第5話 VS SANNOKUNI ROUND1
「さあ、始まりました!これより『TEENAGE STRUGGLE』第十試合。壱ノ国 VS 参ノ国を開始します!!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
相も変わらず暇を持て余して集まった、零ノ国住人の歓声が、試合会場に木霊する。
「七菜のやつ大丈夫かな・・・」
そう心配そうに呟くのは李空であった。
勿論、会場には壱ノ国代表一行の姿もあり、その居場所は大きく三箇所に分かれていた。
一つは剛堂、美波、真夏が試合を見守るベンチ。
して、残りの二つは、会場の中央に設置された二つの大きなリングのすぐ側である。
今回のリングは弐ノ国戦の時の『砦』のように、二つとも巨大な立方体の形をしていた。
その立方体の内、天井および側面の五面はガラス張りになっており、床となる残りの一面は通常のリングのそれと同じであった。
偶然にも、『2スロ』のイベントで用いられたサイコロとよく似た造りである。
それと、二つのリングのガラスの一面には、それぞれ明かりが灯っていない信号機のようなものが設置されていた。
「それでは今回の試合形式『ダンジョン』について、説明を行いたいと思います」
「よろしくでござる・・」
放送を受け、会場の歓声が徐々に止んでいく。
「今の声、卓男か?」
「みたいだな」
行方不明であった卓男の生存を確認し、李空と京夜が顔を見合わせる。
「なんだか元気がないみたいだったな」
「そうだな。やはり何かあったのか?」
「まあまあ。生きてて良かったやないかい。今は試合に集中や」
「そうっすね」
片方のリングの側で、李空と京夜と平吉の3人はそんな会話をしていた。
その間にもミトの説明は続く。
「今回、2国には事前に3人の選手を登録していただきました。その3人は自国のダンジョンのモンスターとなり、相手国のチャレンジャーからダンジョンを守ってもらいます。チャレンジャーはモンスターと同じ3人。相手国のモンスターを指名し、闘うことができます」
「闘いはタイマンでござるか?」
「はい。試合は1対1のタイマンのみです。チャレンジャーは途中で交代することができますが、モンスターを倒したチャレンジャーがもう一度試合に出ることはできません。また、交代の際にまだ倒されていない別のモンスターを指名することも可能です」
「相手国のモンスターを全員倒した国の勝ちということでござるか?」
「その通りです。先にモンスターを全滅させ、ダンジョンを制覇した国の勝利となります。また、制限時間の3時間を経過した時点で、両国共にダンジョンを制覇できていなかった場合、その時点での撃破数で競っていただきます・・・って、疲れてる卓男さん有能すぎません!?」
「そうでござるか・・?」
疲労からテンションが絶妙に落ち着いている卓男は、解説者としての才能を開花させつつあった。
「なお、モンスターが防衛に成功すると、相手国の制限時間を30分縮めることができます」
「モンスター側にも、チャレンジャーを倒すメリットがあるわけでござるな」
「その通りです。それでは、早速試合に移りましょう!各国のチャレンジャー1名は、相手国のモンスターを1名指名してください!」
ミトのアナウンスを受け、各国のチャレンジャーが1人ずつ立ち上がる。
壱ノ国からは、今回が初陣となる七菜が挑むようだ。
さて、ここで改めて会場の構図を説明しておくと、中央にはダンジョンと呼ばれる立方体のリングが二つ。
各リングの外側には、それぞれの国の名が書かれた旗が踊っている。
壱ノ国が守るダンジョンを東。参ノ国が守る方を西とすると、北に壱ノ国ベンチが、南に参ノ国ベンチがある。
各リングの北側には壱ノ国の選手が、南側には参ノ国の選手がスタンバイしている状態だ。
して、チャレンジャー側にはそれぞれパネルが用意されており、それで相手国のモンスターを指名することができるのだった。
