番外編 風に想いを、きっと運命は

「材料は買ってきたか?」


「うん。こんな感じで足りるかな?」


「大丈夫だろ。俺も色々と買ってきてるから足りなかったら一緒に使えばいい。じゃあ始めるか」


「だね。……誠、一つ聞いてもいい?」


「なんだ?」


「明日はバレンタインだよね」


「ああ。だから俺の家で一緒にチョコを作るんだろ」


「私が一番チョコを渡したいのは誠ってことも分かってる?」


「……まぁ、自信たっぷりに言えないがな」


「ならなんで私と誠が一緒にチョコを作るのー! これっておかしくない⁉」


 バレンタイン前日の日曜日、私は誠に誘われて一緒にチョコ作りをすることになり、誠の家にお邪魔していた。ちなみに奏ちゃんと真実さんは自分の家でチョコを作るらしいので不参加だ。


「細かいことは気にするな。戦国が去年みたいな混沌としたチョコを作らないようにするのが目的だ。俺と一緒に作ったら少なくともやばい物はできないから安心して明日を迎えられるな」


「あー、暴言。真実ちゃんに言いつけまーす」


「戦国さん、真実なら仕方ないわ。って言うさ」


「真実ちゃんは私の味方だもん!」


 私の言葉に笑いながら誠はチョコ作りの準備を始めた。


「そういえば美玖ちゃんは?」


「丁度友達から電話がかかってきたらしいから部屋にいる。もう少ししたら降りてくるだろ。ただ美玖はもう推薦入試で受験は終わったが、他のクラスメイトはまだ受験中だから今年はバレンタインはなしって言ってたな。戦国や夏野たちにあげて終わりだろ。まぁ、そのチョコのほとんどは俺が作るんだけどな」


「優しいお兄ちゃんだね」


「都合が良いって言うんだよ」


「嬉しいくせにー」


 また誠が微笑む。出会った時よりも誠はより優しく柔らかくなったが、奏ちゃんと付き合い始めてから更に誠は優しく、よく笑うようになっていた。誠と奏ちゃんは本当にお似合いだ。だからといって、諦めたりなんてしないけどね。


「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」


 無意識に誠を見つめてしまっていたようだ。


「ううん! それより何味がいいかなー。色んなフレーバーを混ぜられるようにたくさん買ってきたよ」


「混ぜようとするなよ。こういうのはシンプルじゃなきゃ駄目だ」


 その後は美玖ちゃんも合流して三人でバレンタイン用のチョコをたくさん作った。




 冷蔵庫でチョコレートを冷やし、それを待つ間に誠がお茶を淹れてくれたので、ご馳走になる。


「誠、今日はありがとね。誠のおかげで今年は美味しいチョコをみんなに、それに誠に渡せるよ」


「ああ。ただラッピングは自分の気に入った奴があるだろうから任せるぞ」


「うん、ありがとう」


 暖房が効いた部屋で暖かい紅茶を誠と飲む。穏やかで優しい時間だ。


「……誠って本当に罪な男の子だね。彼女がいるのに自分のことを好きな女の子を家に呼んじゃうなんて……」


 しまった。こんなことを言っちゃ駄目だ。せっかく四季祭以降、ありのままに誠と接していたのに……。


 美玖ちゃんが静かにその場から立ち上がって、自分の部屋に戻っていった。誠と一緒ですごく人の感情に敏感な子だ。気を遣わせちゃったな。後で謝らないと。


「……そうだな。傷付けたなら謝る。すまない」


 違う。そうじゃない。そうじゃないの。


 そう言いたかったのに、上手く言葉が出ない。


「……けど必要だと思ったんだ。去年、俺が入院している時に戦国が大和と一緒に来ただろ? その時に今度一緒にチョコを作ろうって言ったっきり、夏野たちと一緒に色々作ったりはしたが、なんだかんだで戦国と二人ではやってなかったからな。一年越しですまない」


 誠は必ず約束を守ってくれる。本当に律儀で、罪作りだよ。けど私はそんな誠が……。


「ううん、謝らないで。私こそいきなり拗れたこと言ってごめん。今日はすっごく楽しかったよ。誠が天然たらしなのは今更だもんね」


 少し悪戯っぽく笑ってみる。


「けど……本当に誠は悪いよ……。いつまでも私を本気にさせるんだから……」


 隣に座っていた誠に近づく。服と服が触れるか触れないかの距離で。今の私に許される一番近い距離で。


「戦国……。俺は今でも分からないんだ。俺たち四人の感情、気持ち、関係。だから今日のことも間違いかもしれない。ただ、向き合いたい。俺はもう誰にも嘘をつかない。誰に、何と思われてもな」


「……そんなのとっくに分かってるよ。それに私たちと誠の恋に間違いなんてない。これまでも、これからも私たちは分からないなりに一生懸命向き合って、嫉妬して、嬉しくなって、焦がれていくんだよ。だから私も、誠もそのままで。誠の自分であり続けようね」


