第38話 最後の四季祭

第38話 このラブコメは嘘か誠か真実か~最後の四季祭~①

 四季祭初日、俺は何人かのクラスメイトと朝早くに登校して、調理室で一緒にお好み焼きのタネを仕込んでいた。


「始まってすぐはそんなにお好み焼きの注文は入らないだろうし、控えめでいいと思う。テントの中の冷蔵庫の容量も限りがあるしな」


「了解!」


 五人ほどの流れ作業で素早く仕込みを終わらせ、タネを冷蔵庫に運んで朝の仕事は終了だ。


「お好み焼きもチュロスも作る手順はそんなに難しくないはずだけど、ちゃんとお店回るかなー」


 夏野があくびをしながら呟く。


「初日の今日さえ乗り切ればって感じだな。まあ、どの時間帯も試作品を作るのを手伝ってくれた誰かがテントの中にいるから大丈夫なはずだ」


 シフトは尾道と松本が去年の経験を活かして俺と夏野の代わりに組んでくれた。人数も余裕を持たせてあるので、あとは何かトラブルが起こらないことを祈るだけだ。




「注意事項はこれで全部だな。模擬店のテントには俺か小夜先生が基本的には常駐するから、何かあったらすぐに来るように。じゃあ体育館で開会式があるから移動しよう」


 朝市先生の朝礼が終わり、三日間の四季祭が始まった。




「シーフード一つ、ピリ辛一つお願い!」


 開場から二時間、去年と同じく初日が祝日というだけあって、かなりの人が来場していた。


「ここまで人が来るのは予想外だな」


 何とか焼き作業は間に合っているが心配な点がある。


「誠! タネがもうなくなってきてる! 調理室からまだ新しいのが届いてないからまずいぞ」


 やっぱりそうなったか。調理室よりもテントの人数を優先したのが、このタイミングでは仇になったな。


「三上、俺が調理室の手伝いに行ってくる。もう少しで俺たちのシフトは終わるから、時間になったらみんなを解散させて、次の奴らに引継ぎをしてくれ。あと次の時間からテントのシフトの奴を一人、調理室に回してくれ」


