第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~⑧

 選挙の結果は春雨が当選。俺と夏野と霜雪は一足先に生徒会室に来ていた。


「咲良ちゃんが生徒会長かー」


「まあ、かなり接戦だったと思うぞ。それだけ二人の演説は気持ちの伝わるものだった」


「会長選挙の決着はついたけど、もっと前からの問題には、秋城君たちはどんな答えを出すのでしょうね」


「それはまだあいつらも完全には分かってないだろうな」




 大地君と一緒に教室を出て、生徒会室に向かう。


「咲良、当選おめでとう!」


「うん、ありがとう」


 大地君と何を話せばいいのだろうか? どう接するべきなのか。


「そんな顔するなよー。政宗先輩みたいに受かって当然ですって感じじゃないと生徒会長なんて多分やっていけないぞ。自分に自信を持つ! それが咲良が今回の件で学んだ事だろ?」


「……うん」


「……咲良、一つ咲良に言っておかなきゃならないことがあるんだ……」


 大地君が寂しげな声を出す。もしかして大地君は次の生徒会にはいてくれないのだろうか? そんなのは嫌だ……。


「何?」


「副会長! 俺にならせてくれよ! これからも俺は生徒会で活動したい! 咲良と一緒に、先輩たちの背中を追いかけ続けたいんだ!」


「大地君……。うん! 私も大地君に副会長になってもらいたい!」


「じゃあ決まりだな! やったぜ! というかさ、いくら会長が政宗先輩だったからとはいえ、全然存在感を見せなかった空って、実はこの生徒会で一番やばい奴だったんじゃないかって最近思ってるんだ。なんかこう、政宗先輩さえも掌で転がしてるっていうか……」


「わざと僕が空の掌で転がされていたんだよ。いや、そう言うとすれば、僕が空を掌で転がしていたのか?」


「残念、それを込みで私の掌の上よ。だって今回の選挙も私が勝ったじゃない」


「政宗さん⁉」


「空⁉」


 生徒会室のある階まで階段を上ると、いきなり政宗さんと空さんが現れた。


「やあ、二人ともお疲れ様。咲良、ちょっとだけ僕に時間をくれるかい?」


「大地、私について来て」


 いきなりのことで大地君と私は目を合わせたが、結局は連れられるがままに二手に分かれた。




「政宗さん、どうして屋上の鍵を持ってるんですか?」


 政宗さんに連れていかれた先は四季祭の時に生徒会で花火を見た屋上だった。


「実はね、生徒会長になるとこの鍵を貸してもらえるんだ。だからもうこの鍵は咲良に渡しておくよ」


 政宗さんから鍵を受け取る。


「ここにはね、会長になってからよく風に当たりに来ていたんだ。どんな悩みを抱えていても、ここに来たらなぜか自分がどうするべきか分かる。そんな場所だった。……けど、今回の選挙については自分がどうするべきか分からなかった。咲良と大地に自分の力に気付いて欲しかったが、単純にそれを伝えるだけでは意味がないと思った。咲良も大地は良い意味でも悪い意味でも僕たちのことを信じてくれているからね。それで結局はお手上げ状態。誠がきっかけを作ってくれなければ、こんなにいい形で選挙を終えることができなかった。咲良、よく頑張ってくれたね。誇らしいよ」




 僕は本当に臆病者だな。こんなことを言うのは今じゃなくてもいいだろう。僕が今まで生徒会のみんなにも一度も話したことのないこの場所に咲良を連れてきたのは、ずっと昔からの想いを伝えるためだ。


「私はまだまだです。政宗さんや生徒会の皆さんの助けがなければ、いつまでも自分を否定したままだったと思います。本当にありがとうございました。……誠さんたちが待ってますね。そろそろ戻りますか?」


「……そうだね」


 咲良が出口に向かって歩き出す。散々、誠のことをからかってきたのに、自分はこんなに腰抜けなのか。また咲良に何も伝えることができないのか。いや、そんなのは駄目だ。


 咲良の手を掴んで、振り向かせ、抱きしめる。


「ま、政宗さん⁉」


「咲良、愛してる。もう思い出せないほどずっと昔から咲良のことが好きだ。咲良のためと思いながらも、咲良自身を傷付けてしまう情けない僕だが、これからもずっと傍にいてくれないか? 僕は欲しいものは全部自分の力で手に入れた。けど咲良が一緒にいてくれるなら、そのどれもが僕には必要ない。咲良とこれからもずっと一緒にいたい。それが叶うなら何もいらないんだ」




 政宗さんが強く、そして優しく私を抱きしめる。急なことで驚いたが、自分の想いを伝えられるように私も抱きしめ返す。


「政宗さん……。私、ずっと一人の人を追いかけ続けてきました。必死にその人の真似をして、その人が行く所に全部ついていって。けど全然、追いつくことはできなかった。その背中はどんどん私から離れて、前に進み続けていた。私はその人に相応しくないんだと思いました。その人の隣には並ぶことができないんだと思いました。……けど……っ。けど……少しは追いつくことができましたか……? 私は政宗さんと一緒にいてもいいんですか……?」


 涙のせいで声がかすれる。ちゃんと伝わっているだろうか? 演説の時のような自分になれているだろうか?