「対戦カードが決まりました。イチノクニダンジョン。モンスター 透灰李空 VS チャレンジャー フィート・ミ・アイデー。サンノクニダンジョン。モンスター ゲー・レ・マーチ VS チャレンジャー 透灰七菜です!該当者はリング上にお願いします!」
指名された李空が立ち上がり、隣に目を向ける。
「七菜。気をつけるんだぞ」
「はい。くうにいさまもお気をつけて」
互いに頷き合い、兄妹はリングに取り付けられたガラスのドアを開き、揃って別々の闘いの場へと赴いた。
『イチノクニダンジョン』
モンスターとして召喚された李空は、対戦相手となる男の観察を始めていた。
フィート・ミ・アイデーという名らしいその男は、2メートル近い身長を誇る青年であった。
黒く日焼けしたその顔から、ノリが良さそうなイケイケな印象を受ける。
高身長ながら顔立ちは幼く、おそらくは李空よりも年下か同い年だと思われた。
「ヘイ!ミスターりくう!君の噂は聞いてるよ。どうやら妙な能力を使うみたいだね!」
アイデーは軽い調子で、そう声を掛けてきた。
李空がこれまで『TEENAGE STRUGGLE』で披露してきた能力は、弐ノ国のハツ相手に発動した『二撃必殺』。肆ノ国のセウズ、陸ノ国ゴーラ・ダイル相手に使用した『光の槍』。京夜とのコンビ技である『DMZ』の3つである。
これらの情報だけでは、李空の才の性質を測ることはできなかったため、参ノ国は替えが効く初期段階で李空を倒す作戦に出たようだ。
「それはどうも。ところで二つ訊いてもいいか?」
「ウェルカムだよ!なんだい?」
「目が見えない人の光を取り戻す才を知ってるか?」
「もしかして隣の妹さんのことかな?残念だけど答えはノーだよ」
「そうか・・・」
李空は一つ溜息を溢す。
「もう一つはなんだい?」
「ああ、その背中に背負ってるのはなんだ?」
アイデーが背負う大きな物体を指差して、李空が尋ねる。
「ああこれね。まあ、試合が始まってからのお楽しみってやつかな」
「そうか」
再び短い溜息を一つ。
して、タイミングを見計らったように、ミトのアナウンスが響く。
「それでは『TEENAGE STRUGGLE』第十試合。スタートです!!!」
会場にいる全員の目が、二つのリングへと注がれ、いよいよ試合が始まった。
『サンノクニダンジョン』
試合開始のゴングが鳴っても、2人は向かい合ったまま動かずにいた。
「来ないのですか?」
「そっちこそ。何か罠でも張ってるのか?」
七菜が召喚したモンスター。隣のアイデーと比べると余計小さく見せる少年、ゲー・レ・マーチは怪訝な顔でそう尋ねた。
このような睨み合いは、サイストラグルではよく見られる光景である。
敵の手の内が分からない以上、無闇な攻撃は逆効果となる可能性もあるからだ。
しばらく硬直状態が続いていたが、七菜がおもむろに口を開いた。
「一つ気になっていたのですが、あなたも目が見えないのですか?」
そう、マーチも七菜と同じくずっと目を閉じたままなのだ。
頭に付けたカチューシャ『サイノメ』によって、七菜はそのことを読んでいた。
「そうだよ。でも、僕の才はそんな弱点を克服したどころか、強みに変えてくれたんだ」
そう言うと、マーチは一歩踏み出した。
よくよく考えてみれば、自分の才はきっと相手に割れている。
そのうえで何も仕掛けてこないということは、自分の才を利用しようとしているか、自身の才を発動するための条件を満たそうとしているかの、どちらかだと思われる。
前者ならば、モンスターとしてこのまま時間を稼ぐのが得策だが、後者であり発動条件が時間であるならそれは大きな仇となる。
そこまで考えを巡らせ、マーチは自分から攻撃を仕掛けることにしたのだ。
「『光』を失った僕に神が授けた力。『音』の可能性を見せてあげるよ」
そういうと、マーチは小さな口を目一杯開いた。
