第36話 生徒会解散

第36話 これまでの笑顔と最後の言葉~生徒会解散~①

 選挙が終わって、それぞれ引継ぎのための書類を作っていると、あっという間にこの生徒会の最終日を迎えた。


「朝市先生から聞いたんだが、次の生徒会、順調に人が集まってるらしいな」


「はい、去年の誠さんと真実さんみたいに、先生が無理やりってことはないと思います」


 春雨がこの一週間でまとめられた引継ぎの書類を整理しながら答える。今日はもうほとんどやることはなく、残っているのは生徒会室の片付けくらいだ。


「今思えば朝市先生に感謝だな」


「えー、あたしが推薦したのにー」


 拗ねた顔をした夏野に何も言わずにいると、夏野は霜雪に抱きついた。


「うー、真実ちゃん、まこちゃんが無視してくるよー」


「照れ隠しよ。何ならこっちも無視して様子を見てみましょう」


「おい、聞こえてるぞ」


「はい、冬風君の負けね」


「いつから勝負してたんだよ」


 笑いながらこっちを見てくる夏野と霜雪を気にせずに、月見に質問する。


「誰か次の生徒会に知ってる奴とかいるか?」


「ああ、双田夢ちゃんが入ってくれるらしいですよ」


「へえ、夢がか。まあ、望も季節の生徒会で副会長をやってるみたいだし、ありがたいことだな」


「はい、知らない人ばかりだったら緊張しちゃうんで、夢ちゃんが入ってくれるって聞いて安心しました」


 次の目安箱委員長はどんな奴がなるのだろうか。気にはなるが、春雨と月見がいる生徒会なら何も心配することはないだろう。そもそも、俺自信、結局目安箱委員長として生徒の役に立てたかどうか分からない。


