第37話 問題と終わりと覚悟~最後の四季祭準備~②

「まこ兄―! 電話がかかってきてるよー」


 美玖から机の上に置いておいたスマホを受け取り、自分の部屋に上がって、電話に出る。


「俺だ」


「誠じゃなかったらびっくりするよ」


 それはそうだ。戦国の笑い声に釣られて俺も笑いそうになる。


「遅くなっちゃってごめんね。時間、大丈夫?」


「ああ、気にしなくていい。大和たちとご飯でも行ってたのか?」


「うん、陸上部のみんなで行ってきた」


「そうか。お疲れ様。これで引退だな」


「だね。大学に行っても陸上は続けるつもりだけど、四季高校の選手としてはもう終わり。一年生の時に蘭があたしを陸上部に誘ってくれて本当に良かった。そのおかげで色んなことを経験できた」


「ちゃんと本人に言ってやったか?」


「うん、いつもみたいに照れくさそうにしてた。蘭って素直じゃないよねー」


「戦国の素直さに比べたらほとんどの奴が素直じゃないだろ」


「それって褒めてる?」


「どうかな。ただ面白くはある」


「もー、誠も素直じゃないー」


「そういえば会長選挙の時に春雨と月見の相談に乗ってくれたらしいな。ありがとう」


「ううん、私は二人に何もしてあげられなかった。誠たちの考えを全部二人に言っちゃうと、迷惑になると思ったから」


「そこまで気を遣ってくれたのか。というか俺たちの意図までよく分かったな」


「誠のことなら何でもお見通しだよ」


「そうか」


 電話の向こうで戦国が深く息を吸ったのが分かった。


「……もうすぐ四季祭だね」


「そうだな。戦国と大和の件からもう一年か。あっという間だった」


「だね。誠は奏ちゃんと一緒で文化委員なんだっけ?」


「ああ、いつの間にかそうなってたな。まあ、戦国みたいに学級委員でずっと何かの仕事があるより、限られた時期だけ忙しい方が楽だ」


「私は逆だなー。今年って私たちは模擬店だよね?」


「ああ、明日から四季祭の準備が始まるはずだから、その時に何をするか決めることになるな」


 戦国と何がしたいかを色々と話す。


「うー、今から待ちきれない! ……ねえ、誠はもう決めた?」


「何をだ?」


「私たちの問題の答えを……」


 戦国の言葉に胸が一気に締まる。


「……まだだ。四季祭が終わるまでには必ず答えを出す。それまで待っててくれるか?」


「うん、焦らせるようなことを言ってごめんね」


「いや、そんなことはない。……四季祭か。この学校での行事も卒業式を抜いたらこれで最後だな」


「うん、だから絶対に後悔しないように私は精一杯楽しむつもり。準備の段階からね」


「そうだな。文化委員として頑張るよ」


「あ、もうこんな時間だね。明日は学校あるからもう寝ないと。……誠、今日はありがとね」


「お疲れ様。ゆっくり寝ろよ」


「うん、じゃあ切るね」


「ああ」


 スマホを操作して通話を切ろうとした瞬間、戦国の小さな声が聞こえた。


「……誠、好きだよ。おやすみ……」


 そして通話は向こうから切られた。


 いつも俺がどんな気持ちなのか知らずに真っ直ぐ突っ込んできやがって。また今日も寝付くまでに時間がかかるだろう。この心臓の高まりで寝不足になって明日頭が上手く回らなかったら苦情を言ってやろう。そう誓って俺は布団に潜りこんだ。



 

「三年生のお前らは知っての通り、四季祭は外での模擬店だ。取り敢えず今日は全員で候補を出していけ。今週中には文化委員会が開かれて各クラスの調整が入るはずだ。じゃあ夏野、冬風、あとは頼んだ」


