番外編 咲いて、散って
「ま、政宗さん! ごめんなさい。大切な日に遅れてしまうなんて……」
誠さんと奏さんの水族館デートにみんなで無理やり合流した次の週の休日、私と政宗さんは今度は二人きりで遊びに行こうということになり、駅で待ち合わせをしていた。生徒会長選挙が終わった後、私と政宗さんは付き合い始めたが、すぐに四季祭があったので、一緒に学校から帰ることはあっても、休日に遊びに行くことはあまりなかった。そんな中で、今日は二人きりのデートだ。なのに私は待ち合わせに遅刻してしまった。
「大丈夫だよ。そんなに走ってこなくても良かったのに。こけたりして綺麗な服が汚れたら大変だ」
政宗さんが走ったせいでおそらく乱れているだろう私の髪を優しく指で梳かしてくれる。激しい鼓動をなんとかして落ち着かせたかったのに、さらに高鳴ってしまう。こんなに素敵な人が私の彼氏でいいのだろうか。私はデートに遅刻してくるような駄目な彼女だ。釣り合わない事は分かってる。通りすがりの人さえ魅了する政宗さんに比べたら私は地味で情けのない女子だろう。
「咲良、今よくないことを考えてるね。もし遅れてきたことから色々と連想して落ち込んでるならストップして? 簡単なことを難しく考えるのは誠たちの専売特許だ」
「……政宗さん、誠さんに聞かれたら怒られますよ」
「誠はここにはいない。今日は咲良と僕の二人きりだ。……これからのデートのことを考えていると、待ち時間さえ華やいでいたよ。だから気にすることはない。咲良と過ごす時間も、咲良のことを考えて待つ時間も一瞬だから」
政宗さんが私の手を握って笑う。すぐに歩き出さないのは私の息が整うのを待ってくれているのだろう。本当に優しい人だ。
少しして、私と政宗さんは歩き出す。今日の行程は政宗さんが考えてきてくれたので、私はこれからどこに向かうのか分からない。探りを入れても政宗さんは子どものように無邪気な笑顔をするだけだった。
「よし、まずはここに入ろう」
着いた場所は美術館だった。あまり芸術的なセンスを持ち合わせていないので、美術館なんて来たことはなかったが、何を展示しているのだろう? 慣れた様子の政宗さんに連れて行かれるがままに中を入ると、どうやら普段の展示に加えて、イベントもしているようだった。……イベントの名前は、「桜舞う秋」だ。
「秋に桜を描いた絵画の展示なんておかしいと思うかい?」
「……はい、どうして春じゃないんですか?」
「それは今見れないからこそ、より愛おしく感じるからだ。秋は春と正反対の季節。だからこそ春に想いを募らせ、噛みしめる。また巡ってくる季節を信じてね」
巡りゆく季節の中で私はいつまで政宗さんの隣にいられるだろう。気を抜けばすぐにそんなことを考えてしまう。政宗さんは来年の春には四季高校を卒業し、新しい生活に向かっていく。
「来年の春は合宿で使ったコテージに行こうか。誠たちを誘うのもいいね。楽しそうだ。……そして二人でゆっくり桜を見よう。みんなが寝た後、こっそり待ち合わせて、二人だけで……。来年もそのまた次の年もだ。サクラほど僕の心を奪うものはない。それを二人で見れたなら、なんて幸せだろうか。僕は春が大好きだ。これまでも、これからも」
政宗さんが優しく手を握る力を強める。政宗さんの中では私は来年も再来年も隣にいられるんですね。もしそれが本当なら、それこそなんて幸せなことだろうか。
「……私、春は嫌いでした。新しい出会いもあるけれど、辛いお別れもある。何より、咲き誇る桜はあんなにも優雅なのに、私はまったく駄目。名前負けしているとずっと思っていました」
「けどそれは過去形だろう?」
政宗さんがにっこりと笑う。
「……はい。だって一番好きな人が好きな季節ですからっ……」
この人に出会えて本当に良かった。自分が嫌になることはまだまだあるけれど、それ以上に自分のことも好きになれたから。
美術館を出た後はお洒落だけど、値段はリーズナブルなお店でランチを食べた。政宗さんのことだ。午後も行く場所を何個も調べてくれているのだろう。
