第9話 WAR


この日。壱ノ国代表一行は、事務所に召集された。


「よし。全員揃ったな」


例のごとく、監督役の剛堂盛貴が呼びかける。

主に会議に使用される畳とホワイドボードの部屋に、一行は勢揃いしていた。


「今回集まってもらったのは他でもない。弐ノ国・参ノ国・陸ノ国が『TEENAGE STRUGGLE』を辞退した」

「え!やめちゃったの!?」


剛堂の発表に真夏が驚きの声をあげる。

李空や七菜、みちるに卓男の『TEENAGE STRUGGLE』初参戦組も、少なからず驚いている様子だ。


「まあ、今回が初めての組は驚いてもしゃあないか。予選はリーグ戦で決勝にいけるのは2国だけやからな。負けが確定した国は例年どんどん辞退していって、後半戦は省略されがちなんや」


平吉が分かりやすい解説を挟みこむ。


「というわけでだ。これで残った試合は、我ら壱ノ国対伍ノ国だけとなった。それで、不戦勝の分も加味して戦績をまとめると・・」


ホワイトボードに書かれたリーグ表に、剛堂が試合結果を書き込んでいく。


「肆ノ国が全勝で一位抜け確定。そして、壱ノ国と伍ノ国は3勝1敗で同率。つまり───」

「次の試合に勝った国が決勝に進出いうわけでありんす」


架純が剛堂の言葉を引き継ぎ、まとめた。

毎度良いところを先に言われてしまう剛堂に、卓男が筋違いな同情の念を抱く。


「剛堂さん。試合の詳細を」

「ああ、そうだな」


美波に耳打ちされ、気を取り直して剛堂が続ける。


「試合の日程は3日後。そして、試合形式は『WAR』だ」


その名前にベテラン勢の空気がピリつくのを感じ、李空は息を呑んだ。


「なるほどな。それでってわけか」


平吉がニヤリと笑みを浮かべる。


ちょうどその時。

事務所に来客があった。


「軒坂さん!言われた通り来ましたよ・・・って、誰です?この人たち?」

「取り込み中だったか?」


会議室にやってきた二つの人影。

イチノクニ学院サイストラグル部の部員。炎天下太一と滝壺楓の二人は、見知らぬ顔を含めた十人を前に、揃って戸惑った表情を浮かべた。


「あ!てめ、李空こら!久しぶりだな!」

「もう一人の相棒もいるな」


その中に、前回修行の相手となった李空と京夜の姿を見つけて、声をかける。

名を出された二人は「うっす」と短く頷いた。


「って、いつぞやのオタクじゃねえか!」

「ござ!」


太一の剣幕に、卓男がヘンテコな悲鳴をあげる。

平吉はその様子を笑いながら眺めた後、話を切り出した。


「よう来たな二人とも。ちょっと力を貸して欲しいんや」

「もちろんっす!俺でよければいくらでも!」

「まずは話を聞かせてもらおうか」


前向きな意見を得られらところで、剛堂が二人に向けて大まかな説明を始めた。



「なるほど。最強の国を決める『TEENAGE STRUGGLE』なる大会があり、この場にいるのが壱ノ国代表のメンバーだと。それで、決勝の舞台をかけた大一番である次の試合には頭数が必要であり、俺と太一に残りの枠を埋めて欲しい。というわけか」


