第6話 VS SANNOKUNI ROUND2


「おおっと!二つのダンジョンがほぼ同じタイミングで決着!!イチノクニダンジョン。勝者、モンスター 透灰李空選手。サンノクニダンジョン。勝者、チャレンジャー 透灰七菜選手です!」


サンノクニダンジョンに取り付けられた、信号機のようなものの一つに明かりが灯る。

どうやらこの機器は、撃破されたモンスターの数を示す物だったようだ。


「李空と七菜殿は、兄妹でござるよ」

「そうなんですね!なんとも頼もしい兄妹です!卓男さん貴重な情報をありがとうございます!」



先ほどの試合の余韻が残るなか、参ノ国モンスターは試合の反省会を行っていた。


「マーチ。あっちの女の子はどう見ても試合慣れしてなかったやんなあ。もう少し時間稼ぎできたやんなあ」

「無茶言わないでくれよ。何も見えない怖さを知ってるのか?」

「まあそう責めるなYO!俺たちが負けなかったら良い話だYO!」

「それもそうやんなあ」


とりあえず許されたことに、マーチは安堵の息をついた。



次いで、イチノクニダンジョンに挑戦する参ノ国チャレンジャーの方であるが、こちらも険しい雰囲気だ。


「真空を作り出すなんて、あいつの才は一体どうなってるんだ?」

「透灰李空。掴みきれない男だな。一旦後に回すべきか・・」


体力などを考えれば、モンスターには連戦を強いる方が得策であろう。

が、それで一勝もできなかった場合、制限時間がくると、既に一勝している壱ノ国の勝利が確定してしまう。


露骨な時間稼ぎを防ぐためにも、確実に一勝はとっておきたいところだ。


「よし。それなら俺が行こう」

「おう、ワニュー。頼んだぞ」


1人の男が立ち上がり、パネルにてモンスターを指名する。



時を同じくして、


「七菜ちゃんおつかれさま。次はあちきが行くでありんす」


サンノクニダンジョンに挑戦する、壱ノ国チャレンジャーも、どうやら方針が固まったようだ。


「はい。頑張ってください」

「架純、頑張るえ〜る!」

「負けるなあ〜る!」


同じくチャレンジャーである七菜、みちるに激励され、架純はニコッと笑ってリングへ向かった。



壱ノ国 撃破数 1名 残りモンスター3名 残り時間 2時間42分

参ノ国 撃破数 0名 残りモンスター2名 残り時間 2時間12分



試合は第2ラウンドへと進む。




『イチノクニダンジョン』


「軒坂平吉。久しぶりだな」

「ん?会うたことあったっけ?」


参ノ国チャレンジャーに指名されたのは、壱ノ国モンスターの平吉であった。

本気で言っているのか冗談か。飄々とした態度からその真意は読めない。


「ふっ。相変わらず人を食ったような奴だな。俺の名はエドワー・ド・ワニュー。お前を倒す者の名だ。よく覚えておけ!」


いかにも格闘技が強そうな筋肉質の男。

溢れる漢気がよく表れたモヒカンと、見かけによらず柔和な瞳が特徴的なワニューは、平吉に向けて強気に言い放った。


「前回は敗北を喫したが、今の俺は一味違うぞ。なぜなら、お前を倒すために修行を積んできたからな!」


