第3話 SISTER'S FEELINGS


───翌日。


李空と七菜は、事務所に招集されていた。


「二人ともよく来てくれた。他のメンバーもありがとな」


皆に向けて、剛堂が声を掛ける。


部屋には、先述の3人の他に平吉、美波、京夜、架純、真夏の姿がそれぞれあった。

透灰兄妹以外の面子も、次の試合の作戦会議の名目で集められたのだ。


「どうした李空。何かあったのか?」

「いいや、別に」


京夜の問いに、李空はどこか不満げに返す。


「よし、早速本題に入ろう。美波、準備を頼む」

「はい」


剛堂の指示で、美波はホワイトボードに3枚の写真を貼り付けた。

そこには、見覚えのない3人の男の姿がそれぞれ映っている。


「ごーどー先生!その人たちだれ?」

「まあ、慌てるな。わかりやすく順を追って話そう」


真夏の質問は一旦置き、剛堂は教師の時のように授業風に説明を始めた。


「あれは陸ノ国に勝利を収めた次の日だ。俺の元に運営から選手登録の通知が来た。いつもは一緒に相手国と試合形式が知らされるんだが、今回は『3人選手を登録しろ』という内容だけだった」


その時を思い出すように目を細め、剛堂は続ける。


「試合内容が分からない以上、汎用性の高い才の方が良いだろうと判断し、俺は平吉と京夜と李空の3人を登録した」


剛堂はどこか後悔するようにそう語る。


「そして昨日、試合内容の詳細が通知された。相手は参ノ国。試合形式は新ルールの『ダンジョン』というものだった。その内容だが、端的にいうと『事前に登録された相手国の選手3人を、別の3人で倒す』というものだ」


つまり、自国のダンジョンを守る3人と、相手国のダンジョンを攻略する3人。

全部で6人の選手が必要なのである。


「登録された選手は事前に相手国に通知されるみたいでな。参ノ国が登録したのが───」

「この人たちってことだね!」

「あ、ああ。そうだ・・・」


写真を指差して、真夏が言う。

真夏に良い所を持っていかれ、剛堂ががっくりと肩を落とす。


気を取り直すように咳払いをすると、剛堂はこう続けた。


「それでだな。相手国のダンジョンを制覇する選手が3人必要なわけだが、皆も察しがつくように残りの目ぼしい選手は2人しか残っていない」


李空、京夜、平吉の3人は、壱ノ国側のダンジョンに登録された。

つまり、相手国ダンジョンの攻略側に回れる選手は、架純とみちるしか残っていないのだ。


「そこで、この写真の男たちの才を調べ、そのいずれかに勝てそうな才の持ち主を駄目元で美波に検索してもらったというわけだ。その結果、この男に勝てるであろう人物が見つかった」