剛堂の説明を要約し、滝壺が確認する。

それに剛堂と平吉は揃って頷いた。


「これまで聞かされていなかったのは些か不満だが、俺たちの実力がようやく認められたと思えばやぶさかでない。協力させてもらおう」

「流石はサイストラグル部の副部長や。話が早うて助かるで」

「よく分かりませんでしたけど、俺もやるっすよ!」


どうやら双方納得したようで、対伍ノ国のメンバーが決した。


「せや剛堂。『WAR』となるとそれなりの練習を積んでおきたいところやが、広い場所に心当たりとかないか?」

「それなら任せておけ」


厚い胸板をバンっと叩く剛堂。どうやら当てがあるようだ。


「それじゃあ皆。早速特訓だ!目指すは決勝!!そして優勝だ!!!」

「「「おー!!!」」」


方針が固まり、さらには新たな仲間を加えて。


壱ノ国の結束はより強固なものとなった。




「ここだ」


剛堂の案内によって一行がやってきたのは、我らがイチノクニ学院の第1グラウンドであった。


「俺は新米だがここの教師だからな。無理言って試合までここを借りたわけだ。広さは申し分ないだろ」

「そりゃあもう十二分に」


剛堂のドヤ顔に平吉が頷いて返す。


才の英才教育をモットーとし、あらゆる教育に対応できるよう様々な施設を有するイチノクニ学院。その中でも、ここ第1グラウンドは随一の広さを誇る。

それはもう、ここが学院であることを忘れるほどの広さである。


「あとはがあれば完璧やな・・」


平吉がそう呟くと、光の球体が現れた。

美波の才『ウォードライビング』のそれである。


「剛堂さん。持ってきましたよー」

「おう美波。ご苦労さん」

「そういや何人か姿が見えんかったな」

「え!?平吉さんひどい!」


驚愕する美波の後ろには、李空と真夏、七菜の姿もあった。


「どないした李空?なんかあったんか?」

「・・・いえ、なにも」


そう答える李空だが、明らかに元気がない。

精気を吸われ、窶れているように見える。


「もう!りっくんは『おでんかいてき』だよ!」

「それを言うなら『油断大敵』です。泥棒猫」

「はあ。確かにアレは大敵だった・・・」


よく見ると、真夏と七菜の呼吸も荒い。


はて、美波ら一行の身に何があったのか。

それを語るため、時は少々遡る。




「ここが噂の『サイストア』ですか」


眼前の建物を眺め、李空が呟く。

李空らは剛堂や平吉に買い出しを頼まれ、ある場所を訪れていた。


その建物はなんとも風情あふれる姿をしており、なんと大木の幹に直接ドアが取り付けられていた。

どうやら、大木の中をくり抜き、そのまま一室としているようである。


ドアの上部には、ここが店であることを一応知らせておくといった具合に「多彩な才。揃ってるよー」と、申し訳程度に文字が掘られていた。


「りっくんは初めてだよね!」

「そうだな。真夏は前に来たんだっけか?」

「うん!美波ちゃんと買い物に来たよ!」


それは陸ノ国戦の前のこと。

美波と真夏は「サイカクセイキ」なるアイテムを仕入れに、ここサイストアを訪れていたのだった。


ちなみに、七菜が身につけるカチューシャ型のサイアイテム『サイノメ』は、ここの通販で購入したものである。

そのような経緯から、李空もサイアイテムの存在は知っていたが、それを専門的に扱う店を訪れるのは今回が初であった。


「それじゃあ入るよ」


美波が慣れた様子で入店し、皆も後に続く。


「あら。いらっしゃい」


そんな一行を迎えたのは、なんとも個性が強そうなオカマ風の人物であった。


「エンちゃん!久しぶり!」

「ちょっ、真夏。馴れ馴れしすぎだろ」


その男(女?)の年齢は、見た目から察するに30代くらいである。

流石にちゃん付けは失礼だと思い、李空がツッコミをいれる。


「あー、違うんだよ。彼・・いや、彼女は『エンちゃん』って名前なの」


