第38話 このラブコメは嘘か誠か真実か~最後の四季祭~⑤

 四季祭最終日の朝、少しだけ冷える通学路を一人で歩きながら考える。


 今日が終わる頃には、最後の花火が打ちあがる頃には俺と夏野、霜雪、戦国の関係は変わっている。ずっと先延ばしにしていた答えを今日、俺は出すことになる。


 今の今でも俺は自分の答えが分からない。それほど俺たちは深く関わり合った。それほどこの問題は難しい。だからこそ今日という日が必要なんだ。誰かを傷付けることになったとしても、俺たちはそれを乗り越えなければ、これからもずっと一緒になんていられない。


 夏野、霜雪、戦国、俺と出会ってくれてありがとう。俺と関わってくれてありがとう。俺に人の関係が嘘じゃないことを教えてくれてありがとう。そのお返しに俺ができることはただ一つ。


 目の前の真実に向き合うことだ。




「まこちゃん! おはよう!」


 教室には一番乗りかと思っていたが、既に夏野が登校していた。


「早いな」


「えへー、今日が楽しみ過ぎて早く起きちゃったの!」


 小学生かよと思いながらリュックを下ろす。


「ちゃんと寝たんだろうな」


「大丈夫! 昨日は帰ってすぐにお風呂とご飯を済ませて、早めにベッドに入ったよ! もう去年のような失態は犯さない!」


「逆に元気が有り余ってるな。もう少し落ち着けよ」


「もー! 丁度良くなんて難しいー!」


 夏野の声が二人だけの教室に響く。


「……今日で最後だね」


 夏野が俺の前の席に座って静かに呟いた。主語は四季祭だけではなく、これまでの俺たちの関係も含まれているだろう。


「……そうだな」


「だから今日はいっぱい楽しみたい! 去年の分までね! ねえ、今日はどこに行きたい? 何を食べたい?」


 夏野が俺の机に頬杖をついて笑いかけてくる。小学生の俺に、そうと高校生になって文化祭を一緒に回れると言ってもなかなか信じてくれないだろう。ただこれが真実だ。どんな神様のいたずらでこうなったかは知らないが、俺は全力で楽しむだけだ。


「まだ行ってない模擬店があるからそこに行きたい。お化け屋敷ももう一回行きたい。さすがにそろそろトラウマを克服したいんだ」


「えー、人は不得意なものがあった方が人間味があっていいよ?」


「それは秋城に言ってやれよ。昨日、霜雪と一緒にいる時に、秋城と春雨がお化け屋敷から出てくるところを見たんだが、秋城の奴、怖がるどころか笑ってたぞ。サイコパスだろ。春雨も引いてた」


「うわー、さすが政宗君。それにしても初日続いて二日目も咲良ちゃんと一緒なんて、二人はラブラブだね。あたしが初日に二人を見かけた時には咲良ちゃんが模擬店の料理を一人でたくさん食べてて、政宗君が微笑ましそうにそれを見守ってた」


「生徒会一番の大食いなだけあるな。あの小さい体のどこにあれだけの量のご飯が消えているのかは謎だが。ラブラブと言ったら星宮と月見もこの四季祭、見るたびに一緒にいるぞ」


「そうなんだ。政宗君たちも空ちゃんたちもずっと仲が良かったけど、付き合い始めてからは吹っ切れたって感じだね」


「そうだな。楽しそうで何よりだ」


 その後も夏野と話していると、タネ作り担当のクラスメイトが登校してきたので、一緒に調理室に向かって、四季祭最終日が始まった。




「誠! ソースとマヨネーズがなくなりそうなんだが、在庫ってどこに保管してるんだっけ?」


「調理室の段ボールの中に入ってるはずだ」


「おっけー! じゃあもう最終日だし、全部こっちに持ってくるよ」


「ああ、頼んだ」


 三上が一時的にテントから抜けて、調理室まで行ったにしてはやけに時間が経った後で帰ってきた。


「誠! 調理室のどこにもソースもマヨネーズもなかった!」


「まさか。在庫の量はちゃんと計算して……」


テントのメモを見ると確かにソースもマヨネーズも在庫はまだ余っているはずだった。


「考えられるのは誰かが間違えて段ボールをどこかへ運んだか、他のクラスと混ざったかだな。どっちにしろどこにあるか分からないものを探している時間はない……」


 頭の中で何が最善手か考える。朝市先生も小夜先生も丁度、テントには不在だ。


「そろそろ俺たちのシフトは終わるから、俺が朝市先生に許可を貰って、スーパーでソースとマヨネーズを買ってくる。俺たちが帰ってくるまではギリギリ今ある分で足りると思うが、もし駄目そうなら四組に借りてくれ。四組は箸巻きだからソースもマヨネーズもあるはずだ。四組の文化委員の秋城には俺から言っておく」


「分かった! もうすぐ次のシフトの奴らが来るはずだからそう伝えておくよ」


「ありがとう。じゃあ、もう俺は抜けていいか」


「おう! 頼んだぞ!」


 テントの後ろでエプロンを脱いでいると、丁度シフトが終わった夏野と目が合った。


「夏野、今から買い出しに行かないといけなくなった。すまない」


「まこちゃんが謝ることじゃないよ。あたしも一緒に行っていい?」


「俺が帰ってくるまで誰かと遊んでていいんだぞ」


「ううん、まこちゃんと一緒に行きたいの」


「そうか。助かるよ。じゃあ朝市先生を探そう。模擬店を監督してる先生に聞いたらどこにいるか分かるはずだ」


 夏野と一緒にテントを出て、朝市先生のもとに向かい、事情を説明する。


「なるほどな。じゃあ車を出して業務用スーパーに行くか。普通のスーパーのサイズだったらあっという間になくなるだろうしな。俺が行ってくるからお前らはもういいぞ」


「朝市先生、一緒に行っていいですか? 文化委員のミスなので、最後まで責任を持ちたいんです」


「……なら一緒に行くか。じゃあ、涼香に連絡しないといけないから、先に俺の車の所まで行っといてくれ」


 朝市先生と分かれて、駐車場に向かう。


「文化委員のミスじゃなくて俺のミスだ。念入りに管理しとくべきだった。本当にすまない」


「ううん、あれは嘘だよ。四季祭中に学校を出て買い出しに行くってなんだか特別な感じがするでしょ? だからその口実……。さっきも言ったけど、まこちゃんが謝ることじゃないよ」


「……夏野」


「それに車だったら三十分くらいで帰ってこれるしね! その後に四季祭を一緒に回ろう!」


「……ああ、ありがとな」


 俺と夏野の四季祭は一筋縄じゃいかない。ただそれでも楽しいと思えるのは、かけがえがないと感じられるのは、夏野が隣で笑顔を絶やさないでいてくれるからだった。

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