第10話 WHITE COUNTRY


大陸の南西部。

「伍」の数字を与えられた大地には、今日も雪が降り注ぐ。


「いやー、壮観、壮観」


一面「白」の大地を一望できる崖の上で、男は盃に口をつけていた。


その男。見た目は初老であるが、若者顔負けのエネルギーを辺りに振りまいていた。

さほど強くはないといえ雪が降る天候の中、なんと男は上裸であった。


引き締まった肉体からは熱気が漂い、心なしか降り注ぐ雪も恐れをなして男を避けているように見える。


「いやはや、長生きはするもんじゃな。こうして静かに白を眺められる日が来るとは。実に壮の観じゃ」


愉快そうに笑い、盃を掲げる男。

男の笑い声に呼応するように、雪が僅かに強まった。


そんな男の背後に一つの人影が近づく。


「ここいたのかジジイ。キャスタのババアが探してたぞ」

「なんだシンか。タバコはやめろと言うたじゃろ」

「もう餓鬼じゃねえんだよ」


シンと呼ばれた男は、咥えたタバコを口から離し、ふうー、と煙を吐いた。

降り注ぐ雪と逆行し、白い煙が立ち昇る。


雪や煙とは対照的にシンは真っ黒のコートを羽織っており、この地が極寒であることを思い出させてくれる。

気候に抗い上裸の男は、シンの姿をつま先から頭まで値踏みするような目つきで眺め、笑った。


「なに笑ってんだジジイ」

「餓鬼じゃないと主張してる間は餓鬼なんじゃよ。全く。餓鬼の背伸びは煙ったくてしゃあないわい」

「ちっ。さっさと世代交代しろってんだ。クソジジイ」

「ハッハッハ!ワシが引退する時は死ぬ時じゃ。若造め」


初老の男が豪快に笑い飛ばす。

シンはつまらなそうにタバコの火を消した。


「ところでシン。キャスタはなんじゃって?」

「ああ。最終予選の詳細が決まったって」

「ほお。形式はなんじゃ?」

「WARだとよ」

「WARとな!」


その報告に、上裸の男。バッカーサは再度笑った。


「神と争う権利を求めて戦争せえと申すか。さながら聖戦じゃの。戦争はもう懲り懲りじゃが、ここは一肌脱ぐしかなかろうて!」

「もう脱いでんじゃねえか」

「そうじゃったの。これは一本とられたわい」


雪を吹き飛ばす勢いで笑うバッカーサ。


そんな祖父を前に、シンは呆れた様子でタバコを一本取り出し、再び火を点けた。



シンに連れられバッカーサが向かったのは、吹雪をものともしない頑丈な造りの、要塞のような建物だった。

艶やかな漆黒のその要塞は、白い大地の中で遺憾なく存在を主張している。


大袈裟にも思える丈夫なドアを解錠し室内に入るや否や、バッカーサに向けて女性の怒号が飛んだ。


「遅いぞ!バッカーサ!」

「まあ、そう怒るでないキャスタ。せっかくの美貌が台無しじゃぞ」

「そんな決まり文句はいいからさっさと席に着け!」


両手を腰に当て怒りを露わにする金髪の女性。

長い前髪は眼の片方を隠し、その分迫力を2倍に増したもう片方の碧眼が、バッカーサを鋭く睨む。


「まったく。年寄りには優しくせんかい」

「何が年寄りだ。こんな時だけ都合のいい」

「そうじゃな。そちに歳で態度を変えろというのは可笑しな話じゃったな」

「んだとジジイ。どういう意味だコラ!」

「おー、恐ろしや恐ろしや」


わざとらしく手を振りながら、席に着くバッカーサ。

こんなやり取りは日常茶飯事だといった様子で、シンもタバコを咥えたまま隣の席に着いた。


「ばっかじいじ。そんな姿で出歩いたら風邪ひくよ」


依然、上裸のままであったバッカーサに、一人の幼女が上着をあてる。

長く綺麗な白髪と、それよりも白い肌が眩しい女の子だ。


「アーチヤ!じいじの心配をしてくれるのか!」

「うん。外寒かったでしょ」

「ジジイの裸が見るに耐えないんだってよ」


横に座っていたシンが、横槍を入れる。


「シン。お前はアーチヤと違って可愛げのないやつよのう」

「そうかよ。まあジジイに似たんだろうぜ。いやバカジイジだったな」

