第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~⑥

 金曜日の放課後、もう月曜日に演説と投開票があるので大地と一緒に準備するのはこれで最後だ。


「大地、僕の用意した原稿を僕が言ったように演説で話すことができれば必ず当選する。分かったね?」


「……はい。一週間ありがとうございました。月曜日もよろしくお願いします」


 大地がリュックを背負って教室を出ていった。


 これで本当に良かったのだろうか。大地は僕のメッセージに気付いてくれるだろうか。




「咲良ちゃん、本番はマイクがあるから声は小さくてもなんとかなるわ。私が考えた原稿と咲良ちゃんが考えた原稿、結局どっちを使う?」


「……空さんの方でと考えています。まだ自分でも決めてませんが……」


「そう。どちらでもいいわ。自分が自信を持って言えるほうにして」


「……分かりました」


 咲良ちゃんが教室から出ていく。


 これで本当に良かったのだろうか。咲良ちゃんは私のメッセージに気付いてくれるだろうか。




 夏野と霜雪が先に帰って一人だけになった生徒会室で読書をしていると、秋城と星宮が荷物を取りに戻ってきた。


「誠、まだ帰ってなかったんだね」


「ああ、お前たちを待ってたんだ」


 読んでいた本を閉じてリュックに収める。


「その顔を見る限りだと、二人とも上手くいかなかったみたいだな」


「……ええ。最初から方法を間違えていたみたい。二人とも私たちが思っていた以上に私たちに依存していた。そして私たちも」


「別に悪いことじゃないだろ。昔からずっと一緒にいたんだ。急に離れろという方が無理な話だ。ただそれは会長選挙においてはマイナスに働いた。それだけの話だ。まあ、お前たちの恋愛にも重なって難しいことになっているのも事実だがな」


「全く、誠は他人のことになると途端に冷静になる。まるで自分を見ているようだ」


「誰だってそうだ。影宮先輩でさえそうだったんだからな。だからこそ他人の俺が言ってやるよ。なんでもう諦めたような顔をしてる? まだ演説当日があるだろ?」


「誠も知っている通り、僕はこの一週間、大地に全ての指示を与えた。やるべきこともやらなくてもいいことも全て大地に伝え、演説の原稿も僕だけで考えたものを大地に渡した。そしてそれを大地は受け入れてしまった」


「私は咲良ちゃんの意見とほぼ反対のことを提案し続けた。反論されればすぐに論破されるほどのことをね。でも咲良ちゃんは自分の意見を全く通さずに、いつも折れた。そして立候補は続けているもの、自分なんてとずっと思い続けている。それが演説にも影響して、自信なさげな言葉しか発することができていない。もう私たちはいなくなるからこそ、直接二人に問題点を指摘せずに、こんなに回りくどい手段を取った。ただもう手の打ちようがない。今更、私たちの意志を伝えても何の意味もない……」


 星宮も秋城も声が小さく弱弱しい。


「さっきも言ったが、まだ結果は分かってない。あいつらだって悩んでいる途中のはずだ。お前たちがあいつらを信じなくてどうするんだよ」


「……そうか。誠がそう言うならそうだね」


 本当にいつもの秋城とは別人だ。春雨が関わるといつもこいつは化けの皮がはがれるな。


「これも全て僕が咲良を見てあげられてなかったからだ」


「ん? 春雨のことを考え過ぎて、お前はそんなに拗らせたんじゃないのか?」


「拗らせたか……。その表現は僕にぴったりだね。誠には話したことはなかったと思うが、僕が何においても完璧を目指すきっかけとなったのは咲良なんだ」


「だろうな。何があったかは知らないがさすがにそれは分かる」


「昔ね、僕と咲良は二人揃って可愛く言えば、どんくさくて、おっちょこちょいだったんだ。別にそれは悪いことではないんだが、ある日、なかなか意地悪な同級生から言われたんだ。お前がそんなんだから咲良もそうなんだって。自分が馬鹿にされるのは構わないが、僕のせいで咲良までもが笑いものにされるのは耐えられなかった。だから僕は思った。僕が誰にも馬鹿にされることがないほど完璧に全てをこなすことができたなら、傍にいるはずの咲良ももう馬鹿にされることはないと。そんな子どもみたいな理由で結局こんな僕が出来上がった。ただその間、僕は咲良の方を振り返ることをしなかった。彼女は必死に僕を追いかけてきてくれていたのに、僕は無視して、彼女を傷付け続けた。咲良のことを考えていたつもりでも、本当は全く咲良を見てなかったんだ」


「本当にお前は春雨のことばっかりだな」


「そうだね。僕にとってはそれほど大切な存在なんだ」


「で、星宮は月見とどうなんだ? 今が色々とさらけ出すいい機会だぞ」


「どうもこうも見ての通りよ。幼馴染で、ずっと一緒に過ごしてきた。大地は昔から猪突猛進で危なっかしかったから、私が面倒を見てあげなきゃって思っているうちに過保護になって、今に至るって感じ。けど、いつの間にか大地はかっこよくなっていて、段々と大人に近づいていた。いつから好きになったのか分からないわ。というか政宗みたいにずっと好きって言える方が異端よ」


「はたから見れば簡単そうな恋も難しいもんだな」


「簡単な恋なんて多分この世界にはないのさ。誠ほど難しい恋もなかなかないと思うけどね」


「ならまずはお前たちが手本を見せてくれ」


「そうできるといんだけどね」


 そう言って秋城と星宮が笑う。


「そろそろ帰るぞ。あとは月曜日にどうなるかだ」


「誠、悪い顔をしてるね。何をするつもりだい?」


「ちょっとだけあいつらの背中を押してやるだけだ。まあ、失敗したら俺のせいにしてくれ。ただ、俺はあいつらを信じてるから失敗なんてありえない」


「……そう。なら私と政宗はもう自分の演説に集中するだけね。裏の目的があったとはいえ、私が咲良ちゃんの推薦人であることは変わらないわ」


「そうだね。僕も大地を会長にするために全力を尽くす。よろしく頼むよ」


 ちょっとは調子を取り戻したようだな。


 秋城と星宮と生徒会室を出た。次にここに来るときはもう次期会長は決まっている。

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