最新スマホで異世界転移、冒険ギルドはIT化

黒いたち

最新スマホで異世界転移、冒険ギルドはIT化

 日曜日。

 スマホの機種変更きしゅへんこうをした。

 はじめから入っていたよくわからないアプリを起動きどうしてみたら、知らない場所に転移した。


 服装ふくそうを確認する。

 着ていた部屋着、うさ耳パーカーと、スキニーデニムだ。

 女子高生だから、許容範囲内だろう。

 アバターが自分自身とは思わなかった。


 目の前の建物に「冒険ぼうけんギルド」と書いてある。

 ということは、VRゲームか。

 VRゴーグルをつけた記憶きおくはないけれど。


 入店すると、耳慣れた日本語が聞こえ、ホッとする。

 異世界転移げんじつにしろ、VRゲームにしろ、言葉がわかればなんとかなる。


 受付らしき場所にむかう。

 ピンク髪をツインテールにした美少女が、私を見て営業スマイルを浮かべた。


「いらっしゃいませ。冒険ギルドへようこそ」

「いろいろと説明が聞きたいのですが」

「お客様、異世界ははじめてですか」

「そうですね」


 なんだこの会話。


「では、お手持ちのスマホに冒険ギルドのアプリをダウンロードさせていただきます」

「は?」


 言われて、自分がスマホを握りしめていたことにきづく。

 購入したばかりの最新機種だ。


「当ギルドのアプリは、会員証かいいんしょ依頼いらいの確認、達成状況たっせいじょうきょう、フレンド登録、電子マネー管理など、さまざまな機能がございます。スマホをお預かりしてもよろしいですか」


 有無うむを言わせないあつがある。

 ここは無難ぶなんに流されておこう。


「おねがいします」

「こちらのタブレットで、初心者登録しょしんしゃとうろくをおねがいします」

「はい」


 個人情報を入力し、完了ボタンを押す。


「お待たせしました。冒険ギルドアプリのダウンロードならびに初心者登録が完了しました」

「ありがとうございます」


 スマホを受け取る。

 機種変更したばかりのスマホは、自分の持ち物だという感覚が、とてもうすい。


「最後にひとつ、質問いいですか」

「どうぞ」

「私、帰れますか?」

「ログアウト方法は、マニュアルをご覧ください」

「――なるほど」


 どうにも突きはなされた気がして、とげのある口調になる。

 受付のピンク髪ツインテール美少女は、営業スマイルをいっさい崩さなかった。




「マニュアル……ログアウト方法……これか」


 ギルドの壁際かべぎわにならんだソファに座り、スマホを操作する。


「フレンドと声をそろえてログアウトとさけぶ――なにこれ」


 フレンド、の文字が青文字になっていたのでタップする。


――相互そうごフォローしているプレイヤー同士どうしのこと。


「相互フォローしなきゃいけないの? だれと? どうやって?」


 スマホから目を上げる。

 冒険ギルドには、さまざまな容姿の人間がっている。


「優しそうな人にお願いしてみようかな」


 他人に頼み事なんて、ひきこもりの私にはハードルが高い。

 ひきこもり歴は、たったの9日だけど。


 目の前の人のれをぼんやりと見つめる。

 それが高校の教室とかぶり、重いためいきをついた。


 べつになにがあったわけでもない。

 ただ、入学して二か月も経つのに、親しい友人ができなかった。

 自分が勝手にクラスに居づらく感じて、気を張るのに疲れて、自主休学ひきこもりを選んだ。


 冒険ギルドの扉が開いて、また誰かが入ってきた。

 

 ストリート系ファッションの、高校生ぐらいの男の子だ。

 目が合ったような気がしたが、気のせいだろう。

 スマホに目を落とそうとしたが、彼が一直線にこちらに向かってくる気配を感じ、あわてて顔を上げる。


「こんにちは! もりさんだよね?」


 名前を呼ばれ、まじまじと彼の顔を確認する。


「同じクラスの藤堂 蓮とうどう れんだよ。知ってる人がいてよかった~」


 彼は気が抜けたように床にしゃがみこんだ。




 初心者登録しょしんしゃとうろくを終えた彼が、私のもとに戻ってきた。


「となり、いい?」

「どうぞ」

「ありがとう!」


 ボスン、と隣に腰を下ろした彼は、間近でみるとおしゃれだった。

 黒の長袖ながそでは、すそ袖口そでぐちだけ、白黒チェックのきりかえしがついている。

 黒のカーゴパンツに、赤と黒のラインが入った白スニーカーをはいている。


 うさ耳パーカーの私とは、雲泥うんでいの差だ。


「森さん、この世界にくわしい?」

「いえ。さっき飛ばされてきたばかりです」

「俺も! スマホを機種変きしゅへんして、いろいろいじってたら、なぜかこの世界にいた。びっくりだよね~」


 そういってさわやかに笑う彼は、ようキャのオーラが全開だった。

 いんキャの私にはまぶしすぎる。


「あ、どうクラだから、敬語禁止ー!」


 陽キャのノリはやめろ。


れんでいいよ。森さんの下の名前は――」

「森でいいです」

綾乃あやのだ! あやちゃんって呼ぶね!」

「聞けよ人の話」 


 思わずドスのいた声を出す。

 彼はパチリとまばたきをして、豪快ごうかいにわらった。


「藤堂くん、とりあえずフレンド登録とうろくいいかな」

「じゃあれんって呼んで♪」


 この陽キャのノリ、本当にイラっとするな。


「蓮、いいからフレンド登録」

「おお……あやちゃん男前だね」


 こういうのは照れたら負けだ。

 

