第2話 BLIND SISTER


李空はこの日、最高な目覚め方をした。


最低限の家具だけが置かれた部屋の中で、一際存在感を放つは2段ベッド。

年季が入ったそのベッドの1段目で、目を覚ました李空が大きく伸びをする。


「う〜ん」


カーテンの隙間から差す朝の日差しが李空を照らし、夢の世界からそっと抱き上げてくれる。

優しい温もりが李空を包み込み、何の抵抗もなくその瞼がゆっくりと開かれた。


「今日はやけに暖かいな・・・」


2段目の床下を見上げる形で眺めながら、未だ夢心地の李空は呟いた。

自然の暖かさとは別にどこか懐かしさを感じる温もりが、闘いの日々に疲労した李空の心を落ち着かせてくれる。


「・・・・・ん」


どこからか聞こえたその声に、李空は僅かに眉をひそめた。


狭くてお世辞にも綺麗とは言えないこの部屋にいるのは、李空の他にルームメイトの伊藤卓男だけのはずだ。


が、先ほどの声は卓男のそれとは到底思えない、どこか色っぽさを感じる艶やかな声であったのだ。


目覚めて数秒で覚えたいくつかの違和感を、覚醒してきた脳内で統合し、浮かび上がった一つの解に、李空は苦く笑った。


「・・・あっ、くうにいさま。おはようございます」

「やっぱり七菜だったか・・・」


掛け布団を捲った先。

仰向けで眠る李空に覆い被さる形でそこにいたのは、1人の可憐な少女であった。


腰の辺りまである艶やかな長い黒髪を持ち上げて、七菜と呼ばれた少女は李空に向けてにっこりと笑った。

閉じたままの瞳と相まって、おしとやかな印象を受ける華奢な少女である。


「七菜。ここには来るなと言っただろ」

「ですが、くうにいさま。久しぶりの再会に、ななは待ちきれなかったのです」

「と、言ってもだな。この部屋には悪魔や鬼よりタチの悪い『ジショウマニアオタク』が住み着いてるんだぞ」

「じしょうまにあおたく、ですか?」

「ああ。七菜みたいな可愛い女の子は特に危険だ」

「か、かわいい女の子!?」


七菜は頬を真っ赤に染め上げ、へなへなと李空の身体に倒れ込んだ。

上半身だけ起こした李空を抱きしめるような構図である。


さらには七菜は薄手のパジャマ姿であった。

2人の関係を知らぬ者から見れば、完全な事案である。


「こんなとこをジショウマニアオタクに見られたら事だな・・」

「呼んだでござるか」

「うわ!」


李空は珍しく素っ頓狂な声をあげた。

それも無理はない。2段ベッドの2段目から、ジショウマニアオタクこと卓男が、逆さの状態で覗いていたのだ。


「・・・へ?り、り、り、李空殿!?もしやそっちの癖があったんでござるか!?」


1段目の光景を見て、卓男が慌てふためく。


「ちが、七菜は俺の───」

「およめさんです」

「ちょっ、七菜!?」


李空の言葉を遮り、七菜はすました顔でそう言った。


「せ、拙者は何も見てないでござるううううう」


自称嫁のリムちゃんがデカデカとプリントされたパジャマ姿で、卓男は部屋を飛び出していった。


「くうにいさま!じしょうまにあおたくをやっつけました!」

「・・・うん、できたら他の方法が良かったかな」


本日早くも2度目の苦笑いを浮かべて、李空は答える。


『朝だよ起きて!朝だよ起きて!朝だよ起きて!』


卓男の目覚まし時計から、リムちゃんの可愛らしい声が響く。


「そうです。朝ですよ、くうにいさま!」

「朝・・だな・・・」


笑顔の七菜に責める気にもなれず、李空はまだ夢の中であることを願って、もう一度目を閉じた。



さて、七菜なる少女が一体何者かという話だが、いやその口調から既に察していることとは思うが、ことの経緯を語るために、時は少しだけ遡る。


それは、陸ノ国に勝利を収めた2日後のこと。


以下、イチノクニ学院からの帰り道を歩く、李空、真夏、卓男の会話である。


「いやあ、年に一度の『2スロ』単独イベントと、『TEENAGE STRUGGLE』の試合の日程が被らなくて本当に良かったでござる!」


やたら上機嫌の卓男が浮かれた調子で言う。


ちなみに『2スロ』とは、卓男が愛してやまないアニメ『2。振り出しに戻るスゴロク生活』のことである。

そのヒロインの1人であるレムちゃんが、卓男の自称嫁なのであった。


「一応聞くけど、どんなイベントなんだ?」と、興味なさげに李空。

「六面中五面が『2』のサイコロを振って、双六のゴールを目指すイベントでござるよ!しかも、今年のマップはマスの半分近くが『振り出しに戻る』の超鬼畜難易度らしいでござる!」