『イチノクニダンジョン』
「早速だけど、全力でいかせてもらうよ!」
李空の相手アイデーは、背負った板状の物を地面にそっと置くと、その上にうつ伏せとなった。
「・・・何してるんだ?」
あまりに間抜けな格好に、李空は呆れた様子で尋ねた。
「まあまあ、慌てるな。来るぞ。俺を乗せてくれる『波』が・・・」
アイデーの意味深な言葉に、李空は怪訝な顔を浮かべる。
して、アイデーの発言の意味は、直ぐに判明することとなった。
「っ!なんだ!?」
立方体の中に突如大量の水が発生したのだ。
どこからか溢れるその水は、どんどんと水位を増していき、李空はついに足が届かなくなった。
アイデーは、水にプカプカと浮かぶ板の上でうつ伏せのまま。立ち泳ぎを続ける李空に向けて言い放つ。
「さあ、ここからが本番だ。波に乗り遅れるなよ!」
アイデーが板の上に立ち上がると、これまで静かだった水面が騒がしくなった。
その直後。
「ぐはっ・・・」
嵐の時のような大時化が、生身の李空を襲った。
『サンノクニダンジョン』
サンノクニダンジョンのモンスター。ゲー・レ・マーチの才は、その名を『サウンド』という。文字通り「音」を扱う能力だ。
彼が目の見えない状況で普通に生活ができているのは、「エコーロケーション」と呼ばれる技法を用いているからであった。
エコーロケーションとは、喉から発した超音波の反射から位置情報などの情報を得る行為であり、コウモリやイルカが使用することで有名だ。
マーチは、自分の才『サウンド』によって、この技術を習得したのであった。
目を使わないというのは、サイストラグルにおいてメタ的な役割を果たすことがある。
相手の才が視界を利用する能力である場合、それを完全無効化できるのだ。
さらに、この『サウンド』という才は、攻撃においても優秀である。
例えば、「黒板を引っ掻いた音」のように、人には不快を感じる音が存在する。
不快な音は揃って高音のイメージがなんとなくあるかもしれないが、その原因となっているのは実は低音だ。
人間の可聴域は20〜20000ヘルツ前後と言われているが、本来聞き取れないはずの20ヘルツ以下の低周波音が、不快感を生み出しているのである。
この低周波音が人体に与える影響は大きく、肩こりや手足のしびれ、頭痛にめまいなど、さまざまな症状を引き起こすと言われている。
説明が長くなったが、マーチはこの低周波音を利用して、相手の体を蝕むことができるのだ。
が、
(どうなってるんだ・・・)
マーチの攻撃は、七菜にまるで効いていなかった。
それどころか、先ほどからエコーロケーションの音の跳ね返りもなくなり、マーチは相手の居場所はおろか、自分の立ち位置すら分からなくなっていた。
久しぶりの何も見えないという状況が、マーチの心を孤独に染め上げていく。
ガタガタと身震いし、口をパクパクと開く。
トラウマがマーチの全身を無自覚に震わし、逆に意図的に振動させているはずの声は、音として成立してはいなかった。
『イチノクニダンジョン』
「ひゃっほー!」
こちらのダンジョンでは、1人の男が波乗りなどしている姿があった。
その男とは、フィート・ミ・アイデーその人である。
アイデーは、背負っていた板をサーフボードとして、サーフィンに興じていた。
大波を自在に乗りこなし、爽やかな笑みなど浮かべている。
そして、その相手となる李空であるが、先ほどから姿が見えない。
さて、その居場所とは、
「ヘイ!ミスターりくう!生きてるかい?」
水中であった。
アイデーの呼びかけに李空からの返事はない。
李空はアイデーが生み出した大波に呑まれ、先ほどから顔を出していないのだった。
「もう少ししたら様子を見るか・・・お!今日一の波きたー!!」
特大の波を前に、アイデーが少年のように目を輝かせる。
ウキウキとした表情で、大波を今か今かと待ちわびるアイデー。
しかし、
(・・・・・あ?)
