第13話 VS GONOKUNI ROUND3
とある建物の屋上にて。
『狙撃銃』のスコープを覗き込み、バッカーサの戦闘を観察していたシンだったが、やがてその顔をゆっくりと離した。
「ジジイの援護はいらねえか。他の獲物を探そう」
銃口を下にして左手に『狙撃銃』を持ち、右の手で咥えるタバコを口から離す。
白い煙をつぅーと吐き、一服。
次なる標的を探さんと、スコープを覗きなおす。
と、その時。
「・・・っ!」
殺気に気づきシンが振り返ったのと、乾いた銃声が響いたのは、ほぼ同時であった。
発砲音は二つ。
背中に目がついているのかと思わされるようなシンの反応から、初弾は命中したものの、二発目は僅かに外れた。
して、その射手であるが。
「よう気づいたな。殺気は隠したつもりやったが」
「平和ボケした国と一緒にするんじゃねえよ」
壱ノ国代表将。軒坂平吉その人であった。
その右手に握られた『片手銃』の銃口からは、硝煙が立ち昇る。
「マセガキが。一丁前にタバコなんか吸いよってからに」
「お前の国がどうかは知らねえが、うちの国じゃ15から吸っていい決まりなんだよ。それより、どうして俺の居場所が分かった?」
「滝壺・・ああ、お前にやられた男が撃たれた位置から推測したんや。遮蔽物やら考慮すれば、自ずと場所は分かる。バカと煙と狙撃手は高い所が好き、いうてな」
「なるほどな。どんな国にも優秀な奴はいるもんだ」
会話を交わす平吉とシンの距離は、ほんの5メートルほど。
実力の差はともかく。武器の性能を考えれば、平吉の方が有利だといえるだろう。
だが、
「軒坂平吉。やはり侮れんな」
シンの真横にゲートが出現。
そこから顔を出したのは、金髪碧眼の女性。キャスタであった。
「またお前かいな。ワイのストーカーか何かか?」
「すまないな。歳上は範囲外だ」
「歳上だ?どうみてもおば・・」
「何か言ったか」
ひたすらに冷たい空気を纏った言葉の圧に、平吉が一瞬気圧される。
自称18歳。『永遠の18歳』の才を持つキャスタに、年齢の話はご法度である。
(さて、これで形成は逆転ってわけか・・・)
平吉の冷静な部分が状況を判断し、体に次の行動を促す。
「架純、聞こえるか?」
『あー、あー。聞こえるでありんす』
「下準備は出来とるな?」
『勿論でありんす』
「よし。それなら時計台の時計の針が8時を示す方向。赤煉瓦の建物の屋上。援護頼む」
『了解』
あらかじめ装着しておいた通信機によって、架純と何やら連絡をとる平吉。
『TEENAGE STRUGGLE』最終予選。
『WAR』という名に恥じぬ、怒涛の展開が続く。
こちらは李空と太一のペア。
見事なコンビネーションによってランを撃破した二人は、その際に投げた『槍』を回収すべく、街中を歩いていた。
「確かこの辺に・・」
「太一さん。あれ」
「ん?」
李空の視線の先。
そこには大きな噴水があり、その近くに目標である『槍』は転がっていた。
が、問題はそこではない。
そのすぐ横に、片膝を立てて座り、微動だにしない男がいるのだ。
「なんだ、あの男は?」
「眠ってるんすかね?」
その男の肩には、才具の一つである『剣』が立て掛けられている。
そのことから、伍ノ国の選手の一人と思われた。
「なんか分からんけど、チャンスみたいだな。李空。俺が『槍』を回収したら、一思いに打ち抜け」
「了解っす」
足を忍ばせて、男に近づく太一。
李空も『弓』を構えて待機する。
男と太一の距離が、ほんの数メートルほどまで近づいた、その時。
「侵したな」
「なっ!」
閉ざされていた男の目が開き、何の攻撃も受けていないはずの、太一の防具にヒビが入った。
とある建物の屋上。
様子見を兼ねた平吉の発砲はキャスタの石壁によって呆気なく阻止。
次いで、キャスタが反撃に出ようするも。これまた別の事象によって阻止された。
「向こうの『狙撃銃』か・・・」
目前の床にできた弾痕を眺め、キャスタが呟く。
「正解や。これで数の利はのうなったが、どないする?」
「ふっ。狙撃手の場所が判ればこっちのものだ」
屋上の一方。架純が銃弾を撃ち込んできた方向に、石壁がせり上がる。
「これで2対1に元通りだ。シン援護頼むぞ」
「ああ。わかってる」
