番外編 四季の嘘

 四季祭から一か月が経つか経たないかのある日、前生徒会のメンバーは春雨の呼びかけで昼食を生徒会室で食べていた。


「咲良、僕たちを呼んだってことは何か用事があるのだろう? 何があったんだい?」


 秋城が弁当を食べながら春雨に話しかける。現役の時、秋城はいつも会長席に座っていたので、俺たちと同じテーブルを使っているのは何か新鮮だ。


「はい。皆さんにお願いがあるんですけど、約三週間後の昼休みに吹奏楽部のランチタイムコンサートがありますよね?」


「三か月に一回くらいのペースでやってるやつだね!」


 夏野が反応する。


「そうです。それで、今回は軽音部とかも参加して色々演奏したり歌ったりするらしいんですが、私たち生徒会も何かやってくれと頼まれて……」


「何かやってくれ? もっと生徒に注目してもらうために生徒会に頼んできたんだろうが、随分雑な依頼だな」


「去年の四季祭のバンドがかなり印象に残っているらしいです。それで今の生徒会の人に楽器を演奏できる人がいないか聞いてはみたんですけど……」


「咲良ちゃん以外、誰もいなかったってわけね。大地は不器用で音痴だしねー」


「音痴なのはしょうがないだろ! ……それで、申し訳ないんですけど、先輩方に参加してもらえないかとお呼びしたわけです」


 そういうことか。それなら秋城と星宮が適任だな。


「いいね。楽しそうだ。ドラムは僕、ギターは空、キーボードは咲良ができるとして、ベースはどうしようか? 誠、奏、真実は何か演奏できるかい?」


「あたし、楽器は全然無理―。歌を歌うのは好きなんだけどね」


「ベースなら少しだけできるわ」


「俺は何もできない」


 今回は全く力になれそうにないな。


「よし、なら決まりだ。僕と咲良、空に加えて、真実がベース、奏がボーカルだ」


「え⁉ なんであたし⁉」


「せっかくの機会だ。奏がリードボーカルでみんなを引っ張って、僕以外の女性陣が歌えばいい。どの曲を歌うのかとかは決まっているのかい?」


「いえ、まだです」


「なら今回も紅葉姉さんが学生時代に作った曲を使おう」


「学生時代に曲を作ったってどういうことだよ……」


「誠さん、政宗さんや紅葉お姉ちゃんに常識なんてないですよ。できないことでさえやり遂げるのだから、できることなんて言うまでもなしです」


 春雨の言葉に秋城が笑う。春雨も会長選挙の時からかなり変わったな。俺としては秋城が二人いるようで少し不気味だが。


「どうせお前らは今日から練習を始めるんだろ。春雨が抜ける分は俺が生徒会に手伝いに行くよ。何か雑用がある時は言ってくれればなんとかする」


「あら、誠君。気が利くわね」


 星宮がからかうように笑う。


「自分だけ何もしないってのは嫌だからな」


「誠先輩―! 俺も何もしないのに一人だけかっこいいことしないでくださいよー!」


 そんなこんなでバンド練習が始まった。




 その週の土曜日。夏野が俺の家に遊びに来ていた。


「えー! 生徒会の皆さんでバンドするんですかー!」


 話の流れでバンドの話題になり、美玖が盛り上がる。


「そうだよー。一曲だけだけどねー」


「まこ兄! 絶対にビデオ撮ってきて! それかその日だけ美玖、四季高校に行く!」


「無茶言うなよ」


「美玖ちゃん、放送部の人がその日のビデオを撮ってくれるはずだから、そのデータを貰って、美玖ちゃんにあげるよ!」


「やったー!」


 そう言って、安心した美玖は勉強のために自分の部屋に上がっていった。


「それで練習はどんな感じなんだ? 同じ階の教室で練習してるっていっても、様子は全然分からないからな」


「かなりいい感じだよー。政宗君と空ちゃんは言わずもがなすぐにできちゃうタイプだし、真実ちゃんも咲良ちゃんもすっごく練習してるからね」


「夏野の歌は?」


「絶賛、カラオケでも練習中!」


「学校でも練習してるのに、カラオケにも行ってるのか。……誘ってくれれば一緒に行く」


「だーめ。まこちゃんには本番まで聞かせてあげません!」


「なんでだ?」


「今回歌う歌、すっごくいい歌なの。だからまこちゃんには最高の、一番の歌を届けたい。だから我慢してくれる?」


「子どもみたいに言うなよ。……楽しみにしてる」


「えへー、いい子いい子―」


「おい! 頭を撫でるな!」


「逃がしません! 今週は練習ばっかりで疲れたし、まこちゃんと一緒に帰れてないから充電が必要なの。今日はあたしのわがままをたくさん聞いてもらうんだから!」


「今日はって、いつもの間違いだろ」


「まこちゃんはいつもあたしのわがまま聞いてくれるもんねー?」


