるとはた迷惑だろう。脱線事故も対策はされているが、遠くで処理した方が安全ではある。


「致し方ない」


 嘆息して彼は窓を開けた。魔猪の大げさな体躯を見て、そっちに人差し指を伸ばす。


狙撃チェノン光輝砲ライテルシア


 即時に光学狙撃が行なわれる。最初は牽制だ。亜属性の光は距離ロスにおいてかなりの優位性を持つ。そこに狙撃が加わればだいたいオーバー・ザ・ホライズンはやってのける。


「――――――――」


 魔猪の咆吼。


「うーむ。警告も無意味ですか」


 魔物も恐怖は持つ。先の牽制は魔猪の勢いを削ぐには足りなかったらしい。


「誰の魔術だ!」


 鉄道員の声が聞こえた。走り行く魔車の中で鉄道員以外が魔術を使えば確認も取られる。


「気にする吾輩でもないんですけど」


 今度は完璧に魔物を捉える。ただし足。


狙撃チェノン光輝砲ライテルシア


 ヒュンと光属性の砲撃がダークボアを襲った。その足を射貫く。


「おお。さすがでございます」


 老婆が感嘆を声にした。


「然程でも無いんですけど」


 特別な事をしたつもりは彼にも無かった。


「魔術師殿!」


「はあ……?」


 とりあえず両手を挙げる。無抵抗のポーズだ。鉄道員がこっちを認識した。


「学院の生徒か」


 学生服を着ているのでソレは分かる。


「よくぞ止めてくれた。ただ係員としては仕事を取られたような気もするが」


「申し訳」


「いや。貴殿の勇気に花束を。あの距離の狙撃は中々に出来ない」


 ――いや。簡単なんですけどね。


 あえて呟くに留めた。彼にとっては地平線程度の距離なら普通に当てられる。


「それで魔物の脅威は去ったとみて?」


「うむ」


 鉄道員も頷く。元々魔車に喧嘩を売る魔物の方が少ない。金属の塊が高速で走っているのだ。ぶつかればどうなるかは自明の理だろう。


「……………………」


 老婆に隠れている幼女がちょっと複雑にアリスを見た。その意図するところは那辺にあれども。


「大丈夫でしたか?」


 そんな幼女の頭を撫でる。


「もっともこんなことは出来ないならそっちの方が良いんでしょうけど」


「?」


 呟いたアリスに、幼女が首を傾げる。

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