番外編

番外編 初めてのデートと変わらないもの

「うわーん、やっちゃったー!」


「え⁉ やっちゃったの⁉」


 月曜日の放課後、みんなが帰った教室の中で、私と奏ちゃん、真実ちゃんは三人でいた。四季祭が終わってから少し経ち、誠と奏ちゃんは昨日初デートに行ったはずだが、どうにも様子がおかしかったので、私と真実ちゃんが引き留めたのだ。


 誠は誠で奏ちゃんを避けるようにして教室からすぐに出て行ってしまった。


「は、初めてのデートだったのに……。こんなはずじゃ……」


 奏ちゃんが静かに泣き始める。


「うーん、これは黒か白か。霜雪捜査官はどう思います?」


「そうね。普段の夏野さんなら白。けど冬風君とのデートだから気合を入れて、黒だったって可能性が……」


「いや、下着の話じゃないよ⁉ というか真実ちゃんってそんなキャラじゃないよね⁉」


「インターネットで女子との友情を深めるには踏み込んだ冗談も必要って書いてあったの」


「そんなことはないって! というかどんな記事を見てるの⁉」


 真実ちゃんが楽しそうに笑って奏ちゃんに向き合う。


「まあ、冗談はさておいて、夏野さん。冬風君と何があったの? 初めてのデートは楽しくなかったの?」


「あ、あたしが悪いの……。まこちゃんに酷いことをしちゃった……」


 奏ちゃんが後悔したように呟く。まずは奏ちゃんの話をゆっくり聞かないと。私と真実ちゃんは奏ちゃんから話を聞き始めた。







「月見、秋城、急に呼び出して悪かったな。生徒会は大丈夫か」


 月曜日の放課後、俺は目安箱委員長の時によく使っていた、生徒会室の隣の空き教室に俺と秋城と月見の三人でいた。


「はい! 空が俺の代わりに生徒会に行ってくれているんで大丈夫です! 何かあったらすぐに戻れますしね」


「誠が相談なんて珍しいね。昨日は奏と初めてのデートだったはずだが、そこで何かあったのかい?」


 相変わらず鋭い奴だな。四季祭が終わって少し経ち、俺と夏野は昨日、付き合い始めてから初めてのデートに行った。行ったのだが……。


「初めてのデートでやっちまったんだ……」


「えー⁉ 誠さんが初めてのデートでやっちゃったんですかー⁉」


 月見の大声が響き渡る。もしかしたら生徒会まで聞こえたかもな。


「誠、意外と積極的なんだね」


「……ん? どういうことだ?」


「だって初めてのデートだったんですよね? 早くないですか?」


「待て、話が嚙み合ってない。お前ら何を……。あ⁉」


 俺の顔を見て、秋城が爆笑し始める。


「そういうことじゃない! 俺の話をよく聞け!」


「はいはい、しっかり聞いてあげるから何があったのか話してくれ」


 月見は普通に誤解していたようだが、こいつは最初から楽しんでたな。秋城に相談するのは癪だが、今は手段は選んではいられない。


「秋城の言った通り、昨日は夏野と市内に出て遊んでたんだ。ご飯を食べたり、ショッピングをしたり、アミューズメント施設で運動したり。俺としてはかなり楽しかった。時間ってこんなに早く過ぎるのかと恨んだよ。けど、そう思ってたのは俺だけかもしれない」


「というと?」


「帰る時間になって駅まで行ったんだよ。そこで夏野が泣いたんだ。なんで泣いたのか理由を聞こうとしたんだが、夏野は大丈夫って言いながら帰っていった。俺はどうしていいか何も分からなかった。帰った後もメッセージを送ったんだが、ごめんって謝られるだけだった。……俺の何が悪かったか教えてくれないか? 最初のデートでこんな感じだったら、俺はこれからも夏野をよく分からないままに傷付けてしまうかもしれない。そんなのは嫌なんだ」


「……そういうことか。分かった。僕と大地で力になるよ。だから昨日の誠の行動を詳しく教えてくれ」


 秋城と月見が集中して俺の話を聞くように前かがみになる。


「おいおい、生徒会室に星宮がいたからびっくりした。俺も混ぜてくれよ」


 教室の扉が開いて朝市先生が入って来た。大人の意見も参考になるだろう。俺は四人になった教室で昨日、何をしたのか話し始めた。







「えー⁉ 誠さんが初めてのデートでやっちゃったんですかー⁉」


 誠君から相談を受けたという大地の代わりに生徒会の助っ人をしていると、大地達がいるはずの隣の空き教室から大地の声が響いてきた。


 昨日、誠君は奏ちゃんと始めてのデートに行ったはずだ。まさか誠君がそんなに積極的なはずはない、大地の勘違いだろうと思うが、どうしても真実が気になってしまう。


「星宮さん、冬風さんのことが気になるなら行ってきてもいいですよ」


 そわそわしていたのに気付いたのか、双田夢ちゃんが話しかけてきた。


「そんなわけにはいかないわよ。大地の代わりにしっかり働かないと」


「今日は仕事も全然ないし、気にしないでください。咲良ちゃんもどうやらさっきの大地君の一言が気になって、仕事に手が付かないみたいですから。二人で行ってきてください」