「いや、それゴール不可能だろ・・」

「へ〜、楽しそうだね!」


李空と違って愛嬌のある、実に可愛らしい笑みを浮かべて、真夏が相槌を打つ。


「そうでござろう!よ、よかったら、真夏殿も行くでござるか!?」

「ううん。特に用事は無いけど止めとくね!」

「うう。そこは嘘でも用事があるから、と言って欲しかったでござる・・・」


どこまでも純粋無垢な笑みを浮かべての拒絶に、卓男はトホホといった表現が的確な感じで肩を落とした。


「りっくんは何か予定あるの?」

「ん。俺も特に無いかな」

「そっか・・・」


真夏の問いに、李空は軽く伸びをしながら答えた。


そう、明日は久しぶりに何も予定がない休日である。

ここ最近は、学院以外の時間は試合に向けての作戦会議や修行ばかりをしていたため、純粋な休みは随分と久方ぶりに感じられた。


己の才『オートネゴシエーション』が開花するまでは、休日に予定がある方が珍しかったのだが、今となっては嘘のようである。

あの頃は特にありがたみを感じなかったが、今思うと天国のようだった。


人とは貴重なことに価値を見出す生き物なのである。


さて、稀有な休日を何をして過ごそうかと、李空が希望を膨らませていると、


「ん?」


ポケットの中の携帯電話が震えていることに気がついた。


自慢ではないが、李空の交友関係は決して広くない。

頻繁に連絡を取るのは真夏と卓男くらいであるが、その2人は今一緒にいる。


ついで候補に上がるのは、剛堂や平吉の事務連絡だろうか。


「悪い。ちょっと電話出るな」

「いいよ!」

「そ、そんな!拙者を差し置いて電話に出るなんて・・」

「もしもし」


卓男のことはさておき、李空が着信に応じる。


して、その相手とは、


「もしもし。くうにいさまですか?」

「その声、七菜か?」

「はい!お久しぶりです。くうにいさま!」


李空の実の妹、透灰七菜であった。


李空が『TEENAGE STRUGGLE』に出場を決意した、大きな要因の一つでもある少女だ。


「どうかしたのか?」

「もう。用事がないと電話してはいけないのですか?」

「いや、そんなことはないが・・」

「最近はくうにいさまから連絡がないので、ななは寂しかったのですよ」

「ごめんな。最近忙しくて・・」

「もしかして女ですか?」

「ち、ちがうから!」


浮気を問い詰めるような物言いと、確実に温度が下がった声に、李空は兄でありながら冷や汗を浮かべた。


「まあ良いです。明日行って調べますから」

「ん?明日?」

「はい。もしかしてお忘れですか?」

「えーと、約束なんかしてたっけ・・・・・あっ」


記憶を手繰り、李空は思い出す。


明日が妹の10歳の誕生日であることに。


「本当にお忘れに・・」

「そ、そんなわけないだろ!妹の一生に一度の大イベントだぞ!」

「まあいいです。それでは明日、よろしくお願いします」

「ああ、わかった。駅まで迎えに行くから待ってろ。間違っても寮には来るなよ」

「はい。では明日。楽しみにしています」


そこで通話は途切れ、李空は溜息と共に携帯電話をポケットに戻した。


「りっくんとお出かけしたかったけど、なんだか無理みたい・・・」


真夏が珍しく小声で呟く。


貴重な休日が潰れたという落胆から、李空はそんな幼馴染の些細な変化に気づかなかった。




───時は戻り現在。


「・・・というわけだ」

「なるほど。李空殿の妹君であったか」


李空と七菜の関係を誤解し、部屋を飛び出した卓男であったが、外行き用の服に着替えていなかったとかで、すぐに部屋に戻ってきていた。


