番外編 目安箱委員長のススメ

「ん? 目安箱に入ってるな」


 校内に設置してある目安箱の中身を確認するのは、放課後、生徒会室に行く前のルーティンとなっている。何枚も入っている日もあれば、一枚も入っていない日もある。今日は一枚、誰かが投書をしてくれたようだ。


「『校舎裏花壇の雑草が少し多いような気がします』か。これは雑草を抜けってことだよな。……どこかでこの字を見たような……」


 少し悩むが、誰の筆跡なのかは思い出せなかった。


「取り敢えず秋城に報告するか」


 俺は目安箱を閉じて、元の場所に置き、生徒会室に向かった。




「確かにあの花壇の雑草は伸び放題だったね。今は使っていないけれど、使えるようにすれば、活用できるかもしれない。誠、それから美化委員長の真美がいいね。今から草抜きを始めてくれるかい?」


「ええ。冬風君、行きましょうか」


「ああ」


「いってらっしゃーい!」


 霜雪の分の仕事は星宮に任せ、俺と霜雪は生徒会室を出た。


「なぁ、この字に見覚えはないか?」


「……どこかで見たような字ね。けど思い出せないわ」


「だよな。というか悪いな。目安箱への依頼だったのに手伝わせて」


「美化委員長だから当然よ。冬風君一人に全てを任せるような生徒会ではないわ」


「会長もそう思ってくれていることを願うよ」




「この広さで二人いるなら頑張れば今日中に終わるな」


「そうね。頑張りましょう」


 草抜きのための道具を倉庫から取ってきて、早速霜雪と二人で草を抜き始めた。




「お、どうした? 草抜きか」


 一時間ほど経ったところで、朝市先生が突然現れた。


「はい。目安箱に草抜きをして欲しいような投書が入っていたので」


「……そうか。ご苦労だな。俺も手伝うよ」


 朝市先生がそのままシャツの袖を捲り、俺たちと一緒に草抜きを始めた。流石に疲れてきたころだったので頼もしい助っ人だ。その後、順調に雑草の処理は終わり、下校時間までには余裕をもって草抜きを終えることができた。


「いやー、ありがとな。これでこの花壇も何かに使えるだろ。ジュースでも奢るよ。自販機に行こう」


 道具を片付け、朝市先生が自販機の方へ一足先に歩き出した。


「……霜雪、おかしいよな」


「ええ。いつもは面倒くさいことを嫌がる朝市先生がやけに素直」


「それに俺たちが草抜きをしていることを知らずに校舎裏に来ることなんてないだろう。靴もいつもの革靴じゃなくてスニーカーだ」


「あら、冬風君に霜雪さん、輝彦と一緒にどうしたの?」


 自販機がある場所には小夜先生がいた。そしてなぜか朝市先生はそのことに気付いて固まった。


「校舎裏花壇の草抜きをして欲しいっていう投書が目安箱にあって、今三人でしてきたんです」


「校舎裏……花壇……草抜き。輝彦、あんたまさか……」


 小夜先生の殺気が高まり、俺と霜雪は全てを理解した。


「輝彦! そこに正座しなさい!」


「……はい」


 どこかで見たことある筆跡だとは思ったが、それは生徒のものではなく、我らが朝市先生の筆跡だったのだ。




「えー、私、朝市輝彦は若手教員で手分けして行う予定だった草抜きを、罰ゲームとして誰か一人に任せようと提案し、その勝負に負けました。そして私は目安箱に投書をして、事情を知らない冬風たちに草抜きを手伝わせました。教師としてあるまじき行為をして申し訳ございません。ごめんなさい」


 朝市先生が地面に正座をして、謝罪の言葉を小夜先生に述べさせられる。


「冬風君、霜雪さん、この馬鹿のせいでごめんね」


「いえ……」


 なんともいえない状況に俺と霜雪はいつまでも正座を続ける朝市先生を置いて生徒会室に戻った。




「ということもあった」


「えー! 朝市先生、最低! 冬風さん、ただ先生の罰ゲームに付き合わされただけじゃないですか!」


 生徒会室の応接室、俺は後任の目安箱委員長となった二年生の松葉佳乃に経験を話していた。


「油断するとすぐに雑用を押し付けてくるからな。そしてそんな朝市先生よりもたちが悪いのが、引退したくせに会長席に我が物顔で座っているあの秋城だ。あいつはその事情をどこからか知っていたのに、俺と霜雪を草抜きに送り出して、生徒会室で爆笑していたらしい」


 俺が春雨を追いやって会長席を占拠してる秋城の方を見ると、秋城は呑気に手を振ってきた。俺が引継ぎのために生徒会室に来ることになり、ついでなので秋城も春雨や月見、他のメンバーの相談に乗っている。