 そうだ。自分の気持ちは隠さない。複雑なこの気持ち。だからこそ私たちは一緒にいるんだ。




 チョコが冷えて固まる頃にはもう夕方だった。誠と美玖ちゃんに夕食を一緒にどうかと誘われたが、また今度ということで、今日はすぐに家に帰る。誠と一緒に作ったチョコを綺麗にラッピングしなきゃ。







「冬風君、今日がどういう日か分かってる?」


「……バレンタインだろ。でもなんでそんなにこっちを睨んでるんだよ。俺はこれから霜雪に襲われるのか?」


 バレンタイン当日の朝、俺は霜雪に呼び出され、他の生徒が通りかかる心配のない生徒会室のある校舎五階の廊下に来ていた。


「きょ、去年、私があなたにチョコレートを渡した瞬間、車が……」


「ここならそんな心配ないだろ。飛行機が突っ込んでくるとでも思ってるのか?」


「……何があるか分からないじゃない」


「その時はさすがに去年みたいに庇えないからな。覚悟が決まったら始めてくれ」


 霜雪が少し笑って、やっと挙動不審じゃなくなった。


「……はい。あなただけのためのチョコレート。今回は母に触らせなかったわ」


「霜雪も大変だな。ありがとう。大切に食べる」


 霜雪から紙袋を受け取る。


「そういえば上手くいく男女関係の一つに、相手の胃袋を掴むということがあるって聞いたわ。そのチョコ、気に入ってくれたら言って。いくらでも食べさせてあげるわ」


「普通は料理とかでだろ……。最近、間違った知識ばっかり増えてるぞ」


「あなたを手に入れるためなら手段は選ばないもの。それにやってみないと分からないじゃない。あと、既成事実って概念も知ったわ。ここで私があなたにキスしたらどうなるでしょうね」


「修羅場はごめんだ」


「ふふ、冗談よ」


 霜雪が冗談を言うなんてな。と、口に出しそうになったが自分にも飛び火しそうなので、黙っておく。


「あ、この後に夏野さんが来るから冬風君はここにいて」


「どんなシステムだよ」


「効率的でしょ? じゃあ、私は教室に戻るわ」


「ああ、ありがとな」


「冬風君……」


「なんだ?」


 階段を降り始めていた霜雪がこちらを見上げる。


「は、ハッピーバレンタイン……」


 そう言って、霜雪は教室に戻っていった。


「……恥ずかしいなら言うなよ」


 今の霜雪の姿を写真に撮れなかったことを俺は後悔した。




「まこちゃん! ハッピーバレンタイン!」


 霜雪とは反対に夏野は躊躇いがない。


「ありがとう」


 夏野からチョコを受け取った瞬間、夏野は一気に俺に抱きついてきた。


「……人が来ないからっていったって、学校だぞ」


「あたしたちにとっては今更だよ。何回も学校でキスしたもん……」


 それを言われると言い返せないので、俺は夏野の背中に手を回して引き寄せる。


「温かいな」


「えへー、まこちゃん専用のカイロだよ。その代わり、まこちゃんもあたし専用……」


 夏野が腕の力を強めてきた。


「……まこちゃん、まこちゃんは今日いっぱいチョコを貰うと思うし、真実ちゃんや六花ちゃんからのには特別な想いが詰まってる。けどね、あたしの気持ちは誰にも負けないよ。チョコだってあたしのが絶対に一番美味しいはず」


「……そうか。楽しみだ」


「うん!」


 最後に俺も少しだけ腕の力を強めて離れた。


「……夏野、好きだ」


「……あたしもだよ。来年も楽しみにしてて」


 見つめ合ったその先に何があるはずだったのかは誰にも分からないが、少なくとも春雨と秋城があたかもずっと見ていたかのようなタイミングで五階の廊下に来なければ、もう少し彼氏彼女のバレンタインの何かがあったはずだった。




 放課後、俺は戦国に呼び出されたので、駅まで一緒に帰った。


「誠、はい。バレンタインだよ」


 戦国が鞄の中からお洒落な赤色のラッピングの袋を出して、渡してくれた。


「今年はちゃんとしわくちゃにならないように気をつけました!」


 そういえば去年は失敗してたな。


「ありがとう」


「まぁ、中身は昨日、誠と作ったチョコだけどねー」


「そんなの関係ない。これは戦国のチョコレートだ」


 少しの間、お互いに見つめ合った。


「昨日、たくさん喋ったから何て言えばいいか迷ったんだ。やっぱりバレンタインの本命チョコって特別なものだし」


「何か言わなきゃいけないってことはないだろ」


「それは誠が受け取る側だからだよー。とは言うものの、言う言葉は決めてきたの。一番私らしい言葉……」


 戦国が息を吸い込み、笑った。


「誠! 大好きだよ! 絶対に振り向かせてみせるんだから!」


 いつだって真っ直ぐだった。きっとその風は、運命だった。

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