さて、今の卓男の格好であるが、背中にリムちゃんがプリントされたシャツに、下はジーパンである。

シャツに関して言えば、パジャマと比べてリムちゃんの位置が変わっただけであった。


「いやあ、危うく恥ずか死ぬところだったでござるよ〜」などと卓男は宣っていたが、正直どちらも同じに見える。

オタクの恥じらい部分は、多少理解が難しいのだった。


無論、ジショウマニアオタクの着替えシーンが七菜の純情を汚さないように、李空が全力を尽くしたことは言うまでもないだろう。


「それじゃあ、拙者はイベントに参戦してくるでござる!」

「ああ、よくわからんが楽しんでこいよ」

「ござる!」


不恰好なスキップを踏みながら、今度こそ卓男は出かけていった。


「それじゃあ、俺たちも教会に行く準備をしようか」

「はい。くうにいさま」


残された李空と七菜も、出かける準備を始める。


その途中で、李空はふと気になった疑問を投げかけてみた。


「ところで七菜。寮にはどうやって入ったんだ?一応、入り口に管理人がいただろ?」

「入って良いですか?と尋ねたら入れてくれました!」

「まじかよ・・」


呆れたように溜息をつく李空。


『TEENAGE STRUGGLE』に優勝した暁には、すぐさまここを引っ越そうと、李空は密かに決意した。




さて、卓男が向かったイベントで用いられるらしい五面『2』の不規則なサイコロとは違い、壱ノ国を含むこの大陸は壱から陸の六つの国からなる。


その均衡を維持するため、大陸中央に位置する『央』が全ての外交の中継役となり、また諸国の監視役を担うことで、六国の平和は保たれているのであった。


が、才という実に不安定な要素を抱えた社会がそれだけで統治されるはずもなく、平和の形成にはもう一つ大きな要素が貢献していた。


それというのは、各国を束ねる『王』の存在である。


といっても、この王は直接国民に命を下すようなことはしない。

それどころか、国民にその姿を見せることすらなく、その容姿を知る国民は一人としていなかった。


各国は、それぞれ二人の存在を王と崇め、心の拠り所としている。

『王』などと呼んではいるが、どちらかといえば神を信仰する宗教に近いようなものであった。


『央』と『王』。

この二つの『おう』が、六国、ひいては大陸の平穏を実現しているのだった。


さてさて、先述通り国民とは直接接点のない『王』であるが、国民は人生に一度だけ王の存在を身近に感じる時がある。


それすなわち、才を授かる10歳の誕生日である。


各国で詳細は異なるが、ここ壱ノ国では王に縁があるとされている教会にて、その瞬間を迎えるのが習わしなのであった。



「さあ、着いたぞ」

「わあ。大きいですね」


眼前の建物を見上げる形で、七菜は感嘆の声をあげた。


イチノクニ学院最寄りの駅から電車で30分ほど。

李空と七菜のふたりは、お目当の教会に辿り着いていた。


「七菜にはどんな風に見えてるんだ?」

「え〜と。表現が難しいんですけど、建物の設計図を基に脳内でイメージを組み立ててる感じです!」

「うーん。何回聞いてもイメージが湧かないな」


先ほど「見上げる」という表現を用いたが、七菜の瞳は開かれてはいない。


彼女は頭に付けたカチューシャで、目の前の映像を情報として脳に取り込んでいるのだ。


そのカチューシャは名を『サイノメ』と言い、堀川美波が使っていた『サイポイント』や、海千盾昌が用いていた『サイカクセイキ』のように、才の効果が付与されたサイアイテムである。