「まぁ、何個か話した通り、目安箱委員長なんて雑用係とでも思って、気負わなくていい。立派なことなんてできないさ」


「けど冬風先輩は学校で有名になるくらい目安箱委員長として活躍していましたよね?」


「大半は雑用係としてな。残りは……自分なりに相談者に応えようとしただけだ」


「失礼しますー! 陸上部のグラウンド使用についての書類を持ってきましたー!」


 生徒会室に入ってきたのは陸上部の龍井と虎岡だった。二人は現在、女子陸上部の部長と副部長をしている。


「あれ! 冬風先輩! どうしてここに!」


「引継ぎのためにな」


「なるほど! 来週末、記録会があるんですどどうですか⁉ 戦国先輩も大和先輩も来てくれるらしいですけど!」


「来週末か。たぶん行けるよ」


「やったー! みんなに言っておきますね! あ、あと先生が冬風先輩が引退して頼みごとができなくなったと言って嘆いてました!」


「そうか。今度からは松葉に頼んでくれと伝えておいてくれ」


「了解です!」


 龍井と虎岡は生徒会室での用事を済ませ、また部活に戻っていった。


「後輩とも仲が良いんですね」


「あの二人とは目安箱委員長の仕事で関わったことがあったんだ」


「それでも良い関係も維持するなんて凄いです」


「俺は恵まれているよ。目安箱委員長としてしたこと全てが上手くいったとは思わないが、自分なりにはやり切った。自分ができること以上のことはできないのは人として当然のことだ。俺も松葉も変わらない。……少し外に行くか。秋城がいつまでもニヤニヤこっちを見ていて気持ち悪い」


 俺と松葉は生徒会室を出て、取り敢えず自販機に向かった。


「目安箱委員長になってからまだ時間はそんなに経っていない。それなのに焦るのは水瀬海斗と比較してるのか」


「……⁉ どうしてそれを……」


「春雨と月見から少しだけ聞いている。水瀬は松葉が生徒会に誘ったんだったな。それにも関わらず仕事をそつなくこなす水瀬に比べて、自分は目安箱委員長としてどうすればいいのか分からない」


 松葉が少し俯く。勝手が分からない以上、自分だけで解決するのは困難だろう。


「考え過ぎだ。って言うのは簡単だな。だから敢えて俺はこの問題を解決しようとは思わない。悩めばいいさ。自分の納得がいくまで。どうして水瀬と自分を比べてしまったのか。自分は目安箱委員長としてどうすればいいのか。どうして自分はここまで悩んでいるのか。全てがきっと松葉のためになる。無理に思ったら俺に相談してくれてもいい。悩みを抱えることに関しては俺はスペシャリストで、先輩だからな。これから先、様々な相談や雑用が目安箱委員長を頼ってやってくる。答えなんてないんだ。応えようとすればそれでいい。……俺が今日、先輩として伝えたかったのはそれだけだ。生徒会室に戻ったら秋城を連れてもう帰るよ。水瀬はここでゆっくりしてから帰ればいい。ジュースは奢るよ」


 水瀬は俺から飲み物を受け取ってベンチに座った。


「冬風先輩! どうして今日は私の話を聞いたり、先輩の話をしてくれたんですか?」


「そんなの決まっているだろ。いつまでも人使いの荒い奴と友達なのと、目安箱委員長だったからだ」




「冬風先輩! ……今日はあいつの悩みを聞いてくださってありがとうございました」


 生徒会室に戻って、秋城を回収し、帰宅しようとしていると廊下で水瀬に話しかけられた。


「今日は水瀬からの相談に応えたかったから来たが、俺が解決するような問題じゃなかった。そもそも問題なんて今はなくて、これから出てくる。その時は俺じゃない、水瀬が力になってやってくれ」


「……はい。分かっています!」


 水瀬が頭を下げて生徒会室に戻っていった。


「秋城、今日は付き合わせてすまなかったな。俺一人が今の生徒会に行くなんて怪しまれるから」


「いいさ。元々は僕が咲良から聞いた相談だし、僕も誠に力になってあげて欲しかったからね。流石、僕の目安箱委員長だ」


「具体的な相談じゃないから具体的な答えを出してやれなかったがな」


「誠が言った通り、ただ一つの正しい答えなんてないし、問題がそこに存在するのかどうかも分からないことが多い。だから目安箱委員長がいるとも言える」


「よく分からないな」


「それでいい。悩めばいいのさ」


「お前に言われると腹が立つな」


「ははは。その感情も懐かしいだろう」


 秋城を無視してふと窓から校舎裏を見ると朝市先生が一人で草抜きをしているのが見えた。


「……また余計なことを言って、自分で罰ゲームをくらったな。懲りない人だ」


「本当だね。松葉さんが騙されて協力させられていなくて良かったよ」


「今の会長はお前と違って優しいからな」


 俺はそうは言いながらも、結局は雑用を回されて、いつかの俺と同じように怒る松葉を想像して、少し笑った。

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