第37話 問題と終わりと覚悟~最後の四季祭準備~④

「ねー、蘭ちゃんって尾道君と最近どうなの?」


 女子だけの調理室で松本さんが大和さんに尋ねる。


「どうもこうもないわよ。単純に気が合うってだけ」


「蘭はもう少し素直になればいいのになー」


「あんたみたいに断崖絶壁にも突っ込んでいけるような人間じゃないのよ」


「さすがに絶壁には突っ込まないもん!」


 戦国さんは本当に真っ直ぐな人だ。冬風君もそんなところに惹かれているのだろう。私と夏野さんとは違うものを戦国さんは持っている。


「それよりも男子だけに買い出しに行かせて大丈夫だったかしら」


 下野さんが心配そうに呟く。


「ひふみんたちだけだと心配だけど、まこちゃんがいるから大丈夫だよ」


「確かにそうね。さすがモテ男」


 下野さんが静かに笑う。下野さんも松本さんも大和さんも、私たちと冬風君の微妙な関係に気付いてはいるが、必要以上に踏み込んできたりはしない。優しい人たちだ。


「今日ってどんな味やトッピングをメニューに入れるか考えるんだよね? 僕たちは何をすればいいのかな?」


「ねえ、それならペアに分かれて、色んなお好み焼きを作ってみるっていうのはどう? 普通にみんな一緒に作るより、楽しいと思うけど」


 戦国さんの提案にみんなが頷いたところで買い出しに行っていた冬風君たちが帰ってきた。


 下野さんたちはそれぞれ三上君たちとペアになるだろう。ただ私と夏野さん、戦国さんはそうはいかない。同じことを考えていた私たちはすぐにじゃんけんを行った。




「なんで料理バトルが始まってんだよ。というか審査員なんていらないだろ」


「しょうがないじゃない。冬風君たちがお好み焼き四つ分の材料しか買ってこなかったんだから」


「試作品は別に大量に作る必要はないだろ。俺の家でも作ったし」


「まあ、私たちはゆっくり出来上がるのを待ちましょう」


 俺たちが買い出しから帰ると、女子の間ではペアに分かれてそれぞれが自由にトッピングしたお好み焼きを作って、勝負するという話になっており、俺と霜雪は材料が足りないという理由で審査員に任命され、待機を命じられた。


「まさかこんな風に四季祭の準備をするなんて、一年の頃の俺たち言ったらどうなるかな」


「信じるわけないでしょ。今でも信じられないのだから」


「そうだな。……霜雪はこれで良かったと思うか?」


「これって?」


「もしかしたら俺たちが出会わない世界もあったかもしれない。この世界で感じる痛みはその世界では感じることはないはずだ」


「そんなこと考えるだけ無駄よ。私たちは出会った。傷付いた。恋をした。全部が真実で、そこにもしもなんてないわ。それに冬風君と出会わない世界なんて嫌だわ。これほど関わったの。あなたが私の近くにいないなんて考えられない」


「……そうだな。考えられない。ずっと一緒にいられたら……」


「……冬風君、大丈夫よ。あなたがどんな答えを出しても、私たちはいなくなったりしない。ずっと一緒よ。みんなそれを望んでいる」


 答えはすぐそこにある。だが今の俺には届かない。覚悟は決めているはずなのに、あと一歩が踏み出せない。


 最後の最後まで悩み抜くことがこの問題に対する俺の責任だ。霜雪、夏野、戦国、もう少しなんだ。目安箱委員長としてそれなりに問題にはぶつかってきたはずだが、一番難しいのは俺自身の心だった。




