第35話 春秋重ねし恋の結末、月を抱く星空は明けて~生徒会長選挙~④
次の日の放課後、俺は演説時の音響の相談のために放送部を訪ねていた。
「冬風さん、音響はこんな感じですね。いつもの集会の時と同じです」
二年生の放送部員が快く色々と説明してくれた。
「そうか。ありがとう。……一つ質問があるんだが、もしここの裏のスイッチをオフにしたらどうなる?」
「あー、それを切っちゃったら体育館にある全部のマイクが切れますね。そこが接続の核になっている機械なので」
「分かった。ありがとう。当日の会場準備の時もよろしくな」
「はい! 任せてください!」
放送部に改めてお礼をしてから生徒会室に戻った。
「まこちゃん、どうだった?」
「ああ、色々と教えてもらったよ。まあ、これは最後の手段だがな。月見や春雨はどうだ?」
「大地君は政宗君が作ってきた原稿を使ってもう演説の練習をしてるよ。咲良ちゃんは空ちゃんと原稿を考えてる」
「選挙運動を朝の挨拶だけに絞って、あとは演説で勝負か。春雨は一日でポスターを作ってきたようだが、それは朝の挨拶の不利を少しでも埋めるためだな。まあだとしても別に必要ないとは思うが」
「そうね。ただ演説に焦点を当てているのは、秋城君たちにとっては賭けね。その練習の過程で月見君と春雨さんが自分の問題に気付ければいいけど、もし気付けなければ……」
「他にきっかけがなく、そのまま会長選挙が終わってしまう。演説は原稿の内容や、話し方など会長に求められる素質が試される。あいつらが自分を見つめ直すには最適だが、霜雪の言う通り一か八かだ」
そしてその結果は今日か明日にはもう分かってしまうだろう。
「演説と投開票まであと一週間だが、俺たちにできることは少ない。時間もあっという間に過ぎるはずだ」
「そうね。できれば今週までに解決してることを祈るばかりだわ」
霜雪と同じように俺と夏野も希望を抱いていたが、実際にはそう上手くことは進んでくれなかった。
「駄目だー。大ちゃんは完全に政宗君が一人で作った原稿で演説の練習してるし、咲良ちゃんは空ちゃんと原稿を作ったっぽいけど、完全に委縮しちゃってナーバスになってるー」
時間は無常にも過ぎていき、今日は木曜日だ。演説は月曜日にあるので、実質、それまでに月見たちに会えるのは今日と明日しかない。
「もう限界か。余計なお世話をするしか……。いや、本当にそれでいいのか。秋城たちは秋城たちで……」
「冬風君、落ち着いて。不安になるのは分かる。ただ秋城君たちは私たちよりももっと不安なはずだわ。それに秋城君も星宮さんも、一度関わらなくていいって言った段階で引けなくなっているのだと思う。それなら二人が何を言っても関わりに行くしかないわ」
霜雪が隣に座っている俺の手を握りしめる。
「……そうだよな。すまない、取り乱した」
「まこちゃん、結局どうする?」
「霜雪、夏野、秋城と星宮をそれぞれの教室から連れ出してくれないか? 俺がその後に月見たちと話す」
「分かった! じゃあ、早速行ってくる!」
夏野が勢いよく生徒会室を飛び出していった。
「冬風君、秋城君たちは自分が嫌われる覚悟で今、あの二人に厳しく接している。あなたも二人と同じようにするつもり?」
「ああ、あいつらがその覚悟したのなら、勝手に手を出す俺もそれに似合う覚悟をしなければならない。大丈夫だ、結局は一か八か。俺は可能性を少しでも高くできたらそれでいい」
「あなたがそこまで背負わなくても、他に手はあるのよ。それでもそうする?」
「同じセリフをこの前、俺が秋城と星宮にも言ったな。俺も不器用なんだよ」
「そうね。あなたも秋城君も星宮さんも、私とは比べ物にならないほど頑固で意固地で不器用だわ」
「比べ物にはなると思うぞ。霜雪も相当だ」
そう言った俺に霜雪は拳を優しく胸に突き立ててきた。
「私はもっと素直よ。じゃあ、私も夏野さんと一緒に行ってくるわ。数分後にあなたは教室に行ってあげて」
「ああ、頼んだ」
霜雪が生徒会室の扉で振り返る。
「……それと、あなたたちが何をしようと月見君も春雨さんも嫌ったりしないわ。それは信じてあげないと駄目よ」
「……そうだな。ありがとう」
霜雪が生徒会室を出て、数分後、俺は春雨が一人でいるはずの教室に向かった。
「春雨、入るぞ」
教室のドアを開けて中に入ると春雨は集中して原稿用紙を見つめていた。内容を必死に覚えようとしていたのだろう。
「空さんなら奏さんに連れられて外に……」
「いや、春雨と話したくてここに来たんだ。座ってもいいか?」
「……はい、どうぞ」
春雨が自分の隣の椅子を引いてくれたのでそこに座る。
「……話って何ですか?」
「春雨、お前は最初から会長選挙に立候補するつもりだったはずだ。それを予め伝えておけば月見が秋城に押されて立候補することもなかったかもしれない。なぜそうしなかった?」