剛堂は、一枚の写真を指差しながらそう告げた。


「ほんで、その人物いうんが、李空の妹やったいうわけやな」


平吉の発言を受けて、皆の視線が七菜に向けられる。


才の闘いにおいて、相性というのは非常に重要な要素である。

イチノクニ学院サイストラグル部に所属する滝壺や太一の才も強力であるが、明確な弱点がある分、そこを突かれるとどうしても分が悪くなるのだ。


して、今回は相手の才が割れている。

いうなれば、後出しでじゃんけんができる状態だ。


相性の良い選手をぶつけない選択肢はない。


「くうにいさま・・・」


七菜が不安げに李空の方を向く。


その李空は、浮かない表情で、


「俺は反対ですよ」


と呟いた。


「命が脅かされる場所に妹を連れていくなんて、俺には無理です。七菜はまだ小さいし、女の子だし、目も見えないんですよ!」

「李空。お前の気持ちも分かる。だが、妹さんの力が必要なんだ」

「それにやな。10歳になればこの世界じゃ十分闘える年齢やし、才に男も女もない。ハンデを理由にしていいのは本人だけやで」

「でも・・・」


剛堂と平吉の尤もな説得に、李空の分が悪くなる。


「それに一番大事なんは、本人の意思や。嬢ちゃんは今の話聞いてどない思た?」

「ななは・・・」


平吉に話を振られ、七菜は困ったように李空の方を向いた。

それから、意を決したように頷くと、はっきりとした口調でこう続けた。


「ななも闘います」

「七菜!意味が解って言ってるのか!?」

「はい。だって、くうにいさまも闘ってるんですよね?」

「それはそうだが・・」

「それなら、ななもくうにいさまの力になりたいんです」

「・・・・・」


自分も同じことをしている手前、あまり強いことも言えない。

さらに自分のためなどと言われてしまえば、李空に言い返せる通りはなかった。


「話は決まったみたいやな」


平吉がニヤリと笑みを浮かべる。


「よし。李空妹の話はここまで。続けて作戦会議をするぞ」


剛堂が教師口調で呼びかけ、七菜についての話はそれまでとなった。


「そういえば、みちるはどうしたでありんす?」


話がひと段落ついたところで、架純が何気ない調子で尋ねる。

言われてみれば、犬飼みちるの姿が見えない。


「ああ、みちるは修行に励んでるよ。前の試合は見学だったからな。相当張り切ってるみたいだぞ」と、剛堂。


「へえ、それは楽しみでありんすね」

「根詰めすぎて裏目に出らんといいけどな」

「また平ちゃんはいじわる言って」


七菜と同じ歳の、もう1人の少年のことを想い、年長組が冗談まじりの会話を交わして笑う。


(同い年のみちるも闘ってるしな。でも、七菜は才を授かってすぐなんだぞ。それにもしものことがあったら俺は・・・)


