第8話 SECOND STAR
「皆、今日もご苦労。教師として一応言っておくが、疲れているからといって明日の学校をサボらないようにな。それと、次の試合の詳細が分かったらまた招集をかけるから、その時はよろしく。では解散」
剛堂が呼びかけ、皆が方々に散っていく。
『TEENAGE STRUGGLE』の会場である零ノ国から、美波の『ウォードライビング』で壱ノ国に戻ってきた一行は、事務所前で解散となった。
「じゃあな李空」
「ああ、また明日。学校で」
事務所に居候している京夜は、そのまま間借りしている部屋へと戻っていった。
「七菜は今日から寮だったな」
「はい。それでくうにいさま。新生活のために買っておきたい物があるのですが、一緒に来てはくれませんか?」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます」
ニコッと微笑む七菜に腕を引かれ、李空も一行から離脱する。
「というわけだがら卓男。一人で帰ってくれ」
「そんなあ。せっかく拙者の武勇伝を聞かせてやろうと思ってたのに・・」
ブツブツと文句を垂れながら、卓男は一星寮へ、とぼとぼ一人で歩いていった。
「ワイらも帰るか」
「そうするえ〜る」「あ〜る」
真夏や架純らの姿も既になく、最後に残った平吉とみちるも、ふたり並んで帰路につく。
束の間の休息を噛みしめるように、一行はそれぞれの日常へと戻っていった。
皆がそれぞれの住処に戻るなか、京夜の他に一人、事務所に残った者がいた。
「やっぱり迷惑だったかな?でもなんだか元気なかったし・・でもでも気のせいだったらどうしよう・・・」
同じ場所をウロウロしながら呟いているのは、壱ノ国代表を影で支える堀川美波その人である。
必要な事務処理は終えているにも関わらず、彼女がこうして事務所にいる理由は、ここに居候する京夜の存在にあった。
端的に言ってしまえば、彼女は京夜に恋い焦がれているのだ。
想い人が自分も出入りが自由である第二の家に居るとあっては、恋する乙女がじっとしていられるわけもなく。京夜がここに住むようになってから時折、美波はこうして不必要に事務所に居座ることがあるのだった。
だが、その成果は芳しくない。
京夜といえば、幼馴染の李空でさえ手を焼くほどの捻くれ具合である。
いや、性格はむしろ真っ直ぐなくらいなのだが、いかんせんその表現が下手すぎるのだ。
不器用ゆえに誤解を招きやすい。それでいて繊細。
実に難儀な性格であった。
そんな男に恋心を抱いてしまったが最後。
美波の恋路は、まさに茨の道であった。
「ここに居たでありんすか」
「架純ちゃん?どうしたの?」
帰ったはずの架純の姿がそこにあり、美波が驚いたように尋ねる。
「実は今日の当てにドタキャンされたんよ」
「・・・それで?」
「美波のとこに泊めてほしいでありんす」
「はあ」
テへッ、といった感じで手を合わせる架純に、美波は溜息を漏らす。
「そろそろ実家の方に帰ったら?」
「・・・・・それは嫌」
いつものそれと違う暗い表情に、美波は今一度溜息を一つ。
と、
「美波さん。ごちそうさまでした」
そこに、空のマグカップを持った京夜がやってきた。
「あ、いや、全然!その、迷惑とかじゃなかった?」
「え?・・いや、おいしかったです」
「そっか」
安堵の息をつく美波を前に、この答えであっていたのだろうかと首を捻りながら、京夜は自室に戻っていった。
京夜の姿が見えなくなったと同時に、アホ毛をピンっと跳ねさせながら、美波が架純の方に振り向く。
「聞いた!?私が淹れたコーヒー美味しかったって!」
「はいはい。それで、泊めてくれるでありんす?」
「そんなの当たり前だよ!私、気の利く女だから!」
えっへん、と腕を組みながら美波が答える。
京夜のおかげで美波が上機嫌になり、宿を確保することに成功した架純。
こんなことで一喜一憂していては、恋が実るのは当分先だろうなと思いながらも、その純情さを眩しくも感じ、架純は微笑み、目を細めた。
三星寮
李空らが住む一星寮とは比べ物にならないほど豪勢な造りのここ三星寮の一室に、壱ノ国代表の将、軒坂平吉の姿はあった。
「記憶のエキスパートなあ・・・」
なにやら物思いに耽ながら机に向かっている。
さて、平吉はワニューとの試合にて「努力」について説いていたわけだが、その言葉にはいわゆる「重み」があった。
言葉に「重み」を付与するのは、ほかならぬ「経験」である。
