番外編 聖夜に重なる想いはきっと
「まこちゃん! メリークリスマスイブ!」
「クリスマスイブでさえクリスマスの前日ってだけなのに、さらにメリーを付けるとわけが分からなくなるだろ」
「細かいことはいいの! ほら、行こう!」
駅で夏野と待ち合わせて、そのまま一緒に学校に向かう。
今日はクリスマスイブ。去年も参加した家庭科部主催のクリスマスケーキ作り会に参加するためだ。
「うう……。今年の冬って寒すぎない?」
「そうだな。手袋はどうした? この前まで持ってただろ?」
「昨日、間違えて洗濯機に入れちゃって。今日の朝、気付いたら他の服と一緒に洗濯されてすっごく縮んでたのー。夏野奏、一生の不覚。新しいの買わないとなー」
「じゃあ明日、イルミネーションを見るついでにその買い物もしよう」
「いいの?」
「駄目なわけないだろ。イルミネーションも楽しみだが、それだけっていうのももったいないしな。せっかくのクリスマスだ。ほら、取り敢えず今日は俺のを使っとけ」
俺は去年のクリスマスに夏野からもらった手袋を脱いで渡す。
「うーん、それはまこちゃんの手が冷たくなっちゃう。あ! 左手の手袋だけ貸して!」
夏野の言う通り左の手袋だけ渡す。
「それでー、まこちゃんは右手だけ手袋して?」
「片方ずつって変な感じがしないか? 夏野が両方使っていいぞ」
「いいからー」
俺は右手だけ手袋を付け直す。そして夏野が手袋をつけていない右手で俺の左手を握り、俺のコートのポケットに入れた。
「えへー、これなら二人とも暖かいでしょ? ほら、もっとギューッと握って暖めてよ」
夏野が手を握る力を強める。
「……時々、夏野は可愛いよな」
「時々⁉ それは酷いよー!」
「特にって意味だ。言葉に出してないだけでいつも思ってる」
「そ、それはそれで照れちゃうな……」
「全く、難しいな」
夏野が肩を寄せて、俺に体重をかけてくる。
「歩きづらいだろ」
「いいの。これくらいの距離が一番……」
外は考えられないくらい寒いのに、心からはポカポカという効果音が聞こえてきそうだ。
俺は普段よりもゆっくりなペースで歩く。夏野と普段いる時よりもゆっくりと。満更でもないこの時間を少しでも長く過ごせるように。
「あ」
「あ」
学校に到着して、調理室に向かう前に暖かい飲み物を飲もうと自販機に向かっていると秋城と春雨に出くわした。
「わ、おはようございます」
「咲良ちゃん、政宗君、おはよー」
ごく普通に挨拶を交わすがやけに秋城がニヤニヤして、春雨は俯いてる。
「……咲良、直視したらいけないよ。熱々過ぎて目が解けちゃうから」
「あ、あの誠さん、奏さん……」
何だと思って、自分たちを見直してみると、学校の中だっていうのにまだ手を繋いだままだった。
俺も夏野も同時にそのことに気付いて慌てて手を離す。
「……秋城、他言は無用だぞ」
「しないさ。真実や戦国さんに言ったら誠が問い詰められる前に、僕の命が危ない。ただ参考にさせてもらうよ。咲良、今度やってみようか」
「ま、政宗さん!」
春雨が咎めるが秋城はいつも通りニヤニヤと笑う。
「まあ、からかうのはこれくらいにして、本来の目的を果たそうか」
秋城と春雨が自販機でホットコーヒーを買ってベンチに座る。
「俺たちも買うか」
「そうだね」
俺もコーヒー、夏野はおしるこを買って、同じようにベンチに座る。
「誠、去年に引き続き今年も家に招いてくれてありがとう」
「改まって何だよ。俺も楽しみなんだ。むしろ来てくれてありがとう」
「みんなと過ごせる機会をそうそう逃したりはしないさ。咲良とは明日二人きりでイルミネーションを観に行くしね」