考えがまとまらず、李空は複雑な表情を浮かべる。


この日。

みちるの他にもう1人、この場にいないメンバー。


伊藤卓男の話題が出ることは、一度も無かった。




───その翌日。


事務所から学院に向かう若人たちの姿があった。


「昨日は悪いな。部屋を借りることになって」

「いや、問題ない」

「京夜さん。ありがとうございました」


李空、京夜、それから七菜の3人である。


実家からこちらにやって来たは良いものの、七菜には宿がなかった。

李空の住む寮には「ジショウマニアオタク」こと卓男が居ると思われるため、李空は七菜と共に事務所に泊まることにしたのだ。


その際に、京夜が使用している部屋を七菜に与え、男2人は会議に使用している部屋で一夜を過ごしたのだった。


して、どうして七菜も学院に向かっているのかという話だが。


「ほら見えたぞ。ここが今日から七菜も通う学院だ」


本日付で、イチノクニ学院の生徒になったからである。


「わあ、広いですね」


感想を呟き、七菜は少し緊張した様子で校門をくぐった。


才を授かった次の日。

すなわち10歳の誕生日の翌日から、壱ノ国の子どもは学院に通うことができる。


その際に、授かった才の内容を申請し、能力に合ったクラスに振り分けられるのだ。


制服もクラスが決まった時点で配布される。

それは、クラスによってネクタイ、またはリボンの色が変わってくるからだ。


特殊な才を意味する「金」、汎用性の高い「銀」、落ちこぼれの「玄」などなど。その種類は様々である。


ちなみに、七菜の現在の格好は私服。

李空と京夜は「玄」のネクタイを付けた制服姿である。


今朝、事務所から学院に向かうことになった李空は、寮に置きっ放しである制服を持ってきて貰おうと卓男に連絡したのだが、応答はなかった。


まだ寝ているのか。事務所に泊まることを連絡しなかったことを拗ねているのか。まだ帰っていないのか。

理由は分からないが、寮に寄るのは遠回りとなり面倒であるため、李空は京夜に替えの制服を借りたのだった。


背丈はほぼ変わらず、ネクタイの色も同じであるため、違和感はほとんどない。

「玄」であることを有り難く感じる、数少ない出来事であった。


「七菜、申請書は持ってきたか?」

「はい。ちゃんと書いてきました」

「それじゃあ、それを持って、昨日説明した『東の足』に行くんだよ」

「わかりました。行ってきます!」


緊張した足取りで、七菜は東の校舎の奥にある、職員棟へと向かった。


イチノクニ学院は、いうなれば10の学年があるわけであり、さらにはその中にクラスがいくつもあるため、生徒の数が非常に多い。

それに伴い、教師の数も必然的に多いのだ。


このような事情から、両手の指をイメージした十の校舎の他に、職員のための棟が二つ用意されているのだった。

東と西に分かれるそれらは、両足をイメージし「東の足」「西の足」とそれぞれ呼ばれている。


「それじゃあ、俺たちも行くか」

「そうだな」


「東の足」へと向かった七菜を見送り、李空と京夜は、自分たちの校舎である「西の親」へと向かった。




───放課後。


「くうにいさま。お待たせしました」

「全然大丈夫だよ」


遅れてやって来た七菜に、李空は操作していた携帯電話をしまい、優しく微笑みかけた。

今日から学院に通うことになった七菜のため、李空は学校案内の任を請け負ったのだ。


「そのリボン。七菜は『金』のクラスだったんだね」

「はい。色はよく分かりませんが、先生方に貴重な才だと褒められました」


にっこりと笑って七菜が答える。

「玄」の李空としては少し複雑でもあったが、妹が評価されることは素直に誇らしくも感じた。


「それでは、くうにいさま。案内のほどよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」


恭しく頭を下げる七菜に、李空は胸を張って答えた。


「なっちゃん!真夏もいるよ!」


ぴょんぴょんと跳ねて自分の存在を主張しているのは、李空の幼馴染であり、七菜とも面識がある晴乃智真夏であった。


七菜が入学したことを伝えたところ、「真夏も案内する!」と言い出したのだ。

ちなみに、京夜は明日の試合に備えるため、既に事務所へと戻っていた。


「くうにいさまだけで充分ですよ」


真夏のハイテンションとは対照的に、七菜はつまらなそうに言い放った。

李空と話す時とは違い、冷たい声色である。


「真夏が案内したいの!」

「はあ。これだから泥棒猫は・・」

「それ懐かしい!なっちゃんは真夏のこと、昔からねこちゃんって呼んでたよね!」


七菜の明らかな変化などまるで意に介さず、真夏はいつも通りの能天気っぷりだ。


七菜と真夏のひどく激しい温度差に、李空は引きつった笑みを浮かべる。


「こんな泥棒猫は放っておいて、早く次の場所に行きましょう。くうにいさま」

「あー、ずるい!真夏も!」

「おいおい。歩きにくいだろ」