大波は、アイデーの目前で消滅。
それどころか、先ほどの大時化が嘘であるように、水面は凪の状態へと変化していた。
『サンノクニダンジョン』
「どうやら『翻訳』に成功したみたいですね」
七菜はにっこりと笑ってそう告げた。
マーチは相も変わらず口をパクパクとしているが、声もとい音は一切出ていない。
七菜の才の本質は『翻訳』である。
あらゆる事象を読み取り、自分が理解できるように自動変換してくれるのだ。
この会場に来るまでの道のりで目にした『真ノ王像』の石版を読めたのも、この才の能力ゆえであった。
この才があれば、古代の文献から歴史を紐解くことも可能であるため、七菜は「金」のクラスに配属されたのだ。
七菜は、この才に『コンパイル』と名を付けた。
そして、この『コンパイル』の対象であるが、才も例外ではない。
対象者の才という情報を、言語に起こすことができるのだ。
さすがは兄妹といったところか、李空とよく似た能力であった。
が、闘いとなると、ここからが少し違う。
李空が相手に勝てる能力を発動するのに対し、七菜は相手の才を打ち消す能力を発動するのだ。
もちろん、これが可能な才は限られており、自強化系の才などは打ち消すことが難しい。
さて、七菜とマーチの両者の才が判明したところで、話はこの2つがぶつかった場合に移る。
マーチの才『サウンド』は、「音」を利用した能力。
音とは、すなわち振動する波である。
これに対し、七菜の才『コンパイル』は、二つの音波で対抗した。
一つは、マーチのエコーロケーションを妨害する超音波である。
コウモリは群れで行動する際、超音波の周波数を変えて混信を回避する。
そうしなければ、正確な空間認識ができず混乱してしまうからだ。
この情報を言語に翻訳し、七菜の『コンパイル』は、マーチのエコーロケーションのそれと同周波数の超音波を発した。
そしてもう一つは、マーチが発した低周波数と形がそのまま正反対の音波だ。
逆位相と呼ばれるこの音波は、もう一つの音波と打ち消しあって消滅する性質を持つ。
一部のイヤホンやヘッドホンなどに搭載された「ノイズキャンセリング」は、この仕組みを利用したものである。
この二つの音波により、エコーロケーションおよび低周波音による攻撃は、いずれも無効化されたのであった。
「まだ何かありますでしょうか?」
「・・・・・」
七菜の呼びかけに、マーチは何も答えない。
自分の音は返ってこないのに、相手の声は聞こえるというのはなんとも皮肉な話であった。
空間を認識する術を失い、攻撃も無効化されたマーチに残された手はなく。
「まけました・・」
マーチは潔く負けを認めた。
こうして、七菜は一切の攻撃をすることなく、初勝利を収めたのであった。
『イチノクニダンジョン』
一方こちらのダンジョンでは、突然の波の変化にきょとんと呆けているアイデーの姿があった。
(・・・ん!息ができない!?)
なんの疑いもなく開かれた口に酸素が取り込まれる気配がなく、アイデーは軽いパニック状態となる。
板の上でジタバタとしていると、水面の一部が盛り上がった。
「・・ぷはあ!」
そこから顔を出したのは、水中にずっと潜っていた李空であった。
「・・・あ、もう息して大丈夫だぞ」
顔を真っ赤にするアイデーを見て、呼吸が整ってきた李空が言う。
なるほど、意を決して息を吸い込むと、そこには空気が戻っていた。
「はあ、はあ・・・。どういうことだ?」
「そうだな。一から説明しておくか」
立ち泳ぎを続けたまま、李空は解説を始めた。
「まずこれ、水じゃないよな」
「なっ!」
その指摘に、アイデーは驚嘆という名の肯定で返した。
「水に見えるこれ。『音』だな」
「・・・よくわかったね」
そう、水に見えるこれは、音を具現化したものであった。
なるほど、いわれてみれば、水に浸かる李空の体は一切濡れていない。
アイデーの才。名を『フロウ』は、この音の水を自在に操るものであり、これにより波を引き起こしていたのだ。
試合開始の時点で、李空が『オートネゴシエーション』で読み取ったアイデーの才は、この「音」の部分だけであった。
そのため、突然溢れ出した水に、李空は対処が遅れたのだ。
「それが分かったんで、リング内の空気を抜かせてもらった」
さらっと、言いのける李空。
そう、音は空気などの物質を震わせ、波となって伝わる。
よって、音の振動を伝える物質がない真空中では、何も聞こえはしないのだ。
李空は『オートネゴシエーション』によって、リング内を一旦真空状態にし、音の波を凪の状態にしたのである。
「よいしょ。どうする?まだ続けるか?」
続いて『オートネゴシエーション』で、アイデーが乗るのと同じような板を作り出し、その上に乗って向かい合う李空。
「どこまでも未知数な才だな・・・」
測りきれない李空の才に、アイデーは困ったように呟いた。
もう闘えないわけではないが、今回の試合形式である『ダンジョン』は、先に制覇した国が勝利する。
ここで闇雲に時間を掛けるのは得策でない。
「今回は戦略的撤退だ。負けたわけじゃないからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら、アイデーは『フロウ』を解除。
満ちていた音の波は、風呂場の栓を抜いた時のように、みるみると水位を下げていった。
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