「秋城たちもか。現地で鉢合わせないことを祈る」
秋城が何とも言えない微笑みをこちらに向けてくる。
「まこちゃん、このおしるこ凄く美味しい! 飲んでみて」
夏野からおしるこの缶を受け取り、ありがたく一口もらう。
「美味しいな。ありがとう」
「だよねー。なんか安心する味!」
気付くとまたまたまた秋城がこちらを向いてニヤニヤしていた。
「何だよ」
「いや、誠もすっかり彼氏だなと思っただけさ。関節キスをからかうなんて小学生っぽいが、やはり誠だと面白くてね」
「俺が何やってもお前は笑ってくれそうだな。春雨、秋城に何か言ってくれよ」
「すみません。政宗さんのこういう所だけは私にもどうにもできないんです。他は何でも私の言うことを聞いてもらえるんですけどね」
春雨が無邪気に笑う。やっぱり秋城と付き合うようになってから、いや、会長選挙から春雨は変わったな。
「政宗君をお尻に敷けるのは咲良ちゃんしかいないねー」
「どんなカップルも女性が強いものさ。誠も奏の言うことには逆らえないだろ。そういうことだ。そしてその最たる例が空と大地だね」
「あら、私が大地を尻に敷いてるっていうの?」
「星宮⁉」
急に星宮が後ろから話しかけてきたので秋城以外の三人が飲み物をこぼしそうになった。
「違うのかい?」
「いいえ、その通り。まぁ政宗も誠君も彼女の言うことは素直に聞いておいた方がいいわよ。修羅場になりたくなかったらね」
「俺と夏野の修羅場? 想像できないな」
「はは。誠がそう言ったらおしまいだ」
「誠―! みんなー!」
少し先から戦国と霜雪がこちらに向かってくる。相変わらず朝から元気な奴だ。
「ほら、修羅場の始まりだ。じゃあそろそろ調理室に行こうか。空、大地はどうしたんだい?」
「寝坊で遅刻よ。後でこってり絞ってやるわ」
秋城が俺の方を向いて肩をすくめた。彼女を怒らせるなというメッセージだろう。
月見以外の生徒会メンバープラス戦国で一緒に調理室に向かった。
遅刻してきた月見も合流し、クリスマスケーキ作りは順調に進んだ。そしてイベントが終わり、朝市先生や小夜先生に挨拶を済ませた後、俺たちは再び自販機の周りに集まっていた。
「戦国、本当に来なくていいのか?」
「うん。私は陸上部で集まるから、誠は生徒会のみんなと楽しんで!」
「ああ。じゃあまた初詣でな」
「うん! 良いお年を!」
戦国が一足先に帰り、生徒会だけになる。
「じゃあ僕と咲良は一度帰ってまた来るよ」
「あ! クリスマスプレゼント忘れた! すみません、俺も一度家に帰ります」
「しょうがないわね。私も一緒に帰るわ」
「じゃあ私たちだけで先に冬風君の家にお邪魔させてもらおうかしら」
「誠、必要な物があったら道中で買っていくが何かあるかい?」
「いや、もうみんなで集めた予算で買い物は済ませておいたよ。じゃあ先に行ってる。もう俺の家は案内がなくても来れるよな」
「大丈夫だ。ありがとう」
秋城たちと別れて、夏野、霜雪と一緒に帰路に着く。
「なんだかこんなに楽しくていいのかなーって思わない?」
「せっかく楽しいのにそんなこと感じる必要はないだろ。まぁ、もう受験が終わってるのが大きいな。俺たちは四月からも全員同じ大学に行くことになった」
「みんなで必死に面接対策をしたものね。心配はなかったわ。それにたとえ推薦ではなくても私たちならきっと四季大学に受かった。夏野さん、私たちの力で勝ち取った時間よ。精一杯楽しまないと」
「うん! そうだね!」
