番外編 可憐に甘え吹く冬の風

 三月も後半、あと一週間もすれば高校生活が始まるという春休みの終盤に、美玖は待ち合わせの駅で人を待っていた。今日は奏さん、真実さん、六花さんと一緒にテーマパークに遊びに行くのだ。


 楽しみ過ぎて、随分早く着いちゃったな。この待ち時間もこれから遊ぶことを考えると退屈なんかじゃない。早く真実さんたちに美玖のこの姿を見て欲しいな。


 そんなことを考えていると、あっという間に待ち合わせの時間になった。


「美玖ちゃん! おはよう!」


 声を掛けられ顔を上げると、目の前に奏さんがいて、その後ろには真実さんも六花さんもいた。三人とも四季高校の制服を着ている。


「おはようございます! 本当に制服で来てくださったんですね! 美玖、嬉しいです!」


「美玖ちゃんのためならなんてことないよー! 制服でテーマパークって憧れがあったの!」


 六花さんが楽しそうに笑い、奏さんが激しく頷く。


これから四季高校に入学する美玖は届いたばかりの制服を着ていて、卒業した奏さんたちにも制服で来てもらえないか頼んでいたのだ。


「美玖さん、制服似合ってるわ。それと、改めて合格おめでとう。一緒に学校に通うことはできないけれど、今日、一緒に制服を着られて嬉しい」


 真実さんに抱きしめられ、胸が高まる。


「あー、真実ちゃん、ずるい!」


 拗ねる奏さんに真実さんは笑みをこぼし、美玖から離れる。


「今日は存分に楽しみましょう。私たちは美玖さんが行きたい所すべてに行くつもり」


「え! いいんですか?」


「今日の主役は美玖ちゃんだよ! じゃあ早速行こう!」


 四人でテーマパークに向かう。素敵なお姉さんたちと一緒の服を着て、今日だけは先輩と後輩になれる。楽しまなきゃ損だ!




 このテーマパークには十数個のアトラクションがあるし、夜はパレードもある。美玖たちの家からそこまで遠くないので、少し遅くまでいることはできるが時間は有限だ。早速、何かアトラクションに乗りたかったが、やはりテーマパークに来たからにはそれなりの格好というものがある。


「みんなでカチューシャつけませんか?」


「いいね! あたしもそういうの憧れてたんだ!」


 飛び上がるように賛成してくれた奏さんがショップに向かい、遅れないように六花さんたちとついて行く。


「カチューシャ……。多くの人がしているけどそういう文化なのかしら?」


「うーん、普段とは違う世界を楽しみたくてテーマパークに来る人が多いから、その一環って感じかな。私もこれまで恥ずかしくてつけたことないんだよね」


 真実さんと六花さんの話し声が聞こえる。


「真実さん、六花さん、嫌なら無理しないでくださいね。美玖、お二人に迷惑をかけたくないです」


「迷惑だなんて思うはずないわ。私はこれまでこんな所に来たことがなかったからちょっと不安なだけ。美玖さん、色々教えてもらえる? それと私のカチューシャも選んでくれる?」


 真実さんがにっこりと微笑む。


「はい! 美玖に任せてください!」


「よーし、みんなで選ぼう! というか真実ちゃん、このテーマパーク、グラペンのグッズもいっぱいあるよ!」


「……なっ」


 真実さんの瞳がすごく輝く。


「……早く行きましょう。時間がもったいないわ」


 そう言って、真実さんが奏さんの後に続いてショップに入っていく。


「……真実ちゃん、どれだけグラペンが好きなの……」


「まこ兄と同じくらい?」


「だね!」


 美玖と六花さんも真実さんに続いてショップに入った。




「可愛すぎるっ……」


 ショップでカチューシャを買って、店先で四人同時につけた。奏さんも六花さんももちろん似合っていてとても可愛かったが、普段はクールな真実さんとカチューシャのギャップ、それを恥じらう真実さんの表情が美玖にとっては直視に耐えないほど神々しかった。