またもや戦況が傾いたかと思われたが、不利になったはずの平吉は、ニヤリと笑って見せた。
「いや、わかってへんな」
その声が合図であるかのように、シンとキャスタの間に新たな弾痕が。
その銃弾は、先ほどとは別の方向から飛んできたのだった。
「どういうことだ?」
「狙撃者が複数・・いや、才の能力か。それなら・・」
不測の事態にも関わらず、柔軟に思考を巡らせたキャスタが次にとった行動は、屋上の四方を石壁で囲むことであった。
「これで何処からも撃たれることはあるまい」
「まあそうするわな。やが、狙撃の狙いがソレやったって言ったらどないする?」
「・・・どういうことだ?」
流石のキャスタも平吉の発言の意図を測りかねている様子だ。
「簡単な話や。さっきのは、ここにお前らを閉じ込めるための射撃やった、いうわけや」
「まさか、石壁の制約を・・」
「ああ。さっきの戦闘で確認済みや」
キャスタが石壁を築くのに使用しているサイアイテム『サイカベ』であるが、その形状はリングの形をしている。
キャスタはこれを両手首と両足首、それから首の5箇所に装着しているのだ。
リング一つで築ける石壁の数は一つだけ。
通常の人間であれば一つを扱うのも至難の技なのだが、キャスタは長年の訓練により5つを自在に扱えるまでになった。
と、今回重要なのはこの制約ではなく。もう一つの方だ。
この石壁は発動してから少しの間。自分の意思で消滅させることは出来ない状態となるのだ。
その時間およそ10分。この間は、何が起きても石壁はそこにあり続ける。
さらに、この石壁には特殊な能力が付与されており、才の効果を通さない。
戦闘時は、これらのことを悟られないように上手く立ち回るキャスタであったが、平吉は僅かな違和感からその制約に気づいていた。
「だが、私がここに来ることは知らなかったはず」
「いや、それも予測できた。狙撃手はこの『WAR』において非常に重要な役職。ましてや、そこの男は実に優秀な能力を有しとるらしい。ピンチに駆けつけん手はないやろ」
キャスタの頭の回転を評価した上での、平吉の予測であった。
「なるほど。確かにその通りだ。だが、この状況でピンチなのはお前の方じゃないか?軒坂平吉」
「そうだ。こちらは二人。逃げ場を失ったのはお前の方だぞ」
「まあ、客観的に見ればそうやろな。ここで二つほど朗報や」
「一つ目」と、平吉が人差指を立てる。
「さっきのうちの狙撃手の射撃やが。あれは囮。才具の弾やない」
「なんだと・・・」
そう、あれは偽の架純が放ったモノ。
すなわち防具にダメージは与えられない。
ゆえに、敢えて外したのだ。
「この意味。お前やったら解るよな」
「どういうことだ。キャスタ」
「・・・狙いはアーチヤか」
そう、平吉の真の狙いはアーチヤ。
李空の天敵となり得る幼女を倒すには、行動を共にするキャスタが邪魔であった。
彼女をアーチヤから引き剥がし、行動を制限できた今。
本物の架純が、アーチヤに『狙撃銃』の狙いを定めている頃だろう。
「アーチヤを重要視しとるお前がここに一人で来ることも計算済みや。そしてもう一つ。ワイはここから出れる」
そう言うと、平吉は目前にゲートを開いた。
「なぜお前がそれを!」
「さっきの戦闘の時にパクらせてもろうたわ」
驚愕するキャスタに、平吉はニヤリと笑って返す。
キャスタが移動に使用しているこのゲートは、零ノ国に設置されている『サイワープ』と似たもので、携帯型のサイアイテムによって生み出される。
その形状はビー玉サイズの小さな球体であり、力を加えて潰すことでゲートが開くのだ。
このゲートは事前に設置した出口と現在位置を繋ぐ代物であり、距離が離れるほど扱いが難しくなる。
逆に言えば、短い距離であれば素人でも使えるのだ。
「ワイは出口をこの建物の中にセットしてある。石壁によって、ゲートによる横の移動は叶わんが、縦軸なら大丈夫いうわけやな」
「ほな、さいなら」と、手をひらひらと振りながら、平吉が屋上を後にする。
開かれたゲートは、平吉が潜ると同時に閉じた。
残されたシンが、一応通常の出口に手をかける。
「・・くそ。鍵をかけてやがる」
どうやら平吉がゲートの出口をセットしていたのは、屋上へと通じるドアの内側だったようで。