こう言ったアイテムは、実に様々なところで活用されているのであった。


「そろそろ時間だな。俺は外で待ってるから、行っておいで」

「はい、くうにいさま。行ってきます」


ぺこりとお辞儀をし、緊張した足取りで教会へと向かう七菜。


その初々しい後ろ姿を、李空はほっこりとした表情で見送った。




一方、こちらは晴乃智真夏の休日。


「架純さん!大人の色気を教えてください!」

「またまた、突然でありんすね」


真夏は、借倉架純と共に街中のカフェを訪れていた。


テラス席に向かい合って座り、真夏の方にはミルクたっぷりの、架純の方にはブラックのコーヒーがそれぞれ置かれている。


架純は、未だ湯気が昇るブラックコーヒーをすすっと口に含むと、真夏への回答を口にした。


「ずばり、『チラリズム』でありんすよ」

「ちらりずむ?」


自信たっぷりの架純の言葉に、真夏はコーヒーを冷ましていた顔を上げ、オウム返しで答える。


「お待たせしました」


そこに丁度店員がやってきて、二人の前にそれぞれケーキが配膳された。


その店員が戻るよりも早く。

架純は、真夏の方に置かれたケーキの上の苺をフォークで素早く刺すと、そのまま自らの口に運んだ。


「あ!それ真夏のイチゴ!」


架純のそんな行動に、真夏は抗議の意思を込めて頬をぷくーと膨らませる。


架純はそんな真夏を「まあ、落ち着きなはれ」と宥めると、続けて苺があった部分を指差した。


「その下。よう見てみ」

「した?」


真夏が自分のフォークでそこを穿ると、中から別の苺が顔を出した。


「イチゴだ!・・・って、ちょっとだけじゃん!」


しかし、発掘された苺はスライスされたもの。

上に乗っていたのと比べれば、随分と小さいものだった。


再び頬をプクーと膨らませる真夏。

ころころと変わるその表情に、架純がウフフと優美に笑う。


「確かに小さいでありんすな。でも、最初はそうは思わんかったやろ?」

「うん。もうちょっと大きいかと思ったよ」

「そう、それが『チラリズム』の魔法でありんすよ」

「え?どういうこと??」


頭上にはてなまーくを無数に浮かべて、真夏が尋ねる。


「つまり、敢えて一片をチラリさせることで、相手に全貌を想像させるでありんすよ」


「こんな風にね」と、着物をすらりとずらして見せる架純。

真っ赤な下着の一部が顔を出し、真夏の顔も赤に染まる。


「ちょっと架純ちゃん!こんなところで出したらダメだよ!」

「今日は下着つけてるからセーフ思うたけど、真夏ちゃんにはまだ早かったでありんすね」

「もー!そういう話じゃないよ!」


架純の下着が隠れたのを確認して、真夏は安心したようにふーと息をつく。


「でも、真夏なんだかわかった気がするよ!」

「それは良かった。要は、見せ方が大事って話でありんすよ」


そう言いながら、架純は自分の分のケーキを真夏に差し出した。


「え?これ、架純さんのだよ!」

「交換でありんす。苺食べたいやろ?」

「いいの!?架純さんありがと!」


実際は何の損得も発生していないのだが、真夏は気づいていない様子だ。

ケーキの上に乗った苺をパクリと口にして、真夏が幸せそうに微笑む。


その様子を眺めながら、


「あちきも真夏ちゃんみたいに素直になれたらな・・・」


真夏に聞こえないほどのボリュームで、架純はポツリと呟いた。




さらにもう一方、こちらは壱ノ国代表の事務所。


学院が休みの今日。

事務所には剛堂盛貴と軒坂平吉、それから堀川美波の3人の姿があった。


正確には、事務所に居候している墨桜京夜もいるのだが、今は与えられた自室で勉強に励んでいた。

京夜が所属するクラス「玄」の学習内容はさほど難しいものではないが、今まで学校に通っていなかった京夜にとっては、なかなかの難易度であった。


もともと真面目な性格もあり、京夜は貴重な休日をこうして勉学に捧げているのであった。


して、他の3人はというと。


「困ったな」

「困りましたね」

「いやー、参ったで」


揃って頭を抱えていた。


「もう一回、海千のどっちかを招集するか?」

「いや、一人だと使い勝手が悪い才だからな。サイストラグル部の部員はどうだ?」