「……私が立候補すると言ったら、大地君はたとえ自分が立候補するつもりでも、止めてしまうと思ったからです。それに私が会長なんて……。空さんが推薦してくださったから立候補を続けていますが、もしそうじゃなかったら月見君が立候補したその時点で……」
「立候補を取り下げた? そう思う理由は自分より、月見の方が会長に相応しいと思っているからか? 自分には会長が務まらないからかと思っているからか?」
「……はい」
「なら今からでも間に合うぞ。立候補を取り下げろよ。星宮も別に強制してまでお前に会長をやらせたいわけじゃない。月見の方が会長に相応しいなら、あいつが立候補した時点で春雨がしていることはただの邪魔だ。そこをよく考えろ。お前は何をしたいんだ?」
俺は椅子から立ち上がって教室のドアを開ける。
「それとな、理想の生徒会長ってのは何も秋城みたいな奴のことを言うんじゃない。あいつは理想の一つの形ではあるが唯一の正解ではない。憧れと現実を混ぜるな。春雨には春雨にしかないものがあるはずだ。周りと比較して自分を否定するな」
そう言い残して教室を出る。春雨、お前は秋城の背中を追うあまり、自分の存在を忘れている。そしていざ自分を鏡越しに見た時にそのギャップに苦しめられている。秋城と自分を重ねるな。春雨は春雨、秋城は秋城だ。もっとわがままに、もっと自分を強く持て。
ただこれを直接伝えられるほど秋城も星宮も俺も優しくはない。もう一週間と少しもすれば俺たちは生徒会室に来ないんだぞ。後は月見と春雨に任せるしかないんだ。
今度は月見がいる教室に入る。
「誠先輩、何かありましたか?」
「いいや、月見に質問があって来た」
「俺に? はい、何ですか?」
「月見は秋城の推薦がなかったら立候補する気はなかったよな」
「はい、僕はてっきり咲良だけが立候補すると思っていたので」
「ただお前は結局立候補を決めた。それは自分なりに生徒会長になる理由を見つけたということだよな」
「はい、政宗先輩が推薦してくれたからにはそれを無下にするわけにはいきません」
ということは秋城のためにってことか。予想通りだ。それは生徒会長になる理由じゃないことに月見は気付いていない。
「そうか。なら会長になったら何をする? その時にはもう秋城も星宮もいないぞ」
「それは……」
「秋城に考えてもらった公約以外でだ」
俺が月見の言葉を遮った後、月見は黙ってしまった。
「全部秋城頼りか? 立候補する理由も秋城。公約を考えるのも秋城。原稿を考えるのも秋城。じゃあ次の会長になるのも秋城だな」
俺は何も言わない月見を残してすがっていた壁から離れる。
「秋城の言う通りにやるのが最適解なのかもしれない。ただそこからお前は何を得られる? 最適解がいつも正しいとは限らない。間違ってもいい。自分が誇れる選択をしろ」
そのまま教室を出ると秋城と星宮が廊下にいた。
「奏が挙動不審だったからおかしいと思ったんだ」
秋城が教室の中に聞こえないように静かに口を開く。
「すまないな。俺にはこの件を放っておくことはできない」
「ごめんね。誠君まで巻き込んでしまって」
「俺には関係ないとか言うなよ。お前たちも月見も春雨も大切な生徒会の仲間なんだ」
「……ありがとう。このまま僕と空だけでは確実に最悪な結末を迎えていた。どうにも僕たちは自分の問題となると上手いことやれないらしい」
「そんなの誰だって同じだ。それに俺もお前たちと同じようなやり方しかできない。後はあいつらがどんな選択をするか。そしてお前たちがその後にどんな言葉をあいつらにかけるかだ」
「……上手くいくだろうか」
秋城は今までに聞いたことがないほど弱い声を出す。
「お前はお前が思うことを言えばいいんだ。会長選挙は会長選挙でけりをつけなきゃいけないが、秋城と星宮のその気持ちにも決着をつけるべき時だ。全校生徒が付き合う大規模なきっかけだ。もう逃げられない。そろそろ素直になれよ」
「……そうね。これとそれとは別問題だと考えるようにしていたけど、無理みたいね。政宗、覚悟を決めましょう……」
「ああ、そうだね」
二人はそれぞれの教室へ戻っていく。
月見、春雨。秋城たちは言葉には出していないが、伝えたいことは俺と同じだ。気付いてくれ。お前たちは俺たち自慢の後輩なんだ。だからこそ、自分を否定しないでくれ。自分に自信を持ってくれ。
人にはそれぞれ自分を救ってくれる人がいる。月見と春雨を救えるのは秋城と星宮だ。そして秋城と星宮を救えるのは月見と春雨だ。そのために俺は少しだけでいい。舞台を整えろ。大したことはできない。そんなのいつものことだ。ほんの少しの小細工を、それが目安箱委員長にとって程よい規模だ。
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