平吉は国の代表とサイストラグル部。二つの集団で将を務めている。
その根底にあるのは、狂気にも近い勝利への執念であった。
「才」という実に不安定な力のぶつかり合いにおいて、最終的に勝率を操作するモノは「情報」である、と平吉は考えている。
無論、圧倒的な力の差を覆すことは出来ないかもしれないが、「知っている」というのは大きなアドバンテージとなる。
ゆえに、肆ノ国代表のセウズは強敵なわけだが、今は考えても仕方がない。
平吉がサイストラグル部の将を兼任する理由は、この情報収拾が主なところであった。
その他にも地力の向上や有望な選手のスカウトなどの理由もあったが、なによりは対戦相手の力を測るための経験値を得るためである。
さらに平吉は、常日頃から試合のシュミレーションを怠らず、自室に戻ってはトレーニングに明け暮れ、寝る間を惜しんであらゆる対策を練ってきた。
平吉が時間の無駄だと感じた瞬間に所構わず眠るのは、この睡眠不足を補うためのものでもあった。
生活の無駄な時間を最低限の睡眠に当て、一人の時間は勝利のために努める。
平吉という男は、どこまでも効率的でいて勝利に貪欲な「努力の鬼」であった。
「悩んどる暇あらへんな。トレーニングしよか」
試合の直後であってもそれは関係ないようで、部屋に置かれたトレーニング機器の方へと歩み寄る平吉。
と、その時。
鍵は開けたままにしておいた扉が開かれた。
「平吉。ちょっといいえ〜る?」
そこに立っていたのは、犬飼みちるであった。
彼もまた、ここ三星寮に住む寮生なのだ。
「おう、ええで。どないした?」
「ここの問題を教えて欲しいあ〜る」
みちるは小脇に抱えていたノートを、人形を嵌めたままの手で器用に机に広げ、これまた人形を嵌めた手で指し示した。
「これのことか?これはここをこうしてやな・・」
性格が滲み出た効率的な解説で、問題を解き進めていく。
「おー、さすが平吉。わかりやすかったえ〜る!」
「ありがとうあ〜る!」
「どういたしましてや」
みちるも表の顔は学生である。
部屋が近いこともあり、みちるは時々平吉の部屋に勉強を教えてもらいに来るのだった。
「平吉は面倒見が良いえ〜る!」
「まあ、選手のサポートも将の役目の一つやからな」
「それにしてもあ〜る。弟か妹でもいるあ〜る?」
「・・・さあ、どうやろな。それよりみちる。あの影犬たちを手なずけるなんて、どない修行したんや?」
惚けたように、話を逸らす平吉。
「よく聞いてくれたえ〜る!実は・・」
その反応に違和感を覚えるみちるだったが、平吉の瞳の奥に底知れぬ何かを感じ、それ以上追求することは控えた。
一星寮
「なんだ。卓男のやつもう寝たのか?」
七菜の買い物に付き合っていた李空が寮に帰ってくると、卓男は既に2段ベッドの上で毛布にくるまっていた。
李空は知らないが、卓男は三日三晩サイコロを振り続けていたのだ。
疲れがピークであったのは間違いないだろう。
2段ベッドに掛けられた梯子を上り、卓男が本当に眠っているのか確かめる。
「あーあ。せっかくプリン買ってきたのに。もう寝たんなら1人で食うかあ」
「・・!」
ピクっ、と反応を示す卓男。
どうやら狸寝入りのようである。
卓男は寮に帰るなり爆睡していた。
徹夜していたとはいえ、行っていたのは単純作業。ゆえに肉体的疲労は少なかった。
日頃から徹夜慣れしていることもあり、卓男の体力は既にほぼ全快。
李空が帰ってきた音で、完全に目を覚ましていた。
して、現在は別の理由で寝たふりをしているのだった。
「『2スロ』コラボ中のジュースも買ってきたのにな」
「・!」
久しぶりの再会を蔑ろにして、七菜と買い物にいったことで不貞腐れているのだろうか、と李空は思考する。
だが本気で怒っているわけでもなく、反応を見るにもうひと押しのようだ。
「卓男の武勇伝とやらを楽しみにしてたのにな」
「!」
どうやら、その一言を待っていたらしい。
毛布をガバッと吹っ飛ばして、卓男が姿を露わにした。
「そんなに聞きたかったのか!マイメんはしょうがないやつだな!」
完全復活を遂げた「ジショウマニアオタク」が饒舌に語り出す。
「わかったわかった。とりあえずベッドから降りような」
「そうだ!プリンやジュースはどこだ?」
「あれは嘘だよ」
「・・・は?」
再び毛布を被り、わざとらしく寝息を立てる卓男。
「はあ。嘘だよ。嘘っていうのが嘘。からかっただけだって」
「・・・ほんとか?」
顔だけ出して問うてくる卓男に、李空は頷いてみせた。