ワニューが懐から一本のマイクを取り出す。


そして、そのまま口に近づけると、


「うおおおおおおお!!!」


ありったけの声量で、叫んだ。


「うっさいなあ」


耳を擘くような爆音に、平吉は思わず耳を塞ぐ。

ダンジョンの形が立方体であることも助けて、リング内に爆音が響いた。


「やっと止んだか・・・って、あれ?」


リングに静寂が戻った頃。


平吉の身を、明確な変化が襲った。




『サンノクニダンジョン』


「こんな綺麗なお姉ちゃんに指名してもらえるなんて、なんとも光栄やんなあ」

「あら、褒め上手でありんすね」


見る者を魅了する魅惑の笑みを浮かべて、架純は目前の敵を見据えた。


壱ノ国チャレンジャーの架純が指名したのは、馬のような面と猫のような背が特徴の参ノ国モンスター。ロス・ファ・ルーマであった。


「俺のことを指名したってことは、俺に勝てると思ってるってことやんなあ」

「どうやろうね。まあ、少なくとも負けるとは思ってないでありんす」

「うんうん、綺麗なうえに面白い女やんなあ。そうや、俺の嫁になるやんなあ」

「丁重にお断りさせていただくでありんす」


恭しく頭を下げる架純に、ルーマはねちっこく笑った。


「そんなこと言わずに素直になるやんなあ」

「あちきに負けるような弱い男は願い下げでありんす」

「強気な女は唆るやんなあ」


じゅるじゅると涎を啜りながら、歪な笑みを浮かべるルーマ。


「じゃあ、俺が勝ったら俺の女になるやんなあ」

「あちきが勝つから問題ないでありんす」

「その言葉、よく覚えておくやんなあ」


ルーマはそう言うと、指を鳴らした。

パチンと乾いた音が響き、ルーマは一瞬怪訝な表情を浮かべたかと思うと、次いで不敵に笑って見せた。


「男かあ・・・。まあ、奪いとるのもまた一興!」


そう言いながら架純に向かって走り出すルーマ。


いや、それをルーマと呼んでいいのかは怪しい。


というのも、ニヒルな笑みを浮かべて走るその男の見た目は。


壱ノ国代表将。軒坂平吉のそれと瓜二つであったからだ。




『イチノクニダンジョン』


さて、こちらは「平吉 対 ワニュー」の試合であるが、平吉のことをよく知っている者が見れば目を疑う光景が広がっていた。


「あかん。何もやる気出らんわ・・・」


なんと試合中にも関わらず、平吉は体育座りで爪を噛んでいたのだ。

一体何があったというのか。ブツブツとネガティブなことを永遠と呟いている。


「ハッハッハ!いい気味だな、軒坂平吉!」


それとは対照的に、ワニューは掌に拳を打ち付けて、闘争心を表現していた。


ワニューの才『バイブス』は、テンションを操作する才である。


「病は気から」などといった言葉があるように、気持ちと体は密接な関係にある。

一流のスポーツ選手が、緊張を緩め、集中力を高めるための「ルーティン」を欠かさないのが良い例だろう。


仲間の応援によって気持ちが昂り、従来以上の力を発揮することがあったり、はたまたブーイングでその逆があったりと、テンションというのはパフォーマンスに大きな影響を与える。