「誰がバカじゃ!ばっかじいじじゃ!アホ孫!」

「ふたりとも落ち着いて・・」


不毛な言い争いを始める祖父と孫を前に、どうしたものかとアーチヤがあたふたする。


「アーチヤ。そんなアホどもは放っておいて席に着きな」


呆れた様子のキャスタに促され、アーチヤは向かいの席に着いた。



「今日はこれで全員だな」


席に着く面々を眺め、キャスタが頷く。


現在この場に居るのは、キャスタの横にアーチヤ。対面に座るバッカーサ。その横にシン。それともう一人、シンの横に男の姿があった。

集中しているのか。はたまた眠っているのか。その男は騒々しさを物ともせずに、目を瞑ったまま座っている。


その光景もいつものことなのであろう。

特に気にした様子もなく、キャスタが話を進める。


「今日の議題は最終予選についてだが、相手が壱ノ国ということは知っているな?」

「勿論じゃ。まさか壱ノ国が上がってくるとは驚いたよのう。チームの要であった剛堂の小僧が抜け、暫くは低迷するじゃろうと踏んどったが・・」

「話だと、新人が活躍してるみたいだな」

「ふむ。確か軒坂とかいう、なかなかやり手の坊主もおったのう」

「なんだかんだここまで残った相手だ。一筋縄ではいかんだろうな」

「そうじゃろうのう」


キャスタとバッカーサが、テンポよく会話を進める。


「なんだよジジイ。びびってんのか?」

「生意気な口を聞くなよシン。強敵なればなるほど滾るというものじゃ!」

「ふっ。そのまま倒れちまえ」


タバコを咥えたまま、シンは薄く笑った。


闘志を剥き出しにするバッカーサが、何かを思い出したようにキャスタに尋ねる。


「そうじゃ。今回の『WAR』は何人制じゃ?」

「七人だよ」

「七人とな。となれば、あと二人はじゃな」


ふむふむ、と顎に手を置いて頷くバッカーサ。


現在この場にいるのは五人。

どうやら、その兄弟とやらを合わせた七人が、伍ノ国の最終予選の出場選手らしい。


「話はまとまったか?」

「セイ。起きておったか」


目を瞑ったままであった男が口を開き、バッカーサが頷く。


「今しがたまとまったところじゃ。目標『壱ノ国』。作戦は『勝つ』じゃ!」

「そんないい加減な・・・」


バッカーサの発言に、キャスタが呆れたように呟く。


「作戦として成り立っているかはさておき、意気込みはジジイと同じだな」

「それはそうだな」

「うん。アーチヤも頑張るよ」

「異議はない」


シン、キャスタ、アーチヤ、セイの四人が同意を示し、その目に意志が宿る。


真っ白な大地に燃え上がる闘志。

雪をも溶かしてしまうほどの熱気が、要塞を内から熱する。


開戦の刻は近い。




───試合当日。


壱ノ国代表の面々は事務所に集合していた。

試合に出場する選手7人に、監督の剛堂や美波らも加えた、総勢12人の大所帯である。


「いよいよ今日は最終予選だが、零ノ国に向かう前に対戦相手となる伍ノ国について軽く話しておこうと思う」


会議室として用いられる和室にて、剛堂はホワイトボードに2枚の写真を貼り付けた。


「まずはこの男。伍ノ国代表将のバッカーサだ」


その内の一枚を指し示し、剛堂が言う。


「そいつが将?本当え〜る?」

「選手にしては老けてるあ〜る!」

「さかあがりのろうそくはどうしたの?」

「繰り上がりの法則、な。それで、どういう理屈です?」


みちる、真夏、李空の3人が、瞳に疑問を浮かべて尋ねる。


「当然の質問だな。まず、10年毎に才が弱まる『繰り上がりの法則』だが、例外はない。才の制約は絶対だ。だが、絶対という概念すら覆す存在がある。もうわかるな?」

「・・・なるほど。才ですか」


納得した様子で李空が呟く。


絶対的な存在であるがゆえに、絶対という二文字を許さない。

それが『才』なのである。


「それで、バッカーサの才だが───」

「『生涯現役』とかいう、繰り上がりの法則とは逆に、10年毎に倍々で強うなるっちゅう、ふざけた能力の才や」


