第38話 このラブコメは嘘か誠か真実か~最後の四季祭~⑥

 買い出しを済ませて、急いでテントに戻る。


「お! 丁度良かった。今から四組にソースを借りに行くところだったんだ。ありがとな」


「間に合って良かった。頼んだよ」


 テントにいた尾道にソースとマヨネーズが入っている段ボールを渡して、何とかこの問題は解決だ。


「それにしても元々あった俺たちのソースはどこに行ったんだ? まあ、もう見つからなくてもいいんだが」


「うーん、誰かが間違えて持っていったんだとは思うけど、どこなんだろうね。段ボールを開けたらソースが入っててびっくりしてるかも」


「気の毒に」


「あれ? まこちゃん、笑ってる?」


「まあ、その場面を想像したらな。俺的には秋城あたりが開けてびっくりして欲しいな」


「性格悪いー」




 誠からソースを後で借りるかもしれないと連絡があり、クラスの人に三組の人が来たら分けてあげてと頼んでおいた。どうやらソースとマヨネーズが入っていた段ボールがどこかに消えてしまっていたらしく、買い出しに行くとのことだった。


「咲良、これから模擬店のシフトだから行くよ」


「はい。……後で会えますか?」


「もちろん。終わったら連絡する。……咲良、変な人に付いて行ったら駄目だよ」


「私を何歳だと思ってるんですか? 大丈夫です。政宗さんこそ、ちゃんとお料理できますか?」


「今度僕の料理をたっぷり食べさせてあげるよ。きっと箸が止まらなくなる。楽しみにしてて。じゃあまた後でね」


「はい」


 咲良と別れて、模擬店のテントに向かう。


「ずっとあんな風にイチャイチャしてるの?」


 後ろから声を掛けられる。空だ。


「聞いていたのか。イチャイチャしてるつもりはないけどね」


「あれで? 誠君が聞いたら卒倒するでしょうね」


「誠も空も大概だよ」


「あら、そうかしら?」


 空も同じシフトなので、一緒にテントに入る。


「ん? こんな箱、昨日はなかったわよね」


「そうだね。何が入ってるのかな」


 段ボールを開けると、中にはソースとマヨネーズが入っていた。これは僕たちのクラスが頼んだものじゃない。ということは誠のクラスの物だ。誰かが間違えて運んだのだろう。


「政宗? どうしたの?」


「後で誠に謝なきゃいけないね。この段ボールを三組に返してくるよ」




 秋城からメッセージが来たので確認してみると、四組が間違えて段ボールを持っていってしまっていたらしい。


「四組のテントにあったなら、先に確認しておけば良かったな」


「それは結果論だねー。探してる間にソースがなくなっちゃう可能性もあったから、買い出しに行って正解だったよ」


「そうだな。余ったソースは誰かが持って帰るだろ」


「だね! ってまこちゃん、また笑ってるー」


「秋城からの謝罪が楽しみだ」


「器小さすぎてドン引きだよー」


 横で苦笑いする夏野と一緒に昼ご飯を食べに模擬店に向かった。




 食事を済ませて校内を歩いていると、夏野がどこかへ向かっていった。そして夏野はしゃがんで小学生低学年くらいの女の子と話し始める。


「ねえ、どうしたの? 誰かと一緒じゃないの?」


 女の子は少しだけ目に涙を浮かべている。迷子だろうか。


「お、お兄ちゃんと一緒にいたけど、どこかへ行っちゃった……」


「そっか。じゃあお姉ちゃんが一緒にいてあげる。まこちゃん、放送を流してもらった方がいいかな?」


「そうだな」


 俺もしゃがんで女の子に視線を合わせる。


「名前は?」


「は、早見涼音……」


「そうか。涼音、お兄ちゃんの名前は?」


「た、大河。小学四年生」


「分かった。今からお兄ちゃんを呼ぶから、お姉ちゃんの手をしっかり握ってるんだ。何があっても離しちゃ駄目だぞ」


「う、うん」


 涼音は夏野の手を握った後、もう片方の手で俺の手も握ってきた。


「……じゃあ、放送室に行こう。大河も涼音を探してるはずだから、もしいたらすぐに分かるはずだ」


「了解!」


 涼音を挟んで夏野と三人並んで放送室に向かう。


「涼音、今日はどうして四季祭に来たんだ?」


「お姉ちゃんがいるの。今は二年生」


「早見? 二年生? あ! 早見涼葉ちゃんのこと?」


「そう! お姉ちゃん、涼葉お姉ちゃんのことを知ってるの?」


「名前だけは知ってるって感じだよー。背が凄く高くて美人な人だよね」


「そうなの! 涼葉お姉ちゃん、とってもかっこいいの!」


 女子二人が笑顔で盛り上がる。


「ねえ、お兄ちゃんたちは何年生?」


 涼音が俺の方を見上げて聞いてくる。小学生に気を遣われたな。


「俺たちは三年生だ」


「へえー、大人だねー」


「そんなことはないぞ。まだまだ俺たちも子どもだ。特に隣のお姉ちゃんはな」