以前、平吉と対峙した際のワニューは、この『バイブス』で自身のテンションを上げ、120パーセントの力で立ち向かった。


しかし、120パーセントといえど、いってしまえば生身の人間である。

才のなかでも特別特殊な才。平吉の『キャッシュポイズニング』の前に、見事返り討ちにあったのだった。


その後。ワニューは敗北の悔しさをバネに努力を重ね、才の能力の向上に成功した。


その一番の成果は、である。

さらにその倍率も跳ね上がり、通常のテンションを100とすると、相手のテンションを1に、自分のを200にするまでに成長した。


つまり、相手のコンディションは最悪。自分は最高の状態で闘うことができるのだ。


「弱い者いじめみたいになるが恨むなよ!」


ワニューは居ても立っても居られないといった様子で、跳ねるようにして平吉に襲いかかった。


対する平吉は、ワニューのことなどまるで気にしていない様子で。目を瞑り、爪を噛み続けていた。




『サンノクニダンジョン』


一方、こちら「架純 対 ルーマ」の試合では、架純が苦戦を強いられている光景があった。


「どうした?反撃せえへんのか?」

「くっ・・・」


架純を一方的に追い詰めているのは、平吉の姿をしたルーマであった。

平吉の見た目がそうさせているのか、架純はなかなか反撃を加えることが出来ていない。


「お!ええぞ、こいや!」


キッと睨み、架純が平吉の姿をしたルーマの胸ぐらを掴む。

そのまま頬を叩こうとするもその力は実に弱々しく、見た目は平吉の顔である輪郭をなぞるようにして、そのままだらりと腕を垂らした。


「攻撃できひんよな。なんていったって、お前の『弱点』はワイやもんな?」


平吉が普段見せない陰気な表情で、ルーマが笑う。


ロス・ファ・ルーマの才は『パンチライン』と呼ばれており、敵の急所を的確に突く能力である。

指パッチンを合図に敵の弱点を炙り、それを突く武器を手に入れる。


して、今回架純を対象に導き出された武器とは「平吉の見た目」であった。

口調までそっくりの、実に精巧な防具であり、武器である。


「ほな。今度はこっちの番やな!」


ルーマが架純の着物に手をかける。


が、次の瞬間。


「ん?なんや?」


着物だけを残して、架純の姿は溶けるように消えた。


「「「残念やけど。それは囮やで」」」


声の方に顔を向けると、そこには十数人の架純の姿があった。


「なるほどなあ、思い出したで。その才見たことあるわ」

「あら。あちきもすっかり有名人やねえ」


架純の『ハニーポット』を知っていたらしいルーマは、表情を変えずに、もう一度指を鳴らした。


「数が増えたということは、その分弱点も増えたいうことやろ?」


そう言うルーマの後ろには、平吉の見た目をした傀儡が、架純の囮と同じ数だけ並んでいた。


「さあ、続きやろか」


十数人の架純に向かって、十数人の平吉が襲いかかる。


サンノクニダンジョンでは、そんなカオスな光景が繰り広げられることとなった。




『イチノクニダンジョン』


テンションマックスのワニューの拳が、体育座りの平吉を捉えようかという頃。


「・・・おっと!」


平吉は突然ガバッと目を開いたかと思うと、素早く立ち上がりながら後ろにバク転。

ワニューの攻撃を既の所で躱した。


「ふう。なんとか間に合ったみたいやな」

「・・軒坂平吉。貴様何をした」


先ほどまでとはまるで別人の平吉に、ワニューは信じられないといった様子で尋ねる。


「そうやなあ。まあ、簡単に言うなら、いうところかいな」


平吉は『キャッシュポイズニング』が挟みこむ記憶のことをよく「毒」と表現するが、毒というのは必ずしも悪影響を及ぼすものとは限らない。


「毒薬変じて薬となる」といった言葉があるように、時と場合それから使い方によって、起きる変化は毒にも薬にもなるのだ。


そしてこの男平吉は、サイストラグルにおける様々なケースに対応するため、己の記憶にいくつかの「毒」を打ち込み、抗体をつくっている。


今回、ワニューの才『バイブス』による、テンションを下げるという「毒」に対し、平吉の脳内では事前に注入してあった別の「毒」が作用した。

その毒の効力とは、テンションをあげる物質「ドーパミン」の分泌である。


これにより平吉のテンションは回復。

平吉は自らに仕込んでおいた毒という名の薬によって、窮地を脱したのであった。


「お前の才の可能性を考慮しておいたんが、功を奏したみたいやな」


そう言って、ワニューと改めて対峙する平吉。


「なるほど、流石だな軒坂平吉。だが、お前が元に戻ったところでこっちは200パーセントの状態。それに、お前はまだ俺に触れていない。つまり、結果は変わらないというわけだ!」