七菜が李空の右腕を取り、それを見た真夏が左腕にひっつく。

両腕からふたりの体温が伝わってくるが、李空はそれどころではなかった。


「泥棒猫さん。くうにいさまが嫌がってますよ」

「そんなことないよね!りっくん!」


自分を間に挟んで始まった、冷たくも熱い闘い。


「なんか目眩がしてきたな・・・」


その温度差のせいか、李空は頭痛を引き起こし、深い溜息を溢した。



「ここが食堂だよ」


李空らが初めに訪れたのは、イチノクニ学院に通う若人たちの胃袋を支える、食堂であった。

放課後のこの時間帯は、昼の賑やかさが嘘であるように静まり返っている。


「なっちゃん!ここの海鮮丼、すっごく美味しいんだよ!」

「そーですか。それは楽しみです」


真夏のテンションと対照的に、七菜はそっけない態度を続けている。

そんな妹のことを気にしつつも、李空はそれより気になっていたことについて触れた。


「なあ、真夏。今日なんか変じゃないか?」

「え!?どこが?」


少し恥ずかしそうにキョロキョロと目を泳がせる真夏。

真夏が変なのは、ある意味いつも通りであるが、今日は明らかにおかしい動作が多かった。


学校案内の以前から、やたら自身のスカートの裾を持ち上げては、何やらちらつかせているのである。


「ほら、その動作」

「こ、これはね!架純さん直伝『ちらりずむ』だよ!」


真夏は自信満々に答えた。

言葉ではそう言っても羞恥が残っているのか、ほんのり頰を赤くしている。


「よくわからんが、厄介な問題は起こさないでくれよ」


そう言って、李空は次の場所へと移動を始める。

七菜もそれに付き従った。


「待ってよ・・・あっ!」


慌てて追いかけた真夏が、勢い余ってすっ転ぶ。

なんの偶然か、そこは以前卓男が平吉にぶつかった場所と同じであった。


人を転ばして暇を潰す。そんな悪趣味な霊でも住み着いているのかもしれない。


真夏の短い悲鳴と、次いで響いたガシャーンという音に、李空と七菜が揃って振り返る。


して、そこにあったのは。


「まったく。どうしたらそうなるんですか・・・」


転げた椅子に器用に引っかかり、見事にスカートを翻した真夏の姿であった。


「イチゴだ・・」

「くうにいさまは見ちゃダメです」


呆れた様子の七菜が、李空の両目を塞ぐ。


「いてて・・・・きゃあああ!!」


布地に印刷された苺を、チラリズムどころか丸出しにしてしまった真夏は、それこそ苺のように顔を真っ赤に染め上げた。



「と、まあ。こんな感じかな」


図書室やグラウンドや体育館など、一通りの施設を案内し終えた李空らは、食堂の近くにある休憩スペースまで戻ってきていた。


休憩スペースといっても、自販機の前にベンチが置かれただけの場所である。


「はいこれ」

「ありがとうございます」

「わーい!ありがと!」


自販機にて飲み物を購入した李空が、ベンチに座る七菜と真夏に手渡す。

七菜の方がオレンジジュース。真夏はりんごジュースだ。


苺丸出し事件のあと、真夏は暫くの間人が変わったように大人しくしていたが、学院を回る内に持ち前の明るさを取り戻していった。


「本当はまだ行けてない場所もあるんだけど、放課後で部活やってるとこもあるし、なによりあんまり時間が無かったからな」


自分の分のコーヒーに口をつけて、李空は少し申し訳なさそうに言う。

生徒が多いイチノクニ学院は、部活の種類も豊富であり、放課後のこの時間は使用中の施設が多いのだ。


「いえ、重要な施設はおさえることができたので十分です」

「そう言ってくれると助かるよ。そういえば、寮の話はどうなった?」

「はい。二星寮に入れることになりました」

「そうか。それは安心だな」


悩みの種が一つ解決し、李空は胸をなでおろした。


イチノクニ学院の寮は全部で3種類ある。


セキュリティは万全で、朝・晩ご飯付の三星寮。

セキュリティという概念が無く、お風呂は共用、飯も付かない一星寮。

そのちょうど中間といった具合の二星寮。


学校からの距離も三星寮が最も近く、一星寮が最も遠い。

李空や卓男が暮らすのが一星寮である。


入寮希望者は所属するクラスによってそれぞれの寮に振り分けられるのだが、人数の関係で多少の前後はある。

勿論、色々と条件が良い三星寮の方が倍率が高く、その競争率から現在は空きがないため、七菜は「金」のクラスでありながら二星寮に入寮する運びとなったのだった。


「それじゃあ帰るか」

「そうだね!」


李空の呼びかけに真夏が元気に立ち上がる。


今日はなんとも平和な一日であったが、明日は参ノ国との試合である。

あまり遅くなっては、試合に影響が出てしまうかもしれない。


「そういえば。明日は事務所に集合だけど、寮から1人で来れるか?」

「・・・・・」

「七菜?」

「あ、はい。大丈夫です!」

「りっくん、なっちゃん!明日は頑張ってね!それじゃあ、競争だよ!」

「ちょっ!どこまでだよ!」


走りだす真夏の後を、李空が慌てて追う。