 月曜日の午後のホームルームの時間は四季祭の準備に充てられた。朝市先生が教室の後ろに下がって、副担任の小夜先生と話し始めたので、文化委員の俺と夏野が前に出る。


「みんな、模擬店で何をしたいかどんどん意見を言って! できそうなものとできなさそうなものは、あたしとまこちゃんが判断できるから、取り敢えずは何でも言ってみて!」


 クラスメイトから現実的な案や、高校の文化祭でやるにしては厳しい案が次々と飛んでくる。


「うわー、一杯だー」


「そうだな。ここから絞っていこう。取り敢えず無理なのを消して、ジャンルで分けてと……。こんな感じだな」


 夏野と協力して黒板に候補を書いていく。


「模擬店はメインとなる料理を二種類やるより、メイン一品に、デザート又は簡単につまめるものを一品の方が作業の負担が少なくてすむ。だからこっちの枠から一品、こっちの枠の中から一品を選ぶ形で進めていいか? 何か他に提案があったら教えて欲しい」


 賛成の声が多く聞こえたので、そのまま多数決をして、俺たち三組の第一位希望はお好み焼きとチュロスに決まった。


「じゃあこれで決定! 他のクラスの希望と被ったらくじ引きとかになっちゃうから、まだ分かんないけどね。最終的な調整が文化委員会で決まったら、試作品とかも作らないといけないし、味付けをどうするかとかも考えないといけないから、時間がある人は手伝ってくれたら嬉しいです! 朝市先生、今日はこんな感じでいいですか?」


「ああ、お疲れ、席に戻っていいぞ」


 朝市先生が俺たちの代わりに前に出る。


「去年ほどじゃないが、それなりに三年生もやることはある。文化委員だけでやるには負担が大きすぎるから、協力できる奴は協力してやってくれ。じゃあ、もうそろそろチャイムも鳴るし、今日は帰りのショートホームルームはいいや。いつものことだが、しっかり掃除をしろよー」


「はーい」と生徒が返事をしたところでチャイムが鳴り、荷物をまとめた生徒から班ごとに割り振られた掃除場所に向かう。


「まこちゃん。今日、一緒に帰らない?」


 教室を出たところで夏野に話しかけられた。


「ああ。掃除が終わったら自販機でいいか?」


「了解! じゃあまた後で!」


 去年は生徒会で大忙しの四季祭だったが、今年も少しだけ忙しくなりそうだな。ただそんな忙しさが今の俺には必要なのかもしれない。じっと一人で考え続けるには、この胸に抱える問題は俺には難しすぎる。



 担当場所の掃除が終わり、夏野と待ち合わせている自販機に向かった。


「ちょっと遅くなった。すまないな」


「ううん! じゃあ帰ろっか」


 夏野がベンチから立ち上がって校門に向かって歩き出した。


「平日なのにこの時間に帰るなんて変な感じがするね」


「そうだな。……今日から新生徒会か。発足してすぐに四季祭があるなんてご愁傷様だ」


「私たちの生徒会がイレギュラーだったからこそ、政宗君が去年の四季祭をこれまでのものから一新させたんだね。段取りのメモとか、スケジュールのメモをしっかり残すようにしたのも、新生徒会みんなのためだね。そのおかげで去年ほどの負担はないはず」


「だな」


 その後も新生徒会の話や四季祭の話をしながら歩いているとあっという間に、駅への道と俺の家への道の分岐点に着いた。


「駅まで一緒に行っていいか?」


「もちろん!」


 ここで夏野と別れるのは何か勿体ない気がするなと思っていたら、いつの間にかそう口に出していた。この気持ちの本質は何だ? 考えてもすぐには分からない。


 駅にもあっという間に着いたところで夏野が近くを指さした。


「……ねえ、隣の公園でもう少しだけお話ししない? あたし、久しぶりにブランコに乗りたいなー」


 夏野の提案に乗って、二つあるブランコにそれぞれ腰掛ける。


「うわー! ブランコなんて生徒会に入ってすぐにまこちゃんと曜子の家まで行った時以来だよー!」


 夏野が脚を延ばして、ブランコをゆらゆらと揺らす。さすがに俺たちが座ったまま思いきり漕ぐことのできるブランコではない。


「まこちゃん、その時にブランコに乗ったまま寝てたよねー。器用過ぎてびっくりしちゃった」


「そんなこともあったな。もう一年以上も前の話か。……あれが目安箱委員長の最初の仕事だった。というか最初の相談があんなのだったから、その後の相談も恋愛ばっかりになったんじゃないのか?」