「了解! 頼んだぞ!」


 テントから出て調理室に向かう。


「誠? どうしたの?」


 他の模擬店の生徒たちも作業している中、戦国たちを見つけて俺も作業に参加する。


「想像以上に客が来て、タネが足りなくなりそうなんだ。調理自体は何とかなりそうだったから手伝いにきた」


「なるほどね。じゃあ急がなきゃ!」


 戦国がネギを刻むスピードを上げる。


「今ある分、テント側に渡してくるね!」


 少しして一人の女子がラップされた大きめのボウルを二つ持って、調理室から出ていく。このペースが続けば何とかなりそうだな。


 もう二十分ほど作業していると次のシフトのクラスメイトたちが来た。


「戦国、交代の時間だ」


「うん、これだけ終わらせるね」


「おい、そんなに急がなくても……」


 そう言った瞬間に包丁が戦国の指に当たり、少し遅れて血が出てきた。


「いたっ……」


「六花⁉ 大丈夫?」


「うん、ちょっと切っただけ」


 戦国が水で指を洗い流すが、血はすぐには止まらないようだった。


「俺が戦国を保健室に連れて行くよ。丁度交代の時間で良かった。あとは頼んだ」


「分かった。冬風君、よろしくね」


 取り敢えずキッチンペーパーで血が落ちないように押さえさせ、戦国と一緒に保健室に向かう。


「三度目だな」


「……毎回ごめんね」


「もう慣れたよ」


 戦国を椅子に座らせて応急箱から消毒液と絆創膏を取り出す。


「ほら、手を出せ」


「……よろしくお願いします」


 消毒液が床にこぼれないように注意しながら、傷口を消毒して、少し乾かした後に絆創膏をする。


「……ありがとう。……誠?」


「……綺麗な指してるな。今度からは気を付けろよ」


「あ、ありがとう。なんだか恥ずかしい……」


 戦国の手を離して隣に座る。


「戦国の危なっかしさは本当に俺のせいかもな。体育祭、クラスマッチ、四季祭、どの行事でも保健室イベント、コンプリートだ」


「……うう、ごめんなさい」


「責めてるんじゃない。大和が戦国を放っておけない理由が分かるよ。今日はもう戦国も俺もシフトに入ってない。ずっと隣にいろよ」


「うん」


 保健室を出て、校舎を適当に回る。


「どこに行きたい?」


「うーん、お昼の時間だけど、模擬店は結構混んでると思うからもう少し後の方がいいね。二年生の教室をちょっと覗いてみよっか」


「分かった」


 戦国と一緒に二年生の階の催し物を見てると誰かに後ろから呼び止められた。


「戦国先輩! 冬風先輩! 時間があったらうちのクラスに来てくださいよー!」


 声を掛けてきたのは龍井と虎岡だった。


「鈴ちゃん! 玲ちゃん! 誠、どうする?」


「丁度良かったな。二人のクラスに行ってみよう」


 案内されたクラスの前に行くと外からは教室の中は暗幕で見えなかった。


「私たちのクラスはお化け屋敷でーす!」


 だろうな。去年の俺のクラスと教室の雰囲気が同じだ。


「お化け屋敷⁉」


 戦国が俺の方を見て、龍井たちに断りを入れようとしたので、俺はそれを遮る。


「もう入っていいのか?」


「はい! どうぞ!」


 入り口の暗幕をくぐって中に入る。


「誠、本当に良かったの?」


「せっかく呼んでくれたのに断りたくなかったからな」


 とは言ってもこの独特な暗い感じはいつまで経っても慣れない。覚悟を決めて歩き出そうとした瞬間、左手が握られた。


「私が誠を守ってあげるよ。ずっと隣にいてあげる」


「イケメンだな」


「でしょ? 惚れた?」


「ああ。このか弱いお姫様を守ってくれるか?」


「任せて! 怖かったら抱きつくのも許可! むしろウェルカム!」


 戦国が俺のためにわざといつもより明るく振舞ってくれているその気遣いに感謝しながら、お化け屋敷の奥に入った。




「冬風先輩⁉」


 龍井と虎岡には今の俺はどう見えているんだろうな。五歳くらいは顔が老けた自信がある。


「凄い出来だな。俺も去年はお化け屋敷をやったが、それ以上だ」


「ありがとうございます! 去年のお化け屋敷が結構本格的で好評だったらしいので、張り切っちゃいました! それより大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。クラスの奴にも宣伝しとくよ。またな」


「はい! ありがとうございました!」


 戦国と一緒に階段を下りながら、模擬店に向かう。昼のピークは過ぎているはずなので、少しはゆっくりできるだろう。


「大丈夫だなんてかっこつけちゃって。ずっと手を繋いであげててもいいんだよ、お姫様?」


「いや、いい。お化け屋敷から出ればこっちのものだ」


「こっちのものって、誠は一体何と戦ってるの?」


 戦国と目が合って一緒に笑う。


「何食べる?」


「今年も頑張って全部制覇したいな。まずは焼きそばを食べたい。フランクフルトもいいな」


「誠、楽しそうだね」


「一人だったらこんなにはしゃがないさ。でも今は違う。一緒に食べるの手伝ってくれるか?」


「うん! じゃああたしも何か買ってくるから、五分後にここに集合でいい?」


「分かった」


 少しだけ戦国と別行動して、予定通り五分後に合流した。タイミングよく休憩用のテーブルの席が空いたので座る。


「焼きそばとフランクフルトを買ってきた。戦国は?」


「フォーチュンクッキーとたこ焼き! 一緒に食べよ!」


 それぞれが買ってきたものをテーブルに置く。


「フランクフルト、半分に分けるの難しいから先に食べてくれるか」


「了解!」


 フランクフルトを戦国に差し出すと、俺が持った状態のまま戦国が一口食べた。


「てっきり受け取ってから食べるものだと」


「えへー、あーんしてって頼んでも誠はしてくれないから不意打ち! 凄く美味しい! ありがとね!」


 満面の笑顔の戦国を目の前にご飯を食べていると、こっちもついにやけてしまいそうだった。


 メイン料理を食べ終わり、二人でフォーチュンクッキーをつまむ。


「んー、何て書いてあるかなー。運命の人は目の前にだって。誠は何て書いてあった?」


「俺も同じだ。まさか全部同じメッセージってことはないよな?」


 いくつか確認してみたが、最初と同じメッセージは見つからなかった。


「全部同じって言ってすみませんだな。色々バリエーションがある」


「だね! ……誠は運命の人っていると思う?」


「……いると思う。理由は分からないが、出会うべくして出会ったと感じる人がそうなんだろうな」


「私もそう思う。運命の人なんて自分には無関係だと思ってたけど、それは間違いだったよ……」


 微笑む戦国と目が合う。


「午後もいっぱい楽しもうね!」


「そうだな。行きたいところは全部行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る