「よし!それなら早く下りるんだマイメん!僕が仇敵オクターを知略の限りを尽くして撃退した一部始終を聞かせてやる!」
騒がしいルームメイトが帰ってきたことで戻った日常に、李空は軽い胃もたれを感じながらも、嬉しそうに苦笑した。
二星寮
「ここですね」
李空との買い物を済まし、今日からお世話になる寮にやってきた七菜。
通知された部屋番号と目前のそれが同じであることを確認して、ドアをゆっくりと開く。
さて、全部屋が1人部屋の三星寮と、全部屋が2人部屋の一星寮。
ランク的にその中間となる二星寮には、その二つが混在していた。
して、七菜に割り当てられた部屋とは、
「あ!なっちゃん!!おかえり!!!」
その後者であった。
親しい態度で部屋の中から呼びかけてくるのは、晴乃智真夏その人である。
「どうして泥棒猫がここに!?」
「あれ?聞いてなかったの?真夏がなっちゃんのルームメイトだからだよ!」
一切曇りのない笑みで告げられた事実に、七菜は部屋のドアを閉じて応えた。
「ちょっと!どこ行くの!?」
慌てて追いかけ、七菜の腕を掴む真夏。
そのまま引っ張り、なんとか部屋の中まで連れ込む。
「泥棒猫と共同生活なんて無理です。第一、泥棒猫は『玄』ですよね。なんで二星寮にいるんですか!」
「女の子は寮に入らないケースの方が多いからね。女子寮は二星寮までしかないんだよ!」
「そんな・・・」
そう、全ての寮は男子寮と女子寮に分かれており、入寮希望者が少ない女子寮は二星寮までしかないのだ。
「それより見て!なっちゃんを歓迎する準備は万端だよ!」
なるほど、言われて部屋の中を見渡してみれば、飾り付けやお菓子が用意されていた。
「気持ちは嬉しいですが、部屋を変えてもらうように交渉してきます」
「そんな・・・頑張って準備したのに・・・・」
七菜の服の裾を掴み、寂しそうに呟く真夏。
本来は昨日からここに住む手筈だったのだが、七菜は我儘を言って、李空の部屋にお世話になっていた。
おそらく真夏は、昨日から準備をしてくれていたのだろう。
才の性質が似ていることから分かるように、七菜は李空と同じく根は優しい人物である。
七菜は、何かを諦めるように「はぁ」と息を吐いた。
「わかりましたよ。今日はひとまず歓迎されます」
「ほんと!?やったー!あ!お菓子いっぱい買ってるんだよ!!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、全身で喜びを表現する真夏。
その姿を眺めながら、諦めたように溜息をつく七菜。
「あ!飲み物買うの忘れてた!」
「それならくうにいさまが買ってくれたジュースがありますよ」
「ほんと!?さすがりっくん!」
「くうにいさま。さては全部見越して・・」
李空の顔を同時に頭に浮かべながら、机を挟んで向かい合って座る二人。
李空という「空」で、輝きを比べる二つの「星」。
一番星を目指さんと磨きをかけるその星は、どの星よりも美しく光って見えた。
───壱ノ国が参ノ国に勝利を収めた翌々日。
零ノ国の『TEENAGE STRUGGLE』会場では、肆ノ国と陸ノ国の試合が行われている、はずだった。
しかし、会場にはどちらの国の選手の姿も無い。
時間になっても何の変化もなく、会場に自然とブーイングが起こる。
「解説者も選手も来ないなんて。一体どうなってるの!」
放送ブースで実況者のミトが怒りを露わにする。
そこにスタッフが一人現れ、ミトの手元に一枚の紙切れをよこした。
「え?これほんと?」
ミトの問いかけにスタッフが頷く。
ほどなくして、ミトが放送のスイッチをオンにした。
「えー、たった今連絡がありました。本日予定しておりました『TEENAGE STRUGGLE』第十一試合ですが、陸ノ国が棄権したため、肆ノ国の不戦勝となります!」
その急報に、試合を楽しみにしていた観客のブーイングが一際大きくなる。
「落ち着いてください。皆様お静かに・・・え?」
注意喚起するミトの元に、さらに紙切れがもう一枚。
「これほんと?・・・え?よくあることなの?」
『TEENAGE STRUGGLE』の実況は今回が初となるミトにとって、それは驚くべき事態であったが、どうやらこの世界ではよくあることらしい。
次いで発表された事柄に、会場のブーイングは最高潮に達した。
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