と、美波が横から補足を入れる。


「そうなの。ややこしいから呼び捨てにするように私からお願いしてるのよ」


エンちゃんは、自分の体を抱くようにして、何故かくねくねと身をよじらせながら言った。


「ところで、坊やは一見さんね?」

「はあ。そうですけど」

「ふーん。なかなかイイ男じゃない。どう?私の特別フルコースを・・」

「いえ、結構です」


身の危険を察した李空は食い気味でお断りを入れ、七菜を連れて店の隅の方へと避難した。


「あら、残念。ところで美波ちゃん。今日は何をお求め?」

「『サイウエポン』を7つほどお願いします」

「サイウエポンね。ちょっと待ってて」


走り去った李空を物欲しげな顔で眺めながら、エンちゃんは在庫の確認に向かった。



一方、エンちゃんの魔の手から逃れた李空と七菜は、店内に置かれた商品を眺めていた。

なるほど、専門店というだけあって、様々なサイアイテムを取り揃えているようだ。


「へえ。同じサイアイテムでも、種類がいっぱいあるんだな」


そんな中、李空が興味を持ち立ち止まったのは、七菜も身に付けている『サイノメ』の棚であった。

色やサイズ、性能などが微妙に違う商品がたくさん並んでいる。


なかにはリボンやメガネといった型もあった。

どうやら頭部に身につけるアイテムであれば、なんでも良いようだ。


「そうだ七菜。色違いのでも買っていくか?」

「色違い・・ですか・・・」

「ん?どうした?」

「私は色を情報でしか認識できないので、その・・」

「そっか・・・」


『サイノメ』を通して得られる情報の景色しか知らない七菜にとって、「色」というのは景色を構成する一つの情報でしかないのだった。


「よし。それなら・・」


言いかけて、李空は口を噤んだ。


七菜の目が治った暁には、普通のカチューシャを買ってあげようと考えたのだが、それを叶える才は未だ見つかっていない。

期待させるだけさせておいて無理でしたというのでは、あまりに無責任な話である。


「くうにいさま?」

「いや、なんでもない。ところで寮生活は順調か」

「はい。泥棒猫がいなければ尚良いのですが・・・」


李空は苦笑を浮かべ、「もう用事は済んだかな」と、美波らの方へ戻った。



李空と七菜が戻ると、美波と真夏はエンちゃんと談笑していた。


「それでねそれでね!」

「あら。おかえりなさい」


真夏に相槌を打ちながら話を聞いていたエンちゃんが李空に気づき、うっふんといった具合に笑みを浮かべる。

李空はぶるりと身震いした後、短い相槌で応えた。


「ところで坊や。『光を取り戻す才』を探しているそうね」

「何か知ってるんですか!?」


先ほどと打って変わり興味津々に尋ねてくる李空に、エンちゃんは再びうっふんと笑う。


「少し長くなるけどいいわね」

「はい。我慢します」


身体が拒否反応を示すが、話が話だけに李空は聞くことにした。


「私は零ノ国の出身なんだけどね───」

「え!?エンちゃん零ノ国の人なの!?」

「真夏はちょっと静かにな」


李空が真夏を制し、話を続けるようにエンちゃんに促す。


「私みたいな『モノに才の効果を付与する才』は、零ノ国の住人が授かる例が多くてね。この貴重な才を得た子どもは、零ノ国から出ることを許されるの。まったく、何も与えられてこなかった私たちが、能力を与える才を授かるなんて、何とも皮肉な話よね」


自嘲の笑みとうっふんを同時に浮かべるエンちゃん。


「それで、私たちは各国に散らばってこんな風に商売してるんだけど、そのおかげでいろんな情報が集まってきてね。噂で聞いたことがあるの。私たちはモノ、それも小さなモノにしか能力を付与できないけど、世界には人を対象に発動できる人がいるって。さらに、その効果は才に限らず、付与も剥奪も自由自在だとか」