「フレンド登録すると、なにができるの?」

「帰宅できる」

「マジでッ!?」


 蓮の大声に、周囲がなにごとかと目線を向ける。

 注目を集めたことに気づいた蓮が、愛嬌あいきょうのある笑顔を周りに向けると、周囲の興味が散っていったのがわかった。

 なにそのわざ。陽キャこわい。


「あやちゃんQRコード出して」

「……どこ?」

「えーと、スマホ貸してもらってもいい?」

「うん」


 蓮にスマホを渡すと、手慣れたようすでフレンド登録をしてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」

「フレンドと声を合わせて『ログアウト』と叫ぶと、帰れるらしいから、3,2,1でいこう」


 こんな訳のわからない世界、さっさと帰るに限る。


「まって、あやちゃん」

「なに」

「俺、まだこの世界を楽しんでない」

「――はぁぁあああ!?」 


 私の大声に、周囲がなにごとかと目線を向ける。

 注目を集めたことに気づいたが、それどころではない。


「頭だいじょうぶ!? 帰れるならさっさと帰るべきでしょ!?」

「でもさ、アプリのコンテンツ選択で魔法まほう発動はつどうするんだよ。やってみたくない?」

「やっ……て、みたくない、わけじゃ、ないけど」

「しかも、報酬ほうしゅうは各種電子でんしマネーから選べて、むこうに持って帰れるって書いてある」


 冒険ギルドは、短期バイト斡旋所あっせんじょというかんじか。


「あ、初回クーポンある。依頼請負時いらいうけおいじに、クーポンコードをご入力いただければ、報酬が30%アップします、だって」


 そういいながら、れんは慣れた指さばきで、スマホを連続タップする。


「スライム討伐とうばつ! 初心者向けだし、これにしよう。クーポンコードを入力して――」

「ちょっと蓮、私まだやるって言ってない!」

「だいじょうぶだいじょうぶ。はい、依頼請負完了」

根拠こんきょのない自信! これだから陽キャは!」


 人の話を聞かない陽キャの横暴おうぼうに、天をあおぐ。

 ピコン、と私のスマホが鳴った。


依頼請負完了通知いらいうけおいかんりょうつうち……」

「じゃ、魔法ぶっぱなしにいこうか、あやちゃん」



 

 結論けつろんから言おう。

 めちゃくちゃ楽しかった。


 敵の属性ぞくせいに合わせた魔法をぶっぱなし、スライムがぐちゃっとつぶれて消えていく。

 魔法はスマホから発動されるので、シューティングゲームのようだった。


 討伐数とうばつすうに比例して、電子マネーが増えていく。

 初回報酬30%アップ、すごい。


「あやちゃん、そろそろ帰らない?」

「まってあと1匹――っしゃあ!!」


 スライム狩りはストレス解消にぴったりだったらしく、ここ最近でいちばんスッキリした。


れん、おまたせ。じゃあ、3,2,1で『ログアウト』って叫ぼうか」

「オッケー。そういやあやちゃん、最近学校で見ないね? 月曜は来る?」

「あ……」

「俺が迎えにいこうか?」

「やめて!!」


 叫ぶように否定してしまい、ハッと顔を上げる。

 蓮は、まばたきをひとつして、なにごとも無かったかのように笑った。


「おなかすいたー。3,2,1でいい?」

「……うん」

「いくよ。3,2,1」


『ログアウト!!』




 気がついたら、家だった。

 にぎりしめていたスマホを確認すると、冒険ギルドアプリがダウンロードされている。

 夢じゃないのか。


 階下から、ごはんよーという母の声が聞こえる。

 狐につままれたような心地だったが、腹の虫がさわいだので、とりあえずごはんを食べることにした。




 月曜日。

 快晴かいせいの空が憎々にくにくしいから、今日も自主休学ひきこもりだ。


 冒険ギルドアプリは、二度と起動する気はない。

 電子マネーの報酬はおいしかったが、それだけだ。


 なにかゲームでもやろうとソフトを選ぶ。

 RPGにひかれてしまうのは、昨日の冒険のせいかもしれない。

 

 ブーンとスマホがふるえた。

 着信ちゃくしんなんてめずらしい、と画面を見た私は、自分の目を疑った。


「――はぁぁあああ!?」


 登録した覚えのない「蓮」の文字に、あわてて通話ボタンを押す。


『おはよう! あやちゃんちに着いたよ~』

「え!?」


 カーテンを開けると、れんが私に気づいて、おおきく手をふった。


「なんで!?」

『フレンドの位置情報がオンになってたから、本心ほんしんではむかえにきてほしいのかなって』

「ボジティブすぎる! これだから陽キャは!」

『ここで待ってるねー!』


 そんなことをいうものだから、私は10日ぶりに制服にうでを通さざるをえなかった。




 制服姿の私を、母は嬉しそうに見つめた。

 そして、なにごともなかったかのように、送りだされた。


れんと番号交換した覚えがないんだけど」

「フレンド登録のときに、ついでにしといたよ」


 ぜんぜん気づかなかった。


「困ったことが起きたら、俺に言いなよ。フレンドだし」

「なにそれ」

「ひとりでできることには限界があるじゃん。そういうときは、人にたよればいいんだよ」


 理解りかいはできるが、実践じっせんできるかはわからない。


「で、ストレスがまったら、またスライムをたおしにいこう!」


 その提案ていあんはわるくないな、と思ってしまった。


 蓮が、両手を頭上にかかげて、ピコピコうごかす。

 うさ耳パーカーを揶揄やゆしていることに気づいて、彼のうでをベシリとたたいた。


「うははははっ!」


 蓮が、憎々にくにくしいほど楽しげに笑う。

 まるで今日の天気みたいだ。


 彼のまぶしさに目をすがめながら、フレンドが蓮でよかったと思う。

 でも、くやしいからぜったいに彼には言わないと決意しながら、私は10日ぶりに高校の門をくぐった。

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