 夢ちゃんがにっこり笑い、咲良ちゃんが恥ずかしそうに手で顔を覆う。


「そう、ならちょっと行ってくるわ。ありがとね」


 夢ちゃんや他の生徒会のみんなの気遣いに甘えて、咲良ちゃんと一緒に生徒会室を出る。


「この教室は……駄目。男ばっかりで暑苦しいわね。誠君が悩んでるなら、奏ちゃんも悩んでるはず。ということは……」


 誠君たちの教室に向かうと、奏ちゃん、真実ちゃん、六花ちゃんがいるのが見えた。


「空さん、凄い」


「まあ、予想される範囲だったわね。こっち側の事情を聞きましょう」


 教室に入ろうとした瞬間、小夜先生も忘れ物を取りに来たのか、一緒になった。


「あら、星宮さんに春雨さん、何かあったの?」


「私たちもまだ分からないですけど、何かはあったみたいです。取り敢えず中に入ってみましょう」


 タイミングはなかなかに良かったらしく、昨日、奏ちゃんと誠君に何があったのかを聞くことができた。







「これが昨日の全てだ。俺のどこが悪かった?」


 本当に自分が情けない。夏野を泣かせたというのにその原因に全く心当たりがないなんて。


「うん、聞くに耐えない惚気話だったね」


「はい、聞いてるこっちが恥ずかしかったです」


「くっそー、もっと何かやらかせよ。俺が高校生の時はもっとデリカシーがなかったのに」


 秋城、月見、朝市先生の三人はやれやれと言った表情でこちらを見てくる。


「誠、今回の件では僕たちはおそらく力になれない。やるべきなのは、君が思うことを奏に直接話すことだ。咲良に屋上に入れるように頼んでおいたから行っておいで。奏も来てくれる」


 わけが分からないが、自分でこれ以上考えてもこれといった答えは出てこないだろう。気遣いに感謝して俺は屋上に向かった。







「あー、これは奏ちゃんが悪いわね」


「……うん、分かってる。あたしはまこちゃんをまた傷付けちゃった」


 奏ちゃんがやるべきことは誠君と素直に話すことだが、本人がこうもマイナスになっていると上手くはいきそうにない。どうしたものかと考えていると、真実ちゃんが奏ちゃんの両手を合わせさせ、自分の両手でパンッと挟んで叩いた。


「夏野さん、いつまでもそんな風にしてるなら、私と戦国さんが冬風君をもらうわよ。それでもいいの?」


「……うう、嫌だ」


「そうでしょう。それでいいなんて言った日には本当に許さないわ」


「……真実ちゃん」


「夏野さん、あなたはまだ私と戦国さんに遠慮している。けど私たちはそんなの望んでないわ。今、冬風君と付き合っているのは夏野さん。三人が全力で勝負した結果が今。一緒に前に進みましょう」


「そうだよ。武士に情けは無用! 守ってくれなきゃ本当に怒るからね!」


 六花ちゃんが頬をぷくーっと膨らませる。


 本当にこの三人は特別で素敵な関係だ。


「ならすることは誠君に正直に気持ちを伝えることね。奏ちゃん、もう大丈夫?」


「……うん! みんな、本当にありがとう。あたし、また自分の気持ちに嘘をつきそうになってた。けどみんなのおかげで前に進める気がする!」


「奏さん、屋上の鍵を預けるので行ってきてください。政宗さんが誠さんをそこに呼んでくれるはずです」


「分かった! ありがとう!」


 奏ちゃんが咲良ちゃんから鍵を受け取り、勢いよく教室を飛び出す。


「みんな、大人ね。私と輝彦はもっと子どもっぽい恋だったのに」


「簡単なことを自分から難しくしているだけですよ。誰も彼もが素直じゃないんです」


「……可愛いわね。見守り甲斐があるわ。よし! じゃあ覗きに行きますか!」


 小夜先生の号令で、全員で屋上に向かう。どうせ政宗たちも来るだろう。







「夏野……」


「まこちゃん……」


 屋上に行くと、既に夏野がいた。


「夏野、すまなかった。昨日は何も言えなかったが、じっくり振り返って見れば、車道側を夏野に歩かせた時もあったし、昼ご飯も俺の方が食べるスピードが早かったし、デートのスケジュールもグダグダだった。言い訳はしない。本当にすまなかった。次はもっと勉強して、準備もする! もう泣かせない! 情けないなんて思わせ……」