「・・・つまり、病気を取り除くことも可能というわけですか」

「ええ。なんでも『治せない病はない』って話だわ」


やっと見つけた手がかりに、李空はうっふんとは別の意味で震えた。


「それで、その人物はどこに?」


勢いよく尋ねる李空に、エンちゃんはうっふんと首を振った。


「ごめんね。あくまで噂だから詳細は分からないの。人によって話もちぐはぐだしね。そういえば、どこかの国の『王』って話もあったわね」

「王・・・」


その話が本当であったとして、才の持ち主が「王」となると敷居は高い。

なにせ、そもそも存在しているのかすら怪しい人物達である。


が、何も手がかりが無いよりはマシというものだ。


「話は終わりよ。これ、約束の品ね」

「ありがとうございます」


商品を確かめた美波が支払いをし、エンちゃんが「確かに」と受け取る。

やりとりを終えたエンちゃんは、改めて李空は舐めるように眺め、うっふん。


「ところで坊や。やっぱり特別コース受けていかない?」


身を乗り出し、李空の顎に手を添えた。


「ダメ!りっくんは渡さないよ!」

「また泥棒猫が増えました。成敗します」


李空の両腕をそれぞれ掴み、それこそ猫のように威嚇する真夏と七菜。


「じゃあ、りくうくん。その荷物持ってね」

「ちょっ、美波さん!?」


美波はそんな光景を冷めた目で眺め、さっさと『ウォードライビング』を発動しようとしている。


李空の左右からキッと睨む真夏と七菜を眺め、エンちゃんが頬をうっふんと赤くする。


「あら。子猫ちゃんたちも可愛いわね。食べちゃおうかしら」

「エンちゃん!?」

「冗談よ。冗談」

「くうにいさま。この泥棒猫。いや、強盗狼。目が笑ってません」


李空の両腕をキュッと掴み、二人の少女が怯えている。

その反応に「隙あり」と舌なめずりをし、エンちゃんが李空の顔に自分の顔を近づける。


「や、やめ、やめてくれ!2人とも両腕を離せえええええ!!」


大木の中から響く李空の悲鳴に、周囲の木々に留まっていた小鳥が一斉に飛び立つ。


このような濃厚な時間を経て、李空らは平吉たちと合流したのだった。




───時は戻り、現在。


「まあ、詳しい話は聞かんとくか。触らぬ神に祟りなしってな」

「そうしてくれると助かります・・・」


李空はげっそりとした顔で答えた。

眼前に迫るエンちゃんの顔は、きっと一生忘れられぬことだろう。


「買い出しご苦労だったな。預かるぞ」


剛堂が、李空が持つ荷物を引き取る。

そういえば、このアイテムを買うためにサイストアを訪ねたのだった。


「ところで、そのボールみたいなのは何なんですか?」


李空は、何も聞かされずにここまで運んできたのだ。

片手で弄ぶのに丁度いいその木目の球体は、一見サイアイテムには見えない。


一体どのような用途があるのだと、李空は好奇心を隠せずといった様子で尋ねる。


「ああ、これは『サイウエポン』といってな───」

「こうやって使うんやで!」


平吉が剛堂から一個の球体を奪い、空高く投げた。


「またいいところを・・」と項垂れる剛堂の方に、李空の視線は一切注がれない。

それもそのはず、それよりも面白い光景が目の前に広がっていたのだ。


平吉の頭上に放られた球体は、彼の手元に戻ってくる頃にはその形状を変えていた。


「な、なんですかそれ!」


興味津々に李空が尋ねる。

様子を見ていた京夜やみちる、卓男らも目を輝かせていた。


「軒坂さん!なんすかそれ!?」

「初めて見るものだな」


太一や滝壺も同様であった。

どうやらサイウエポンは、男心を無性にくすぐる代物らしい。


さて、平吉の手に握られているモノであったが、なんと立派な剣であった。


「このサイウエポンは、色々な武器を形状記憶しててな。空中に放ると武器の形になって戻ってくるんや。しかも放る度に種類が変わってな。おおよそ100種の武器に化けると言われとる」

「「「100!!!」」」


男子陣の目の輝きが一層増す。

男はこういった仕組みに弱いのであった。


その様子を眺めていた女性陣から、揃って溜息が漏れる。


「これ使って試合に備えるんやろ」

「え?ああ、そうやで」


冷めた目で架純に言われ、得意げになっていた平吉が気を取り直して続ける。


「最終予選の『WAR』に勝利するには、武器の心得が必要となる。そこで、このサイウエポンの出番っちゅうわけや」

「というわけだ。皆、あと三日で使える武器をできるだけ増やしてくれ」


最後に剛堂がまとめ、皆の目の色が試合モードに変化した。


最終予選まで残り3日。

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