第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~⑤
「空さん、飲み物を買ってきてもいいですか?」
誠さんが教室を出ていってから、少しして戻ってきた空さんに言う。
「……ええ。ゆっくりでいいからね」
優しい声でそう答えた空さんが椅子から立ち上がった私を抱きしめた。何か心配させるような顔をしてしまっていたのだろうか。空さんの安心する香りにずっと包まれていたかったが、私は教室を出て自販機に向かった。
自販機で缶コーヒーを買って近くのベンチに座る。頭から誠さんの言葉が離れない。さっきの誠さんは会長選挙が始まってからの政宗さんと空さんと同じ目をしていた。何かを伝えてくれようとしている、そんな目だ。
ただ自分では何が何だか分からない。政宗さんも空さんも選挙が始まってからは普段とは違う雰囲気で私と大地君に接している。この選挙はただ次期会長を決めるものじゃない。ただ私と大地君のどちらが票を得られるかの勝負じゃない。先輩たちは私たちのために、私たちに何かを遺すために無理している。なのに私は何も気付けない。
この生徒会ができてから私は少しでも成長できただろうか。いや、ずっと先輩に甘えてきただけだ。憧れる人に少しでも追いつこうと生徒会に入ったのに、私はその背中を見ているだけで満足していた。追いかけることをいつの間にか止めていた。
こんな私が生徒会長に立候補? 誠さんが言った通りまだ間に合う。私なんかが生徒会長になんてなれるはずがない。生徒会長になれたら政宗さんに少しは追いつけるかなんて間違いだ。私はなんて駄目な人間なんだ。私なんて……。
「咲良、隣座っていい?」
顔を上げると大地君が前に立っていた。
「うん、もちろん」
私が答えると大地君はジュースを買って、隣に座った。大地君も何か思い悩んでいるような表情をしている。
「さっきさ、誠先輩が教室に来て、胸に刺さる言葉を言われたよ。まるで顔を殴られた気がした。何やってるんだ、目を覚ませって言われてる気がした」
「……大地君。私も同じ。誠さんの言葉を聞いて、何が何なのか分からなくなってここに来たの。誠さんと政宗さんと空さんは同じ目的で動いてる。けど考えれば考えるほどに私はやっぱり立候補を……」
「取り下げる? 咲良がそんなことしたら駄目だ。するなら俺が……」
「それこそ駄目だよ! 私より大地君の方が……」
「生徒会の二年生さん、二人揃ってどうしたの?」
声の方を見ると戦国さんがいた。誠さんたちと仲が良く、陸上部の副部長もしている先輩だ。
「あ、演説の練習してたんですけど、気分転換で……」
「そっか。もう来週の月曜日には投開票があるもんね」
戦国さんは鼻歌を歌いながらスポーツドリンクを買って飲む。もう暦的には秋が始まっているが、部活が猛練習なのか凄く暑そうだ。
「じゃあ、もう行くね。選挙頑張って!」
「はい、戦国先輩も部活頑張ってください」
戦国さんはそう言って、グラウンドの方に戻ろうとしたが、私と大地君の前で立ち止まって座った。
「うー、やっぱり放っておけない。二人とも、何か悩んでるんでしょ? こういうのは誠が気付かないわけないと思うから、誠に相談できない状況なんだね。ねえ、私は部外者だし、誠ほど何か力になれるわけじゃないけど、二人がよかったら何に悩んでるのか話してくれる? もしかしたら少しは楽になるかもしれない」
戦国さんが優しく笑う。その笑顔や声が誠さんとどこか重なり、気付けば私と大地君は何があったのかを戦国さんに話していた。
「そっか。二人は今、自分は生徒会長に向いてないから立候補を取り下げて、相手に生徒会長になってもらった方がいいって思ってるんだね。確かに誠の言葉をそのまま受け取るんだったら二人は生徒会長になるなって言われてる。けど誠はそんなことを言う人じゃないのは二人も分かってるでしょ? でも何をしたらいいのか分かっていない」
「……はい」
「私が誠が求めてることを二人に伝えるのは簡単だけど、それだと誠や秋城君、空ちゃんがやっていることが無駄になる。だから全部は言ってあげられないけど、これだけは言わせて。今二人が立候補を取り消せば最悪な結果になる。月見君と春雨さんにこの問題に向き合って欲しいから三人は行動してる」
「……けど、俺たちはどうすれば……」
「今までの生徒会で自分はどうやって活動してきた? それに比べて先輩たちはどんな風だった? 私は生徒会のことは詳しくは分からないけど、二人と先輩とでは色々と違う所があるはず。それを見つけるのは自分自身がやらないといけないことだよ。あとは……秋城君や空ちゃん、誠を信じて。必ず三人は月見君と春雨さんのためにきっかけを作ってくれるはず。ってあんまりアドバイスにはなってないよね。ごめん」
戦国さんは申し訳なさそうに立ち上がる。
「全く、誠ったら素直に言ってあげればいいのに。いや、秋城君と空ちゃんに合わせたからかな」
戦国さんは独り言で誠さんを責めているようだったが、その目には誠さんに対する信頼がはっきりと写っていた。
「どうして戦国さんは誠さんをそんなに信じられるんですか?」
「それは簡単だよ。誠のことが好きだから。どんな時でも信じられる人を好きになったからだよ」
戦国さんは満面の笑みで即答する。
「二人にも好きな人がいるならこの気持ちは分かるんじゃない? 私にとっての誠と同じような人が二人にもいるなら、その人のことは信じてあげないと」
「六花―! 早く戻って来なさいー!」
グランドの方から戦国さんを呼ぶ声が響く。
「あ、もう行かなきゃ! ごめん! 本当に力になれなかったね。月見君、春雨さん、私は二人ともを応援してるよ。無理な話だけど二人ともに会長になってもらいたい。二人が会長に相応しくないなんて思ってない。だからあと少しだけ頑張ってみて? あと少しだけ自分自信を見つめてみて? 誠たちもそう願ってるよ!」
戦国さんはそう言い残してグラウンドに走っていった。
戦国さんと誠さんは、誠さんと真実さんや奏さんと同じ関係だな。お互いのことを信頼しきって向き合っている。
「ここで逃げたら政宗さんたちを裏切ることになっちゃうね」
「そうだな。どうすれいいか分からないのは変わらないけど、取り敢えずは最後までやり切ってみよう」
私と大地君は空き缶をゴミ箱に入れて、それぞれ教室に戻った。
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