中から鍵をかけ、逃走を図った模様だ。
「無駄に頑丈なドアの造り。才具の武器は防具以外にダメージは与えられない。大人しく待つしかないみたいだな」
「全く。とんだ切れ者がいたものだ」
新しいタバコに火を点け、自分を落ち着けるように煙を吐くシン。
キャスタにしても悔しそうに爪を噛みながら、すぐさま次の一手を打っていた。
噴水前広場。
「・・・そうか!太一さん、離れて!」
未知の攻撃により防具にダメージを負った太一が、居座る男から距離を取る。
次いで、李空の『弓』から放たれた矢が男を襲うが、その目前に見えざる何かがあるかのように弾かれた。
「一体どうなってるんだ!」
「太一さん。おそらく男の周りには、見えない斬撃が残っています」
「は?どういうことだ?」
太一は理解が及んでいない様子。
李空は噴水前の男を視認した瞬間に、己の才『オートネゴシエーション』によって男の才の概要を読み取っていた。
それというのは『残像』である。
それにより、分身に類する能力かと推測した李空であったが、どうやらその効果は武器に及ぶらしい。
その男。名をセイは、才具『剣』による斬撃の残像を、己が周辺に防壁の如く張り巡らせていたのだ。
「俺の才を一瞬で見抜くとは。観察眼・・いや、才の能力か?」
セイがゆっくりとした所作で立ち上がる。
その様子を、警戒の目で睨む李空と太一。
「まあ、どちらでもいいがな」
その声は、太一の背後から聞こえた。
「太一さん!うしろ!」
「・・しまっ!」
そう、セイの才は『残像』。噴水前のセイは残された像であったのだ。
そのことに気づいた李空が援護を試みるも、遅かった。
反射的に飛び退いた先の、斬撃の残像により、一太刀。
一歩踏み出した本物のセイが持つ『剣』が、太一の防具に、もう一太刀。
して、太一の防具は耐久値を超えた。
「・・くそっ!お前は負けるなよ・・・」
「太一さん!」
才具の強制転送により、太一の体が消える。
「まずは一人、だな」
セイは表情を変えずに呟いた。
壱ノ国代表、炎天下太一。脱落。
残り生存選手。両国共に五名。
一方、正方形の形をした広場の一画には、バッカーサと闘う京夜とみちるの姿があった。
「なんじゃ、その緩い攻撃は?」
「この翁。見かけによらず速いえ〜る!」
「攻撃が当たらんあ〜る!」
『斧』を咥える二匹の影犬が、バッカーサの素早い動きに唸る。
いつもの声色と違う、低く唸るような声だ。
みちるの影犬によって振られる『斧』は、決して遅いとはいえない。
が、バッカーサの動きは、それを軽く凌駕していた。
「遅い。太刀筋が止まって見えるわい」
「くそ。これでもダメか」
みちるの攻撃を躱した直後を狙い、京夜が『剣』を振るうが、バッカーサはそれをも避けてみせた。
「次はこっちの番じゃ」
バッカーサが大きな『斧』を片手で振り、京夜の体を襲う。
それに京夜は「盾」で対応した。
「ほほう。攻撃を吸い取る盾か。面白いのう」
京夜の『ブラックシールド』は、あらゆる攻撃を吸収するのだ。
バッカーサは『斧』を力ずくで抜き取り、構え直す。
「これは少しは楽しめそうじゃわい・・・ん?」
豪快に笑うバッカーサだったが、何事か急に顔をしかめた。
「なに?アーチヤのピンチじゃと?」
それは、伍ノ国の頭ことキャスタからの連絡であった。
情報を命と称する彼女も平吉と考えは同じであったようで、あらかじめ通信機を準備しておいたのだ。
「すまぬが、急用が入った。一時休戦じゃ」
「おい!」
「待つえ〜る!」「あ〜る!」
京夜らの制止を聞かず、バッカーサは人間離れした跳躍で戦場を離れた。
とある建物の2階。
「きゃ!」
アーチヤの可愛らしい悲鳴が響く。
何処からか放たれたその弾丸は、窓ガラスを突き破り、アーチヤの小さな体に装着された防具にヒビを入れた。
「あちきの狙撃の腕前もなかなかでありんす」
リロードし、再びスコープを覗き込むのは、架純の本体であった。
架純は試合が始まるや否や、街中に囮を配置して周り、情報の収集に徹した。
平吉とのやり取りもあり、架純はキャスタがアジトとしている場所を特定し、アーチヤが一人となった今、襲撃に至ったのだった。