「それはさすがに濡れ衣だよ。まあ、高校生の悩みなんてそんなものじゃない? だってあたしもまこちゃんも悩んでるでしょ?」


「そうだな。自分がこうなるとはあの頃は思ってなかったな」


「もし今のまこちゃんが過去のまこちゃんに今の状況を教えに言っても、絶対嘘だって言って取り合ってもらえないね」


「だろうな」


 俺も夏野と同じように、少しだけブランコを揺らす。


「小学校の頃はどこまでも飛んでいけそうなくらい漕げたのに、いつからこんなに大きくなったんだか」


「同じこと考えてた! まこちゃん、ブランコ漕ぐのすっごく得意だったよね。もう少しで一回転しちゃいそうでドキドキしてたんだよ。えい!」


 夏野がブランコからローファーを飛ばす。


「うん! 靴飛ばしの結果によって、明日は晴れと曇りになりました!」


「明日は雨だぞ。というか両方飛ばして、どうやって取りに行くつもりだ?」


「あっ⁉ ……まこちゃん、お願いします」


「断る。少し反省してろ」


「えー! 意地悪しないでよー!」


 ブランコに乗ったまま脚をバタバタさせる夏野を見て笑うと、夏野はムッとした表情で睨んできた。


「まこちゃんー、真実ちゃんに言いつけるよー?」


「なんでそれで俺が言うことを聞くと思うんだよ」


 と言いつつも、夏野が飛ばしたローファーを拾ってくる。


「ありがとう! 次からは片方ずつにするね!」


「まだやるのかよ」


 何が起こるということもなく、時間が過ぎていく。小学生の頃にもうそろそろ家に帰らなきゃいけないとか言っていた時間になっても、俺と夏野は話しながらブランコを漕ぎ続けた。


「昔はこんな時間がずっと続けばいいのになって思ってた。けどね、たとえ終わりが来たとしても、それは悲しいことじゃないって分かったんだ。だってあたしたちには明日があるから。永遠のさよならなんてない。また明日。あたしとまこちゃんはどんな関係になったとしても、そう言い合えると思う」


「……ああ、俺もそう思う。必ず四季祭で答えを出す。待っててくれるか?」


「うん。待ってるよ」


 夏野の笑顔が夕日に並んで輝く。


 夏野、お前ともう一度出会うことができて本当に良かった。


「そろそろ帰るか」


「だね! 去年ほどじゃないけど、これからそれなりに忙しくなる。一緒に頑張ろうね!」


「ああ」


 夏野を駅の改札で見送って、俺も家に向かって歩き始めた。




「じゃあ、これで各クラスの催し物は決定です。参考となる資料は明日までに生徒会室の前の机に置いておきますので、時間がある時に各自クラスに持って帰ってください。それでは本日の文化委員会を終わります。ありがとうございました」


 クラスでの決定から数日後の文化委員会で、各クラスの内容が決まり、俺たち三組は希望通りお好み焼きとチュロスで模擬店をすることになった。


「冬風先輩、夏野先輩。私の司会、どうでしたか?」


 新生徒会の文化委員長は双田夢になったらしく、春雨と一緒に文化委員会に出席して、指示を出していた。


「生徒会が始まってすぐなのに、ここまでできるなら何も心配ないだろう。去年、夢は四季祭の時期の生徒会の仕事を手伝ってくれてたから、何となくの動きは分かってるだろうしな」


「うん! これからかなり忙しくなると思うから、頑張って! どうしても人手が足りなかったらあたしたちも手伝いに行くよ!」


「ありがとうございます。私なりに頑張ってみますが、いざという時はよろしくお願いしますね」


 夢はそう微笑んで、教室から出ていった。


「咲良ちゃん、新しい生徒会はどう?」


「いきなり四季祭の運営なので、阿鼻叫喚ですよ。けど何とか乗り切ってみせます」


「頼もしくなったな」


「それほど追いかけてきた先輩方が偉大だったんですよ」


 恥ずかしそうに笑う春雨の表情からは、会長選挙前の自信のなさは全く想像できなかった。

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