勿体ぶる剛堂に我慢ならんといった様子で、平吉が言う。


良いところで台詞を奪われることにいい加減慣れてきた剛堂は、「これが大人になるということか・・・」と、妙な納得の仕方をしていた。


「それから、横のキャスタという女性だが───」

「『永遠の18歳』とか嘯く、おばさんでありんす」


今回、横槍を入れたのは架純。

平吉とは違い、剛堂の話を遮るのを楽しんでいる様子である。


「とまあ、そんな感じだ」


切なげに溜息をつきながら、剛堂を話をまとめる。


「特に注意すべきはこの二人だが、他のメンバーも油断を許さない強者揃いだ。気を引き締めて闘ってくれ」


最低限の威厳を保つように呼びかけ、時計に目をやる。


「・・そろそろ時間だな。美波、頼めるか?」

「はい。任せてください!」


アホ毛を揺らしながら頷き、美波が『ウォードライビング』を発動。ほどなくして、光の球体が出現する。


「うわ!なんすかこの球!?」

「面白い能力だな」


初めて目にするそれに、太一と滝壺が声をあげる。


「お前らは初めてやったな。ほら、いくで」


平吉が促し、二人を球体に乗せる。

他のメンバーも順に乗り込んでいった。


「ちょっときついな・・」


京夜が少し苦しそうに呟く。

なるほど、12人もの人数が乗り込むには、その球体は少し小さく感じられた。


「京夜くんが近い・・」


成り行きで物理的に京夜とお近づきになれた美波が、嬉しそうに頬を染める。


「泥棒猫。くうにいさまから離れてください」

「ふかこうりゃくだよ!」

「それを言うなら不可抗力です。あなたは絶対防御の砦ですか」


李空を挟むように位置する、真夏と七菜の2人はいつも通りの調子である。


「はっ!まだ拙者だけ喋ってないでござ───」


11人の若者と1匹の「ジショウマニアオタク」を乗せて、光の球体は決戦の地を目指し、飛び立った。



「でっけえ・・・」


眼前にそびえ立つ城壁を見上げ、太一が呟く。


事務所から央の目前までやってきた一行。


壱ノ国から出るのは初となる太一は、溢れ出る好奇心を抑えきれないといった様子だ。

滝壺の心情も似たようなものらしく、冷静な表情の奥に興奮の色が垣間見える。


「せや。李空、ええこと思いついたで」


いかにも悪巧みしてますよといった笑みを浮かべて、平吉が李空に近づく。


「・・え、俺が言うんですか」

「せやで。その方がオモロそうやからな」

「ちゃんと後で弁解してくださいよ」


仕方なくといった口調であるが、李空の表情はノリノリに見えた。



剛堂が門番に許可証を見せ、いかつい門がゆっくりと開く。

それをくぐると、すっかり見慣れてきた貴族の街。「央」が顔を出した。


「ここが央か。想像していた通りの街だな」


辺りを見渡し、滝壺が呟く。

央に金持ちの貴族が住んでいるのは周知の事実であり、小綺麗な街並みは、貴族といわれて連想する光景そのものであった。


「それで、零ノ国とやらにはどうやって行くんだ?」


と、尋ねるのは太一。


待ってましたといわんばかりに、李空が口を開く。


「あそこに穴があるんですけど、見えますか?」

「なっ、あれで落ちるのか!?」

「え?今は、うぉーどら・・」


真夏の口を慌てて李空が押さえ、わかりやすく作り笑いを浮かべる。

その様子からなにやら察した滝壺は、しれっと観測にまわった。


「太一さん。もしかしてビビってるんですか?」

「なっ!?調子に乗るなよ李空!天下の炎天下太一が、穴ごときにビビるわけねえだろ!」


安い挑発に啖呵を切った太一は、勢いそのままに穴に飛び込んでいった。


「ほんま単純な奴やなあ。その性格が吉と出るか凶と出るか。今から楽しみやで」


「ひゃっふうううぅぅ・・」と、太一の声が遠くなっていく穴を眺めて、平吉が楽しそうに言う。