「あ! 悪口! 涼音ちゃん、こんなに意地悪な高校生になったら駄目だよー」


「うん! 分かった! ねえ、お姉ちゃんとお兄ちゃんはカップルなの? 涼音は手を握らない方がいい?」


 また気を遣われたな。本当によくできた小学生だ。


「ううん、違うよ」


「ならもっとぎゅって握っていい?」


「それは駄目―」


「えー、どうしてー」


「それが分かるようになったら大人だよ」


 やっぱりお前もまだまだ子どもじゃないか。小学生相手に張り合ってどうするんだよ。


「あー、お兄ちゃん、笑ってるー。お兄ちゃんはなんで駄目なのか分かる?」


「ああ、涼音もいつか分かる時が来るさ」


 放送室の前に着くと、月見と春雨が小学生くらいの男の子を連れて、丁度放送室に入るところだった。


「大河お兄ちゃん!」


「涼音!」


 涼音が俺と夏野から手を離し、大河に駆け寄る。


「いいタイミングだったな。月見、春雨、ありがとう」


「いえいえ、僕たちは僕たちで大河君が困っているのを見つけただけですよ。誠先輩、奏先輩、ありがとうございました」


 放送室の前で月見たちが笑顔になる。


「お姉ちゃん! お兄ちゃん! ありがとう!」


「お兄ちゃんに会えて良かったな。それに泣かずによく俺たちが来るまで大河を探せたな」


「涼音、少しはお兄ちゃんたちみたいに大人だった?」


「ああ、俺よりも大人だ。大河、涼音から目を話したら駄目だぞ。お兄ちゃんの仕事だ」


「うん、ありがとうございました」


「じゃあ、早見さんの所に行こうね。きっと喜んでくれるよ」


 春雨が二人と手を繋いで歩き出す。


「あとは俺たちに任せてください」


「ああ、頼んだ」


 月見がそう言った瞬間に、涼音が振り向いた。


「お姉ちゃん! お兄ちゃん! またね!」


 涼音の笑顔に俺たちは手を振って応えた。




「まこちゃんって実は子ども好き? 涼音ちゃんに対して凄く優しかったし」


 夏野とまた適当に校内を歩く。


「小学生相手には誰だって同じような接し方をするだろ。だから子ども好きってのは微妙だな。いつまでも子どもっぽい妹と友達がいるから扱いに慣れているって方が正しい」


「あたしは子どもじゃないもん!」


「今は夏野のことって言ってないだろ。自覚はあるのか?」


「あー! まこちゃん、あたしを嵌めたね。最低―」


 夏野が拗ねたようにそっぽを向く。


「悪かったよ。去年みたいに揚げアイスを奢るから機嫌を直せ」


「本当⁉」


「ほら子どもだろ」


「あ⁉」


 そんなリアクションをしてくれるから、ついからかいたくなるんだよ。


「じゃあ外に出よう」


「うん!」


 その後は先ほどまでとは違って、何も起こることはなく、俺と夏野の四季祭巡りは終わった。




「振り返ってみれば何事もなかったな」


 模擬店の片付けをしながら隣の夏野と話す。この片付けの後に花火があって、四季祭は三日間の四季祭は閉幕だ。


「そう? 結構色々あったんじゃない? ソースもなくなってたし、涼音ちゃんの件もあったし」


「……そういうことじゃないんだ。俺はどこかで自分の恋は特別だと思っていた。けど特にフィクションみたいな特別な出来事があるわけでもなくこの四季祭の三日間は過ぎていった」


「楽しくなかった?」


「逆だ。特別なことがなくても、今までで一番特別な時間だった。何かがあるから特別な時間になるんじゃない。お前らと過ごすから何でもない時間が特別になるんだ。これが恋の普通なのかもな」


「まー、一緒にいると楽しいってことだね! あたしも同じ!」


「一瞬で考えることを諦めたな」


 模擬店の片付けが終わり、一度クラス全員が集合する。


「花火の準備が少し遅れてるらしいから、開始までグランドやそこらで自由に過ごしててくれ。花火が終わり次第、クラスに集まって、すぐに下校だ」


 朝市先生の連絡が終わると生徒はそれぞれ花火を観る場所へ移動を始める。


「冬風君……」


 生徒が散り散りになるなか、少しボーっとしていると霜雪に声を掛けられた。戦国と夏野もいる。


「誠、今から私たちは別々に分かれるね」


「だからまこちゃんは花火が始まるまでに言いたいことがある人の所に行って。それでこの問題に答えを出して」


「みんながあなたを待ってるわ。今は何も言葉は要らない。必要な人だけに必要なことを話して欲しい」


「……分かった」


 これで終わる。


「なら私たちは行くわね」


 これで終わりなんだ。


 三人がそれぞれの居場所を伝えて校舎の中に入っていく。


 四季祭は三人それぞれと回ったが、その終わり、そして俺たちのこの関係の終わりに俺が一緒にいられるのは一人だけだ。

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