ワニューが勢いよく走り出す。


そう、平吉はまだ相手に記憶を挟むための発動条件を満たしていないのだ。

戦況は未だワニューが優勢であるといえるだろう。


平吉はそんなワニューを真っ直ぐに見据え、正々堂々迎え撃つ構えをとった。




『サンノクニダンジョン』


さて、こちらのダンジョンでは、十数人の架純と平吉が大乱闘を繰り広げる光景があった。


「これなら時間稼ぎも余裕そうやんなあ」


平吉集団の最奥で、1人の平吉が呟く。

その平吉。中身をルーマは、口調も元に戻りすっかり油断している様子だ。


そう、ルーマはこのダンジョンのモンスターであるため、架純を無理に倒す必要もないのである。


「ん?なんか変やんなあ・・・」


ルーマは、目の前の光景に何ともいえない違和感を覚えた。


何かがおかしい。いや、同じ顔がいくつもある光景は既におかしいのだが、それとは違う何かが引っかかるのだ。


「まあいいか。そろそろ終わりそうやんなあ」


平吉と架純の乱闘はどうやら終盤に近いようで、架純の囮は順調にその数を減らしていた。

数の暴力により、残り少ない架純は1人また1人とやられていき、その数はついに0となった。


「あとは本物だけやんなあ。一体どこやんなあ」


辺りを見渡すルーマ。

その身を守るように平吉が周りを囲む。


その鉄壁の構えに、架純は負けることはなくても勝つことは難しいように思われた。


が、


「・・・一体どういうことやんなあ」


形勢は一瞬にして逆転した。


ルーマ(見た目は平吉)を囲む他の平吉たちが、主人であるはずのルーマの体を取り押さえたのだ。

同じ顔の集団が同じ顔の身動きを封じる。なんともシュールな光景であった。


「気づかなかったでありんすか?」


体の自由が利かなくなったルーマの前に、架純が忽然と姿を現す。


「その平ちゃんたちは、あちきのでありんすよ」

「・・・そういうことか」


理解したルーマは、その姿を本来のものに戻した。


ルーマの才『パンチライン』は、敵の弱点を突く武器を生み出す才だ。

十数人の平吉の傀儡は、十数人の架純の囮一人ひとりが持つ弱点に合わせて生まれたといえる。


ということは、のが本来の通りなのだ。

事実、架純に合わせて平吉も消える瞬間を、ルーマは目にしていた。


しかし、十数人の平吉はここに存在している。

それが示す答えとは、という事実である。


ルーマの才『パンチライン』が生んだ平吉の傀儡が消える毎に、架純は『ハニーポット』で平吉の囮を生産していたのだ。


平吉の傀儡は消えているのに、平吉の総数は変わらない。

これがルーマの感じた違和感の正体であった。


「サイストラグルにおいて、一番の弱点は『油断』でありんすよ」


自分がペースを握っているという錯覚は、明確な隙を生む。

先人が残した「油断大敵」とは、よくいったものである。


「弱点を逆手にとったというわけか・・」

「いや、それはちょっと違うでありんすよ」

「え?」

「弱点が平ちゃんいうんも『罠』でありんす」


そう、平吉が弱点ということすら、架純の『ハニーポット』が作り出した罠であったのだ。


「罠や囮はあちきの専売特許でありんす」

「・・・どうやら完敗みたいやんなあ」


最初から架純の掌の上であったことに気づき、ルーマは潔く負けを認めた。


それを確認し、架純は優美に笑う。


「強さと弱さは紙一重。それすなわち恋する乙女は無敵でありんす」


そんなパンチラインを残して、架純はダンジョンを後にした。




『イチノクニダンジョン』


一方、こちらのダンジョンも終盤戦を迎えていた。


「どうしてだ・・・」


そう呟くのはワニューである。


『バイブス』によって、本来の2倍近いパフォーマンスを発揮することが可能になったワニュー。

しかし、ノーマル状態であるはずの平吉はのらりくらりとその攻撃を躱し、ところどころで反撃までしてのけた。


そして現在。

膝に手を置き息を荒げるワニューに、平吉は整然とした様子で指の銃を向けていた。


「条件は満たしたし、いつでも『毒の弾』発射できるで。ワイに負けたトラウマでも刺激してやるかいな」

「・・・くそ!」


行き場を失ったテンションをぶつけるように、ワニューは自分の太股を叩いた。


「なんでだ。俺はお前を倒すために努力をしてきたというのに・・」

「何を分かりきったこというとんねん」


はあ、と平吉が息をつく。


「確かに前に比べてお前は強なった。せやけど、ワイには勝てんかった。そんなんに決まっとんやろ」

「何を言う!俺は血の滲むような努力を───」

「限界までやったんか?」

「当たり前だ!」

「ほんまか?睡眠は削ったか?1日24時間を捧げたか?気が狂うまでやったんか?」

「それは・・・」


ワニューのテンションが明らかに下がっていく。


「ええか。努力は失敗した時の言い訳に使うもんやのうて、成功するための手段や。第一、人に話せる時点でそんな努力は高が知れとるわ。努力なんてのは人に隠れて黙々とするもんや」


平吉がきっぱりと言い放つ。


ワニューは平吉の顔を睨み、ついで構える指銃に目を向けると、両手をゆっくりと上げた。


「俺の負けだ。もう一度出直すことにするよ」

「そうかいな。楽しみにしとるで」


平吉は指銃を下ろすと、ダンジョンの外へと歩き出した。

その背中を見つめていたワニューが、何かに気づいたようにハッとする。


「軒坂平吉!お前、と言ったな。やはり俺のことを覚えていたんじゃないか!」

「は?なにいうとんねん?」


平吉は振り返り、ワニューに向けて言う。


「こちとら記憶のエキスパートやで。一度闘った相手を忘れるわけないやろ・・・・ところでお前、名前なんいうたっけ?」


掴み所のない平吉の態度に、ワニューは苦く笑った。

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