その後。零ノ国に設置してある『サイポイント』を座標に美波が『ウォードライビング』を発動し、他のメンバーは光の球体に乗って零ノ国へと向かった。



「てめ!李空こら!騙しやがったな!」


光の球体のベールが剥がれるや否や、単身零ノ国に落下した太一は李空に詰め寄った。


「平吉さんに言えって言われたんですよ」

「てめ!軒坂さんの名前出すのはずりいぞ!」

「それに、俺は穴があるとしか言ってないですよ」

「ぐっ・・・」


確かに、李空は穴に落ちて向かうとは言っていない。

穴のない言い分に、太一はぐうの音も出ない様子だ。


「皆さん、ようこそおいでなさいました。さっそく案内させていただきますね!」


どこからか現れた零ノ国案内人コーヤが、壱ノ国代表一行に向けて呼びかける。

その表情は、こころなしかいつもより明るいように見えた。


会場に向けて案内を開始するコーヤの後ろにつきながら、平吉が尋ねる。


「なんか良いことでもあったんか?」

「すみません。顔に出てましたか?」


コーヤが少し恥ずかしそうにはにかむ。


「皆さんの活躍が嬉しいんですよ」

「ワイたちの?」

「はい。皆さんの快進撃ときたら、零ノ国でも話題なんですよ!初めての担当が皆さんで、鼻が高いというものです!」


コーヤが自分のことのように嬉しそうに語る。


「今日の試合も頑張ってくださいね」

「ああ。おおきにな」


平吉は人当たりの良い笑みを浮かべて、応じた。



それから前回同様『サイワープ』をいくつか経由し、一行は今回の試合会場に辿り着いた。


「ここが・・・」


李空は目前の光景を眺め、息を呑んだ。


そこにあったのは、今までのそれとは明らかに雰囲気の違う会場。


権力を誇示するように豪邸が並ぶ「央」とは違い、整った軒並から威厳を感じる。


一つの立派な「街」であった。




一方、その頃。


いつの間にやら一行と逸れていた卓男は、央の放送ブースを訪れていた。


「今日もお願いしますね」

「勿論でござる」


実況者ミトの言葉に、意気揚々と答える卓男。


試合開始時刻も迫り、最終確認を行っていると。


バンッ


扉を開ける音と共に、一人の男がブースに入ってきた。


「な、何をしにきたでござる!」


その男に向けて卓男が声を荒げる。


放送ブースに侵入してきたその男の正体とは、『TEENAGE STRUGGLE』本来の解説者であり、先日、卓男と好きな女をめぐって争ったオクターであった。

少しかっこよく表現してみたが、争いの内容は双六。その女とは大人気アニメ『2スロ』のヒロイン。リムとロムである。


「もうここには来るなと言ったでござろう」

「・・な・・た」

「なんでござる?」

「すまなかった!」


卓男に殴られた頬に大きな絆創膏を貼り付けたオクターは、深々と頭を下げた。

突然の出来事に、卓男は目を丸くする。


「あれから、もう一度『2スロ』を見直したんだ。それで、13週目にしてやっとリムちゃんの良さに気づいた。健気で努力家のリムちゃんの魅力がようやく分かったんだ!」


下を向いたまま訴えるオクターを暫し眺め、卓男はゆっくりと口を開いた。


「オクター殿・・・拙者も悪かったでござる。ロムちゃんの可愛さも勿論知ってる。だから、顔を上げて欲しいでござる」


オクターが恐る恐る卓男の方を向く。


「・・・許してくれるのか?」

「2スロ好きに真の悪者はいないでござる」


卓男の言葉に、オクターの目が涙で滲む。

それに釣られ、卓男の目も潤む。


それから、どちらからともなく抱き合った。


「ミト殿!今日はダブル解説ということで良いでござるか?」

「ご自由にどーぞー」


原稿に目を通しながら、心底どうでも良いといった様子でミトが答える。


オタクの争いが白紙に戻ったところで、いよいよ『TEENAGE STRUGGLE』最終予選が始まる。

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