第37話 最後の四季祭準備
第37話 問題と終わりと覚悟~最後の四季祭準備~①
金曜日に生徒会が解散して、次の日である土曜日は生徒会のメンバーで遊びに行った。朝からカラオケに行ったり、スポーツをしたり、ご飯を食べたりと充実した時間を過ごした。生徒会が解散したなんて今でも信じられない。後悔はないが、この気持ちが落ち着くにはもう少し時間がかかるだろう。
そして今日は日曜日、俺は朝から陸上競技場に来て、高校生陸上の秋季大会を観戦していた。今日で戦国と大和は引退だ。
戦国も大和も百メートル競走が専門で、大和は準決勝で惜しくも敗退してしまった。他の競技も龍井や虎岡たち面識のある陸上部二年生たちが出ているので一日中応援し、あと残っている競技は戦国の走る決勝だけになった。
「冬風? あんた来てたの?」
観客席に座って水を飲んでいると、後ろから大和に声を掛けられた。
「朝から応援してたよ。……俺が言うことじゃないかもしれないが、惜しかったな。お疲れ」
「ありがとう。隣座っていいかしら?」
「ああ」
大和が隣に座って、スポーツドリンクを飲む。
「六花に来てるって教えてないでしょ?」
「邪魔になったら悪いからな。静かに応援しとくよ」
「別に邪魔になんかなったりしないわよ。……生徒会、解散しちゃったわね。私も今日で引退するけどどんな気持ち?」
「それは難しい質問だな。寂しい気持ちや、やり切ったという達成感とか、色々な感情が混ざってる。まあ、後悔はないな。俺は俺にできることをやり切った」
「そう、それなら良かったわ。私も後悔はないわね。未練はあるけど……」
「未練?」
「ええ、もっと六花や後輩のみんなと走っていたかったわ。部活が私にとって何よりも輝いている時間だった」
「……それを聞けて良かった」
「どうして?」
「俺は目安委員長として、自分がやりたいこと、やれることをやってきたつもりだ。けどそれが正しかったのかどうかは分からない。大和と戦国の一件も本当にあの結末で良かったのかずっと不安だったんだ」
「冬風は本当に優しいわね。大丈夫、私と六花にとってはあれが一番の決着のつけ方だった。あんたには感謝してもしきれないわ。ありがとう、目安箱委員長さん」
「……もう引退したけどな」
大和の言葉を聞いて、少しだけ肩が軽くなった気がした。
「もうすぐ決勝が始まるわ。もっと前に行って応援してあげなさい」
「俺はここでいいよ」
「そんなこと言わずに来なさい。六花もそっちの方が力が出るわ」
大和に手を引っ張られ、前の方の席に移動し陸上部と合流する。
「あ、冬風先輩! 六花さんの応援ですか?」
「ああ、虎岡たちの競技もちゃんと見てたぞ。お疲れ」
「ありがとうございます!」
少しして決勝を走る選手がトラックに出てきた。
うう、やっぱり決勝は緊張するなー。それにこれが四季高校の選手としての最後の一本だ。
自分のレーンに入ると聞き慣れた声の応援が聞こえた。蘭や陸上部のみんなが応援してくれている。手を振ろうと声の方を向くと、ジャージの女子の中に一人だけ私服の男子がいるのが分かった。誠だ。
確かに今日が引退試合ってことは伝えたけど、まさか応援に来てくれてるなんて。というか来るなら教えてくれたっていいじゃん!
手を振ろうと思ったが止めた。集中しよう。誠がいるならますます負けられない一本になる。私が一番輝いている瞬間をそこから見ててね。
戦国と目が合った気がしたが、戦国はその場で飛んだり、跳ねたりし始めた。集中しているのだろう。戦国、お前は走っている時、どんなものよりも輝いていて綺麗だ。そんあ姿を今日も見せてくれ。
選手がそれぞれのレーンに入り、会場が静かになる。そして凍り付いたような会場の空気はスタートを告げる号砲と共に一気に解き放たれた。
俺たちの目の前を選手が駆け抜けていく。混戦だが、俺の目ははっきりと戦国に奪われた。
綺麗だ。戦国の走る姿はいつもその言葉以外に表しようがない。真剣でありつつも楽しそうに走る戦国の姿を見ると、俺の心の鼓動も早くなる。ずっとその姿を見ていたい。もう少しゆっくり走ってくれ。もっと戦国の走りを見ていたいんだ。
そんな永遠を望むには戦国の風のような走りは速過ぎた。
「圧倒的な一着ね。今まで緊張がたたって二着ばっかりだったのに、最後の最後でやるじゃない」
「……凄いな」
「ええ、あの子と一緒に走れたことは私の誇りだわ。ほら、冬風に嬉しそうに手を振ってるわよ」
「大和に振ってるんだよ」
「あんたによ」
「もー、どっちだっていいじゃないですか! ほら、大和先輩も冬風先輩も反応してあげてください! 戦国先輩が拗ねちゃいますよー!」
龍井に言われて、俺と大和はトラックの戦国に手を振った。
「じゃあ、俺はもう帰るよ」
「六花に会っていかないの?」
「俺がここにいたら邪魔だろ。今日は陸上部にとって大切な日だ」
「そんなことはないけど、冬風がそう言うなら止めないわ。また学校でね」
「ああ。またな」
龍井たちにも挨拶をして、観客席を出ると、ちょうど大和たちの方へ帰る途中の戦国と鉢合った。
「……誠、自己ベストだったよ」
「見てたよ。おめでとう」
「それだけ?」
「……綺麗だった。見とれたよ。俺は走ってる戦国が好きだ」
「やった……」
戦国が遠慮がちに抱きついてくる。
「もう帰っちゃうの?」
「今日は大和たちと積もる話もあるだろ。それを邪魔したくない」
「そっか。……ねえ、ご褒美が欲しい」
「そんな年じゃないだろ」
「いいの。頭を撫でて。小学校の頃、徒競走で一番になったらお母さんがそうしてくれたの」
「……俺はお前の母親かよ」
そうは言いつつも、取り敢えず戦国の頭を撫でる。
「……ありがとう。今日の夜、電話していい?」
「ああ、落ち着いたら戦国からかけてくれ」
「了解!」
戦国が俺から離れて、笑顔になる。
「今日はありがとう! 誠に最高の走りを見せられて本当に良かった!」
戦国と別れて家に帰る。
こうやって誰も彼もが青春の一ページを光り輝く文字で埋めていくのだろう。そのインクには涙や汗が染みこんでいる。
俺たちの関係の、恋の最後の一ページはどうなってるんだろうな。まだ誰にも分からないこの青春の結末はもうすぐそこまで迫っていた。
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