「咲良の前を走っていたはずなのに、いつの間にか咲良は僕の手を取って引っ張ってくれていた。僕が走り続けられたのは咲良がいたからだ。これからはゆっくりでもいい、走ってもいい、隣でずっと一緒に前に進み続けよう」


「政宗さんっ! 大好きですっ……! 私もずっと、ずっと昔から大好きです……」


 今までの想いが溢れる。


「僕が素直になれなかったせいで無理をさせたね。大丈夫、全部知ってるよ。だからといって、聞きたくないわけじゃないけど……」


 政宗さんと唇が重なった。ここまでくるのに何年かかったのだろう。けどもうそんなことはどうでもいい。今から取り返せばいいのだから。


お互いに自分からは決して離れようとせずに、ただ甘い時間だけが秋の風に吹かれながら過ぎていった。




「せっかく生徒会室の階まで上がったのに、自販機のために下に降りるなんて」


「いいじゃない。頑張ったご褒美に奢ってあげるんだから」


 政宗たちと分かれて、大地を連れて自販機まで行く。


 そして自分の分と大地の分のジュースを買って、ベンチに座る。


「ありがとう」


「こうやって二人になるのもなんか久しぶりな感じがするわね。先週は一緒に帰ることもなかったし、修学旅行もあったから」


「確かに」と大地が呟く。


「……ねえ、会長選挙。大地としてはどうだった?」


「どう? まあ、あの演説だったら咲良が受かって当然だし、俺は俺であの演説で満足してる。後悔は全くない。……ただ、悔しいよ。もっと早く自分の意志で動けば良かった。もっと空たちがいる間に色んなことにチャレンジしておけば良かった。そして俺は自分の力では会長選挙に勝つことができなかった……っ! 今日、俺は新しい一歩を踏み出せたと思った。けどそれ以上に自分の力のなさを思い知った。ずっと空っていう凄い人の近くにいたはずなのに、俺は何も成長できてなかったんだ……!」


 大地が、少し缶を強く握りしめる。その目には悔しさの涙が浮かんでいる。


「それって後悔じゃないの? ふふっ、まあいいわ。内容はなかなかに酷いものだったわね。けどあの場で話しながら一人で考えたものにしては上出来だったわよ。これまでの大地だったら、そういうことにチャレンジしようとも思ってなかったと思うわ。けど今日は違った。成長できてないなんてことはないわよ。そもそも、ずっと私と一緒にいたんだから、成長してるに決まってるじゃない。私はこの学校で唯一、秋城政宗と肩を並べられる存在よ」


「……凄い自信だな」


「根拠のある自信は持っておくに越したことはないの」


「……そっか。それにしても悔しい! 最後の最後くらい、空にかっこいいところを見せようと思ったのになー。これで終わりかー」


「なに勝手に終わらせてんのよ。これからもずっと一緒に決まってるじゃない」


「ん? だって来週からはもう空たちは生徒会に来なくなるだろ。そしたら一緒に帰ることもできなくなるし、卒業もある」


「そんなの関係ないわ。成長したとはいっても大地のことを放っておけないしね。……けど、確かにこのままだと一緒にいられないから、彼氏と彼女ってことにしとく?」


「彼氏と彼女って……。俺とでいいのか? 俺は空がいないと何にもできないような奴だぞ」


「私から言ってるのに、いいも駄目もないわ。……それに年上の女子っていうのは、ちょっと情けないくらいの男子の方が好きなのよ」 


「それって褒めてる?」


「けなしてるに決まってるじゃない。悔しかったら自分の力で見返してみなさい」


「……そうか、分かったよ。まあ、これからずっと一緒にいてくれるらしいし、時間はたっぷりあるな」


「ええ、ずっとよ」


 大地がジュースを飲み干して立ち上がる。


「空、ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」


 私も最後の一口を飲んで、大地の前に立つ。


「私もずっと好きだった。こちらこそよろしく」


 大地と目が合って、二人揃って爆笑する。


「俺たちには似合わないな」


「そうね。気持ち悪かったわよ!」


「それは言い過ぎだろ!」


 空き缶をゴミ箱に入れて、生徒会室に向かう。


 さっきの大地、今までで一番かっこよかったわよ。




 さっきの空、今までで一番可愛かったな。




 赤くなっている顔を見られないように、お互いに生徒会室に着くまでそっぽを向いていた。




 夏野と霜雪と一緒に、今日の分の仕事をしていると、秋城たちが一緒に生徒会室に入って来た。


 明らかに秋城と春雨、月見と星宮の雰囲気が午前中とは違う。


「かける言葉はおめでとうでいいのか?」


「そうだね、クラッカーとケーキも用意してくれるかな?」


「無茶言うなよ」


「四人ともおめでとうー!」


 解散までに終わらせないといけない仕事は溜まっているが、今日じゃなくてもいいか。この生徒会ができるずっと前からくすぶっていた恋が二つも叶った記念すべき日だ。


 今日の夜は星も月も綺麗に見えるだろうな。笑顔に包まれた生徒会室で、俺はふとそう思った。

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