 最後まで言い切る前に夏野が抱きついてきた。


「……まこちゃん、違うの。あたしが泣いたのはまこちゃんのせいじゃない」


 夏野の背中に手を回して、抱きしめる。


「……じゃあどうして? 俺のことが嫌いになったんじゃないのか?」


「これまで色んなことがあったのに、嫌いになっちゃうわけないじゃん。……昨日はね、あたしが生きてきた中で冗談抜きで一番楽しい日だった。まさかまこちゃんの付き合うことになって、デートするなんて小学生の時も、高校に入ってからも想像さえしてなかった。けど、それが真実になった。一緒に笑って、楽しいと感じる時に横を向けばまこちゃんがいて、本当に幸せだった。それでね、幸せ過ぎて、本当にいいのかなって思っちゃったの。真実ちゃんと六花ちゃんにどこか遠慮している自分がいた。心の中であたしなんてと思う自分がまだいた。そう考えてると、勝手に涙が出てきちゃったの。だからまこちゃんのせいじゃない。あたしが悪いの」


 夏野が悪いはずなんてない。俺は夏野を少しだけ強く抱きしめる。


「それもこれも、これからの何もかもも一緒に乗り越えよう。心の中の気持ちは簡単には消えない。だからこそ俺たちは難しい恋をした。今更、簡単に付き合えたりなんかしないさ。難しくても、複雑でも、一緒にいれば大丈夫。俺と夏野はそんな関係だ」


「まこちゃん……」


「よし、なら今回の件はこれで解決だな。夏野がいつも通り、一人で色々考えただけだったと」


 夏野と俺は、抱き止んで向かい合う。


「あー! なんかその言い方酷くない?」


「俺だって結構悩んだんだぞ。これくらい言うのは許されるだろ」


「駄目です! まこちゃんがエスコートもできない駄目彼氏っていう真実は確かだもん! あたしが多めに見ただけだからね!」


「それは悪かったな。ただ俺も言いたいことはあるぞ」


 その後、それぞれお互いの不満をこれでもかとぶちまけた。


「お互いに改善の余地ありだな」


「だね」


 再び夏野と抱き合う。


「今週の日曜日、水族館に行かないか? グラペンとコラボしているらしいぞ」


「うん、喜んで。その時はちゃんと彼氏してくれる?」


「隣にいるのが彼女だったらな」


 俺も夏野は本当に面倒くさいな。ただそんなのところにも惹かれ、今一緒にいるんだ。これが俺たちの真実だ。







「どうやら日曜日に水族館に行くようだね。咲良、僕も偶然、たまたま、奇遇にも同じように水族館に咲良と行きたかったんだが、一緒にどうだい?」


「政宗さんとならどこへでも行きますよ」


「空、俺も水族館に行きたいんだ。一緒に行ってくれない?」


「しょうがないわね。付き合ってあげるわ」


「戦国さん、グラペンとのコラボを見逃すわけにはいかないわ」


「そうだね! 真実ちゃん、一緒に行こう!」


「最近、出かけてなかったな。涼香、一緒に行くか」


「ええ、もちろん。たまには学生時代みたいなデートも良いわね」







その週の日曜日、水族館にて。


「……どうして、揃いも揃って来てるんだ!」


 水族館で入場券を買おうとしていると、見慣れたメンバーが後ろにいることに気付いた。


「やあ、誠。奇遇だね。それにしてもこんなに一緒になるなんてとんだ偶然だ」


「よくそんな涼しい顔で嘘がつけるな、秋城。屋上での俺と夏野の会話を聞いてたな。朝市先生、小夜先生も」


「グウゼンダ。ビックリシタ」


「棒読みじゃないですか! おい、霜雪」


 霜雪は拗ねたように俺から顔を背け、隣の戦国も手を繋いでいる俺と夏野を笑いながら睨んでいる。


 平和なデートにはならなさそうだな。


「まこちゃん、みんな一緒だと何倍も楽しいよ! ほら、行こ!」


 夏野に引っ張られ、水族館の中に入る。


 いつまでも俺たちは俺たちだ。


「誠、はぐれないようにね。団体行動を守ってくれよ」


「勝手にデートを遠足にするな!」


 俺たちのこれからはまだ始まったばかりだ。

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