「……ちょっと、そんなにじっくり見ないでもらえる? 恥ずかしいわ」


「いやー、そんなに似合う真実ちゃんが悪いよー。まこちゃんにも見てもらう?」


「絶対に駄目……。笑われるに決まってるわ。冬風君、こんな風にはしゃぐタイプじゃないもの」


「けどまこ兄は二年くらい前に美玖とここに来た時、一緒にカチューシャをつけてくれましたよ。その時の写真見ますか?」


 三人が美玖に急接近して、期待の表情を投げかけてきた。本当にまこ兄は好きでいてもらえてるね。


 スマホを操作して、まこ兄のちょっと恥ずかしい写真を三人に見せる。


「か、可愛い。……まこちゃん、カメラを睨んではいるけど案外楽しそうだね」


「ええ、あの冬風君が熊のカチューシャをつけて笑ってるなんて。というか野良猫みたいね」


「なんだかすっごく見ちゃいけないものを見てる気がするよー。けど……」


「美玖ちゃん! この写真ちょうだい!」


 やっぱりこうなった。三人の勢いからするとたとえお金が発生しても払いかねないだろう。


「まこ兄には内緒ですよー」


 心の中でほんの少しだけまこ兄に謝りながら三人に写真を送る。まこ兄もこんなに喜んでもらえるなら本望だろう。




「はくしょん!」


「あら、誠、風邪かしら? それとも花粉症?」


「いや、どっちでもない。ただ誰かがとても失礼なことを考えてるような気がしてな」


「そんなことが分かるの?」


「分からないけど、こういう勘は当たる方だ」




「まこちゃんって本当に美玖ちゃんには甘々だよねー。この写真も美玖ちゃんがまこちゃんにカチューシャをつけてって頼んだんでしょ?」


「はい、そうです。最初は嫌がってたんですけど、何回か言ってみたら諦めて素直になりました!」


「美玖ちゃんは悪い子だねー。まこちゃんが美玖ちゃんには逆らえないって分かってて言ってるでしょ?」


「さぁ、どうでしょう?」


 四人で笑って、そのまま記念写真を撮る。まこ兄との写真も大切なアルバムの一ページだが、この写真もきっとそうなる。




 その後は、ひたすらにアトラクションを回ったり、撮影スポットを巡り写真を撮り続けた。そして日は暮れ、パレードが始まる。


「……綺麗だね」


「……はい」


 カラフルなイルミネーションにキャストの人たちのパフォーマンスがマッチして、非日常的な幻想空間を作り出す。


「奏さん、真実さん、六花さん。美玖、もっと一緒にいたいです……。もっとたくさんのことを教えてもらったり、お話ししたりしたいです……」


 まこ兄が生徒会に入ってから勉強を教えてもらったり、一緒に遊んだり、料理を作ったりもした。家にお父さんやお母さんがいなくて少しだけ寂しい時もあったけれど、楽しく過ごせているのはまこ兄や奏さんたちのおかげだ。