 夏野が俺の正面に跨って見つめてくる。今日はいつにも増してブレーキが効いてないな。夏野なりに頑張って、疲れている証拠だろう。


「……分かったよ。自由にしろ」


「やったー!」




 ここまで予想通りなんてな。あれから三十分ほどしたら夏野は電池が切れたようにすやすやうたた寝を始めた。相変わらず幸せそうな顔で寝てるな。


 テーブルにうつ伏せに寝ている夏野を起こさないようにソファーに寝かせ、部屋から持ってきた毛布を掛ける。


「……あと二週間後か。待ちきれないな」


 俺が夏野が寝ているソファーにすがって呟くと、夏野の手が俺の背中に触れた。


「久しぶりに生徒会の仕事ができたし、俺と月見はバンドには参加しないが、またこのメンバーで何かできるなんてな」


 夏野の方を向いて、触れてきた左手に俺の左手を重ねると、無意識にそっと指が絡められた。


「どうせ起こしたらお前は俺のことをお母さんとか言うんだろうな……」


 夏野の寝顔を見てると、俺まで眠たくなってきてしまった。少しくらいなら大丈夫か。どうせ夏野は爆睡してるから俺より先に起きるなんてことはないはずだ。


 俺は夏野の体に少しだけ寄りかかるようにして目を閉じた。




 喉乾いたなー。一階では奏さんとまこ兄がイチャイチャしてるはずだから顔を出すタイミングはしっかり見極めないと。そう思って、部屋を出た後、階段で待機していたが全く声が聞こえてこなかったのでリビングまで行った。


「なんだ、二人して寝てるんだね」


 奏さんがソファーですやすや寝ていて、まこ兄が奏さんに少しだけ触れるようにして同じソファーにうつ伏せに寝ている。そしてお互いに手を握っている。


「去年もこんな光景を見たような……」


 思い出した。去年の夏休み明け、まこ兄が風邪を引いた時だ。その時はベッドに寝ていたのがまこ兄だったが、今と構図は同じだ。


「あの時から二人はお似合いだったね。……まこ兄が美玖以外にこんなに隙を見せるなんて、少し嫉妬しちゃうなー」


 寝ているまこ兄に何か悪戯をしてやろうかと思ったが、幸せそうに寝ていたので自制した。


 最近、まこ兄は生徒会を手伝っているらしく、少し帰りが遅いし、家に帰った後は美玖の勉強をずっと見てくれている。まこ兄に甘えてばっかりで疲れさせちゃってたかな。


「まこ兄、いつもありがとね。今はゆっくり休んで……」


 照れくさくてなかなか直接言えないけど、心ではずっと思ってるよ。


 変に動いて物音を立てないように美玖は自分の部屋に戻った。




「まこちゃん、起きて……」


 夏野の声で目が覚める。この体の感じだとかなり寝てしまったな。今は何時だ?


 というか体が横になってる。ソファーにうつ伏せに寝たはずなのになんでだ?


「……⁉」」


 視界がはっきりしてくると状況が掴めた。美玖もいるな。まんまと嵌められた。


「えへー、まこちゃんはあたしの膝枕で寝てましたー。ちなみに写真もちゃんと撮ってあるよ!」


「いやー、まこ兄。すやすやだったねー」


 ここで反抗すると夏野と美玖の思い通りだ。


「……もう夕飯を作り始めなきゃな。夏野、今日は泊まっていくか?」


「え⁉ いいの⁉」


「結局、寝てるだけだったからな。泊まるなら親御さんに連絡しとけ」


「うん!」


 夏野の両親とはもう何回も会っている。夏野そっくりでなかなか激しく、優しい人たちだ。


「まこちゃん、美玖ちゃん、今日はお世話になります!」


「やったー!」


 その後は三人で一緒にスーパーに行って、夕飯の材料を買った。







 夏野が家に泊まってから約二週間後、ランチタイムコンサート本番になった。


 前日に校舎横の広場にステージが作られ、吹奏楽部、軽音部、生徒会の順で演奏だ。


「冬風はなんで一緒に出ないの?」


 広場に生徒がぞろぞろと集まる中で、大和が話しかけてきた。


「俺はどの楽器もやったことがなかったからな。歌も上手くないし」


「なるほどね。けど六花よりかは上手いだろうから大丈夫よ」


「ちょっと蘭! 誠に言わないでよー!」


「そうだったのか。今度みんなでカラオケに行ってみるか」


「誠が行くなら行くけど絶対に歌わない!」


 戦国が頬を膨らませる。


「誰も音痴とは言ってないじゃない。愛嬌のある歌い方よ」


「それはディスってないけど絶対に褒めてもないー!」


 戦国たちと話しているうちに広場の周りは生徒でいっぱいになり、吹奏楽部の演奏が始まった。


 そういえば、俺が目安箱委員長だった時に、吹奏楽部を続けようか辞めようか迷っているって相談をしてきた奴がいたな。今では立派に部長として部員を引っ張っている。影宮先輩の件など、悩むことが多かった目安箱委員長だが、相談者の楽しそうな顔を見ると安心する。