「よし! これが俺と曜子特製のシーフードお好み焼きだ!」


「僕と末吉君は紅しょうがスペシャル!」


「私たちはピリ辛明太ソースよ」


「あたしと六花ちゃんはチーズお好み焼き!」


 各ペアが焼いたお好み焼きを一口サイズに切って、俺と霜雪が先に食べる。


「……美味しい」


「ああ、想像以上だな」


 夏野たちもお互いのお好み焼きを交換して食べていく。


「んー! 美味しい!」


 試食タイムが終わる頃には誰も勝負のことなんて口に出さなくなっていた。


「結局模擬店はどうする? 全部勝敗がつけられないくらい美味しかったぞ」


「全部採用すればいい。シーフードは冷凍のミックスがあるし、紅しょうがも、チーズもタネに混ぜればいいだけだ。だから客には本体の味とソースの味の二つを選んでもらえるようにすればいい。ソースも客に出す直前でかければいいから、そこまで手順も複雑になることはない。というか元々そのつもりで材料を選んだんだが……」


「えー⁉ ならそう言えよ! 俺たちの勝負は何のために⁉」


「知るか。いつの間にかそうなってたんだから俺に言われてもどうしようもない。というか結局勝敗なんて誰も気にしてなかったし、俺と霜雪も別に審査員じゃなくて良かっただろ。こっちこそ何のためって言いたい」


「あはは! まあ楽しかったからいいじゃん! じゃあみんなで片付けよう!」


 調理室の片付けが終わり、隣の準備室にいた家庭科部の先生に鍵を返して、帰宅した。




 四季祭の準備は順調に進み、本番まであと一週間と少しになった。模擬店に必要なポスターなども授業の時間だけで間に合いそうだったので、放課後に残るようなことはなかった。


「まこちゃん、真実ちゃん、さっき咲良ちゃんに時間があったら生徒会の仕事を手伝って欲しいって言われたんだけど、来れる?」


「ああ、じゃあ行くか」


「そうね」


 どうせ家に帰ってもやることはないので、夏野、霜雪と一緒に久しぶりに生徒会室に入る。


「誠、奏、真実。なんだか久しぶりな感じがするね」


「誠君、私と政宗に会いたくて泣いてたんじゃない?」


 生徒会室の中では秋城と星宮が既にこれまでずっとやり続けていた生徒会の仕事をしていた。


「二人とも文化委員会で会ってんだろ。誰が泣くか」


 テーブルに座って秋城たちから書類を分けてもらう。


「文化委員の仕事はもっと忙しいと思ってたがそんなことはなかったな。暇を持て余してた」


「まあ、去年のこの時期に比べればそうだね。今日は図らずもまたみんなと仕事ができて嬉しいよ」


「うん! そうだね!」


「ええ」


 それなりにお互いのクラスの進捗を話しながらだったが、積み上げられていた書類はかなりのスピードで減っていった。新生徒会のメンバーは倉庫の整理などに出払っているのか誰もいない。


「これで終わりね。もっと溜まってても良かったのに」


 星宮が伸びをしたタイミングで生徒会室の扉が開いて、春雨が戻ってきた。


「あ、みなさん、ありがとうございます。備品の調整に手間取っていて、今日は人手が全然足りなかったんです」


「これくらいお安い御用さ。他にやることはあるかい?」


「それならこの部屋の掃除をしておいてもらえますか? 最近忙しくて全然掃除できてないんです。よろしくお願いします!」


 そう言い残して春雨はまた何かの書類を持って、忙しそうに生徒会室から出ていった。


「……随分頼もしい生徒会長になったな。どこかの誰かさんを見てるようだ」


「頼れるものは頼れ、利用できるものは利用しろって僕が言ったからね」


「まあ、本当のところは、生徒会がなくなって寂しそうにしてる政宗や私たちのために咲良ちゃんは私たちにこういう機会をくれたのよ」


「せっかくの機会だからしっかり掃除しましょう。時間をかけてね」


「だね。誠、さぼったら駄目だよ」


「ずっと思ってたんだが取り敢えず俺に何か言わないとお前は気が済まないのかよ。夏野の方がさぼるだろ」


「あー、暴言! あたしがいつさぼったって言うのー⁉」


「誠、最低だね」


「ええ。冬風君、夏野さんに謝りなさい」


「だからなんで俺が責められなきゃならないんだよ」


 生徒会が解散してから一か月ほどしか経っていないのに、この馬鹿馬鹿しいやり取りを随分懐かしく感じた。

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