想いで
揣 仁希(低浮上)
その引き出しには思い出が詰まっていた
「あなた〜2階の片付けお願いね〜」
「ああ、分かってる」
階段下からの妻の声に返事をして、私は作業に戻る。
2階にある寝室は永らく使われていなかったため少々カビ臭く埃が僅かに積もっていた。
そんな部屋で私はひとり、感慨深いものを感じていた。
10歳年上の妻は正直、私には勿体ないくらいの女性だ。
私がまだ20歳になる前に知り合い──と言っても私の一方的な一目惚れだったのだが──猛アプローチの末、結婚した。
幸いにも子供にも恵まれ、つい先日一番下の三女の就職が決まり家を出ることになった。
子供達も全員自分の人生を歩み始め、我が家が少々広く感じる様になった。
そんな訳で妻がこの際だから一回綺麗に家の中を片付けようと言い出したのだ。
しかしこれがまた難儀なもので、いざ片付けだすとすっかりと忘れていた色々なものが出てきて作業が一向に捗らない。
長男が小学生の頃に描いた絵や長女の七五三の写真、次女が中学生の頃のアルバムに三女の幼稚園時代の工作などなど。
ひとつ見つけては妻と昔を懐かしみ、ホロリとする。
そんな日がここのところ続いていた。
私はそんな感傷と思い出が詰まった宝物を眺めつつ、片付けを続けることにした。
2階の寝室にはベッドと鏡台、机くらいしかない。
子供がまだひとりふたりだった頃は家族全員でこの部屋で寝ていたものだ。
やがて子供達も成長し、ひとり部屋に移ってからしばらくは妻と2人で使っていたが、それも下の子が出来ると次第にリビングの隣の部屋を使う事が多くなりここはすっかり空き部屋の様になってしまった。
私が使えば良かったのかもしれないが何となくひとりで居るには広過ぎて、私は書斎にいることが多くなった。
書斎にはロフトもあるし、何よりこじんまりとした空間が妙に落ち着いたからだ。
久しぶりに開けてみた机の引き出しには、いつから入っていたのかも記憶にない様なものが色々と入っている。
中身のない指輪の箱や電池の切れた腕時計、もう閉店して久しい店のポイントカードなどなど。
それらもう使わないであろう品物をダンボールに詰めていく。
ベッド関係は今度の天気のいい日にでも干してみるとして、私は鏡台の引き出しを開けてみた。
「…………懐かしいな、これは」
開けた引き出しには、キチンと整列した携帯電話が並んでいた。
所謂ガラケーである。
私と妻は今もそうだが、いつも同じ型番の携帯を使っていた。
私がブラックを選べば妻はピンク、ブルーにすればシルバーのように。
私はそっと昔懐かしい携帯を手に取る。
これはいつくらいのだっただろうか。
おそらくは平成半ば辺りだろうか、今のスマホからは想像もつかない分厚い携帯電話を手に、微かに笑いが込み上げる。
そう言えばよくふたりで写メを撮っていた事を思い出す。
恋人だった頃、一緒に出かけた先で何やかんや言いながらも必ず撮っていたものだ。
当然ながらバッテリーは老朽化しているので電源は入らないが、それぞれを手に取ればあの頃の思い出が甦ってくる。
ついついそんな思い出に耽っていると知らぬ間に時間が経っていた様で、妻の呼ぶ声も聞こえていなかった。
「あなた?」
「うん?ああ、どうかしたのか?」
「どうかしたのかって、呼んでも返事がないから見に来たのよ。何かあったの?」
「いや、うん、これを見てたら懐かしくなってしまってね。すまない」
「あら?これって……」
そう言うと妻はピンク色の携帯を手にとった。
確かそれは私と妻が初めて同じ型番にした時のものだ。
「ふふっ、懐かしいわね」
「ああ」
そうして私と妻はベッドに腰掛けてあれこれと若かった頃の話をした。
「これって中身は見れないのよね?」
「バッテリーがダメだろうから無理だろうね、ああ、でも携帯屋に持っていけばどうにかなるかも。今度持っていくかい?」
「いいえ、これはこのままでいいわ。だってちゃんと覚えてるでしょ?私もあなたも」
「ははは、そうだね」
それぞれに沢山の思い出が詰まっている。
「せっかくだし久しぶりに写メでも撮らないかい?」
私は妻の腰に手を回してスマホのカメラを向けた。
少し驚いた顔の妻はクスッと笑うと私の肩に頭を預けてカメラを見る。
カシャ
「ねぇあなた」
「なんだい?」
「明日にでも新しい機種に変えに行かない?」
「それはまた、えらく急だね?どうかしたのかい?」
私が戸惑った顔をすると妻は、だってね、また新しい思い出作りたくなったんだもの。とはにかんだ。
翌日、すっかり綺麗になった2階の寝室。
その寝室の鏡台の引き出しには新たにお揃いのスマホが仲間入りをしていた。
──了
想いで 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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