家に到着した後、ゆっくりと秋城たちを待つ。美玖も夕食には帰ってくると言っていたので同じくらいのタイミングで到着するだろう。
まこちゃんの家で政宗君たちを待つ間、まこちゃんが席を外して真実ちゃんと二人きりになったタイミングで、真実ちゃんがあたしに向かって座りなおした。その目は真剣だ。
「夏野さん、この季節になって私は去年のことを何回も思い出す。去年のクリスマスのことを……」
あたしも同じだ。どうしてもその記憶が蘇り、あたしの心をモヤモヤさせる。
「ごめんなさい。私の行動が無神経に夏野さんを傷付けていたのに、私は気付けていなかった」
「ち、違う! あたしが悪いの。真実ちゃんに嫉妬して、その優しさを、手を振り払ってしまった」
今でもあの時のことは後悔している。真実ちゃんは自分があたしを傷付けたというがそうじゃない。あたしが真実ちゃんを傷付けたんだ。
「……あの時の私は、自分は夏野さんにとって邪魔者だと思っていた。だからこそ私は冬風君から離れるべきだと」
「……あたしもだよ。バレンタインの時、真実ちゃんに偉そうなことを言っておいて、あたしは嘘をついていた」
「けど私が思っていたことも、夏野さんが思っていたことも全て間違いだった。私たちの恋愛において邪魔者なんていなかった。そこにいたのは親友で、かけがえのない大切な存在。……だから、今日言おうと思っていたの。夏野さん、ごめんなさい。一年も経ってしまったし、あれが喧嘩だったのかどうか分からない。けど……けど、私と仲直りしてくれる? この手を握ってくれる?」
真実ちゃんはいつも私に手を差し伸べてくれる。これまでも、今も絶対にだ。
「真実ちゃん……。あたしこそごめんなさいっ……。真実ちゃんと仲直りしたい……! もうその手を振り払ったりしないからあたしと仲直りしてっ……!」
真実ちゃんの手を握るとそのままの勢いで抱きしめられた。あたしも真実ちゃんを抱きしめ返す。温かい。本当に……温かい。
「冬風君が絡むと私たちは本当に面倒くさくなるわね。一年も喧嘩したままだったなんて」
「本当にそうだよ。けどまこちゃんがいたからこそ、あたしは本当の自分になれた。本当の真実ちゃんに出会えた」
「夏野さん、大好きよ」
「真実ちゃん、あたしも真実ちゃんが大好きっ……」
涙は零れなかった。だって悲しいことじゃないから。だって嬉しくても当たり前のことだから。これがあたしと真実ちゃん。誰よりも大嫌いになった存在。そして、誰よりも大好きな存在だ。
これで解決か。クリスマスと聞いて夏野の様子が少しおかしかったのは気付いていた。そして霜雪から事情を聞き、秋城たちに協力してもらって、本音で話せる場所を作った。
依頼人、霜雪真実。ほとんど俺の責任とはいえ、身近な人の悩みを解決できてよかった。いつも通り何かをしたというわけではないが、久しぶりに目安箱委員長だったな。
今日はクリスマスイブ。恋人だけに限らない大切な人と過ごすにはぴったりの日だ。
「もー、どいつもこいつもラブラブラブラブ! やってられない!」
「……午刻先生、どうしてもう紅葉先輩が仕上がってるんですか?」
「夜まで待てないって言われたからさっき一軒だけ行ってきたの。そうしたらすごいペースで飲んじゃってね」
クリスマスイブの夜、俺と涼香、午刻先生、紅葉先輩はよく使う居酒屋に集まっていた。
「紅葉先輩、世間はクリスマスですよ。カップルを僻んでもむなしくなるだけです」
「カップルがそれを言う権利はない! 政宗は冬風君のお家でクリスマスパーティーをした後、今日は咲良ちゃんの家に泊まるっていうし、どうせあの生徒会のカップルもイチャイチャしてるんでしょー⁉ どーして高校生に彼氏彼女がいるのにあたしにはいないのー!」