「みんな、もう片付け始めちゃった?」


 丁度、生徒会室の掃除を始めるかというところで小夜先生と朝市先生が生徒会室に入ってきた。


「いえ、今からですよ」


「そう、間に合って良かったわ。じゃあ始めましょうか」


 それぞれが手分けして、生徒会室を掃除する。


「この設備の整った場所を使えなくなるのは残念だ。何でもできる快適空間だったのに」


「まこちゃんはくつろぎ過ぎだよー。いつもお弁当食べた後、お昼寝したりしてたんでしょ?」


「最高だったな」


「このひざ掛けと簡易まくらって誰のです?」


 月見が棚の上のひざ掛けを指さす。


「俺のだ」


「それってまこちゃんのだったの⁉ てっきり生徒会の備品かと思ってた。本気でお昼寝してたんだね」


「どうせならより快適に過ごしたかったからな」




「政宗さん、段々政宗さんの席が豪華になっていったのは気付いてたんですけど、全部持って帰れますか?」


「うーん、咲良のために全部残していくよ。咲良も自分の席は豪華な方がいいだろう?」


「それって、政宗さんが持って帰るの面倒くさいだけですよね?」


「うん、駄目かな?」


「……分かりました。私が引継ぎます」




「あー、去年の教科書、持って帰るの面倒くさくて生徒会室に置きっぱなしだったの忘れてた。大地、代わりに持って帰ってくれない?」


「なんでだよ!」


「えー、私一人にこんなに重たいの持って帰れって言うの?」


「あーもう、分かったよ! 半分だけ手伝ってやるよ!」


「いえーい!」




 それぞれが自分が持ち込んでいた荷物を整理した後、床掃除や棚掃除をするが、人数が多いので、あっという間に片付けは終わった。


「もう終わったのか……」


「誠……。そうだね、もう終わりだ」


「夏野。このフォトボードって夏野が作ってたんじゃないのか?」


「あ、そうです! 今から片付けますね」


 朝市先生が夏野がイベントが終わる度に写真を貼っていっていたフォトボードを机の上に置き、夏野は一枚一枚、写真を外していく。


「あ、最初にみんなで撮った写真だよー。トランプで真実ちゃんとまこちゃんと朝市先生がぼこぼこにされた後に撮ったやつだね」


「ぼこぼこって言うなよ」


「次は去年の体育祭! あたしたちのダンスの写真とか、フォークダンスの写真だね。あ、まこちゃんが騎馬戦で政宗君から鉢巻を取った瞬間の写真もあるよ!」


「あれは三上君に気を取られ過ぎて油断したね。まあ、一対一なら負けないが」


「いや、一対一でも俺が勝ってたぞ」


「そんなことはないさ」


「なら試してみるか?」


「もー、今戦ってもしょうがないでしょー。まこちゃんも政宗君も子どもなんだから」


「夏野にだけは言われたくないな」


「そうだね」


「なんでそこは意見が合うの! んー、次は夏祭りだね。咲良ちゃんの大食い写真に、大ちゃんとの射的対決の写真、それから、花火を観終わった後でみんなで撮った写真!」


「この写真に写ってる食べ物、全部春雨が食べたんだよな?」


「い、いや、政宗さんと一緒に食べましたよっ……!」


「僕は少しだけだよ。ほとんど咲良だ」


「ま、政宗さん!」


「その後に合宿かー。山での写真に、川での写真、そしてバーベキューと花火!」


「俺たちは政宗さんのおかげでかなり豪華な合宿でしたね。任期の関係で二回も行くことができたし」


「そうだねー。夏休みが明けて……対抗戦! 初めての試みだったけど、季節の生徒会さんと一緒に頑張ったね」


「九姫たちと交流できたのは良かったな。生徒会は運動部とかと違って、他校との交流は少ないが、対抗戦のおかげでお互いに刺激し合えた」


「対抗戦が終わったら、あたしたちの修学旅行だったねー。ハワイ、もう一回行きたいなー」


「みんなでこの写真を撮った後、倒れちゃったのよね。誠君も変な所触ってきたし」


「だからあれは他の奴に押されてって言っただろ! 変なことばっかり思い出しやがって」


「あらー、誠君も覚えてたんじゃない。お互い様ね」


「そんなからかいに乗るか。ほら次は何だ?」


「次は四季祭! 政宗君が倒れちゃったりして色々と大変だったけど、凄くいいものが作れたね」


「あの四季祭は私が見てきた中で一番の四季祭だったわ」


「ああ、学校側の評価も、生徒の評価も最高だった。その分、今年のハードルは高いぞ。春雨、月見、頑張れよ」


「は、はい! 去年以上のものを目指します!」


「四季祭が終わって、クリスマス、それからバレンタインがあって卒業式。振り返ってみると去年はあっという間だったなー」


「そうだね、まさに激動の一年という感じだった」


「今年になってまた対抗戦があって、体育祭があって、合宿があった」


 夏野が写真を外していくスピードが遅くなっていく。


「……もっといっぱい写真撮っておけばよかった……。今日だけじゃ片付けきれないほど写真を撮っといたら来週もみんなで一緒にいられたのに……」


 夏野が涙を流し、外し終わって一番上に置かれていた写真、俺たちが初めて撮った集合写真にその大粒の涙が落ちる。


「夏野さん……」


 霜雪が夏野を抱きしめる。


「大丈夫よ」


「もっとみんなと一緒にいたい……! もっとここでみんなと悩んだり、笑ったりしたかった……!」


「私もよ。それにみんなも同じ気持ち……」


 夏野の寂しさをこらえるような声が生徒会室に静かに響く。


「夏野さん、こらえなくていいのよ。私の分まで泣いてくれる?」


「な、なんで……。真実ちゃんは泣かないの……?」


「私まで泣いちゃったらみんながこらえきれなくなるでしょ? そうなったら慰められる人がいなくなって収集がつかないじゃない」


「ううー」


 夏野が声をこらえるのを止め、涙で霜雪の制服を濡らしていく。そんな夏野に、霜雪以外近づくことはできなかった。まるで、一歩でも動いてしまうと、自分たちの目からも涙がこぼれてしまうかのように。




 夏野が落ち着くと、朝市先生が袋からラッピングされた何かを取り出して、俺たちに一つずつ配った。


「俺と涼香からのプレゼントだ。今、開けてもいいぞ」


 朝市先生がそう言ったので、ラッピングを外して中身を見ると、アルバムだった。中には今までの生徒会の行事の写真がたくさんあった。


「お前たちにこの前、生徒会で撮った写真のデータをくれって言っただろ? それはこれを作るためだったんだ。中に所々描いてあるイラストは涼香が一人一人違ったものを描いたんだぞ。アルバムも業者に頼まずに俺が用意した。完全に俺たちの、いや、この生徒会オリジナルのアルバムだ。一年以上頑張ったご褒美としては物足りないかもしれないが、どうだ?」


「朝市先生……。小夜先生……」


 全員が先生たちの方を向いて頭を下げる。


「これまでお世話になりました。先生方がいなければ僕たちは何も成し遂げることができませんでした。どれほど感謝してもしきれません。それにこんなに素敵な物も頂けるなんて……」


「おう、なら一生感謝してくれ。俺たちはいつまでもお前ら生徒会の担当教師だからな」


「私たちもあなたたちとかけがえのない時間を過ごさせてもらったわ。みんな、本当にありがとう。楽しかったわ」


 朝市先生、小夜先生の優しい笑顔はこれまでも、そしてこれからもずっと俺たちを見守り、導いてくれる。俺たちがこの生徒会で青春を送れたのはこの二人がいたからこそだった。


「朝市先生、表紙をめくった次のページに空きスペースがあるんですけど、これは何ですか」


「そこはな、今から撮る集合写真を貼る用の場所だよ。よし! じゃあ並べ!」


 朝市先生が三脚とカメラの準備を始め、俺たちは机を寄せて、並ぶ。



「まこちゃん、真実ちゃん、もうちゃんと笑える?」


「ああ」


「ええ」




「大地、あんた気が付かない間に背が伸びたわね」


「だろ? 成長期なんだよ」




「咲良、僕の隣に来てくれるかい? できるだけ咲良と近くがいいんだ」


「はい、喜んで」




「輝彦、あんたも成長したわね」


「ああ、バランスってものを考えられるようになったぞ。よし! 笑え! シャッター切れるぞ。三、二、一!」




 フラッシュがたかれ、シャッター音が鳴る。どんな写真が撮れているのだろうか。そんなこと今なら確認しなくても分かる。全員、笑顔に決まっている。




「これでやることは全部やったな。この写真のデータはすぐに誰かに渡すが、そのアルバム用の写真はいつ渡すか分からない。来週かもしれないし、卒業式かもしれないし、十年後かもしれない。別々に渡すのはめんどくさいから、ちゃんとその時は全員集まってくれよ」