照準を合わせ、二発目を放とうかという頃。
「だれじゃ!可愛いアーチヤを狙う不届き者は!」
アーチヤにとっては強力な、架純にとっては厄介極まりない。援軍が到着した。
窓ガラスを突き破り、馳せ参じたその男。
バッカーサは怒りを露わにして、吠えた。
「アーチヤ!助けに来たぞい!」
「ばっかじいじ!」
バッカーサの背中に抱きつくように、アーチヤがピタッと引っ付く。
「これは困ったでありんすな・・・」
彼の身体能力を常人のそれと比べてはならない。
バッカーサにとって、遠距離から放たれる弾丸など、文字通り止まって見えることであろう。
架純は、耳に装着した通信機に手を被せた。
「バッカーサがアジトに到達。標的を仕留め損ねたでありんす」
『ラジャーや。Bプランに移行で頼む』
「了解でありんす」
連絡を端的に済ませ、架純は『狙撃銃』を構え直した。
噴水前広場。
「・・・さて。どうするかな」
対峙するセイを見据えて、李空はポツリと声を漏らした。
セイの才『残像』は、自分のみならず武器にも及ぶ。
今回であれば『剣』。それを振るった空間にダメージを残すのだ。
その斬撃の残像は、どうやら才具の攻撃判定となるようで、触れれば防具にダメージが入る。
さらに、その「斬像」は目に見えないときた。
どこにそれらが張り巡らされているか分からない状態では、行動がひどく制限され、闘いどころではない。
まずは「斬像」の位置を確認する必要があるだろう。
(・・と、この状況でこの能力ね)
自身の才『オートネゴシエーション』が導き出した解の意味を悟り、李空は一方を向いて、笑った。
次の瞬間。広場の一部分に明確な変化があった。
それは広場中央の噴水。
今まで穏やかであったその水が突如牙を剥き、通常時の何倍もの勢いをもって、天空へと手を伸ばしたのだ。
その水柱は周りの建物と背を比べた後、重力に従って落下。
李空やセイを含め、辺り一帯を水浸しにした。
「なるほど。斬像の位置を把握したわけか」
その水は二人を頭から濡らしただけでなく、一部に残っていた斬撃の位置を浮き彫りにしたのだった。
「それだけじゃないけどな」
次いで、李空は『弓』を引き、矢を放った。
その矢は、セイの立ち位置とは少しズレた方向へと飛んでいく。
「何処を狙っている?弓の腕前は人以下か?」
「さあな。お前の国ではどうか分からないが、うちのメンツの中では一番だったよ」
さて、今回武器として用いられている才具であるが、無論通常の武器とは大きく異なる。
『弓」や『狙撃銃』『片手銃』に関していえば、その「矢」や「弾」は、構えるだけで自動装填される仕組みとなっている。
『狙撃銃』は再射出の際にリロード動作が必要となるが、『片手銃』に関しては連射可能(二発毎に僅かな待ち時間が発生)。『弓』は、弦を引くだけで「矢」が自動的にセットされる。
すなわち、それぞれに特殊な才の効果が付与されているのである。
して、今回李空が放った矢の方向にあったのは、その位置が浮き彫りとなった「斬像」であった。
「・・・っ!」
その矢は「斬像」でバウンドし、向きを90度変化。
さらに、太一を斬りつけた際の「斬像」に跳ね返り、隙間を掻い潜ってセイの防具を射抜いた。
「・・・矢の性質を読み取り、斬像の材質を変化させたのか?」
「これだけの情報でそこまで見切るか。俺と同い年くらいに見えるが、くぐった修羅場を相当らしいな」
李空は素直に感心した。
セイの見た目は李空と同じくらいであるが、その言動から戦闘慣れしていることが分かる。
「見聞と視野の広さは強さに直結する。お前もなかなかいい目をしているようだな」
「それはどうも」
李空の目が、この男は今までで一番の強敵だと知らせてくれる。
その危険信号を一蹴するように、李空は目を細め、ふっと笑った。
「壱ノ国代表。透灰李空だ」
「伍ノ国代表。セイだ」
相手の実力を認めたことを名乗ることで表し、互いに向き合う。
李空が防具に負ったダメージは、アーチヤの『弓』、一矢分。
李空がセイの防具を捉えたのも『弓』、一矢。
違う条件は己が構える武器のみ。
噴水前の決闘。始。
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