 吹奏楽部の圧倒されるような演奏と軽音部のキャッチ―な演奏に生徒の盛り上がりが最高潮に達する。俺は何もしないが、緊張しているであろう夏野の顔を見ると鼓動が速くなる。


 夏野、秋城、星宮、霜雪、春雨がステージに上がり、演奏の準備を終える。そして群衆に紛れて向こうからはこっちは誰が誰だか分からないはずだが、夏野と目が合った気がした。


 夏野がその瞬間に微笑んで曲が始まる。





「窓から見える桜の吹雪 みんなの教室 だけど一人


 分かっていたんだ きっとこれは嘘だって


 鏡に映る僕の笑顔 輝いてるよね 得意だから


 いつだって陰で ずっと練習してたの




 さよならって言ってよ 君に出会ったから 真夏の朝に雪がふる




 君のためだけに 想いを咲かせるよ


 きっと それは解けてしまうから


 見つめて 忘れないように 刻んで


 僕のためだけに 仮面を諦めて

 

 だって 隠しちゃ分からないでしょ


 背伸びの 向日葵は 必死なのに




 嘘か誠か真実か


 教えて本当の気持ち 大嫌い




 窓から見える紅葉の吹雪 二人の教室 だけど一人


 分かっちゃったんだ きっと真実なんだって


 瞳に映る君の笑顔 おかしくないかな 期待なんて


 いつだって傍に いてくれたのは君だけ



 一緒だよって言ってよ 君に出会ったから 真冬の夜に汗をかく




 君のためだけに 季節を巡らせる


 きっと 鮮やかに廻ってくよ


 見つめて 忘れないように 重ねて


 僕のためだけに 周りを見てみて


 だって もう白黒じゃないから


 強がりな 六花は 必死だから




 噓か誠か真実か


 教えて 本当の気持ち




 咲いて 焦がれて 散って 積もって


 変わらない 明日を


 暮れて 明けて 吹いて 輝く


 変わりゆく 季節の中で




 君のためだけに 想いを咲かせるよ


 きっと それは解けてしまうから




 君のためだけに 季節を巡らせる


 きっと 鮮やかに廻ってくよ


 見つめて 忘れないように 重ねて


 僕のためだけに 周りを見てみて


 だって もう白黒じゃないから


 強がりな 六花は 必死だから




 咲いて 焦がれて 散って 積もって


 変わらない 明日を


 暮れて 明けて 吹いて 輝く


 変わりゆく 季節の中で




 教えて本当の気持ち 大好き」




 演奏が終わり、生徒の拍手で溢れる。


 紅葉さん、やけに俺の心をぶっ差してくる曲を学生時代に作ったな。何かきっかけがあったのか?




「おいおい、あの曲って確か……」


「ええ、紅葉さんが私と輝彦を参考にして作ったって言ってた曲だわ。冬風君や輝彦には耳が痛いかもね」


「だな。また色々と思い出しちまったよ」




「まこちゃん! どうだった⁉」


 片付けを済ませた後、夏野が俺の方に走ってやってきた。


「よく歌えてたよ。お疲れ」


「えへー、頑張った甲斐があったよ!」


「皆さん、本当にありがとうございました」


 他のメンバーも揃って、春雨が感謝の言葉を言う。つかの間の生徒会の手伝いだったが、楽しかったな。


「また今度みんなで何かできたらいいね」


「そうね、なかなか楽しめたわ。吹奏楽部の人にも感謝しないと……」


 広場に出ていた生徒が教室に戻っていく中で、俺たちも歩き始める。


「霜雪の歌もなかなかだったぞ」


「あんなに大勢の前で歌うなんて緊張したわ。けど夏野さんが引っ張ってくれた。それに私たち以上に夏野さんは今回のバンドに必死だったわ。しっかり労ってあげてね」


「ああ、分かってるよ」


 なんでもないような学校生活の一ページ。


 この学校で、このメンバーと過ごす時間は刻一刻と減っていくが、焦りはない。


 ただ目の前のことを見つめて、向かい合って、したいこととできることをしていくだけだ。

 

 これまでも、これからもずっとそれだけだ。

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