「はい!」


 全員がそう返事をすると朝市先生と小夜先生は笑って生徒会室から出ていった。



 生徒会室は俺たちだけになり、静まり返る。


「……そろそろ帰るか」


「……だね」


 それぞれが荷物を持って、ゆっくりと生徒会室を出ていく。一年以上ここから家に帰っていたはずだが、今日は異様に脚が重い。


 秋城以外が生徒会室を出たが、秋城は扉の近くで自分がずっと使っていた会長席を振り返ったきり、全く動かなくなった。


「秋城? 帰るぞ」


「嫌だ」


 秋城が静かに呟く。


「嫌だって言っても……」


「そもそも非合理的だとは思わないか? 僕は間違いなく歴代で最も優秀な生徒会長のはずだ。紅葉姉さん、小夜先生、影宮先輩、この学校の生徒会長として何らかの功績を残した人は何人もいるが、その中でも僕は頭一つ抜けている。そんな僕がなぜ引退しなければならないんだ? 咲良のことを信じていないわけではない。ただ、僕が会長、空が副会長。体育委員長に大地、文化委員長の奏、美化委員長の真実。書記会計に咲良、そして目安箱委員長に誠。この学校の歴史上、いや、他の全ての学校を入れても、僕たちは最高の生徒会だった。それなのになぜ僕たちの生徒会は今日で最後なんだ? 非合理的だよ」


「……秋城」


「……本当にそうだ。こんなことを言うなんて非合理的だ。僕がここで駄々をこねても何にもならない。そんなことは分かっているさ。そんなの僕らしくないからね。ただ、どうしてもこの口が止まらない。僕が動かない限り、今日の終わりは来ない。このままでいれば何か奇跡が起こって解散しなくてもいいようになるかもしれない。だって、僕たちがこんな風に出会えて、一緒に生徒会で活動できたのは奇跡だ。一度、そんな奇跡が起こったのだったら、二度目があったっていいじゃないか……」


 振り向いた秋城の顔には一筋の涙が流れていた。


「……おい、お前が泣くなよ。せっかくさっき夏野が代わりに泣いてくれたのに、台無しだ」


 一気に目が熱くなり、視界が滲む。


「ほ、本当にそうだよ……。さっき一人で泣いたあたしが馬鹿みたい……」


 秋城から涙は連鎖していき、夕日が差し込む廊下で全員、静かに涙を流す。


「政宗、最後の最後でそれはずるいわよ。そんな顔、今まで私たちに見せなかったじゃない」


「そうだね……。みんなに見せる最初で最後の涙かもしれないからよく目に焼き付けておいた方がいいよ」


「そう思ったけど、秋城君の顔がよく見えないわ。いつになったらこの涙は止まってくれるの?」


「それはいくら僕でも分からないね」


「責任取ってお前が何とかしろよ。俺たちの会長だろ?」


「都合のいい時だけ僕のことを会長と呼ぶね。まあ、誠の言うことは最もだ。けど会長の責任は生徒会の責任でもある。最後くらい、潔くしようか」


 秋城が涙を拭って笑顔になる。


「この涙の責任を取って僕は会長を辞める。だから生徒会は解散だ! みんな、今までありがとう!」


「一生、秋城を恨んでやる。それほどここは俺にとって最高の場所だったんだ」


「ううん、まこちゃん、それは違うよ。あたしたちにとって、最高の場所」


「恨み続けるということはこれからも僕たちは関わり続けるということだ。それなら生徒会の解散なんて長い人生の中の一つのイベントに過ぎない。たとえ放課後に全員揃って生徒会室に来ることがなくなっても、僕たちの思い出は消えないし、僕たちの思い出はこれからも増えていく。なんだ、そう考えると別に泣くようなことはないね」


「お前が最初に泣いたんだろうが」


「そうだっけ?」


「お前は本当に嘘つきだよ」


 秋城が笑ったまま、生徒会室の鍵を閉める。


「みんな、帰ろうか!」


 そうして俺たちは引退、解散した。


 来週からはもうここに来ることはない。だが不思議と悲しさは感じない。俺たちは生徒会というくくりがなくなっても、ずっと仲間だ。馬鹿なことを言い合ったり、何かに一生懸命打ち込んだり。そんなことは生徒会じゃなくてもできる。


 ただ確かに俺の青春はここにあった。俺はこの生徒会だからこそ今まで知らなかったことを知ることができた。そんな奴らに、場所に、俺が今言う言葉は一つしかない。


「……ありがとな。楽しかったよ」

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