「秋城さんが自分に釣り合う男がいないと言って全然積極的にならないからじゃない」
「だってー、ただ付き合うだけなら誰かはいるだろうけど、あたしは輝彦君や涼香ちゃんのようなカップルになりたいんです! どんな時でもお互いを信じて、何もかも分かり合ってるような素敵なカップルー」
紅葉先輩は酔っているから恥ずかしくないだろうが、当事者としてこんなことを言われると何とも言えない。
「どうせ今日も明日も二人でイチャイチャするんでしょ? せめて今日だけはあたしもかまってよー!」
「はいはい。紅葉先輩が満足するまで付き合いますよ」
涼香が紅葉先輩にお酒を注いで、自分も飲む。
今日はクリスマスイブ。気の置けない先輩、いつまでも見守ってくれる恩師、そして誰よりも大切な人と飲むにはぴったりの日だ。
クリスマス当日、イルミネーション広場。
「空、来年も俺と一緒に来てくれる?」
「……当り前じゃない。来年も、その次の年も一緒にいてあげるわよ。少しは成長したといってもまだまだ大地には私が必要。ずっと見守って、背中を押してあげる」
「綺麗ですね」
「ああ、綺麗だね」
「……政宗さん。私、幸せです」
「その幸せをこの先ずっと守ると誓うよ。僕は咲良のためだったら何でもできる。たとえ世界中が敵になっても咲良と一緒にいるよ」
「政宗さんなら世界中を敵に回す前に懐柔してますよ」
「だな。けど僕の隣にいるのは、僕が一番想うのは……咲良だけだ」
「戦国さん、誘ってくれてありがとう」
「隣にいるのが誠じゃなくてごめんね」
「……そんなこと言わないで。戦国さんと過ごす時間もかけがえのない時間。私たちは嫌になるほど気が合うから」
「はは、そうだね。嫌になるほど……けど嫌じゃない」
「きっと冬風君と夏野さんも同じ景色を見ているわ。その隣にいれなくて悔しい」
「……私も」
「……けど来年はきっと私が冬風君の隣にいる。戦国さん、私の想いももう止まらない」
「それは私の台詞だよ。きっと私が追いついてみせる。真実ちゃんにも奏ちゃんにも追いつかれない速さで誠を先に連れて行く」
「ライバルがいるって素敵ね」
「うん。二人がいるからこそ、私は走り続けられる。私も真実ちゃんと奏ちゃんにとってそうであることを祈る!」
「答えは明白よ。私も夏野さんも走り続けてる。一人の大切な、大好きな人に追いついて、隣を歩むために」
「まこちゃん、昨日のあたしと真実ちゃんの話、聞いてたでしょ?」
「……気付いてたのか?」
「だってトイレにしては長かったし、帰ってくるタイミングが完璧だったもん」
「お腹を壊してたんだよ。何を話してたかなんて知らない」
「あ! 嘘つきー! ……ありがとね。心のモヤモヤが晴れた。真実ちゃんともっと仲良くなれた」
「……別に。俺がやりたいことをやっただけだ」
夏野が今日買ったばかりの手袋を外して、俺の手を握る。
「まこちゃん、大好き!」
今日はどれだけこんな言葉が世界に溢れるのだろう。ただ夏野の言葉だけは俺だけのものだ。
「夏野、俺も大好きだ。これからもずっと二人で……」
光り輝くイルミネーションが俺たちの世界を鮮やかにする。
これまでの出会い、これからの出会い、これまでの時間、これからの時間、そして今という瞬間、全てが奇跡だ。
今日に限っては聖夜の奇跡だな。
俺と夏野はお互いの体温を感じながら、また少し距離を縮めた。
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