次はどこに行くのだろうと、政宗さんについていくと、そこは大きな総合公園だった。そしてお花畑が見えるベンチに二人で座る。
「政宗さん? ここでいいんですか? さっき少しだけ見えたメモにはもっと色々……」
「ああ、ここでゆっくり話そう。その前に、咲良。靴を脱いでくれるかい?」
「え?」
政宗さんがあまりにも自然な感じでそう言ったので、なんとなく、左の靴を脱ぐと、政宗さんが私の靴下を少しずらした。
「やっぱり、踵が赤くなってるね。慣れない靴で歩き回らせてしまったね。それに待ち合わせ前には走ってしまっているから余計にだ」
確かに政宗さんが脱がせた靴下の下は赤くなっていた。ただ自分では痛みを感じていなかったし、血も出ていない。
「……どうして慣れない靴だと?」
「単純に見たことがない可愛い靴だったからさ。咲良のことは誰よりも分かってるつもりだ。咲良が無意識に歩きにくそうなのも途中から気付いたよ」
政宗は本当によく私を見てくれている。私以上に私のことが分かるのが政宗さんだ。
「応急処置にしかならないが、絆創膏を貼っておこう。今日はここで気が済むまで話して、あとは家に帰るだけにする」
政宗さんが絆創膏を財布から取り出し、自分で貼りたかった私を制して、応急処置をしてくれる。靴や靴下を為されるがままに脱がされ恥ずかしいが、これも遅刻した罰だと思って、何とか耐える。
「よし、これで血が出たりなんかしないだろう」
「政宗さん、よく絆創膏なんて持ってましたね」
「これは誠からのアドバイスさ。女子ってのは止めとけばいいのに、無理して歩きづらい靴を履いてくることがある。無理すんなって言っても無駄だからこっちが用意しとけ、だってさ。誠も美玖さんに言われてそうしているらしいが、まさか僕が誠から女性との付き合いのアドバイスを受けるなんてね」
政宗さんが楽しそうに笑う。口ではああだこうだ言いながらも、誠さんと政宗さんは息ぴったりで気の置けない親友同士だ。
「誠さんはモテモテですからね。しかも政宗さんのモテモテとは違いますし」
「だね。誠は本当に罪な男だ」
「政宗さんは本気にしてなくても、私は政宗さんを好きだという人に嫉妬しましたよ。政宗さんも罪な男です」
「そうかい? 僕は昔から隣にいる女の子に好きになってもらいたかっただけさ。一度もよそ見したことはない。ずっと、ずっと咲良が僕にとっての一番で、全てだ」
自然と政宗さんの右手と、私の左手の指が絡み合う。
「……どうしたらそんな台詞がすらすらと言えるんですか? 政宗さんばっかりずるいです……」
「コツなんてないさ。僕は僕が思っていることを言っているだけ。これが僕の真実。恋の答えなんだ。咲良も何か言ってくれるかい?」
そう見つめられて言わないわけにはいかない。
「わたっ……」
覚悟を決めて、口を開いた瞬間、政宗さんの唇が私の口を塞いだ。周りに人の気配はない。私は目を閉じて、流れに身を任せる。
「……本当にずるいですよ……」
「……咲良の言葉を聞くと、外なのに冷静じゃいられなくなると思う。だから言わせないよ」
「……キスはありなんで……」
再び政宗さんと重なる。言葉で言わせてもらえないなら、この熱を通して気持ちを伝えるだけだ。どれだけあなたを好きなのか。どれだけ今が幸せなのか。どれだけ、これからの季節を共に巡っていきたいのか。
「……分かりましたか? これが私の気持ちです」
「……嫌ではないが、嫌ほどね。……段々、僕に似てきたかい? 強引なところとか」
「政宗さんをずっと追いかけて来たんです。似てきて当然ですよ」
「僕が二人か。誠が発狂するだろうね」
「本当に誠さんのことが大好きなんですね。少し嫉妬しちゃいます」
「誠も生徒会のみんなのことも大好きさ。ただ愛してるのは咲良だけだよ」
「高校生が言う台詞じゃないです」
「これが秋城政宗という男さ」
これからもずっとこの人を追いかけ続けるだろう。そしてずっと隣にいるだろう。これが私と政宗さん。
咲く季節と散る季節、正反対に思えて、全ては巡りゆく恋の輝きだ。
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