「うーん、ちと厳しそうやな」

「そうかあ。こうなったら俺が出るしか・・」

「繰り上がりの才じゃ流石に厳しいやろ」

「だよな・・・」


平吉と剛堂が何やら話し込んでいるが、解決策は見つからない様子だ。


「やっぱり新しく探すしかあらへんか・・・」

「だな。美波、検索かけてくれるか」

「いいですけど、そんな都合よく見つかるとは思えませんよ」


半ば投げやりな様子で、美波が『ウォードライビング』を発動する。


その様子を、神にすがるように見守る剛堂と平吉。


「・・・いた!いましたよ!」

「ほんとか!?」


どこかデジャブを感じる展開に、半信半疑ながら表情を明るくする剛堂と美波。


程なくして、2人の周りを光が包み込む。


「ほんまかいな・・」

「平吉さんも早く!行きますよ!」

「ああ、わかっとる」


あまりに都合の良すぎる展開に、警戒に近い疑問を抱きながら、平吉も光の球体に乗り込む。


次の瞬間。

3人は何かに導かれるように、とある場所へと飛び立った。




───場所は戻り、こちらは教会。


その外には、妹の七菜を待つ透灰李空の姿があった。


「・・・・・は?」


突然の出来事に呆けた声を出す李空。

それも当然、突如目の前に見慣れた光の球体が現れたのだ。


「あれ!?りくうくん?」


その中から案の定現れた美波が、李空の顔を見て驚く。


その後ろには、これまた見知った顔が二つあった。


「なんや、李空やないかい」

「検索に引っかかったのは李空だったのか?」


平吉と剛堂である。


何やら不服そうな2人に、李空は理由もなく申し訳なくなり、次いでその理不尽さに不満を覚えた。

これまた何故かは分からないが、卓男の気持ちが少しだけ理解できた気がした。


「おかしいなあ。りくうくんの才とは違う反応だったのに・・・」


自身の才が導き出した結果に、美波は納得がいっていない様子だ。


さて、一行がそんな風にガヤガヤとしていると。


「くうにいさま、お待たせしました」


儀式を終えた七菜が戻ってきた。


「お疲れ様。無事に終わったみたいだね」

「はい。少し心配していたので良かったです」


才の能力によっては、授かった直後に暴走してしまうケースも少なくない。

李空も心配していたのだが、にこっと笑みを浮かべる七菜を見るに、どうやら杞憂に終わったようである。


ホッと安心した後、李空は好奇心から『オートネゴシエーション』で七菜の才を読み取った。


「それで、くうにいさま。そちらの方々は?」


頭に付けたカチューシャ『サイノメ』によって、美波らの存在に気づいた七菜。

なんの悪気もなく、そんな純粋な疑問を口にした七菜であったが、李空からの返事はない。


「くうにいさま?」


疑問が重なり、七菜が不安げに尋ねる。

緊張した面持ちの七菜の耳に、李空の唾を呑む音が届いた。


そんないつもとは違う李空の態度に、美波らも怪訝な顔を浮かべる。


して、次の瞬間。


「・・・逃げるぞ」

「え?」


李空は七菜を連れて、突然走り出したのだった。



───数分後。


「まったく。なんで逃げ出したんや?」

「・・・すみません」


李空は呆気なく捕まっていた。


捕らえたのは平吉であった。

この男。国の代表の将である。


一人ならともかく、七菜を引き連れての逃亡など、そもそも無理がある話であった。


「妹の危機を察したもので・・」

「妹?ああ、そっちの嬢ちゃんか」


平吉が視線を向けると、七菜は少し戸惑いながらも笑みを浮かべた。


「あ!この子ですよ!私の才に引っかかったの!」

「なに?ほんとか!?」

「はい。この感じ、間違いないです!」


テンションの高い美波と剛堂の会話に、李空は「やっぱり・・・」と、項垂れてみせた。


李空は『オートネゴシエーション』によって七菜の才を知り、その情報と以前の自分とよく似た状況から、ある推測を打ち立てていたのだ。


「李空。妹さんについて話があるんだが・・」


剛堂が何やら話を切り出す。


推測通りの内容に、李空はあからさまに顔をしかめた。

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