「……大丈夫。これからもずっとあたしたちは美玖ちゃんと関わり続けるよ」


「……そうよ。美玖さんもまた私たちと切れない縁で繋がってる」


「また違う季節に一緒に来よ? きっと今日とは違う楽しみがあるはず。私たちは大学行っちゃうけど、美玖ちゃんは間違いなく私たちの可愛い後輩さんだよ!」


 どれだけ大人になれば奏さんたちのような優しい笑顔ができるのだろう。これからの青春を通して美玖も色々と学んでいくのだろうか。


「はい! 美玖は嫌だって言われてもずっと一緒にいます! 妹たるものわがままを突き通します!」


「きゃー! やっぱり美玖ちゃん、可愛すぎ!」


「やっぱり本当に妹にするには冬風君と結婚するしかないわね」


「駄目! 美玖ちゃんも誠も渡さないよ!」


「まこちゃんも美玖ちゃんもあたしの!」


「夏野さん、今のところは……よ。冬風君もそのうちいただくわ」


「駄目―!」


 まこ兄、本当に不思議でかけがえのない恋愛をしたんだね。こんなに想ってくれる人がいるなんて、妹として少し嫉妬しちゃうな。




 パレードが終わったのでテーマパークを出て、電車に乗る。


「そう言えば美玖ちゃんは好きな人とかいないの? 中学の時に誰かと付き合ったりした?」


 奏さんが興味津々に聞いてくるが、あのまこ兄が恋愛をしている時に美玖は何もなかった。


「美玖はまだそういう人に出会えてないですねー。まこ兄みたいな人がいたら一発なんですけど」


「それは厳しい条件ね。冬風君ほど優しい人はなかなかいないわ」


「それに誠って難ある性格で損してるだけで、普通にイケメンだしね」


「そんなまこ兄を近くで見てるんで、まこ兄以上のイケメンで優しい人が最低条件です!」


「そんな人に出会えたら絶対に教えてね! あたしたちが美玖ちゃんを任せられるか確かめるから!」


「そんなお父さんみたいなことしなくていいですよー」


 もう少しで美玖の最寄りの駅に着いちゃうな。もっとお話ししたいが、大丈夫。これからもこの関係は変わったりしないんだ。


「……夏野さん、そろそろ渡しましょうか」


「あ! そうだね。あぶない、あぶない」


 奏さんが鞄の中から綺麗にラッピングされた小包を取り出して、美玖に渡してくれた。


「美玖ちゃん、あたしたち三人からの入学祝いだよ! 三人で美玖ちゃんに似合う文房具を色々探して詰め合わせにしてみました! 良かったら使ってね」


「奏さん、真実ちゃん、六花さん……ありがとうございます! 絶対に大切にします!」


 こんな一日があっていいのだろうか。今日は本当に素敵で忘れられない一日だ。


 本当に嬉しいのは美玖なのに、同じくらい嬉しそうにしてくれている三人に別れを告げて、美玖は電車を降りた。




 これから高校生か。まこ兄は、奏さんたちは四季高校でどんな青春を送ったのだろう。


「美玖、おかえり」


「まこ兄⁉」


 駅の改札を出るとまこ兄がいた。


「わざわざ迎えに来てくれたの?」


「ああ、もうすっかり暗くなってるしな。今日はどうだった?」


「……すっごく楽しかったよ。これから先、忘れることなんてないくらい」


「……そうか」


「あ、まこ兄がカチューシャをつけてる写真を奏さんたちに送っちゃったけどよ別によかったよね?」


「あの写真を⁉ ……もう手遅れだな。まぁ、今更あの三人に情けない姿を見られてもそこまで痛手じゃない」


「えへー、許してくれてありがとう!」


「諦めただけだ」


 春になったとはいえ、まだ少しだけ冷える夜道をまこ兄と一緒に歩く。


「……まこ兄は高校で大切な人たちに出会って、素敵な恋をしたんだね。美玖も上手くやっていけるかな?」


「大丈夫だろ。俺が無事に三年間過ごせたんだ。美玖なら心配するまでもない」


「そっか、まこ兄が大丈夫だったんなら大丈夫だね!」


「そう人に言われると何か引っかかるな」


 まこ兄の優しさに気付いてくれる人がいてくれて良かった。美玖はきっと上手くいくってずっと信じてたよ。


「まこ兄、奏さんたちと出会わせてくれてありがとう。まこ兄のおかげで、美玖、すっごく楽しい」


「それは俺のおかげじゃないさ。関わると決めたのはあいつら自身、それに美玖自身だ。今度会った時に直接言ってやれ。きっと飛び跳ねて喜ぶぞ」


 今度。突然なくなったり、フェードアウトしていく関係が多く存在するなかでその言葉が自然と出てくるのはそれほどお互いを想い、信頼しているからだ。


「……まこ兄、大好きだよ! 奏さんたちに負けないくらいにね!」


「いきなりなんだ? それに誰と比べてるんだよ。ほら、早く歩け。お袋の肉じゃがが冷めるぞ」


「はしゃぎすぎて疲れてるのー! おぶって!」


「断る。もう高校生だろ?」


「まだギリギリ中学生だもん! というか可愛い妹に対する兄の責任!」


「そんなのない」


 まこ兄の青春はまだ終わらないし、美玖の青春もこれから始まる。今日もその中の大切なひとかけらだ。


 重ねて輝く青春の中で、ただ一人の主役は自分。そして想いを撫でていき、また重ねるんだ。

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