優れない七菜の返事が少し気になったが、真夏の激励からの謎ダッシュに、李空は聞き出すタイミングを逃したのだった。




「なんだ。卓男のやつまだ帰ってないのか・・・」


ひとり一星寮の自室に戻った李空は、誰に向けるでもなく呟いた。


思い返してみると、学院でも卓男の姿は一度も見ていない。

ほんの少しだけ心配になったが、それどころではないと、李空は別の考え事を始めた。


その内容とは、ずばり七菜の『TEENAGE STRUGGLE』参戦についてである。


昨日は剛堂や平吉の口車に乗ってしまい了承したが、果たしてその判断は正しかったのであろうか。


才が色々な事象の基準となるこの世界において、それを授かる10の歳というのは、20歳を迎えるよりも大きな意味を持つ。


「力には責任が伴う」という言葉があるように、才を授かった以上、ある程度の判断は自分で行っていかねばならない。


しかし、兄として妹を危険に晒す行為は、どうしても賛成しかねる。

それが七菜の意思だと脳が理解していても、身体が拒否反応を示すのだ。


「・・ん?卓男か?」


そんな李空の思考を遮るように、部屋のドアがノックされた。

卓男ならノックはしないか、などと考えながら、李空がドアを開く。


して、その先にいたのは。


「七菜?」


たった今考えていた相手。妹の七菜であった。


「・・・くうにいさま。入ってもいいですか?」

「ああ、いいよ」


やはり、どこか優れない七菜を招き入れ、狭い部屋に置かれた小さな机を挟んで、兄と妹は向かい合って座った。


「「・・・・・」」


お互い話を切り出せないまま、兄妹の間を沈黙が漂う。


李空の方の考え事に関しては未だ答えが出ていないため、七菜の訪問の理由から聞きたいところだが、どうやら、そちらもまとまりきっていない様子だ。


やはり自分の方から話すべきか、などと考えを巡らせていると、意を決したように七菜の方が口を開いた。


「・・・くうにいさまは、今までも闘っていたのですか?」


七菜の口から発せられたのは、そんな問いであった。

声が震えていることから察するに、その裏には様々な感情が渦巻いていると思われた。


「そうだよ。といっても、つい最近からだけどね」


李空の答えに、俯く七菜の身体が震える。

一体どんな感情ゆえの震えなのか。李空は測りかねていた。


なんせ、このような七菜の姿を見るのは初めてである。

果たしてどう声を掛けるべきか逡巡していると、感情を絞り出すような七菜の声が聞こえてきた。


「・・・どうして。どうして、ななに教えてくれなかったのですか!」


顔を持ち上げて訴える七菜。

閉じたままの両目からは、大粒の涙が溢れている。


それを見て、李空は理解した。

七菜の感情が「怒り」であることに。


「伝えたところで、ななには何も出来ないのかもしれません。でも、知らない所で、くうにいさまの身にもしもの事があったら、残されたななはどうすれば良いのですか・・・」

「・・・・・」


李空は何も言い返すことができなかった。

自分が逆の立場であれば、同じ感情になると想像できたからだ。


「・・くうにいさまのことです。きっとななのためでもあるんですよね?ななのことを想ってくれるのは嬉しいです。でも、それでくうにいさまが傷つくのは違います。自分の身体も大切にしてください」

「・・・うん。わかったよ」


李空はコクリと頷いた。


送られて嬉しい気持ちというのは限られている。


好意を寄せられて嬉しい相手がひどく限定的であるように、犠牲のうえに届けられる想いなど、ありがた迷惑でしかないことがほとんどだ。


「明日はななも闘います。ななの力が役に立つかは分かりませんが、できるだけのことはしたいと思います」

「うん」


見ていることしか出来ないつらさを、李空は誰よりも知っている。


そのうえで七菜の気持ちまで理解した李空に、それ以上否定的な意見を言うことなど出来なかった。


「でも一つだけ約束だ。危なくなったら逃げること。逃げることはなんら恥じることじゃない。俺も七菜が心配なんだ。わかるね」

「・・・はい。わかりました」


頰を伝う涙を最後に、七菜はにっこりと笑った。


それから、何やらもじもじと恥ずかしそうにすると、七菜はこう続けた。


「あの、くうにいさま。よければ今日お泊まりしていっても良いですか?」


先ほどまでとのギャップに、李空は目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「しょうがないな。卓男も帰ってこないみたいだし、いいよ」

「ありがとうございます」


李空の答えに七菜は満面の笑みを浮かべた。


それから、李空と七菜は久方ぶりの兄妹水入らずの時間を過ごした。


貴重な時間と妹のピュアな心を守るため、李空は部屋の入口にバリケードを築いていたのだが、この日も卓男が帰ってくることはなかった。

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